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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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朱雀門の外で巨大な狐火が燃え上がり、飛び出した三成は巨大な狐に変化して地に足をつくと大きく跳躍する。
都の中を探ったが、どこにも術者の気配は感じ取れなかった。やはり左近の邸にいたあれは依代もしくは式が作りだした幻覚だ。本体は別にいる。
媒体に使われたらしきものが放っていた微かな土の匂いを頼りに足を速める。この姿のときは一歩が大きくなるし、何より妖気を抑制していないので全速力が出せるのだ。
吉継に会って、どうするのか。それをまだ三成は考えていない。説得すればいいのか、そもそも蠱術は術者の意向で止めることができるものなのか、術者が死ねば左近は助かるのか。何もかもわからないことだらけだ。
ただ、話がしたい、と。そう思った。
本当に悪しき心を持つ人間なら、最初に姿を見たときに三成がその目的に気付いていたはずなのだ。だが、術が発動するまで吉継に対する疑念は一切湧いてこなかった。
普段の自分であれば人間風情を相手に何をと自らの考えを否定していたかもしれない。しかし、直感的に悪い人間ではないと断定した。自分の勘の正確さは三成の自負するところである。
依代などではなく、あの男と直接相対してその真意が知りたかった。それからのことは、その後で考えればいい。
奥歯をきつく噛み締めた三成が再び勢いを付けて跳躍しようとした、その時だった。
背後から鋭い金属質な音が響いてくる。何事かと振り返った三成は、地面から巨大な氷柱が針山のようにいくつも突き出しているのを目にした。
よく見れば、次々と数を増やすそれはどんどん近づいてくる。

『…っ?!』

体を反転させてその場で足踏みし、足元に迫った氷がせり上がる瞬間を狙って地面を蹴る。
中空に逃れた三成は、凄まじい速さで後を追ってくる白銀の煌めきを目にした。
このままでは不味いと咄嗟に青年の姿へと変化する。ちょうど天狐の首があった辺りを刃が一閃し、空を駆けていた影が大きく舌打ちするのが聞こえてきた。

「ふん、勘のいいことだな」

地に筋を引きながら後退した三成はぎろりと声の方を睨みつけた。
天高く聳える氷柱の頂上に、細身の刀を携えた人影が見える。否、「人」ではない。

「不意打ちか、臆病者め。何者だ」

わざと挑発するような物言いに、逆光で遮られながらも男の顔が不快に歪むのがわかる。刀を軽く払うと、大きく息を吸いこんだ。

「俺は鎌鼬、名は高虎!我が友の邪魔立てをする輩は誰であろうと排除する!九尾の狐!いざ尋常に勝負せよ!」

朗々と響く声で一方的に言ってのけた男は、氷柱を蹴ると再び凄まじい速度で飛び出した。
咄嗟に三成は腕を体の前で交差させて防御する。顕現させた狐火で刀を受け止めたが、刀に近かった右腕がぴきぴきと音を立てて凍り始めた。

「何…?!」

瞠目する三成を見て、にっと高虎の口の端が吊り上がる。見る見るうちに氷は範囲を広げ、このままでは腕全体が凍ってしまうと判断した三成は咄嗟に表皮ごと氷を引き剥がした。
辺りを取り巻く冷気を受けて、金の瞳孔が鋭く縦に伸びる。

「わけのわからぬことを喚くなクズが……!俺は貴様如きと遊んでいるほど暇ではないのだよ!!」

狐火が激しく燃え上がると同時に妖気が爆発し、勢いのまま高虎は背後に押し戻された。体勢を立て直そうとするが、狐の蹴りがすぐ目の前に迫っている。
咄嗟に体の前に刀を翳して防御の姿勢を取るが、細見の刀剣は横からの圧力を受けてあっさり砕けた。そのまま鳩尾に強烈な一撃を喰らう。

「うぐ……っ!」

息を詰めて前屈みになった高虎の右肩に、三成は更に踵を叩き落した。めき、と骨格が嫌な音を立てる。
たたみかけるべく拳を握り締めた三成は、高虎の右手に先ほど確かにへし折ったはずの刀が握られていることに気付いて瞠目した。

「!」

追撃をやめ、一旦距離を取る。一拍遅れて高虎が刃を横に一閃させると、周囲の氷柱がその高さで綺麗に切り落とされた。
静かに断面を滑った氷柱の先端部が激しい音を立てて地面に落下する。周囲の気温ががくりと下がったせいか、冷気によって辺りに白い靄がかかった。
地面に降り立った三成と高虎が距離を保ったまま相対する。高虎の右手に目をやった三成は、彼が手にしている細身の刀が氷でできていることに気が付いた。
妖が持つ得物は自らの妖気を具現化したものであることが多い。そういった武器はいくら実体があって切れ味が鋭くとも普通の刃物とは異なり一種の幻覚とも言えるものであるため、折れたり刃が欠けたりしてもすぐに再生することができ、大きさも自在だ。おそらく、高虎の刀もその類だろう。得物への攻撃はほとんど無意味であると考えていい。
三成は右手の側面を流れる血を舌で舐めとった。先ほど氷を引っぺがしたときに、皮膚のついでに肉まで少し持って行かれたようだ。
互いに様子を探り合い、沈黙が満ちる。軽く鼻を鳴らした高虎が刀を横に払った。

「妙だな。吉継が呪った相手は人間だったはずだが……何故九尾の狐なんぞが出てきたのやら」

面倒な、と独り言ちる男に、三成の眼光が険しさを増した。
この口ぶりからして、彼の言う「我が友」というのは吉継で間違いないだろう。やはり吉継は最初から左近を呪い殺すつもりで近づいたのか。周到なことに、逃げる時間を稼ぐための妖まで用意して。
しかし、吉継と高虎に繋がりがあることが判明したのは三成にとっては僥倖であった。

「ちょうどいい。あの男の元へ案内してもらおうではないか」

「ほう?」

鮮やかな蒼玉の瞳が興味深そうな光を孕む。どこか余裕のある笑みを浮かべ、高虎は刀の切っ先を三成にぴたりと据えた。

「面白いことを言う女狐だ。誰に向かってものを言っている?」

「無論、貴様にだ」

吊り上がった三成の口の端から除く犬歯が鋭く伸びる。次の瞬間、強烈な光が弾けたかと思うと、再び三成の本性である巨大な狐がその場に顕現した。
同時に高虎が地を蹴って中空へと飛び出す。咆哮した天狐の腕を掻い潜って一気に距離を詰めたが、その動きを先読みしていたらしい狐が素早く身を翻し、勢いのまま長い尾が真横から叩きつけられた。
高虎は予想外の攻撃を喰らって地面に墜落しかけるが、直前で風を纏って衝撃を和らげた。それを見た三成が軽く瞠目する。
氷だけでなく、風も操るとは。鎌鼬というのは本当だったらしい。
細身の刀が一閃すると、風刃と氷の礫が同時に三成を襲った。白銀の毛並みに紅の筋が滲む。
威嚇の唸りを上げる狐に再び高虎が肉迫し、素早く刀を閃かせたかと思うと鈍い音と共に左前脚を斬り落とした。
凄まじい咆哮が響き渡り、鮮血が迸る。返り血を浴びた高虎の視界の半分が赤く染まった。

「ちっ……!」

満足に開けない片目に忌々しげに呟いて跳躍すると、今度は首めがけて刀を振りおろす。が、その瞬間天狐の姿がぐにゃりと歪み、幻のように掻き消えた。

「なっ?!」

同時に背後に妖気が顕現する。振り返りざまに強烈な衝撃波を喰らって、今度こそ地面に叩き付けられた。
鞠のように情けなく転がりながらもなんとか体勢を立て直す。地に突き立てた刀に縋りながら片膝をつくと、未だに体内では衝撃の余韻が燻っているような気がした。咳き込むたびに肋骨の辺りから嫌な音がする。
荒い息を整えながら顔を上げれば、狐火を纏った青年が優雅な動作で地に降り立ったところだった。

『いつの間に…!』

先ほどの巨大な天狐はまやかしかと考え、自分でそれを否定する。纏っていた甚大な妖気は本物だった。どこかの段階からか化かされていたのだろう。
見れば、先ほど斬り落とした左前脚にあたるはずの彼の左腕は水干に僅かな解れが見える程度で何事もないように見える。少なくとも接近戦を仕掛けにいった辺りから術中に嵌っていたようだ。
狐が身を低くして身構えたのを見た高虎は素早く腕を横に一閃させた。一瞬で地面が凍り付き、氷柱が敵の侵入を阻もうとするかのように鋭く伸びあがる。
喉元に迫った氷柱を間一髪で躱した三成はすぐさま反転して距離を取る。その間になんとか立ち上がった高虎も飛び退こうとしたが、金の瞳と目が合ったと思った瞬間に全身に凄まじい重圧がかかってその場に縫い止められた。

「ぐあ…っ!」

鈍い音を立てて足が地に沈みこむ。冷気で凍みているはずの地面なのに、まるで泥沼に足を突っ込んだような感触がするほどだった。
しばらくは刀に縋りながら姿勢を保っていたものの、あまりの圧力に耐えきれなくなって片膝をつく。巨大な岩にでも圧し掛かられているのではないかと錯覚するほどの重力に、冷や汗が滲み出てきた。
尊大に鼻を鳴らす声が耳に響いてくる。

「鎌鼬風情がこの俺に一太刀浴びせたことは褒めてやろう。勇敢なのか馬鹿なのかは別としてだがな。……言い訳くらいは聞いてやる。貴様の目的はなんだ?」

「…っ、誰が、言うかっ…!」

震えそうになる奥歯を噛み締めながらそれでも不敵に笑って見せた高虎に、三成が不機嫌そうに片目を眇めた。その途端、更に重圧が強くなる。喉の奥から喘鳴と呻きが零れた。

「勘違いするなよ。俺は質問しているわけではなく答えろと命じているのだ。このまま圧殺されたくなくばさっさと口を割れ」

余裕を見せてはいるが、今の三成には一秒の時間が惜しい。こんなところで足止めをくらっている場合ではないのだ。
ふと、高虎が小刻みに肩を震わせる。どうやら笑っているらしいと気付いて、三成は眉間に皺を寄せた。
今高虎が受けている重圧を人間が受けたなら、全身の骨が粉々に砕けていても不思議ではない。妖であったとしても下位の妖怪であればひとたまりもないだろう。それほどの力を受けて尚笑っていられるとは。

「ふ……、ならば、俺がここで貴様を足止めしていることには最大限の意義があるな」

その言葉に、三成の目が大きく見開かれた。
高虎の目的はこの場で三成を斃すことではない。それができるならそうしているだろうが、恐らくこの男は時間を稼いでいる。吉継が呪いを成就させるための時間を。
吉継が言い残した左近の命の刻限は数刻。一日持たせろとは言ったが、政宗が本当に呪いを食い止め切れるかどうかはわからない。
三成の一瞬の動揺を、高虎は見逃さなかった。

「うおおおおっ!」

裂帛の気合いと共に妖気を爆発させる。面食らった様子の天狐が後退すると、途端に全身に掛かっていた重圧は嘘のようになくなった。
自らと高虎の分を合わせた妖気の煽りを受けた三成はさすがに驚いた様子で、同時に迫ってきた氷柱を避けきれずに拳で叩き割った。
氷に触れた部分から再び腕が凍り始める。苛立ちに任せて毟り取るように氷の破片を引き剥がすのと、高虎が背後に回り込んだのがほぼ同時。
ふたり分の妖気が大きく膨れ上がり、触れ合った瞬間に凄まじい轟音と共に弾けた。


 

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