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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
9
肩から飛び降りた三成が守宮の足元をすり抜け、邸の奥へと駆けていく。匂いの元を辿っていったようだ。

「ちょうど昼餉の頃合だが、食べるか?」

「いただきましょう」

そもそもなんで妖からこんな嫁まがいの世話を焼かれているのだろうという話だが、とりあえず疑問はこの際考えないことにする。甲懸を外して廊に上がると、実に食欲をそそる香りが強くなった。
厨へと消えていく守宮と入れ替わりで三成が戻ってくると、左近の肩に飛び乗って声を潜めた。

『得体は知れぬが、悪人ではなさそうだぞ』

「それはよかった。これから何事もなきゃいいんだがね……」

経緯が経緯なので自分が言えた義理ではない。彼を邸に招き入れたのは左近自身だ。
そうこうしている間に、守宮が出来上がった膳を運んでくる。すると三成の視線が鋭くなり、小さな鼻がひくひくと動いた。

『なるほど、毒は入っていないようだな』

子狐の言葉を聞いた守宮は驚いた様子で軽く目を瞬かせる。左近は慌てて三成の口を塞ぐと自分の方へと引き寄せた。

「ちょっと殿、作ってくれたんですからその言い草は……大体俺既にこの方の飯何度か食ってますから」

毒殺する気があったならとっくに死んでいてもおかしくはない。
しかし、三成はぎろりと左近を睨め付けると眦を吊り上げた。

『今まで大丈夫だったからと言って今も大丈夫だということにはなるまい。お前はそのために俺を呼んだのではないのか?』

「そりゃあ半分はそうですが……」

つい先ほど、悪人ではなさそうだと判断を下していたではないか。三成の口からそんな言葉が聞けたらこれ以上信用に足る証拠はないというのに。
やいのやいのと言い合いを始めてしまったふたりを交互に長め、守宮が小首を傾げて見せる。

「何やら揉めているようだが、腹が減っては戦もできぬだろうに」

『貴様は黙っていろ!』

苛立ちに任せて吠えた三成は自分を捉えていた腕を抜け出すと、左近と正面から向き合って小さな牙を剥いた。

『そもそも左近!得体の知れぬ輩を邸に引き入れている時点で貴様には危機管理能力というものが欠け……』

怒鳴り声を上げた、まさにその刹那。

「左近……」

ぼそり、と呟きが零れる。守宮の瞳がぎらりと煌めいた。
左近の動悸が大きく跳ね上がり、三成は瞠目して何事かと背後の男を見つめる。
ゆっくりと立ち上がった守宮は、まっすぐに左近を見据えた。

「そうか……島左近」

白銀の瞳に囚われた瞬間、身体が動かなくなる。動悸が更に激しくなり、息をするのも難しいほどだ。
なんだ、これは。

「汝が名、俺が貰った」

「は…?!」

守宮の全身から黒い陽炎が立ち上ったのが、三成の目にははっきりと映し出される。それらが左近の体に吸い寄せられると、長身の体躯はものも言わずにその場に崩れ落ちた。

『さ……』

小さな狐の体が狐火に包まれ、青年の姿へと成り変わる。驚く守宮には目もくれず、三成は左近に駆け寄った。

「左近っ!おい、どうした!」

肩に手をかけて揺さぶろうとした途端、手から凄まじい怖気が這い上がってくる。
慌てて引いた腕には紫黒の細かい影がへばりついて蠢いていた。これは。

『蠱術……?!』

人間たちが扱う呪いのうちの一つだ。無数の蟲を集めて小さな器に閉じ込め、最後に生き残った蟲を用いて対象を呪うおぞましい術。
三成も随分長いこと生きてはいるが、実際に見るのは初めてだ。よもやこんな術を未だに使える者がいようとは。

「ただの狐ではなかろうとは思っていたが……もしやお前は天狐か?」

激情を孕んで煌めく金の瞳が男を捉える。いつの間にか梁の上に移動した守宮は、少し悲しげに目を細めた。
三成の妖気が辺りで渦を巻く。ここが都の中だとか、人間たちが近くにいるとかそんなことは頭から吹っ飛んでしまっていた。

「貴様……はじめからこれが目的で……!」

「その男に個人的な恨みはないが、これも流れだ。許せ」

「ふざけるな!」

跳躍した三成の爪が鋭く伸び、男の体を真横から一閃する。
しかし、伝わってきたのは布が一枚切り裂かれる感触のみ。梁に着地した三成が素早く視線を巡らせると、先ほど自分がいた場所に守宮が移動している。
狐の背に、ゆらめく九本の尾が顕現した。辺りの気温ががくりと下がり、仄青い狐火が現れる。今までほとんど動かなかった男の表情が微かに動揺したようだった。

『……妙だとは思っていたのだ』

三成の口元は全く動いていないが、脳内に直接声が響いてくる。さすがに都人たちが異変に気づいたのか、邸の外がにわかに騒がしくなった。
金の双眸の中央で瞳孔が縦に鋭く伸び、口の端から鋭い牙が覗く。

『ただの人間風情が守宮を騙ってまで、何をしに来た?……貴様の目的はなんだ、蟲使い。否……大谷吉継』

目を大きく見開いた男の全身から再び黒い陽炎が立ち上った。否、靄のように見えるが、よく見ればそれらは一つ一つが小さな蟲だ。
陽炎ではなく、蜉蝣。羽虫たちが一斉に三成へと向かっていくが、軽く振った片手に応じた狐火がそれらを燃やし尽くす。ぼろぼろと灰となって崩れ落ちる蟲たちを見た男――吉継は、青白くも見える面差しに険を滲ませた。

「いつ気付いた?」

に、と吊り上がった三成の口の端が大きく裂ける。凄まじい妖気が迸り、狐火が激しく燃え上がったかと思うと、天井を突き破らんばかりの巨大な狐が姿を現した。

「…っ?!」

さすがに驚きを隠せない様子の吉継が再び蜉蝣を放つ。しかし、人間の術など強大な妖の前では子供の遊びだ。
狐火に燃やし尽くされた蜉蝣たちが耳障りな声を上げて形を崩す。形勢不利を悟って踵を返しかけた吉継の目の前に、九尾の狐が軽やかに降り立った。

『我ら狐狸妖怪を相手に口先の誤魔化しなど通用せぬ。何故ここへ来た?!左近に何をした!』

喉奥から威嚇の唸りを上げた三成が大きく咆哮した。
鋭い爪を備えた前足が吉継を捕えようと振り下ろされる。しかし、再び布を一枚残してその姿は掻き消えた。

『ちょこまかと…っ!』

「……お前が相手では、俺の分が悪いようだ」

素早く振り返れば、いつの間にか再び吉継は梁の上へと姿を現していた。
先ほどから、確かに捉えているはずなのに全く手応えが感じられない。もしや本体はここにはいないのかもしれない。今三成が見ているのは、術者の幻覚だとしたら。
妖の目を完璧に騙せるとなれば、吉継は相当な実力者なのだろう。先ほどとて、あれほど妖気を抑えた三成の姿を視ることができていたではないか。術者というのを抜きにしても凄まじい見鬼だ。
天狐を見下ろす吉継の瞳が再び陰った。それに気づいた三成が怪訝そうに双眸を細める。

「恨むなよ、狐。ああ、それともう一つ。そこにいる男の命はあと数刻だ」

『な…?!』

三成が左近を顧みた一瞬の隙をついて、吉継の姿は煙のように消えた。咄嗟に三成が放った狐火は空振りに終わる。
邸内を旋回した狐火が収束し、巨大な九尾の狐の姿を包み込む。再び青年の姿に戻って辺りの気配を探ったが、術者の気配はどこにも見出せなかった。

「くそっ…!」

『三成!!』

開きっぱなしになっていた窓から白い烏が飛び込んでくる。都で突然三成の妖気が爆発したので、相当驚いたようだ。

『どうした、この状況は一体……』

未だ燻っている通力の片鱗。都のど真ん中で本性に戻るなんて何を考えているのか。
それとも、三成をそこまで動揺させる何かが起きたのか。
そう思って慌てて飛んできてみればこの惨状。と、そこでやっと床に倒れ伏している左近の存在に気が付いた。
同時に、彼の体を取り巻く無数の黒い影にも。

『蟲…これは、蠱術か?!』

「兼続!」

玄関からどたどたと慌ただしい足音が響いてくる。鋭い声の主は確認するまでもなく政宗だ。

「おい狐!貴様何を……」

遠く離れた場所にいた政宗が畏怖を覚えるほどの妖気だった。見鬼の力を持たない者も含めた都中の者が感付いていたとしても不思議ではないほど強大な。
騒ぎになりかけていたので一応邸を覆う結界を作っておいたが、誤魔化しきれたかどうかは定かではない。
視線を巡らせた三成は政宗に目を留めると、覚束ない足取りで歩み寄ってその両肩を掴んだ。常にない様子に、思わず政宗と兼続が顔を見合わせる。
政宗を見据えた三成の目はかつてないほど焦燥に彩られていた。

「頼みがある…!お前は陰陽師だろう!左近の命を繋いでくれ!」

「な、なんじゃ藪から棒に……」

状況が掴めていない政宗には三成の言わんとするところがわからない。この天より高い矜持を持つ狐が、よりによって自分に懇願するなどと。
そのとき、視界の隅で蠢く影に気付く。無数の蜉蝣が黒い塊となって辺りを舞いながら瘴気を振り撒いていた。
蟲を使う術の存在は、書物で読んだことがある。実際に見るのは初めてだ。
陰陽道などより遥か昔から存在している古の術。怨念と憎悪に満ち、「呪い」の力に特化した禍々しい力。

「説明する時間が惜しい。頼む、少しだけでもいい…!あと数刻で左近が…っ!」

「落ち着け三成!」

政宗に詰め寄ろうとした三成を後ろから兼続が羽交い絞めにして抑える。
いつもの三成なら、無言でも相手を威圧する貫禄がある。こんな風に騒ぎ立てて詰め寄られたところで、風格も何もあったものではない。それだけ、心が揺らいでいるということだ。
今一つ状況が掴みきれないものの、狐の様子と倒れたきり動かない左近を見る限りではどうも一刻を争う事態だ。神経を尖らせて探ってみれば、左近を取り巻いている蟲たちからは禍々しい怨嗟の声が聞こえてくる。相当強い呪いだ。

「……少しだけこやつの命を繋いだところで、どうするつもりじゃ」

静かな政宗の声音に三成の瞳が凍り付く。いつもと逆だな、となんとなしに思った。

「陰陽術も蠱術も、呪いの根本は同じ。発動した以上、成就せねば呪術は終わらぬぞ」

呪いは、普通の術式とは異なる。たとえ相手が目の前にいなくとも、強い思念を辿ることができればそこから心の隙間に入り込むことができ、じわじわと対象を蝕んでいく。
蟠りとなったそれが、ある一定の条件を以て呪術として発動し、相手の命を奪うまで止まることはない。
しきりに咳き込んでいた左近の姿が脳裏を過り、三成がはっと目を見開いた。
多分、あのときだ。自分が左近の名を呼んだとき。術者である吉継に言霊を与えてしまったに違いない。
おそらく左近は、無意識に自分の名を名乗らなかったのだろう。吉継が何者かということに気付いていなかったとしても、長年の経験から得た直感に従って。
そうして隠されていた言霊を悟らせてしまったのは、三成の失態だ。

「……俺がなんとかする」

感情に躍らされるまま揺れていた金の瞳が定まり、真っ直ぐに政宗を射抜いた。いつもの威厳が少しだけ戻ってくる。
しかし、兼続は心配そうに三成の顔を覗きこんだ。

「何とかするとは言っても、我々に呪いを止めるような力は……」

「そんなことはわかっている!」

兼続の腕を振り解いた三成は狐火を顕現させると、その炎に包まれてふわりと浮遊する。

「一日だ……一日だけでいい。時間を稼いでくれ」

多分、それ以上は政宗の身に危険が及ぶ。さすがに自分の都合だけで、そこまで迷惑はかけられない。
吉継はあと数刻の猶予と言った。さすがにその短い時間では何もできない。しかし、一日もあれば。
深々と嘆息した政宗が一つ拍手を打つ。すると、邸内に凝っていた重い空気が一気に払拭された。

「忠告しておくが、一日経って手がかりが見つからなかったらわしにもどうにもできんぞ。蟲を止められるのは術者だけじゃ。あてがあるのなら、大元を探すことじゃな」

しっかりと頷き、炎に包まれて三成の姿はその場から消えた。
改めて左近に向き直り、政宗は静かに瞑目した。

「謹請し奉る……」

霊力が周囲で吹き上がり、政宗と兼続の衣を軽くたなびかせた。今回ばかりは出番がなさそうだと、兼続は黙って政宗の様子を見守っている。
政宗の力では蠱術を根こそぎ取り除くことはできない。放っておけば蟲たちは呪いの対象者――つまり左近の心の臓を食い破ってしまう。三成が言う時間稼ぎで今思いついた方法は、左近ごと術をかけて時間の流れを遅らせることだ。
言うほど簡単なことではない。時空を捻じ曲げるのは現世の理を犯すこと。政宗にも相当な負担がかかる。

「……ま、一つくらいあの狐に貸しを作っておくのも悪くはあるまい」

今まで散々無茶振りを繰り返してきた三成が「一日」と期限を定めただけでも大きな進歩というもの。もし左近が助かればあの狐のことだし数年はうだつが上がるまい。
あくどい笑みを浮かべる政宗の内心を悟った兼続はなんとも微妙な表情を浮かべたが、それに関しては特に何か言うのはやめた。今は呪禁に集中させてやらなければ。

「この術は凶悪を断却し、不祥を祓除す。急々如律令!」

きん、と空気が張り詰め、耳障りな羽音が一気に鳴り止んだ。


 

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