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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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『……妙だな』

白い烏が大きく羽ばたいて旋回する。真っ白な雪と雲に覆われた今の都では、見鬼であってもこの烏の姿を視認するのは難しいだろう。何せ背景と完全に同化している。
都のほぼ全景を見渡せる背の高い木の頂上に着地すると、枝に積もっていた雪が盛大な音と共に落下した。
縦横無尽に走る大路や小路に目を走らせ、兼続は怪訝そうに片目を眇めた。
昨日も都の様子を見に来たのだが、たしか人間たちが総動員で路に積もった雪をせっせと片付けていたはずだ。夕方には牛車が走れるくらいの路ができていたのを、確かにこの目で見た。
だが、たった一晩で都の雪はすっかり元通り降り積もっているではないか。否、最初より多少減った感はあるが、それでも歩を進める人々の膝の辺りまでは余裕で届いてしまっている。
一度片付けた雪が一晩で再び膝まで積もるとは。北方の鯨海側ならよくあることだが都でなど、永い年月を生きた兼続ですらこんな大雪は見たことがない。なんだか越後が懐かしくなってきた。

「兼続…?兼続!おい、降りて来いそこの烏!」

威勢のいい声の主の顔は確認するまでもない。
じとりと地上を睨めつけた兼続は一応言われた通りに木から飛び立ち、真下にいた小柄な陰陽師の烏帽子を思い切り踏みつけて頭に着地した。

『なんだ半人前』

「こんの…っ!」

びきびきと青筋が浮かぶ政宗の額を見やった兼続は満足げに笑った。
烏帽子というのは意外ときれいにかぶるのが難しいのだ。形も崩れやすい。が、陰陽寮に出仕している間は外すことが許されないという厄介な代物なのである。
しかし、外で雪片付けをするのにこんなものをかぶっていては邪魔に決まっている。政宗は辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると烏ごと烏帽子を頭から下ろした。

「ちょうどいいところで会った。この雪について、おぬし何か知らぬか?」

『心当たりがないこともないが確証があるわけでもないので確固たる自信もないし不甲斐なくも自ら原因を探ることもできぬ我が主殿に教えて差し上げるべきか逡巡しているところだ』

「ええいまどろっこしい言い回しはやめよ!」

怒鳴り返した政宗ははっとして慌てて辺りを見渡した。幸いなことに路に人通りはなく、この状況を誰かに見られたり聞かれた様子はない。
こちらの出方を探っているらしい烏を睨み返し、政宗は不敵な笑みを浮かべた。

「つまり貴様は何も知らぬのであろう?わしは既に情報を掴んでおるぞ」

『知らぬも何も、都に変事があろうが私には関係のないことだ。陰陽寮に属するお前が原因を探るのは当然で、掴んでおらねば職務怠慢だろうが』

あくまで兼続が動くのは、一応仮にも名前だけかもしれないが多分主である政宗の命があったときだけだ。
ぐうの音もない反論を聞かされ、政宗は眉間に皺を寄せて呻いた。全くもってその通りである。
これはいけない。あくまで式と主は主従関係。主が式の力に頼りきり、自らが何もしないようになってしまっては何の意味もない。それでは式が自分の意思を持って、主の意向を無視して動くことになってしまう。
自らの確固たる意思を持ち、式を従わせて状況を見定め、ふさわしい場所でその力を発揮させる。それが主というものだ。兼続は減らず口を叩きながらも頼んだことはきっちりやってくれるし、それはもう強力な妖なのですっかりなんでも任せられるような気になってしまっていた。
いかんいかんと首をぶんぶんと横に振る政宗を見やって、兼続は軽く肩を竦めた。

『で?掴んだ情報とやらを聞いてやろうではないか。一応』

「一応とはなんじゃ!」

完全に見下した口調で言われるとつい喧嘩腰になってしまう。こうして兼続の調子に乗せられてしまうからいつも言いくるめられてしまうのだということに政宗は薄々気づいてはいるが、治せるかどうかというとそれはまた別の話だ。
ならばこちらも、と精一杯尊大な態度を見せるべく、堂々と胸を張る。

「此度の大雪の一部は、雪鬼がもたらしたものよ。八寒地獄の鬼が現世に現れたことによってな」

どうだすごい情報だろう。恐れ入ったか。
政宗の心境的にはそう大上段に言ってやった気分だった。そして兼続がここで驚きに目を見開く、予定だった。

『ああ、やはり信之殿は人界にいたのか。まったく水臭い男だ。せっかく来たのなら顔くらい見せてくれればいいものを』

予定を大幅に裏切った反応を返され、政宗は思わず口を半開きにしたまま硬直した。白い烏は獣姿だというのに明らかに目元を綻ばせているのがわかるほどに破顔している。

『で?』

まさか情報とはこれだけか、と言いたげな兼続に、政宗は返す言葉が見つからない。わなわなと肩を震わせる主を見た兼続は大仰に嘆息した。
そうだ、よく考えたらあの雪鬼は幸村の兄。三大妖がその存在を知らぬわけがない。百年ぶりくらいに戻ってきたとか言っていたから、少しでも彼らの耳に入れば大層な話題になっていただろう。
それきり沈黙した政宗を睥睨していた兼続は大仰に嘆息した。

『梵、私は非常に悲しいぞ。お前の後手後手行動には毎度のことながらいっそ感動すら覚える』

「やかましい!!貴様こそこの雪どうにかする算段の一つや二つや三つや四つないのかッ!一応その名を都に轟かせる三大妖じゃろうが!」

完全なる八つ当たりであることは自分でもよくわかっていたが、反論せずにはいられない。せめてこの減らず口だけでもどうにかならないのかこの天狗は。
すると、おそらく小言の五つや六つや七つや八つは来るだろうと覚悟していた政宗の予想とは裏腹に、烏は珍しくしおらしげな様子で双眸を伏せた。

『金と水では相生。私の力では雪を吹雪にするくらいしかできぬ』

それに、水と氷雪では多少性質が異なる点も厄介だ。炎で雪を解かすのが最善なのかもしれないが、さすがの幸村でも都全体、しかも自然のものではないと思われる雪を全て溶かし、その水が凍り付かないように蒸発させるというのはなかなか難しいだろう。
不可能ではないかもしれないが、何せ都には人間たちがいる。仮にその計画を実行に移すとなれば凄まじい熱量が必要だ。人間などまず間違いなく無事では済まない。
どこまでも正論な兼続の言い分に完敗した政宗は改めて溜息を吐き出した。

「はぁ、胃が痛くなってきた……原因は不明のまま、このクソ忙しいときに妙な妖気は都に入り込むし…」

『ほう?』

これまた珍しく烏が驚いたような声を上げたので、政宗は一つ目を瞬かせた。兼続ならば、都の上空にいた時点でそんなことはとうに気づいていたと思っていたからだ。
不思議と嫌な気配ではないのだが、今までになかった妖気が昨日辺りから都に漂っている気がしている。自分の直感に引っかからないところから都に仇成す存在ではないのではなかろうかと予想し、とりあえず調べるのは後回しにしていた。
しかし兼続が反応を返してきたというのが気になる。無駄なところには食いつかないだろう、この男は。
暫し瞑目していた烏がゆっくりと瞼を上げ、一つ瞬きをした。

『……なるほど、これか。随分巧妙に隠れている』

「隠れている?」

言葉に引っ掛かりを覚えて胡乱げな声を返す。烏の射干玉の瞳が鋭く煌めいた。

『水気を持つ妖が入り込んだようだな。気配がほとんど完全に雪と同化している』

以前都に現れた水虎清正が、雨に同化していたのと同じように。政宗は常に都に在って神経を尖らせていたから、僅かな変化にも気づくことができたのだろう。
ここまで巧妙な隠形となれば、意図的にやっていると考えた方がいい。よほど感付かれてはまずい事情があるのか。殺気とまではいかないものの、張り詰めた緊張感のようなものは少しだけ感じる。

「雪と同化する妖か……となれば、都に雪を降らせる動機は十分じゃな」

何か目的があって都に入り込もうとした妖が、自分の気配を消すべく都を雪で覆ったのだとしたら。

『で、その目的がわからんから厄介なわけだが』

「……………」

全くもってその通りだ。ただ、帝に害意がある、というわけではない気がする。となれば可及的速やかに排除せねばならないというほどのものではない。
多分しばらく除雪作業は続きそうだから、もしその妖に行き会うことがあったら事情を聴いてやろうではないか。できるなら協力してやってもいい。さっさと目的を果たして帰ってもらいたい。
そのとき、都の結界をすり抜ける強大な妖気を感じた。怖気が立つほどのそれは、顔なじみの妖のものだ。

『ん?三成?』

軽く首を傾げた兼続が明後日の方角を見やった。近くに左近の気配もある。おそらく獣姿で妖気を抑制していたのだろうが、結界に触れて一瞬だけ素の妖気が溢れ出てしまったのだろう。
政宗がなんとも形容しがたい苦々しげな表情を浮かべる。

「しかし貴様ら、随分気楽に都に入り込むようになったものじゃな……四神の加護は何処へ」

『案ずるな政宗、四神ならば今も寛大なる義の心を以て都を守護しておられるぞ』

ただ三大妖は結界内部の人間と面識を持ち、何度か都の危機を救った。もはや「外部からの脅威」には該当しないため、結界に拒絶されることもない。
最初の頃は居心地が悪いと言っていた三成も最近ではとんと文句を言わなくなった。慣れとかではなく、ちゃんとした理由があったのだ。
これでいいのかと葛藤している政宗を見やって、烏がおかしそうに笑う。

『心配ならばお前が私たちをも拒む強力な結界を作ったらどうだ、陰陽師?』

「そのような無駄な力の使い方はせぬわ」

多分、そんな強力な術を扱ったら体力は一日も持たない。
まぁいいか、と肩を竦めた政宗は、自分が式として従えたのが都人から恐れられる三大妖のうちのひとりだということがすっかり頭から抜けていることに気づかなかった。





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相変わらず無駄に広い邸だな、と呟くと、同意した左近がからからと笑声を上げた。
左大臣秀吉から宛がわれたという邸は左近の身分には不相応に広い。貴族の邸などに比べればかなり小さいものだが、独りで住むには空間が余る。庭までついているので一応手入れはしているが、正直面倒臭い。
最近になって、この邸を持て余した秀吉が使用人を雇うのが面倒になって手入れと掃除係として左近を住み込ませたのではなかろうかと思い始めた。使用人を断ったのは左近だが。
なんともいえない結論を導き出してしまって微妙な表情を浮かべる左近の肩で、子狐がじっと邸の玄関を見据えた。確かに邸の中に気配はあるが。

『…………』

突然現れた男は守宮を名乗ったというが、どうもおかしい。

「どうしました?」

『……いや』

穏やかではない三成の様子を見た左近は疑問符を浮かべたが、直後に身をかがめて激しく咳き込んだ。
さて、困った。どうやら本格的に喉の調子がおかしい。感冒の始まりくらいだろうと甘く見ていたのがまずかったかもしれない。
さすがにこの忙しいときに「ちょっと体調が悪い気がするので休みます」程度では周囲から袋叩き確実だが、本当に感冒だとしたら下手に出仕すると病原菌を広めることになってしまう。ただでさえ人手不足なときにこれでは自己管理不足を指摘されても反論できそうにない。

『大丈夫か?』

狐の柔らかい尻尾が軽く背中を叩いてくる。そういえば、妖って感冒とかうつるんだろうか。三成にうつしてしまうわけには。
やっと咳の発作が収まったので、一つ嘆息してから姿勢を正す。とにかく、早く邸に入って暖まろう。寒くて仕方がない。
玄関に足を踏み入れると、奥から良い匂いが漂ってきていた。相変わらず守宮は律儀にも食事の支度をしてくれているようだ。
肩に乗っていた子狐が最大限まで妖気を抑えてしまうと、左近の視界からその姿は視えなくなる。ここまで本格的に隠れられると、人間ではどんなに強い見鬼でも姿を視ることは難しいだろう。

「ああ、戻ったのか」

足音も立てずに奥から出てきた守宮は、顔の大半を覆う布から僅かに見える目元を和ませる。
が、白銀の双眸が静かに瞬き、ある一点で止まった。

「……面白いものを連れているな」

「!」

守宮が見据えているのは左近の右肩。ちょうど、三成が潜んでいるまさにその場所だ。
さすがは妖同士、と感心している左近とは裏腹に、三成は相当驚いた様子だった。しかし、守宮の柔らかな視線を受けて渋々ながらも姿を現す。見破られてしまったのなら神経をすり減らして隠れるのは無意味だ。

「美しい狐だ」

『……ふん』

素っ気なく顔を逸らす三成だが、その尻尾が僅かに揺れているのを見て左近が驚いた。初対面の相手に彼がこんな反応を示すのは珍しい。

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あきゅろす。
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