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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7
実は今日の左近は、三成にあの守宮が危険かどうかを判断してもらうべくここへ訪れたので、この申し出は願ったり叶ったりであった。
職業上危険察知能力は高いと自負していて、突然現れたあの男からは特に引っかかるものも感じなかったが、万一ということもある。念の為だ。
小さな狐に変化した三成は助走もつけずに左近の肩に飛び乗ると、その頬を前足でずいと突っついた。

『別にお前を心配しているわけではないからな。俺が個人的に気になった。それだけだ。わかったか?』

「はいはいわかってますとも」

いつものことながらなんともわかりやすい台詞を並べ立てる三成の頭を撫でてやると、狐は不機嫌そうに尻尾でぴしりとその手を打った。
ふと、三成が目を瞬かせて上空を見上げる。つられて顔を上げた左近は、その視線の先で青空が微かに歪んだのに気が付いた。
この世のものではないものが、そこにいる。

「三成殿!左近殿!」

明るい声音と同時に、景色が歪んでいた辺りに鬼火が浮かび上がってその中から赤い衣の鬼が顕現した。身軽に着地する鬼を見て、軽く目を見開いた子狐の尻尾がぱたぱたと揺れる。

『幸村?何故お前が人界にいる?』

ついこの間、冥府に戻ったばかりだというのに。
人界にいるのが普通じゃないのかと言いたげな左近には今度説明してやることにして、予想よりだいぶ早く戻ってきたのは喜ばしいことではあるがそれも横に置いておくとして。
先を促すと、一礼した幸村が苦笑して頬を掻いた。

「ええと、色々な事情が重なりまして……それよりも、三成殿にお知らせしておきたいことが」

『色々な事情の部分が気になるがまぁいい。信之、こそこそ隠れてないで出てきたらどうだ?』

言おうとしていた台詞を先取りされ、一つ瞬きをした幸村は嬉しそうに微笑むと上空を見上げて頷いた。
途端に、辺りを肌を刺すような冷たい風が吹き抜ける。身震いして肩を竦めた左近は、思わず肩に乗っていた狐を懐炉代わりに懐に抱えた。怒られるだろうと思ったら、意外にも三成はされるがままであった。
足元からぴしぴしと乾いた音がする。何事かと思えば、なんと地面が凍り始めているではないか。

「これは…?!」

迫ってくる氷から足を退けた左近が驚いて辺りを見渡す。すると目の前に青白い炎が顕現し、人の形をとったかと思うと盛大に弾けた。
風が凪いで静寂が訪れる。炎の中から現れた異形の脚が地面を踏みしめると、凍っていた草が折れて乾いた音が響いた。
左近の腕の中で黙って様子を見ていた子狐が剣呑に眉を顰める。

『おい、俺の住処を雪室にするつもりか』

「あ、いや、そんなつもりでは……すまない」

穏やかで落ち着いた男の声音が慌てた様子で三成に謝罪した。その姿を視た左近は思わず口を半開きにしてしまう。
顔のつくりは幸村にそっくりだった。しかし頭上に彼のような長い角はなく、代わりに額に短い角が二本生えている。白銀の長い髪も相まって見間違えることはないが、少なくとも鬼であることは間違いあるまい。
先ほどの凄まじい冷気といい、今感じる妖気といい、三大妖と並ぶ力の持ち主だ。正体が気になるところだが、あまりの寒さで歯の根が噛みあわずそれどころではない。
それに気づいた三成は身軽に幸村の頭へと飛び移り、後頭部の鬼の面を咥えて奪い取ると、地面に降り立って妖の姿へと変化した。

「?三成殿、何を…?」

小首を傾げた幸村だったが、直後に面で抑えつけられていた妖気が解き放たれ、辺りで渦を巻くとあっという間に辺りの氷を溶かした。ありえないほど低くなっていた気温も冬の平常時くらいまで回復する。
面を片手で弄んでいた三成が肩越しに幸村を振り向いて鼻を鳴らした。

「信之の妖気が制御されていない分お前を上回っていて周囲が冷えるのだよ。少し熱気を出してくれ、寒くてかなわん」

「なるほど!さすがは三成殿、その手がありましたね。実は私も少し寒いなと思っていたのです」

「え゙っ」

ぎょっとする信之の声に返事はない。顔を輝かせた幸村は早速得物を顕現させると、槍の柄で地面に何やら文字を描いた。
辺りに半円状の結界が織り成されて、鬼ふたり分の強大な妖気を閉じ込める。冷気と熱気を帯びた妖気がせめぎ合い、やがて静かになるとやっと過ごしやすい気温に落ち着いた。
三成が幸村に面を投げ返したのを見た信之が頭を抱える。

「なんたることだ……すまない幸村、寒かったのならそう言ってくれれば……」

「いえ、兄上が気に病まれることでは」

「……………………兄上?」

怪訝そうに声を上げたのは左近だ。
顔を上げた信之は左近と三成と幸村を見比べると、呆れ半分感心半分といった微妙な表情を浮かべた。

「お館様から伺ってはいたが、本当にお前たち、人間の前に普通に姿を見せているんだな。ああ、自己紹介がまだだった。私は信之。幸村の兄で、八寒地獄の獄吏をしています」

驚くほどあっさりと名乗った上に頭まで下げられた左近は一瞬どうしていいかわからず硬直してしまった。
どうしようここは名乗った方がいいのかとか実は罠なんじゃないかとか色々考えた。が。

「幸村、あんた兄なんていたんだな……」

口から出たのはそのどれとも違う間抜けな感想であった。
そもそも妖に兄弟などという関係があったことも驚きである。しかし正直いまそんなことは果てしなくどうでもいいので、こんな言葉しか出てこなかった辺り自分は相当動揺しているらしい。
そのとき、三成がぴしりと尻尾を地面に叩きつけたため全員の注意がそちらに向いた。

「まぁ、何にせよ話が早い。この雪をどうにかしてくれ」

「雪?」

怪訝そうに声を上げた信之だったが、狐の剣呑な眼差しに射抜かれてあっさり得心が行ったようだった。
ああ、とどこか遠くを見るような顔をしながら返事をし、片手に得物を顕現させた。普通の刀かと思いきや、柄の方からも刃が伸びているという人間ではまずにお目にかかったことはないであろう形状だ。

「そうしたいのは山々なのだがな」

足元に鬼火が宿ったかと思うと、炎の中から現れた滑車が激しく回転して鬼の体を宙へと持ち上げた。
それを見た幸村が無言で三成と左近の前に出ると、再び槍の柄で軽く地面を叩く。元々あった結界の中に、さらに三人を囲む小さな結界が完成した。
右腕を伸ばして刀を構えた信之が大きく息を吸いこむ。

「はっ!」

裂帛の気合いと共に刀から風の渦が放たれる。辺りを荒れ狂う爆風に吹き飛ばされずに済んだのは、ひとえに結界のおかげだろう。
しかしその結界越しだというのに凄まじい威力だ。着物を煽られてよろめきかけた三成の腕を幸村が掴み、自分の方に引き寄せる。左近は護身用に持ち歩いている脇差を引き抜くと地面に突き立て、姿勢を低くしてなんとか堪えた。
辺りを覆っていた雪があっという間に消え、信之の手元へと集まっていく。唐突に風が凪ぎ、信之は目の前に浮かび上がった巨大な雪の結晶を握り潰すと嘆息した。

「見ての通り、ある程度は片付くのだが……」

上空から心底参ったと言いたげな様子で辺りを見渡している信之に倣い、三成と左近も辺りを眺めた。
なるほど確かに最初に比べれば雪の量は少し減っている。が、まだまだ都の平年並みの積雪量にはなっていない。これでも十分大雪だ。
地上に戻ってきた信之は鬼火を打ち消すとしゅんと肩を落とす。

「慶次殿と政宗殿に乞われ、都の雪もなんとかしようとしたのだが、この有様でな。申し訳ないが、私の力ではどうにもならない」

「私も、熱気で雪を溶かせないかと思ったのですが…」

さすがに真冬一歩手前のこの季節に都全体の気温を上げるわけにもいかないし、この気温で突然雪が溶け始めたらそれはそれで何事かと大騒ぎになることだろう。
かといって中途半端にやってしまったら今度は溶けた雪が凍り付いて更に除雪が難航してしまう。結局いい方法が思いつかず、人間たちを手助けしてやることはできなかったのだ。

「それで兄上が、せめて自分が降らせた分の雪くらいは片付けようと仰ったので、来た道をたどるついでに私が人界の案内を」

「呑気だな幸村……」

後始末に力を注いでいると見せかけて、それを俗に観光というのではないだろうか。
一応暴風から庇ってくれたことには礼を言って離れた三成は、呆れながらも乱れてしまった尻尾の毛並みを手櫛で整えた。

「あのー順調にお話が進んでるところ申し訳ないんですがね……そちらの、ええと、信之殿とこの大雪に何の関係が?」

恐る恐る声を上げた左近に、三対の視線が同時に向けられてぱちりと瞬いた。さすがにこれだけの大妖怪を前にすると、たったそれだけの動作でも若干畏怖を覚える。
三大妖が相手なら最近はそんなこともないのだが。ひとり違うだけだというのに大層な威圧感の差だ。ということはつまり、普段の三大妖たちは人間たちに気遣って相当妖気を抑制しているのだろう。この異様な空気は普段あまり人間と相対することのないであろう信之から発されているものだ。
幸村が納得した様子でぽんと手を打つ。

「これは失礼いたしました。兄は雪鬼という妖なのです。我ら八大地獄の鬼とは違い、五行で言うと水の性にあたるのですが、水というよりは氷や雪を操ります」

「……その雪鬼が人界にいたんで、大気が影響を受けて雪が降ったってことか?」

「さすがは左近殿、話が早くていらっしゃる」

にこりと微笑んだ幸村が満足げに頷く。一応原理がわかったのはいいが、当人の前だというのに左近は大きな溜息をついてしまった。
人間からすると、はた迷惑極まりない。孫市が「絶対都に何か憑いてる」と言っていたが、あながち間違いでもない気がしてきた。貧乏神的な何かに取り憑かれているとしか思えない間の悪さだ。
こういうときに頼みになるのが陰陽寮ではないのだろうか。強化したはずの結界は一体どうなっているのだ。

「さて、そんなわけで私ができるのはこれくらいだ。この辺りを見回って片付けられる分はなんとかしようと思っている。それに、百年で人界がどのように変わったのかも気になるからな」

そう言って爽やかに笑った信之は再び滑車を疾駆させ、凄まじい速度で上昇するとそのまま姿を消した。一礼した幸村が後を追って神速で駆け出し、すぐに見えなくなる。
一気に見えない重圧がなくなったので左近はほっと安堵した。できれば今後目の前に出てくるときには、幸村くらいまで妖気を抑制してから来てほしいものだ。

「さてと。話が逸れたな。守宮の話だったか?」

「………ああ!そうでした」

あの兄弟の出現のおかげで当初の目的をすっかり忘れ去るところだった。
三成の気が変わる前にと立ち上がった左近だったが、顔を顰めて大きく咳き込む。寒さに晒されたせいか、来る前より悪化したような気がした。




 

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