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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6

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山奥にぽつりとたたずむ寂れた堂。
辺りには雑草が生い茂っているというのに妙に綺麗な造りなのは、この堂が某水神の手によって修復されたものだからである。今はその雑草も雪の下に埋もれ、先端が僅かに見えるのみだ。
その中から、微かな唸り声が聞こえてくる。

『さむい……』

堂の中に無数に浮かぶ、青白い狐火。唸り声はその真ん中で丸まっている子狐が発したものだ。
ふさふさとした尻尾に頭を突っ込み、これでもかというほど小さくなって尚呻き声は止まない。子狐――三成はもぞもぞと体勢を動かしながらも、結局最初と全く同じ格好に落ち着いてさらに身を縮めた。
と、勢いよく堂の扉が開け放たれる。

「三成、来たぞ!私だ!!」

『うるさい!!!!』

「ぐあああっ!」

扉を開け放った兼続は狐火の集中砲火をくらい、仰け反った勢いのまま少ない階段を転げ落ちた。
毛玉の中から尖った耳がぴんと立ち上がる。不機嫌そうに辺りを探り、三成は半眼のままで顔を上げた。
何事もなかったかのように爽やかな笑顔と共に戻ってきた兼続を見やると、威嚇の唸りを上げて牙を剥く。

『貴様、三寸以上その扉を開けるなよ……これ以上の冷気の侵入は許さぬ』

「この怠け者め。身体を動かしていれば自ずと暖かくなるというのに」

額を押さえながら大仰な動作で首を振る兼続を睨み付けながら、その背中の羽毟って羽毛布団にしてやろうかと物騒なことを考えている三成である。
妖たちは人間ほど外気温の影響を受けない。が、あくまで人間と比べたときの話であって、雪が降れば当然寒いし水無月を過ぎれば暑さでうだることもある。
そして、熱いのも寒いのも大嫌いな三成の対処法はずばり、動かないことだ。懐炉(幸村)もいないので今回は徹底すると心に誓っている。

『俺は決めたぞ、今年こそ冬眠するのだ。生物の摂理に従うことにする』

「何を言っている。我ら輪廻の理から外れた異形、今更生物の摂理も蜂の頭もあるまい!」

引っかきと噛みつき攻撃を避けるために後ろから首をつまんで持ち上げれば、子狐は一つ身震いしてそれでも丸まろうとする。一見するとただの毛玉のようだ。
さてどうしたものだろう。天狗族の力では暖を取るのに適切な方法が思いつかない。風で雲を吹き飛ばして晴れさせてやってもいいが、それをしたところですぐに雪が溶けるわけではないし、自然現象かどうかがはっきりしていない以上無駄骨に終わる可能性もある。
可能性もあるどころか、どちらかといえば失敗する確率の方が高い。となると、人界のどこかにいると思われる雪鬼を探し出すのが先決か。それとも謙信公経由で信玄公に言上して懐炉を連れ戻すべきだろうか。
思索を巡らせている兼続の手の中で、おもむろに毛玉がもぞもぞと動いて大きな耳がぴんと立ち上がった。鼻をひくつかせていた子狐の目が剣呑に細められる。

『………臭う』

「ん?」

警戒するように体毛を逆立てる子狐を見て、まさか敵襲かと神経を研ぎ澄ませて辺りを探る。
だが、危険な気配は感じられない。何事かと尋ねようとしたところで、兼続の耳に微かな足音が届いた。少しずつ近づいてくる足音の主が誰なのか察してほっと息をつく。

「なんだ、左近ではないか」

妖の五感は人間のそれよりもかなり鋭く冴えている。三成の聴覚と嗅覚はその妖たちの中でも頭二つ分ほど飛び出しているため、兼続よりもだいぶ早くその存在に気付いていたのだろう。
それにしても何故左近に対してこんなに敵対心を剥き出しにしているのか。兼続の知る限りでは、三成があれほど人間に懐いたところは過去七百年で一度も見たことがなかったほどだというのに。
小さな体を捻って兼続の手から逃れると、その肩に着地して足音のする方角を睨みつける。ほどなくして、がさがさと草木を掻き分けて大柄な男が姿を見せた。

「あ、いたいた。今日は山城殿が一緒でしたか」

屈託なく笑って片手を上げる左近を睥睨し、三成は喉の奥で唸る。

『貴様、本物だろうな?』

「……はい?」

「三成?」

左近だけでなく、兼続も怪訝な声を上げて三成を見つめてしまった。
妖怪変化の類ならば自分たちが見破れないはずがないというのに、突然何を言いだすのだろう。目配せをしてくる兼続をちらりと見やって、三成は左近から一定の距離を保った場所に降り立った。

『いつもと違う臭いがする。微かだが』

「凄い嗅覚ですね、相変わらず」

得心がいった様子で肩を竦めた左近は軽く笑うと、敵意はないというように諸手を挙げてみせる。

「正真正銘、俺は島左近ですよ。……といっても嘘じゃない証拠もないんで、信じられないならどうぞ悟りでもなんでも使って確かめてください」

妖の前では人間の吐く嘘など何の役にも立たない。口で説明するより、心を見せた方が早いのは確かだ。
三成はしばらく左近を見つめていたが、結局悟りは使わずに一つ嘆息すると青年の姿へと戻った。
微かに尻尾を揺らしながら左近に歩み寄っていく三成の様子を、兼続は実に面白そうな様子で眺めている。
妖の頑なな心も、変わることはある。最近特にそう思うようになったのだが。


――あの三成が、随分とまぁ……


ふと、兼続の視線に気づいたらしい三成が肩越しに振り向いて目を細めた。

「なんだ、ひとの背中をじろじろと」

「いや?別になんでもないぞ。邪魔者は退散しようと思っただけだ」

喉の奥で笑った兼続は肩を竦めると白い烏へと変化し、大きく羽ばたいてそのまま空へと舞い上がった。木々の隙間へと消えていくその姿を見送った左近が首を傾げる。
兼続の視線の意味するところを察していた三成は苦々しげな様子で眉間に皺を寄せた。本人の意図と違うことは理解しているが、からかうようなあの視線は実に癇に障る。

「三成さん?行っちゃいましたけど、いいんですかい?」

何か用事があって話をしていたのなら、悪いことをしてしまった。天狗の方が先客だったというのに。ふたりがここにいることはわかっていたから、気を遣うべきは後から来た自分だっただろう。
思考を巡らせていた左近は、三成がこちらを見やって鼻の下辺りを軽く擦った動作で我に返った。

「気にせずともよい。特に用があったわけではないからな。……それより、お前のその匂いは」

「ああ、これは……」

誤魔化すように乾いた笑い声を上げ、事情を説明すべく腰を下ろした左近の隣に、三成が少し不機嫌そうな顔で座り込んだ。





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都で大雪が降った日。除雪作業を終えて帰邸した左近を、あるはずのない出迎えが待っていた。

「俺は人間だ」

あっけらかんと言い放たれた言葉に返すことはせず、左近は甲懸を外す手を止めて素早く立ち上がると身を翻して相手と対峙した。
背後に立ってたのは男だった。白を基調とした柔らかそうな生地の衣装を身に纏っている。頭部にも頭巾を被っていて、顔の大半を覆い隠しているため表情は窺い知れない。唯一覗く瞳は色素が薄く銀色にも見える。
邸に入った時点で、気配を全く感じなかった。その時点でまず只者ではないと思っていい。そもそも初対面で自分から「人間だ」と名乗る人間がどこにいるというのか。

「…あんた、何者だ?」

警戒を強めながら距離を計り、得物に手をかける。空を切った巨大な斬馬刀の切っ先を真っ直ぐに向けられても、男は動じた様子もなく少しだけ首を傾けるのみだ。
白銀の瞳が左近を見透かすようにして細められる。

「霊力はそれなりのようだな。さっきのはほんの冗談だ。ああ、夕餉ができているが、食べるか?」

「質問に答えろ!」

怒号して一歩踏み込み、得物を横に一閃させる。
刃が男の胴を通過し、真っ二つに叩き切る。が、手に何かを斬ったような感触は伝わって来ず、勢いのまま斬馬刀は壁にめり込んだ。
胴と下半身が分かれた男の姿は煙のようになって消える。天井の梁の方から、感嘆したような溜息が聞こえた。

「良い太刀筋をしている。さぞ高名な退治屋になれるだろう」

素早く視線を巡らせて見やった先で、男は腕組みをしながらしきりに頷いている。梁の上で立ち上がって跳躍すると、そのまま床に飛び降りる。
一連の動作に全く体重を感じない。警戒を強める左近を見やって、男は布の隙間から覗く目を細めてどうやら笑っているらしかった。

「まぁそう構えるな。俺は守宮だ」

緊張感に欠ける柔らかな声音で離す男はどこまでも落ち着いているように見える。
じ、と相手を睨みつけたまま、左近は暫し相手の様子を探った。
守宮といえば、戦乱で死んだ武士の魂が妖となって井戸に住みついたものだ。たしか姿は小人だったはずだが、目の前にいる男の背丈はどう見ても成人男性のそれである。そしてこの邸にはどこにも井戸など存在しない。
とはいえ、人間の間で伝わっている伝承が必ずしも正しいわけではないことも重々承知している。
今のところ、男からは妖気も敵意も感じられない。得物を構え直しても避ける素振りすら見せない。さっきは煙に巻くようにして逃げられたが、反撃するつもりはなさそうだ。
少しだけ警戒を解いて見せる左近を見て、男はくすりと笑った。

「驚かせてしまってすまない。少し探しものをしていてな。都に来たのは初めてなものだから、すっかり迷ってしまったのだ」

だからといって勝手に人の邸に上がり込んで夕餉の支度までしているというのはどうなのか。
言いたいことはごまんとあったが、その時左近の腹の虫が盛大な音を立てて鳴いた。
早朝から夕方まで、昼餉のとき以外はほとんど休まず作業をしていたのだ。腹が空くのも自然の摂理。が、あまりに場にそぐわない音だったため、集中力が切れてしまった左近は深々と溜息をついた。
梁から飛び降りた男は音もなく着地すると、穏やかに目を細める。

「とりあえず、腹ごしらえをしよう。相伴に預からせてもらえると助かるのだが、どうだろうか」





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「で、まぁ飯は美味かったし敵意もなさそうだったんで寝床を提供するに至った、と」

「至った、ではないのだよ」

呆れて溜息しか出てこない三成だ。そんな得体のしれない相手を邸に引き入れ、しかも寝床を提供するなどどうかしている。相手が巧妙に気配を隠した悪辣な妖で、食事に毒でも仕込まれたらどうするつもりなのか。
都人から散々恐れられている大妖怪である自分のことは棚に上げ、眉間の皺を深くする三成だ。普段と違う臭いを纏いつかせていた左近の謎は解けたが。

「いやぁ、でも何もしなくても飯が出てくるってのはありがたいもんですよ」

呑気に笑った左近は、ふと息を詰めて軽く咳をした。すぐに収まったが、微かに喉から聞こえた嫌な音に三成の耳がぴくりと動く。

「感冒か?」

「っ、失礼、雪片付けで汗かいたら体が冷えちまったみたいでね」

どうも昨日から調子が悪く、時折こうして咳が出るのだ。発熱などはしていないのだが。
今はやれ雪道で足を滑らせただのやれ急に冷え込んだので風邪をこじらせただのと典薬寮は大忙しなのだ。すぐに処方してもらえない可能性もあるから、悪化する前に薬をもらっておくのも手かもしれない。
左近の背を軽く叩いた三成はふむ、と思案した。

「気になるな、その男」

言動から何から何まで不自然なところしかないのに、左近が妙に気を許しているのが特に。人の心を操る妖というのも存在しないことはないが、そういった芸当は相当高位な妖の所業だ。たかが守宮にそんな力はなかったはず。
気になるなら自分で調べればいいだけのこと。所在が左近の邸となればこそこそと内裏に忍び込む必要もない。少し様子を観察して、大したことがなければ見過ごせばいい。

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