[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
5

****




力の抜けた手から得物が滑り落ちて地面に転がり、倒れかかった鬼を慌てて幸村が支える。
一連の騒動を見ていることしかできなかった慶次はただ笑みを浮かべるしかなかった。一体なんだったのだ、今のは。
信之が完全に落ちたのを確認した幸村は得物を収めると、政宗と慶次を振り返って深々と頭を下げた。

「申し訳ございません、兄がご迷惑を!色々と誤解が重なりまして…その、何とお詫びを申し上げればよいか……」

「……一応、経緯聞いた方がいいかい?」

「よろしければ是非に」

幸い、政宗の結界の展開が早かったため大内裏までこの騒ぎは届かなかったようだ。一部の勘の鋭い者が何か感付いたかもしれないが、今のところ役人がこちらへ向かってきそうな気配はない。
が、さすがに鬼がふたりも揃うと何もしていなくても辺りに満ちる妖気が尋常ではない。しばらく結界はこのままにしておいた方がよさそうだと判断し、政宗は小声で呪を唱えて拍手を一つ打った。
元々あった結界の内部にさらに結界が広がり、より強固な障壁が織り成される。
嘆息した幸村は恐縮しきりで都に積もった雪を見やった。

「兄は八寒地獄の獄卒で、雪鬼という妖なのです。実は私も百年ぶりに会ったのですが……」

信玄曰く、亡者たちの法廷へと戻ってきて八寒地獄の報告をし終えた信之は、何よりもまず弟の近況を聞きたがったらしい。
それもまた彼らしいと、信玄は快く承諾してここ最近の動向を話してやった。――否、話してやるつもりだった。
信之が摩訶鉢特魔地獄までの道のりを往復している間のほとんどの時間を、人界で三成と兼続と共に過ごしていた幸村。つい最近、その彼に都人たちがあらぬ嫌疑をかけ、討伐軍を編成し、刃を交えることとなった。

「という話を閻魔王様から伺った途端、ものも言わずに人界に飛び出したようで……」

優れた悟り能力で人間たちの記憶を辿り、鬼退治の陣頭指揮を命じられていた前田慶次という名を突き止めた。色々と飛躍しすぎた信之の思考の中ではその討伐軍によって幸村は既に亡き者となっていたらしい。
そこまで聞いた慶次はさてどこから突っ込んだものかと思案した。実に懐かしい話題が出てきたものだが、もう一年以上も前の話ではないか。なんというか、どうしてこうも妖というのは自分の目的に向かって良くも悪くも一直線なのだろう。もう少し広い視野を持ってもらわないと、勘違いでうっかり殺されかねない。
呆れ半分で話を聞いていた政宗が低く唸った。

「その雪鬼が人界におったゆえ、都に例年にない量の雪が積もったというわけか?」

「おそらく、そうだと思います。……いえ、本人から聞いた方が早そうですね」

言うが早いか幸村の妖気が緩やかに辺りに広がると、その肩に力なく凭れていた信之の瞼が僅かに震えた。
緩慢に首を上げて周囲を見回す。警戒して一歩下がった政宗と慶次は成り行きをとりあえず見守ることにした。
鮮やかな青い瞳が政宗、慶次、最後に幸村の順に姿を映し、見開かれる。

「幸村……?!」

「お久しぶりです、兄上」

穏やかに笑う幸村の顔を見て、信之は素早い動作で身を翻すとその肩をがしりと掴んだ。

「ほ、ほんとうに、本物か?!なぜ……?!いや、そう、それなら、良かった…!良かった!本当に…ッ!幸村ああああっ!!」

「うるっさいわ情緒不安定か!!」

絶叫して膝から崩れ落ちた信之を指さした政宗が思わず叫ぶ。肩が震えているように見えるがまさか泣いているのだろうか。
危うくこれに殺されかかったと思うとなんとも心中複雑な慶次だ。跪いたままで「よかった」と「幸村」をひたすら繰り返している信之の姿は、どう頑張っても先ほどの鬼と同一の妖には見えない。
妖というのは実に個性的だなぁ、とどうでもいいことに感心してしまった。なんというか、見ていて飽きない。
幸村はなんとか信之を宥め、慶次と政宗は敵ではないということを説明した。弟が生きていたことで全てが吹っ飛んだらしい信之は清々しい面持ちで立ち上がると慶次に頭を下げる。

「私の勘違いで、とんだ失態を見せてしまいました。申し訳ない。私は信之と申します。弟が世話になっているとか」

「……なんだか調子が狂っちまうねえ」

あまりの切り替えの早さに呆れつつも嘆息した慶次は軽く笑って肩を竦める。
改めて見ると、険の取れた面差しは実に幸村によく似ていた。否、兄というからには出生は信之の方が先なのだろうから、どちらかというと幸村が信之に似ている、というほうが正しいのかもしれないが。
顔の右半分に浮かぶ赤い紋様が表情に威厳と凄味を与えているものの、発する妖気はどこか温かさすら感じるほどに穏やかである。同じ量の妖気を幸村が放ったなら、もっと肌を刺すような鋭さがあるだろう。
しかし先ほど激昂していたときの妖気の恐ろしさは尋常ではなかった。彼もまた、間違いなく彼岸の住人だ。
剣呑に信之を睨んでいた政宗がおもむろに口を開く。

「で。この雪は貴様の仕業か?」

「ああ、申し訳ないのだが、その話は少し後にしていただけないだろうか」

「はぁ?」

眉間に皺を寄せながらどすを聞かせる政宗を真っ直ぐに見つめ、信之は何か決意した様子で強く拳を握りしめる。

「私はこれから照魔鏡なる仇敵を粉微塵に粉砕してこなければならない」

「それもうだいぶ前に砕けたよ!」

政宗は苛立ちを隠しもせずに叫んだが、それと同時に内裏から終業の鐘鼓が呑気に響き渡った。





****





早めに出仕していた為に早めの退出を許された左近は、終業時刻よりも少し早く帰路についていた。
普段から体は鍛えているつもりだったが、やはり慣れないことをすると普段動かさない筋肉を使うようで、あちこちからびきびきと音がする。明日の筋肉痛が若干怖いが、何はともあれこの大雪さえなんとかなれば今年は平穏無事に新年を迎えられそうだ。
しかし、年を経るごとに正月が嬉しくなくなるのは、やはり年齢を重ねるせいだろうか。
人間などとは比べ物にならないくらい長生きな妖たちと触れ合う機会が増えてから自分がいかに少ない時間しか過ごしていないのかということを痛いほど思い知らされたわけだが、だからといって年が一つ増えて嬉しくなるわけではない。
もっと言えば、きっとこの先自分がどんどん年を取って皺だらけになっていくというのに、齢千を数えようかという狐の秀麗な面差しに変化が訪れることはないのだろうと思うとなんとも複雑だ。目の保養にはなるが。

『今日はさっさと休むかな……』

欠伸を噛み殺しながら歩いている横を、殿上人の牛車がのんびりとすれ違って内裏の方へと向かっていく。除雪中に雪が降り始めたときはどうしようかと思ったが、皆の涙ぐましい努力の甲斐あってなんとか牛車一台分くらいは通れる道を作ることができた。遠ざかっていく牛車の屋形で駆けまわる小さな妖の存在は見なかったことにする。
黄昏に染まる都の家々から、時折夕餉と思しき美味しそうな匂いが漂ってくるのがなんとも魅力的だ。だがそれは赤の他人の邸の話であって、左近は自邸に戻ったところで自分で食事を作らなければ飯にはありつけない。献立を考えるのも楽ではないのだ。しかも自分しか食べないとなれば猶更面倒である。力仕事をして腹が減っている上に家事もしなければならないとなると気が重い。
いっそ何か手の込んだものでも作って、近いうちに三大妖たちにでも届けてやろうか。誰かに食べさせると思えば自分一人のためだけに作る飯よりはやりがいもあるというもの。それに対して喜んでくれる顔というのは、ことさら嬉しい。
が、埒もない思考にとらわれながら歩いていたせいで、結局夕餉の献立は何一つ思いつかないまま邸に到着してしまった。
盛大な溜息を一つ零しながら、独りで住むには大きすぎる邸の門を潜る。この邸を与えられたときに秀吉から家人もつけると言われたのを断った経緯があるのだが、飯を作るための使用人だけ頼めばよかったと少しだけ後悔していた。
朝早く邸を出てしまったので、一応片付けておいたはずの玄関先には再び真っ白な新雪が積もっている。それをざくざくと乱雑に踏みしめ、なんとか屋内へとたどり着いた。

「ただいま、っと」

返事など返ってこないとわかっているのに声をかけてしまうのは普段の習慣だ。
玄関に腰を下ろして甲懸を外していたら、ふと厨の方から良い匂いが漂ってくる。

「ああ、おかえり」

硬直する左近の背に、涼やかな声音が投げかけられた。





****





都人たちが苦労して雪を片付け、なんとか居住範囲の移動に困らない程度にはこぎつけた。あとは自然の摂理に従って溶けるのを待つのみ。
だが、無情にもその夜、再び都には雪が降り積もり、朝になる頃には再び一面の銀世界が戻ってきてしまっていた。



  

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!