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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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「…殿、――…三成殿!」

聞き慣れた声が耳に届き、三成は重い瞼を開けた。
最初に視界に入ってきたのは見慣れた青年の顔。その表情が明らかに安堵の表情になり、深々と息を吐き出した。

「三成殿、よかった…!」

「幸村……?」

体を起こそうとするが、激しい痛苦に襲われて顔が歪む。その様子を見ていた幸村が慌ててその肩を押さえた。

「まだ起きてはなりません!」

「そうだぞ三成。大人しく寝ていろ」

別方向から聞こえてきた声に、三成の視線が動く。水の入った桶を抱えた兼続がこちらに歩み寄ってくるところだった。不機嫌そうに眉を顰める表情を見て、兼続はにっと笑う。

「心の臓は無事だったが、肺に風穴が開いていた。命拾いしたな」

軽口で恐ろしげなことをさらりと言いながら、手拭を絞って三成の額に置く。傷のせいか熱が高く、身体がひどくだるかった。
忌々しげに舌打ちして手拭を押さえ、辺りを見回す。堂の中のようだ。いつのものなのかはわからないほど古く、雨すらまともに防げないようなもの。三成は昔からここを棲家にしているのだった。
止めようとする幸村を制して上半身を起こし、着物を上だけ脱いで矢で貫かれた傷に妖力を注ぐ。青白い狐火の光に包まれ、表面上の傷は綺麗になくなった。あとは体力さえ回復すればすぐにでも動けるようになるだろう。
数回深呼吸して息を整え、改めて顔を上げる。血の気の無かった頬に僅かに色が戻っていた。

「俺はどれくらい眠っていたのだ」

渋々といった様子で三成の肩から手を離した幸村は、跪座して姿勢を正す。

「人間達が立ち去ってから二刻ほど経ちました。私と兼続殿が三成殿を見つけたのが一刻半ほど前です」

「妖気が一度消えてしまったからな。探すのに手間取った。全く肝が冷えたぞ」

片膝を立てて腰を下ろした兼続を見やった三成は記憶を辿ってみた。破魔の矢の霊力が思った以上に強く一気に妖力を削がれたため、狐火を爆発させて人間たちの目を眩ませて別の場所へと逃れたのは覚えている。途中で意識を失ったのでどこに逃げ延びたのかは思い出せなかった。幸村たちが見つけてくれたのは僥倖だったろう。この山には三成以外の妖はいないので特に問題は起こらなかっただろうが、山道に一人で伸びていたのではあまりに間抜けだ。
そこまで考えてふと幸村と兼続を交互に見やる。

「お前たちの方は大事無かったか?」

あちこちで妖気が荒れている様子は離れた場所にいる三成にも感じ取ることができた。彼らのところにも人間たちが向かっていたはずである。見たところ、二人とも怪我などはなさそうだが。
一番の重傷者のくせに周囲を心配する辺りが三成らしい。だから幸村が過度に心配するのだ。そんなことを内心で思い、軽く笑った兼続は肩を竦める。

「こちらは特に問題ない。そこまで有力な術者もいなかったようだしな」

同意するようにして幸村も頷く。
しかし、視線を巡らせた三成の瞳がその双眸から離れない。全てを見透かすような眼差しにじいと見つめられ、気圧された幸村は思わず目を逸らした。

「……幸村、腕を見せよ」

一瞬、肩がぴくりと跳ねる。明らかに動揺した表情だ。
硬直してしまった幸村を三成は静かに見据えた。そもそも最初から、いつもは衣を襷掛けして持ち上げている袖を下ろしていることに違和感があったのだ。

「早くしろ。俺の鼻は誤魔化せぬぞ」

数拍の間を置いてから観念したように幸村が右腕の袖を捲り上げた。
異形の腕に縦に走る切り傷。もう塞がりかけているようだが、浅い傷ではなさそうだ。袿を撥ね退けるようにして起き上がった三成がその腕を掴み、痛ましげに傷を見やる。彼の心情が現れたのか、頭上で揺れていた獣の耳がしょんぼりと垂れ下がった。
慌てた様子で幸村が無傷の左手を振ってみせる。

「これはその、ええと、人間に負わされた傷では」

「わかっている。………なぁ兼続?」

ぎろりと睨まれ、唐突な展開に兼続は目を瞬かせる。この狐の機嫌を損ねるような真似をした覚えはないが。
さすがに狐火までは顕現していないが、明らかに不穏な妖気を纏った三成の周囲で空気が渦巻き始めた。思わず羽を羽ばたかせて不可視の壁を築く。

「幸村の傷に貴様の妖気の残滓があるのはどういうことだ」

「その怪我を負わせたのが私だということだろうな」

あっけらかんと放たれた台詞に三成の妖気があからさまに強まった。片膝をついた幸村がおろおろと二人を見比べている。
兼続は正直にそこは認めたものの、実は身に覚えがなかった。瞑目して腕を組み、三成の妖気を阻みながら記憶を反芻させる。ふたりに人間たちが動き出したことを報告して、それからあの陰陽師たちと対峙して。三成の妖気の爆発に気づいて、その後。
あ、と気の抜けた声が出た。相変わらずこちらを睨み続けている三成を見やってぽんと手を叩く。

「そうか、わかったぞ。私の竜巻から人間共を庇った傷だ。そうだろう幸村」

確信を持っての問いかけだったが、幸村は黙ったままである。否定をしないということはその通りなのだろう。
毒気を抜かれた様子の三成の妖気がふっと収まった。無意識に肩に入っていた力を抜く。彼の妖気は強大だ。友であるとはいえ、その中に身を晒していれば気力も削がれて当たり前である。
怪訝そうに三成は幸村を見下ろした。

「人間を庇った?何故そのような」

「……私の都合にお二人を付きあわせるまでもないと、思ったまで」

瞑目して項垂れた幸村の膝に置かれた拳が震えた。

「申し訳ありません…私が人間の甘言に惑わされたばかりに……!」

徳川家康と名乗る人間が幸村を訪ねてきたのはひと月ほど前のことだった。人間と妖の共存のため、対立派閥の人間が邪魔なのだと。妖討伐の軍が編成されていて、それが幸村たちを討ちに来ると。
殺さない程度に彼らを痛めつけてほしい。そうすれば再び両者の共存のために力を尽くそうと彼は言った。
疑わなかったわけではない。それでも討伐軍などに易々と討たれる彼らではないし、言う通りにすればまた昔のように戻れるかもしれないという希望を持ってしまったのである。三成と兼続にもその旨を伝え、今日の日を迎えた。その際幸村は念を押したのだ。「人間を殺してはならない」と。それが家康との約束だったからだ。
兼続が人間を殺しかけたのは三成を傷つけられた激昂ゆえ。三成とて人間など片手で蹴散らすことは造作もないほどの力は持っているのだから、あの約束さえなければ遅れを取ることなどなかったはず。
家康と誓いを交わしたのは己のみ。それを守る義務は本来なら幸村にしかない。だが誓いを破ればそれが妖たちの総意と取られ、仲間たちにも害が及ぶ可能性もある。だから身を挺して人間を守ったのだ。傷一つで同胞たちを守れたのならば安いもの。

「あの時私が彼の言を撥ね退け、全力で迎え討っていれば」

消え入りそうな声音で呟いた幸村に返す言葉が見つからず、三成はその隣にちょこんと腰を下ろした。
ふむ、と兼続が思案する。

「……もしそうなっていれば、人間共は激昂して更なる力を持って我等を叩き潰そうとしただろうな」

はっとして顔を上げた幸村を、兼続が真っ直ぐに見据える。

「幸村、お前が家康に利用されたのは事実。三成が傷を負ったのも事実。だがお前が不殺の誓いを交わしていたことで、人間共も最悪の事態は免れた。報復の大義名分を与えずに済んだのだ。この状況ではある意味最上の結果と言っていい。あ、私の風で怪我をさせたのはすまなかったな」

「は、いえ…しかし…」

足を崩した兼続は後頭部で手を組んで壁に凭れ掛かった。

「人間共もいずれは我等に目をつけていたはずだ。くだらん権力争いに巻き込まれたのは気に食わんが…」

言葉の途中で突然ばきっという音とともに堂の壁が崩れ、そのまま後ろに倒れ込んだ兼続の姿は叫び声と共に見えなくなった。顔を引き攣らせた三成の背中に揺れていた尾の毛がぶわっと逆立つ。

「おい貴様俺の棲家を壊すな!ただでさえボロ…違った古いのだぞ!!」

呻き声に続いて羽ばたきの音が聞こえ、崩れた壁の穴に白い烏がひょこっと飛び上がった。咄嗟に獣の姿へと転じて落下の衝撃を殺したらしい。
毛繕いを始めた烏を睨み付けた三成は憤懣やる方なしと言いたげに腕組みをした。

「まぁ、とりあえず人間共はある程度痛めつけて退けたわけだ。暫くは我等に手出しをしようとは思わんだろう。……お前たちが仲間割れをしたわけでもなかったようだし、よかったということにしようではないか」

ついでと言わんばかりに最後に付け足された言葉だが、兼続はすぐに察した。実は彼はこれを一番に心配していたのだろう。だから幸村の腕の傷を見たときにあれほど激昂したのだ。
仲間同士の諍いを嫌う三成らしい。姿勢を戻した幸村が柔らかに微笑んだ。

「お優しいですね、三成殿は」

「ふん」

顔を背けた三成は、ふと思い出したように片耳をぴんと立てた。

「そういえば幸村、家康とかいう人間と交わした約束は今回の討伐軍を痛めつけることだけだったな。それが為った今、お前と奴の間には何の約束もない」

無言で頷き肯定の意を示すと、途端に三成の纏う空気が変わる。穏やかだった妖気が肌を裂くように鋭いものに変わった。
思わず気圧されて言葉が出ない幸村に代わり、兼続が怪訝そうな声を上げる。

「……三成、お前何を」

すっと目を細めた三成は視線を移し、兼続と目が合うとうっそりと嗤った。

「ならば今後はあの人間共に何があろうと幸村が約束を違えたことにはならん。奴等に報復の道理はないが、一方的に攻め入られたこちらからの報復ならば妥当であろう。……この俺を謀ろうなど百年早いのだよ。人間共……特に、」

徐に三成が翳した右腕に狐火が宿り、渦を巻くようにして広がったその中央に都の様子が映し出された。
憎悪で輝く瞳でその先を見やった三成の視線に応じて、一人の人間の姿が現れる。

「あの男……島左近。ただでは済まさぬ…!」

ぐっと拳を握りしめると狐火が霧散し、辺りに満ちていた妖気もふっと消え失せた。
幸村が無意識に深く息を吐く。暫し沈黙した後、瞑目した兼続は烏から普段の姿へと転じた。
無言で三成に歩み寄り、その左胸に手を翳す。
鋭い眼光を涼しい顔で受け流して、霊力を一気に叩き込む。普段の三成ならば小揺るぎもしなかっただろうが、その表情が苦悶に彩られてがくりと膝が折れた。

「三成殿!」

驚いた幸村は咄嗟に立ち上がって三成を支えた。呻き声を上げる狐に兼続は何でもなさそうに続ける。

「今は休め。お前はまだ万全ではない。この程度の霊力を受けただけでその様子では、また不覚を取るやもしれんぞ」

では我々は帰るとするか、などと言いながら兼続はさっさと堂を出て行った。その背中があった場所を剣呑に睨んでいた三成は、諦めたように一つ息をつくと幸村を振り返る。

「世話をかけたな。…あの傷、治してやろうか」

一度目を瞬いた幸村は苦笑して首を横に振った。

「三成殿のお手を煩わせるまでもありません。お気になさらず。…私も退散致します。どうぞご自愛を」

すっと立ち上がって一礼して幸村が出ていくと、そのまま堂の扉が静かに閉じた。
同時に脱力した三成はその場で天井を仰ぎ、眉を顰めて左胸をぐっと掴む。 やはりかなり妖力を削げ落とされたらしい。破魔矢の霊力はまだ完全に抜けてはおらず、間隔を空けながら鈍い痛みが波のように押し寄せてきていた。
気取られまいとしていたつもりだったが、どうやら兼続にはばれていたようだ。最後に彼が霊力を少し分けてくれたので、痛みは最初よりもかなり弱まっている。しかしあんなに勢いをつけなくてもいいではないかとちょっと思ったが、これに免じて許してやることにした。
どちらかというと傷の痛みよりも、人間如きに遅れを取ったことのほうが重大事項だ。幸村に念押しされていたのを抜きにしても、一瞬気を抜いてしまったことは事実である。
久しぶりに信用に足る人間に出会えたかもしれないと思ってしまったことにすら腹が立った。やはり人間など、脆弱なくせに傲慢で身勝手で低俗な生き物に過ぎない。それを今まで捨て置いたからあのように逆上せ上がったのだ。
相応の報いは受けてもらわねばなるまい。三成の口元が、にいっと邪悪に吊り上がった。




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