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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
4



雪と格闘する人間たちの姿を、高所より見つめている影があった。
この大雪の中だというのに、防寒具のようなものは一つも身に着けていない。視るものがみれば――正確には男の姿は「視える」者にしか映らないが――剥き出しの四肢の異様さが真っ先に目について、腰を抜かしていたかもしれない。
沸き立つ溶岩のようなごつごつとした皮膚に包まれた肢体は、幸村のそれと酷似していた。となれば、異形であるがゆえにこの寒さにも全く影響を受けないのだろうと想像することは容易い。
両足に備わった滑車には青い鬼火が宿る。それと同じ色をした瞳が何かを探すように都中を行き来したかと思うと、ある一点に据えられて留まった。
切れ長の目がすぅと細められる。

「………見つけたぞ」

雪原に反射する日光を受けて輝く獅子の鬣のような金髪と、人間にしては立派な巨躯。
間違いない。
徐に男が翳した右腕に、蛇のようにうねった鬼火が絡みつく。細長い形を成した炎が四散すると、中から長い刀身の刀が顕現した。
普通の刀とは違い、柄からも刃が伸びているその得物を構え、男が姿勢を低くする。

「かような人間風情に、あれが遅れを取るとはな」

だが、それも過ぎたこと。
完全なる私怨だと、自分でもよくわかっている。それでも、彼には成さねばならぬ目的があった。

「我が弟の仇……!!」

ふっと滑車から鬼火が掻き消え、男は目にも止まらぬ速さで地上へと降下する。
青から金に転じた瞳に射抜かれた瞬間、地上にいた慶次が顔を上げた。

「前田慶次、覚悟ォォォッ!!」

至近距離を通過した刃の風圧を受けて、隈取のすぐ横の肌に赤い線が走る。
一瞬の沈黙があった後、凄まじい妖気が爆風となって弾けた。






顔を見た瞬間、幸村だと思った。
しかし、刃を受け止めた際に翻った長い銀髪を見て混乱しかける。こちらを睨みつけて怒りから激しく煌めく瞳は、見覚えのあるそれとあまりに酷似していたからだ。
雪に足を取られて体勢を崩しかけたところで、その影が素早く後退した。

「慶次?!」

吃驚に彩られた声音は政宗のものだ。よくぞあの剣戟を受け止めたものだと我ながら感心する。衝撃を全て受けた木鋤は真っ二つにへし折れていた。体ごと両断されなかったのは奇跡だ。
何が起きたのか理解が追いつかないまま、辺りに妖気が渦を巻いた。除雪作業で火照っていた体の温度が一気に下がる心地がする。
この強大な妖気。ただの妖ではない。

「禁!」

政宗が地面に描き出した五芒星が辺りに広がり、一帯を覆う結界となる。ここは陽明門から十丈も離れていない。これだけの強い妖気が大内裏に入り込もうものなら大問題だ。なんとしても食い止めなければならない。
雪原に筋を刻みながら飛び退った男が片膝をついたまま顔を上げる。その面差しに浮かぶ紅い模様と、額から突き出す小さな角を見留めた慶次は眉を顰めた。

「鬼…?!」

呟きが届いたのかはわからないが、男は地面を強く蹴ると一気に慶次に肉迫する。
慶次は横に一閃する刃をぎりぎりのところで躱して冷汗を浮かべた。まずい。今の自分は丸腰だ。素手では妖と対峙できないというわけではないが、さすがに相手が悪すぎる。
これは、武器を持っていても危険な部類だ。

「ぐぅっ……!」

仰け反った姿勢のところで追撃をかけられそうになり、慌てて鬼に足払いをかける。均衡を崩した鬼は一瞬よろめいたものの、舞うような動作で反転すると再び得物を構え直した。

「オンキリキリ……」

独鈷を構えた政宗が真言を唱えはじめた途端に、鬼の視線が素早く動いて視界に政宗を捉えた。
金の瞳が、一瞬だけ鮮やかな青に転じてぎらりと光る。

「っ?!」

ひゅ、と空気が詰まるような音がして、突如として声が出せなくなった。喉を封じられたことに気づいて慌てて反対呪文を心の中で唱えてみたが、同時にびきびきと音を立てて足と手が凍りついたことでそれどころではなくなってしまう。
刃が空を裂く音がいやに近くで聞こえた。

「政宗っ!」

振り下ろされた刃が届く直前、慶次の腕が伸びて政宗の小柄な体を抱えると積もったばかりの新雪の山に飛び込んだ。
急いで起き上ろうとしたが、政宗と同じく手足が凍り付いてその場から動けなくなってしまう。まずった、と思った瞬間、背後に立つ気配を感じた。

「終いだ」

鬼が頭上に翳した刃が鈍く煌めく。さすがにこの状況では、慶次も政宗も打開策が何一つ思いつかずにさっと血の気が引いた。
万事休すかと、表情が大きく歪む。
が、次の瞬間すぐ傍で凄まじい熱量が顕現し、同時に澄んだ金属音が辺りに響き渡った。
薄く目を開けると、赤い衣の向こう側で驚きに目を見開いた鬼の顔とぶつかる。真紅の十文字槍が剣戟をぎりぎりのところで受け止めていた。

「はあああっ!!」

裂帛の気合いと共に幸村が受け止めた刀ごと槍を一閃させると、もう一方の鬼は勢いのまま背後に吹っ飛んで雪壁に激突した。
同時に二人の自由を奪っていた氷が解け、政宗の喉がすうっと空気を通して元通りになる。軽く咳き込む政宗の背中を擦ってやっていると、幸村が肩越しに振り向いた。

「慶次殿!政宗殿も…!ご無事でよかった……!」

肩で息をしていながらも安堵の息を吐き出し、へなへなとその場に膝をつく。一体何事かと問いただそうとした慶次だったが、さっきの衝撃で起きた雪煙の中で人影が立ち上がったことに気づいて瞠目した。

「幸村!」

視線を前に戻した幸村の眼前に再び鬼が躍り出る。握り直した得物で刃を受け止めた幸村は鋭い声で叫んだ。

「落ち着いてください兄上!この方々は敵ではありませぬ!!」

「……えっ、兄?!」

状況も忘れて素っ頓狂な声を上げてしまった政宗だ。慶次も声こそ上げなかったが、唖然として口が開いたままになっている。短時間で色々起こりすぎて全く理解が追いつかない。
兄上と呼ばれた鬼――信之は一瞬、目の前にいるのが誰なのかわかっていないようだった。ゆっくりと一つ瞬きをした後、ふっと笑って瞑目すると口の端を吊り上げる。

「私も焼きが回ったな……ついに弟の幻覚まで見え始めたか」

「兄上!幸村は生きておりますゆえ勝手に殺さないでいただきたい!」

必死に言い募る幸村だったが、信之の耳にはその声は届いていないようだ。彼の意識は標的を斃すことだけに向いてしまっていて、その他の事象を全て拒絶してしまっている。
そして、その標的となっているのは慶次だ。
金の瞳が苛烈さを増して煌めき、幸村を射抜いた。

「命が惜しくば退け!刺し違えてでもその男に引導を渡してくれる!!」

辺りに迸って轟々と唸りを上げる妖気に、一瞬幸村の妖気が気圧されて怯んだ。あの幸村が、である。
しかし、信之の足もとに輝く五芒星が浮かび上がるとその妖気がきんと音を立てて凍り付いた。

「清陽は天なり、濁陰は地なり!伏して願わくば、守護諸神加護哀愍し給え!急々如律令!」

幸村が時間を稼いでいた間に反閇を完成させていた政宗が、一気に結界内を浄化する。妖気が外に漏れぬようにと築いていた結界だったが、意外なところで別の役割を果たした。
金の瞳が輝きを失い、一つ瞬きをすると青に転じる。その目が、今度こそ目の前にいる赤い鬼を捉えた。

「幸…村……?」

「はい!ここに!」

しっかりと頷く幸村を信じられないものを見るような目で見つめて、信之はふっと意識を手放した。





****





『……』

都の一角から瞬間的に迸った霊力と妖気を感じ取り、左近は木鋤を動かす手を止めて少しだけ視線を動かした。
あれは政宗の霊力だろう。両方が一瞬で消えたということは、結界を作って何かと一緒に閉じこもったようだ。
まさか、この雪に乗じて何かが敵襲をかけてきたとかだろうか。なんとなく妖気の方は鬼のものと似ていたような気がしたが。助けに行った方がいいのか。

「…………面倒事に巻き込まれそうな気しかしねぇ……」

直感でしかないが、なんとなく。こういうときの勘はよく当たる。
目を据わらせて呟くと、全てを見なかったことにして雪片付けを再開した。


 

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