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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
3


「……あり?」

感じ慣れた妖気が凄まじい速度で遠ざかっていったような気がして、くのいちは首を傾げながら空を仰いだ。

「幸村様……?」

「あっ、いたいた!」

おーい、と声をかけられて首を巡らせる。空を駆けていた鬼火が離散し、その中から飛び出した甲斐が身軽に目の前に着地した。

「よっ!」

「こんなとこで何してんすか」

修羅道の監視の役割はどこへ放り投げてきたのか。
呆れ交じりなくのいちを見やって、甲斐はふふんと得意げに鼻を鳴らす。

「亡者崩れの元人間なんて、このあたしの敵じゃないわ。いつも通りぼっこぼこにしてやったわよ」

修羅道は妄執によって苦しむ争いの世界。人道の下に位置する六道の一つで、生前果報が優れていながら悪行も背負う者はこの世界で阿修羅となり、千の時を争いの中で過ごす。
甲斐たち阿修羅衆はその亡者たちを見張り、時には亡者の及ばぬ力を以て徹底的に叩き潰すのが役目だ。
なのだが、甲斐はそんな物騒な側面など全く見えないきらきらした目でくのいちに詰め寄った。

「ね、幸村様は?!この辺にいないの?」

「それがさっき……」

何故か、黄泉比良坂の方へと幸村の妖気がすごい勢いですっ飛んで行ったような。
あまりに早かったせいで気配を察することもできなかったので、多分あんな速度で移動できるのは幸村くらいだろうという見当の結果だ。
顔を見合わせたくのいちと甲斐は無言のまま空中に浮遊すると、滑車を疾駆させて信玄のいる法廷へと向かう。ちょうど裁定が終わったらしい亡者が出てきた扉の隙間から中へ滑り込むようにして突入した。

「閻魔王様!」

「おや?なんだか今日は賑やかじゃね」

快活に笑った信玄は驚いた様子もなく、突然現れた小鬼ふたりを手招きした。
一礼して歩み寄ったくのいちは法廷の中を見回す。やはり、幸村がここにいたらしき気配が微かに残っていた。本当に僅かだが、妖気の残滓が感じられる。
甲斐もくのいちと同じものを感じた様子で改めて信玄に向き直った。

「閻魔王様、幸村様どこ行ったか知ってます?」

さっきすっ飛んで行った妖気の持ち主が幸村なら、何か尋常でないことが起こったと考えるべきだろう。平時であれほど全力疾走する機会はそうそうない。
すると、信玄はなんでもなさそうに肩を竦めた。

「ああ、幸村ならまた人界に降りていったよ」

「ええええーっ?!」

ふたり揃って素っ頓狂な声を上げ、ずいっと信玄に詰め寄る。黄泉の王たる閻魔王に対して不敬にあたるとか、そんなことは気にならない。

「な、なんで?!どうしてですか!来たばっかりなのに!もう行っちゃったの?!」

「人界で何かあるんですか?!」

「いやー信之が戻ってきた話したら血相変えて飛び出してっちゃってね」

信玄はふたりの剣幕を見てもなんでもなさそうにほけほけと笑っているがそれどころではない。
言いたいことを百万語くらい胸中に押し留めた甲斐はその場に両膝をついて項垂れた。

「嘘でしょ……あたし結局一回も幸村様の顔見てないし……」

某風神雷神の夫婦喧嘩に巻き込まれて人魂を取り逃がした一件以来だったから、超特急で役目を終えてやっと会えると喜び勇んでわざわざ地獄道までやってきたのになんたる仕打ち。
どんよりと頭上に暗雲を垂れこめさせ始めた甲斐を横目で見やり、くのいちは不思議そうに首を傾げた。

「でも、ホントにどうしたんスかねえ……あんなに大急ぎで」

見かけと「鬼」という妖の括りによらず普段は実に冷静で温厚な性格をしている幸村が。取り乱したり焦ったりということはそんなにないのだが。
うーん、と考え込む信玄とくのいちの横で、ぐっと拳を握りしめた甲斐がすっくと立ち上がった。

「決めたっ!幸村様追っかける!!」

「おーおー。さっすが甲斐ちん、男に飢えてますなぁ〜」

にやにやとあくどい笑みを浮かべるくのいちをぎろりと睨んだ甲斐の腕が伸びるが、素早い動きで飛び退って避けられた。
悔しそうな顔をしながらも、甲斐は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「なんとでも言いなさいよ。超肉食系女子で行かなきゃ鬼の名が廃る!あたしはゼッタイ諦めないっ!じゃ、行ってくるわ!」

気合いを入れて飛び出そうとした瞬間、脳天に拳骨が落とされて目の前に星が飛んだ。
いつの間にか音もなく顕現していた阿修羅王が、蹲った甲斐を見下ろして眉間の皺を深くする。

「きゃんきゃん騒いでんじゃねえ小僧。仕事ほっぽり出して何してやがる」

「だ、から……!あたし小僧じゃないし……!!今日はちゃんとお役目果たしましたよ?!」

涙目で顔を上げると、腕組みをしたまま呆れたように紫煙を吐き出す氏康と目があった。
よう来たねーと手を振る信玄に肩を竦め、右手で煙管を外すと開いた左手で甲斐の首根っこをがしりと掴む。

「おうご苦労さん。普通に亡者の追加だ。さっさと戻れ」

「イヤーッ!お館様ひどい!外道!鬼ぃぃいっ!」

「外道結構。あと俺ァ鬼じゃなくて阿修羅だド阿呆」

ずるずると引き摺られながら甲斐はずっと悲鳴を上げ続けていたが、氏康は問答無用で修羅道への道を開いてその中へと身を躍らせた。
道が閉じると同時に断末魔の叫びも途絶える。賑やかな声が急になくなって、信玄は愉快そうに笑った。

「いやはや、退屈しなくて助かるよ」

「そっすね……」

先ほどまで甲斐がいた辺りに憐みの視線を向け、くのいちは深々と嘆息する。
表には出さないが、彼女も知らない間に幸村がいなくなっていたことに多少の寂しさくらいは感じているのだ。
くのいちはそこまで人の世に興味がないので、何が楽しくて幸村が人界に留まっているのかはよくわからない。特に行きたいとも思わないので、命じられるままに幸村の分まで獄卒の役割を果たしている。
信玄も何も言わないから何の疑問も持たなかったが、それほどまでに彼を惹きつけるものが人界にあるとでもいうのだろうか。
思った疑問を口に出してみれば、信玄は少し口の端を吊り上げてくつくつと笑った。

「肝要なのはどこで何をしているかではなく、それによって何を得るかだ。何が価値あるものかは、当の本人にしかわからぬもの。今、幸村が人界に在りたいと願うなら、あやつにとって価値あるものが人界にあるということなのじゃろう」

「そんなもんスかねえ」

人界など、短い寿命を無駄に生き急いでいる生者がいるだけではないか。今生きている人間だって、あと百年もしたら全員川を渡ってこちらへやってくることになるだろうに。
不思議そうに首を傾げるくのいちの頭を、信玄はぽんぽんと撫でた。

「短い生だからこそ見えるものもある。永劫のときを生きる我らには見えぬものを、あやつは人の子の目を通して見ようとしているのかもしれんよ」

黄泉にいる亡者は、全て人界で生を全うした人間だ。生きていたときの数百倍もの時間を黄泉で過ごすことになる彼らのことを知ろうとする意思は決して無駄にはならないだろう。
ぐぐっと反り返って背筋を伸ばしながら一介の小鬼風情には面倒ですにゃ、と首を振ると、信玄はうん、それでいいよと笑った。





****





これは、絶対に陰陽師の仕事ではない。

「伊達殿!そちらが終わったのなら次へ回ってくれ!」

「しょ、承知した……」

げっそりした顔で木鋤にもたれかかりながら力なく返答する。
雪をかき分けなんとか陰陽寮にたどりついてみれば、開口一番まずは除雪だと木鋤を投げ渡された。近衛府の役人たちとやることは変わらないではないか。
まぁ、ある意味予想していたことではあった。大雨ならば止雨の術式を行うこともできるだろうが、さすがに積もってしまった雪となると術ではどうにもならないため、人力で少しずつ片付けるしかない。孫市が言っていたように湯をかけるなど問題外だし、そうなれば残る手段は力仕事のみ。
なのだが、積雪量が予想を遥かに上回る量だったのだ。いつ終わるのか考えるだけで気が遠くなる。午前中から始めてそろそろ終業時刻も近いというのに、全く進展した気がしない。

「陰陽師まで体力仕事してるんじゃあよほど非常事態みたいだねえ」

突如頭上から快活な笑い声が響いてきた。
驚いて顔を上げれば、二又鉾を木鋤に持ち替えた慶次が口の端を吊り上げて政宗を見下ろしている。

「よう、お疲れさん」

「おぬしも今日は除雪か……」

「はっは!それ以外の仕事してる奴探す方が難しいだろうさ」

たしかに、ここへ至るまでの間にも官人たちに何人も行きあったが、ものの見事に全員除雪作業に追われていたことを思い出して政宗は再び嘆息する。いつも通り内裏を闊歩していたのは朝方ちらっと見かけた黒田官兵衛くらいかもしれない。
この雪では参内もままならないし、帰邸するのも一苦労だ。とにかくなんとかしないと仕事にならない。人手はいくらあっても多すぎることはないので総出になったのはいいが、既に作業したくとも木鋤が若干不足気味で数名が調達しに出ていったとの噂もあった。
ああ、いっそのこと目の前に広がるこの真っ白な雪原に大の字になって寝転がりたい。一回やってしまったらそのまま起きる気がなくなってしまいそうなので絶対やらないが。

「雪に慣れておらぬ地域で積雪があると碌なことがないな。まったく迷惑な話よ」

豪雪地帯ならそれなりに備えも覚悟もあるから、さほど取り乱すことはないのだろう。他所に比べれば穏和な気候に恵まれてぬくぬくと平穏に暮らしている都人には大打撃だ。
冷え切った指に息を吐きかける。この調子では明日には霜焼けもしくは木鋤を握りしめたことによる血豆、はたまたその両方が確定だろうと思うと最早溜息すら出てこない。
軽く笑った慶次は木鋤を握り直すと、辺り一面に広がる雪に物怖じすることもなく一気に掘り返しては脇に放り投げていく。見ている間にも自分が半刻以上かけて必死で片付けた面積をあっさりと終わらせる姿を見てなんとも言えない気分になった政宗だ。
体格差を考えれば当たり前だが、こうも体力の違いを見せつけられるとやはり男として少し結構かなり悔しい。まだ政宗は成長期なので伸びしろがあるが、それはそれ。
陰陽師たる者、心技体を同時に磨いていかなければ強力な術を操ることはできない。強すぎる霊力に引きずられれば弱い心は折れてしまうし、どんな状況でも冷静な判断力を持たねばならない。不眠不休でも正確に術式を実行するためには体力は必須だし、もし妖と戦闘になれば体術を習得しておくに越したことはない。
ちょうどいいことに実力のある退治屋が周りにたくさんいる。今度稽古でもつけてもらおうか。

「政宗、休憩はそれっくらいにして少しは手ェ動かしな。いつまで経っても終わらねえぜ」

「あ、ああ、そうじゃな!」

慌てて返事をすると木鋤を握り直す。
そうだ、前向きに考えればこれも身体を鍛える修行の一つとも思えなくもない。どうせ無心でやっていたって途中で飽きる。これも鍛錬だと考えればそう悪い話でもないではないか。
しっかりと足を踏ん張って腰を据えてかからないと、持ち上げた雪の重さで腰や背筋、下手をすれば腕や首も痛めてしまう。そう、これは修行なのだ。
突然作業効率が上がった政宗を不思議に思いながらも、慶次は気合いの声と共に持ち上げていた雪を背後に放り投げた。


 

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あきゅろす。
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