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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
1

とある初冬の朝。
目を開けると、都が銀世界と化していた。




「ぶえっくしゅっ!」

邸を出た途端に身も凍るような冬の風が吹き、盛大なくしゃみをした政宗は肩を震わせながら二の腕を擦った。防寒用に羽織った蓑をきつめに身体に引き寄せる。
都には、冬でもあまり雪が積もらない。勿論降ることは降るが、そうとしても一尺も積もれば大雪と評されるほどなのだ。
それが今や都全体が二尺を超える積雪に覆われて、未だに空からは白い結晶がちらついている。たった一晩でこれだ。普段なら道行く牛車とすれ違う刻限だが、この雪では車輪をとられてまともに進めないだろう。
一歩足を踏み出した瞬間、道に積もった雪に足をとられて盛大に滑った。ぎりぎりのところで手をついて、尻餅をつくのだけはなんとか避ける。
こんな調子で無事陰陽寮にたどり着けるのだろうか。というか、自分以外の者も出仕できているのだろうか。

「うぐぐっ…!」

早くも手が冷たくなってきた。できるなら今この場で門の中へと引き返したいところだ。実のところ、休日が欲しいならば物忌みでもなんでもでっち上げればなんとかなる。
しかし、根が真面目な政宗は後者の思考まで辿り着かない。なんとか体勢を立て直すと、足元に気を配りながら慎重に歩き出した。

「おーい政宗ぇー」

背後から聞きなれた呑気な声が響いてきて、眉間に皺を寄せたまま振り返る。
毛皮をはじめとしたあらゆる防寒具を身に纏った孫市が、ひらひらとこちらへ手を振っていた。

「いやーすげえ雪だな。お前そんな蓑だけで寒くねーの?」

「元々寒さには強い方でな」

ついさっき転びかけたことは言わないでおく。
感嘆した様子の孫市を得意げに見やって、政宗はざっかざっかと雪をかき分けながら歩き出した。身を震わせて毛皮の中に腕を引っ込めた孫市もその隣に並ぶ。

「あー寒っ……こんな日くらいみんな揃ってうちに引っこんでりゃいいのによー」

通りかかった貴族の邸の門の奥から、情けない声が響いてくる。大方いつも通り歩こうとしたら滑って転倒したとかだろう。この様子では薬師たちも朝から忙しなく動き回っているに違いない。
悪戦苦闘しながらも足を進め、なんとか朱雀門が目視できる辺りまで辿り着いた。これなら始業には間に合いそうである。
門の辺りでぽつぽつと動き回る人影を見やって、政宗は目を瞬かせた。

「朝からご苦労なことじゃな……」

木鋤を片手に動き回る人々の姿多数。何をしているかは近寄って見るまでもなく、除雪作業であろう。
大内裏周辺だけでも相当骨が折れそうだが、早くなんとかしないともっと大変なことになる。孫市も含めて、武官たちの仕事はしばらく除雪になりそうだ。

「おや、おはようございます」

作業をしていた男の一人が顔を上げる。政宗と孫市の視線が動いた先には、この寒さの中でうっすらと額に汗を浮かべた左近の姿があった。

「よお。随分早いんだな」

「邸が近いもんで、朝から叩き起こされましたよ」

心底参ったという様子で嘆息した左近は、手にしていた木鋤を孫市に向かって放った。

「今日は一日雪片付けだと秀吉様からの仰せです」

「うげえマジでか……」

大方予想通りである。積雪量を見るだけで気が遠くなる話だ。
頬を引き攣らせる孫市にまぁがんばりましょ、と言い置いて、左近は大内裏の中へと戻っていく。自分の分の木鋤を取りに戻ったのだろう。
孫市は陰陽寮に向かうべく歩きだそうとした政宗の肩をがしりと掴んだ。

「うおっ?!」

「なぁ政宗、なんかこう、術で熱湯の雨とか降らせられねーの?」

「そんな術があるか馬鹿め!大体雪に熱湯をかけるなぞ自殺行為じゃ!」

雪に湯をかければすぐに溶けるかと思いきや、実はそうではない。撒いた水分の温度が一気に下がり、あっという間に凍り付いてしまう。
そうなれば除雪はおろか氷を砕くのも一苦労なのだ。しかも水を吸うため死ぬほど重くなる。
そんなことは孫市もわかっている。が、この雪を見たら少し現実逃避したくなる気持ちもわかってもらいたい。
来たばかりなのに早くも帰りたい雰囲気を醸し出している孫市に背を向け、政宗は門の中へと消えていった。それと入れ替わりで、肩に木鋤を担いだ左近が戻ってくる。
と、孫市の襟首を掴んでぐいぐい引っ張って歩きだした。

「さぁこの辺は後から来る連中に任せてあっち行きますよ。都の主要な大路には人が歩けるだけの道作っとけって言われてましてね」

「お前それマジで言ってる?!」

主要な大路も何も、都は格子状に路が配された造りになっていて必要ない路などほぼないと言っていい。端から端までどれだけ距離があると思っているのか。
これが自分の足で道を歩いたこともないような貴族からの命令だったら反発もしていただろうが、相手が秀吉となれば全ての事情を知った上での命令ということになる。一応雇われている身である以上断るわけにもいかない。
そう言っている間に始業の鐘鼓が辺りに鳴り響き、大内裏の中から次々と木鋤片手に防寒具を着込んだ男たちが現れた。どうやら本当に武官総動員で除雪作業にあたらせるつもりのようだ。
出仕してしまった以上、後戻りはできない。この雪では貴族でなくともまともに動けないのも事実だ。
大きく息を吐き出した孫市は、襟首を掴んでいた左近の手を振り解くと木鋤を握り直した。もう腹を括ってやるしかない。
四角形に切り取った雪を持ち上げようとしたが、あまりの重さに早くも心が折れそうになった。

「あーもう信じらんねえ……やっとわけわかんねえ桜騒動が落ち着いたと思ったら大雪って……マジで都厄年だな。なんか憑いてるとしか思えねーよ」

「まぁ、ある意味憑いてるっちゃあ憑いてますがね」

たとえば三大妖とか、あと三大妖とか。
このところしょっちゅう都上空を旋回する白い烏を見かけるのだ。とはいえ、人間たちが知らなかっただけで兼続の散歩は昔からの習慣だったりするのだが。
雪に突き立てた木鋤に寄りかかり、左近は大きな溜息を吐き出した。

「そろそろ大和に帰って隠居でもするかな……いやまて、都だと殿も遊びに来てくれるし収入もあるしな……迷いどころだ」

「ごちゃごちゃ喋ってねーで手ェ動かせばかやろー!おっさんと千歳超え爺化け狐の惚気なんざ聞きたかねえんだよこっちは!」

終わりが見えない作業に苛々したのも相まって青筋を浮かべて怒鳴った孫市だったが、当の化け狐に聞かれたら無言で首を絞められそうである。
季節外れの桜騒動でそれなりに大きな怪我を負った孫市は、表面上の傷こそ綺麗に治してもらったもののまだ万全にまで回復したとは言い難い。そこへ次は大雪と来た。泣き面に蜂状態で追い打ちをかけられ、もういっそ泣いてしまいたい。
そのとき、唐突に周りで作業していた男たちが騒がしくなった。何事かと視線を移すと、皆一様に目を眇めながら空を見上げている。
つられて天を仰いだ孫市と左近の口から同時に呻き声が漏れた。

「嘘だろ……」

先ほどまでちらちらと舞う程度だったはずの雪が、再び大粒の雪となって天から落ちてくる。雪を片付けてなんとか地面が見えるくらいになった大路は、再び白い雪に覆われて見えなくなっていた。





****





山の中に盛大なくしゃみが木霊し、驚いた鳥たちが一気に木から飛び立った。

「今のは豪快だったな三成!」

からからと笑う天狗を見やり、三成は赤くなった鼻を擦りながら眉間に皺を寄せる。
妖というのは基本的に外気温の影響を受けにくい。あくまで「受けにくい」だけなので全く感じないわけではないが、寒さが原因で体調を崩したり感冒にかかったり、運動量が低下することはない。はず。
はずなのだが、今日は何故か朝から猛烈に寒くて仕方がないのだ。
あまりの寒さに最終手段としてふさふさした自分の尻尾を抱き込み、三成は剣呑に辺りを睨めつけた。

「くそう、俺の懐炉はどこへ行った……!」

こんなときはさっさと獣姿になって幸村の懐に潜り込むに限る。
状況的には三成が幸村の懐炉になっているのだが、三成からするとあくまで自分が幸村で暖を取る、ということになっているらしい。
ところが肝心の幸村の姿が見当たらない。
今回は勝手にどこかへ行ったとかではなく、理由ははっきりしている。人界に留まっている期間が長くなってきたのでたまには獄吏に戻りますと言い置いて、十日ほど前から地獄道へと戻っているのだ。
元々彼がいるべき場所は彼岸で、三途の川を渡った魂を閻魔王の元へと導き、地獄へ落ちた亡者を呵責するのが役目である。普段の穏やかな姿を見ている限りでは後者の部分がいまいち想像できない三成だったが、鬼とはそういうものだ。
周囲にいる様々な悪鬼怨霊の類から侮られることのないよう、鬼というのは基本的に体が頑丈で膂力も並大抵の妖怪では敵わない。三成や兼続のような大妖怪ともなればそれに匹敵するか凌駕する者もいるのだが、とにかく鬼たちはその絶大な力を駆使して地獄の住民たちを統率している。今頃幸村も責務を全うしていることだろう。
別にそれは構わない。どちらかというとそれが本来の姿で、今まで三成と兼続に付き合って人界に留まっていたことの方が変則的だったのだ。だからといって、それに対して信玄から苦言を呈されたりというわけではなさそうだから、単に本人の気持ちの問題なのだろう。
そんな重要な役目を持つ鬼を懐炉扱いしていることに何の疑問も抱かない辺りが、三成と兼続が大妖怪たる所以なのかもしれない。
鼻を啜りながら据わった目で空を見上げる。灰色の雲に覆われた曇り空からは未だに雪が降り続いていて、天照の姿は見えそうにない。

「というかこの寒さ、自然のものではないのでは」

「うむ、そうだろうな」

あまりにあっさり返され、三成は思わず目を丸くした。
そういえば兼続が懇意にしている綾御前は雪女だったはず。もしや彼女の仕業か。
しかし兼続はその疑問に対しては首を振り、片目を眇めて口の端を吊り上げた。

「御前は気まぐれでおられるが、何の前触れもなく都に大雪を降らせるなどという意味もないことはなさらない。いや実はな、つい最近信之殿が摩訶鉢特魔地獄から戻ってきたらしいぞ」

三成は丸くなっていた目をぱちりと瞬かせ、ほう、と珍しく驚いたような声を上げた。
信之というのは幸村の兄の名である。幸村やくのいちのいる八大地獄と対になる八寒地獄で獄吏をしている雪鬼だ。
亡者は落下し始めてから底に辿り着くまで数百年、というのがざらなほど広大な地獄だが、鬼たちは広いからといって端々に目を配らなくて良いわけではない。神速を以て地獄中を駆け回り、亡者たちを監視している。しかし、それでも端まで行って戻ってくるのに数十年単位の時間がかかるのだ。
八大地獄は灼熱の地が広がっているが、八寒地獄は極寒の地。あまりの寒さに亡者の皮膚が捲り上がって常に鮮血が吹き出しそれすらも即座に凍り付くという有様なので、雪鬼や雪女など寒さに耐性の強いものでなくては見回りすらできない。
それらの理由も相まって獄吏の数も八大地獄よりずっと少なく、最も寒い最深部に常駐できる者がほぼ皆無であるため、信玄の直属の部下である信之のような高位の獄卒までもが見回りなどという下っ端の役目を果たさねばならないらしい。
信之が八寒地獄の最深部、摩訶鉢特魔地獄へと赴いたのは百年ほど前のこと。多分その間にある他の地獄も見回っていたのだろうが、さすがに妖たちからしてもそれなりに時間の流れを感じる。
百年か、とぼんやりと考えた三成は思わず首を傾げた。

「待て、信之が戻ってきたのとこの寒さに何の関係がある。まさか人界に来ているのか?」

「そういうことではないか?私も謙信公から言伝を頂いただけだからなぁ。詳しいことは何も」

ただ一言、宿敵の配下の兄の方が戻った、と。普段から寡黙な謙信らしく実に簡素極まりない言伝だった。
しかし、もしも人界に来ているのだとすればなんとも運がない。幸村はつい十日前に地獄に戻ったというのに、行き違いではないか。百五十年くらい人界に留まっていたのに、よりによってこの日に戻ってこなくても。
否、そんなことより気になることがある。

「…………百年離れて少しはましになったのだろうな、あの幸村中毒」

剣呑な面持ちから零れた三成の問いに答えはなく、代わりに兼続は寒さに身を震わせて大きなくしゃみをした。

 

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あきゅろす。
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