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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
9
羅城門の真ん中で、腕組みをしながらじっと前を見据える二人がいた。
暫く沈黙していた秀吉は、肩を落として深々と溜息をつく。

「なーんかここでじーっと待ってるのも阿呆っぽいのぉ…」

「内裏でじっとしてたんじゃ落ち着かんから迎えに行こうっつったのはお前だろ?何言ってんだ今更」

「いやそうだけどもなぁ……お?」

道にたくさんの人影が浮かび上がってきたのを見て、秀吉の表情がぱっと明るくなった。つられて視線を移した利家も心なしか安心する。戻ってこられたようだ。
駆けだした秀吉は先頭に立って歩いていた見覚えのある顔に手を振る。

「孫市!」

明るい声に返事はない。きょとんとした様子で顔を見合わせた二人は、だんだん近づいてきて様相がわかりはじめた軍を見て血の気が引いた。
兵たちの鎧は皆ぼろぼろで、足を引きずっている者や馬上でぐったりとしている者の姿も見える。先導していた孫市の背には小柄な陰陽師がいた。ぴくりとも動かないが、連れ帰ってきたということは死んではいない様子。
孫市本人も負傷しているのかその足取りは力ない。暫し絶句していた秀吉の背を、利家がばしっと叩いた。

「秀吉!何ぼーっとしてンだ、助けねえと!」

焦燥を滲ませて軍に追いついた利家は、今にも倒れそうになりながら歩いていた兵の腕を掴んで肩に回した。ついでに隣にいた小柄な兵を一人脇に抱える。
はっと我に返った秀吉も慌てて孫市に駆け寄った。

「孫市、無事か?!こりゃあ一体…」

「秀吉…」

低く呻いた孫市はそのまま地に膝をついた。その背から転がり落ちた陰陽師は政宗で、どうやら霊力を使い果たして熟睡しているらしい。健やかな寝息が聞こえるが、よく見れば体は傷だらけだ。
改めて軍の様子を見て秀吉は言葉を失った。出たときと人数は変わっていないようだが、とても無事とは言い難い。軽重の差はあるものの皆傷を負っているようで、時折あちこちから呻き声が上がっていた。
膝を折って孫市に視線を合わせれば悔しげな声が上がる。

「すまねえ、しくじっちまった…ありゃあ俺達にはだいぶ手に余るぜ」

その言葉を理解するのに少し時間がかかる。討伐目的だった大妖を討ちそびれたということか。
だがそんなことはどうでもいい。秀吉は一度深呼吸して、無意識に握りしめていた拳を解いた。そっと孫市の肩を叩く。

「そんな怪我して何を言うとるんじゃ。ようやってくれた。無事に戻ってこられて、よかった…!」

声が震えないようにするのに精一杯で、思ったような言葉が出てこない。友の帰還を喜びたいのにこんな事務的な言葉ではだめだ。
負傷した兵たちを地面に座らせた利家が身を翻す。

「秀吉、ここは任せるぜ!俺は典薬寮いってくっからよ!」

「わりいがこっちの分も手配してもらえるかい、叔父御」

聞き覚えのある声音に咄嗟に利家は振り向いた。松風に負傷兵を乗せて脇にも数名を抱えた慶次が、不敵な笑みを湛えて立っている。孫市たちと同じように傷だらけで、こちらも軍の疲労は凄まじかった。
目を見開いた利家が茫然としながらも口を開く。

「慶次、お前……!」

「悪いねぇ、俺達もそちらさんと同じ結果だ」

そう言った慶次の表情が歪む。倒れ込むことはなかったが、傷は浅くはなさそうだ。
のろのろと顔を上げた孫市は口の端を釣り上げて鼻を鳴らす。

「ふん、ざまあねえな慶次」

「あんたこそ人のこと言えんのかい?」

咳込んだ慶次の口元から赤い霧が散る。目ざとくそれを捉えた利家は唇を噛みしめると都の中へと駆け込んでいった。
兵を休ませた慶次が地に突き立てた得物に縋って嘆息する。

「この前田慶次が遅れを取るたぁな。大妖の名は伊達じゃねえってことかい……」

口調と表情にいつものような余裕が見られない。帝の精鋭軍が誇る一番槍を任される男のこんな様など、誰も見たことがないだろう。
ふと孫市は辺りを見回し、隣で項垂れている秀吉を見やった。

「一軍足りねえな。先に戻ったのか?」

黙って首を振る秀吉に、慶次と孫市は顔を見合わせた。まさか。
そう思った瞬間、遠目に数名の人影が見え始めた。だんだんと近づいてくるその先頭に立つ男の姿を認めてほっとする。
慶次や孫市ほど左近の傷はひどくないようだが、後ろに随従している兵たちのありさまはほぼ同等といったところだ。合流したところで、左近が眉を顰めた。

「やれやれ…全滅ってわけですか」

言わずとも様子はわかるといったところだろう。三大妖の一匹だけでも対峙すれば、残りの二匹の実力を知るのは容易なことだ。
にやっと笑った孫市が後ろ手に手をつく。

「美人に気取られすぎて寝首でも掻かれたか?」

「……ま、美人は美人でしたよ」

肩を竦めた左近はふと羅城門を見やった。朱雀大路を駆けてくる一団がある。先頭にいるのは利家だ。
人手を集めて戻ってきたらしい。数回深呼吸した秀吉は意を決した様子で立ち上がって軍を見渡した。

「皆、ご苦労じゃった。体を労わってゆっくり休んでくれ。結果なんぞ気にするな。無事に戻ったなら、何よりじゃ」

ゆっくりと東の空に太陽が昇り、彼らの帰還を喜ぶ秀吉の心を映し出したかのように辺りを照らした。




****




都に討伐軍が戻るより一刻ほど前のこと。
夜の都には月と星の明かり以外の光はほとんど見られない。その明かりに照らされて尚影となる場所も多く存在する。
もぞりと、影が動いた。それは影ではなく、都に騒ぎをもたらしていた管狐たち。闇の中から起き上がったそれらは、ある一点をめがけて集まっていく。
五条大路の端。都を見渡せるほどの高さの屋根の上にもう一つの影があった。集まった管狐たちはその人影が手にしている小筒の中へと納まっていく。
人影――風魔小太郎は筒の中を眺めて喉の奥で笑った。

「家康……自ら災厄の種を芽吹かせておきながら、それを刈り取ることで盤石の地位を得るか」

さも可笑しそうに肩を揺らしていた風魔は、ふと瞬きをする。管狐が一匹足りない。
不意に背後に殺気が降り立ち、空気を裂く音と共に鎖鎌が風魔の首めがけて飛んでくる。跳躍してそれを躱し、再び屋根に降り立った風魔は殺気の主を見やってにやりと笑った。

「半蔵か。我の管狐を届けてくれたのなら、礼を言うぞ」

「風魔、貴様…」

覆面で覆われている半蔵の顔。僅かに覗く目だけが月の光を反射して煌めいていた。その手にはキイキイと耳障りな声を上げる管狐が一匹。風魔が筒の先を差し出すと、管狐は半蔵の手を逃れて筒の中へと潜り込んだ。
懐に筒を戻した風魔は表情に邪悪な笑みを張りつかせる。

「我は貴様の主の望み通り、配下の狐共を都に放ったのみ。奴こそまさに混沌の種。……否、種を育てて自らの力と為すのであれば、百姓といったところか」

眉を顰めた半蔵が鎖鎌を放つと、再び風魔がそれを避ける。戻ってきた得物を手に肉迫して蹴りを放つが、至近距離からの攻撃はあっさり受け止められた。

「良いのか?我を殺せば統率を失った狐共が都の人間共を無差別に襲うことになるぞ。我は全く構わぬが」

続けざまに攻める構えを見せていた半蔵は、覆面の下で唇を噛みしめると後退した。それを見た風魔の笑みが更に深まる。

「クク、躾の行き届いた良き犬よ…」

「主に害を為すとあらば、貴様の命はない。心得よ」

得物を収めた半蔵はくるりと踵を返した。その背に笑みを含んだ声が投げかけられる。

「半蔵、うぬは何を望む?主が治める世の中か、それとも豊臣が声高に語る泰平の世か」

「……影は主に従うのみ」

短く告げた半蔵はそのまま闇に紛れた。
その背を見送った風魔の長い髪が夜風になびく。
彼が家康に乞われて都を訪れ、管狐を放ったのはごく最近のこと。家康がその対処をすべしと祓い屋や退治屋を都に集めれば、目論見通り豊臣方は家康の動きに釣られて三大妖の討伐軍などを編成した。
ただの人間があの大妖たちに太刀打ちできるわけがない。この遠征は失敗するように仕組まれたものだった。時期に合わせて風魔が管狐たちを回収して都の騒ぎを収めれば、軍の戦力を削いだ責任は秀吉に、妖たちを沈静化させた功は家康に収まるはず。
くつくつと嗤った風魔は都を眺めた。

「このような狭き国を治めるためだけに、こうも多くの人間共が翻弄されるとはな……全く面白い」

平和な世に飽いていたために家康に協力したが、次はどうしたものだろう。
楽しげに思考を巡らせる風魔の姿も、ふと闇に溶けるようにその場から消える。都の夜は、少しずつ更けていった。




****




「……やはりこうなったか」

時刻はもう巳の刻だ。参内し討伐軍の結果報告を受けた官兵衛は深々と嘆息した。人払いをして、脇息に凭れかかって額を押さえる。その横にぽんっという軽い音と共に小柄な人影が顕現した。背中では二又に別れた尻尾がひょんひょんと揺れている。
半兵衛は官兵衛の肩に手を置くと、後ろからその顔を覗き込んだ。

「官兵衛殿、こうなることわかってたのに俺が止めなかったこと、怒ってる?」

「いや。あの状況で遠征を止めれば、秀吉様は民を軽んじる奸臣として信頼を失墜させることとなっていた。遅かれ早かれ結果は同じ」

淡々と言う官兵衛に、半兵衛はほっと息をついた。

「官兵衛殿も気づいてたのかあ。さすがだね。――官兵衛殿も、あの家康って人も」

秀吉の性格と地位を利用した実に上手い流れだった。あの計略に気づいていた者はそうそういなかっただろう。秀吉本人もここへきてやっと気づいたようだ。
妖討伐の功だけを自らのものに。責任は全て秀吉に。よくよく考えればわかりそうなものだったが、あの状況では討伐軍を指揮する以外なかったのも事実である。
薄々感付いていたものの、官兵衛が止めようとしたときには最早遅かった。死人が出なかったことが不幸中の幸いか。
討伐軍にいた者たちとそれを出迎えた秀吉と利家は穢れに触れたため、これから長の物忌みだ。参内することは叶わない。その間、なんとか秀吉の地位を守らなければならなかった。
腰を下ろした半兵衛は官兵衛の背に凭れ掛かって大袈裟に溜息をついた。帽子からはみ出した片方の獣の耳がぴくぴくと動く。

「俺、秀吉様みたいな率直な人結構好きだからさ、このまま右大臣方の思い通りにことが進むのってなんか癪なんだよねえ。官兵衛殿もそう思わない?ていうか、このままじゃ俺の大事な官兵衛殿の地位まで脅かされちゃったりして?!」

「冗談を言うならもう少し笑える冗談を言え」

「えっ何、面白いこと言ったら官兵衛殿笑ってくれるの?!じゃあがんばっちゃおうかなあ!」

「いい、いい。少し静かにしていろ」

適当にあしらうと半兵衛は不満げに頬を膨らませていたが、そのまま静かになった。しばらく瞑目していた官兵衛の双眸が徐に開かれる。

「……半兵衛、今回の管狐の一件だが。私の見立てによれば、管狐を操っていたのは家康方にいる風魔なる忍衆の頭領だ」

ぴく、と半兵衛の耳が立ち上がる。片目だけ開いた半兵衛はにっと笑って右手の人差し指を立てた。

「さすがは官兵衛殿、正解だよ。あの人どう見ても妖だけど一切妖気は感じないし、れっきとした人間だ。飯綱使いだね」

管狐は別名を飯綱といい、それを操る力を持つ者を飯綱使いと呼ぶのだ。飯綱使いは管狐を用いて占や呪詛を行うことで知られている。都には四神の加護と結界があるために妖使いは存在しないはずなのだが、どこから見つけてきたのやら。
立てた膝に肘を置いた半兵衛は頬杖をつく。

「たぶん、風魔に命令出してたのは家康だ。今回のこと、最初からぜーんぶ仕組んでたんだろうし」

「だろうな。その証拠を掴めれば良いのだが」

うーんと唸った半兵衛が急に静かになったので、官兵衛は不審に思って顔を上げると肩越しに振り返る。人型だったはずのその姿はどこにも見えず、慌てて視線を前に戻すと障子の隙間から出て行こうとする猫の後ろ姿が見えた。
咄嗟にその尻尾をはっしと掴む。うにゃん、と間抜けな声が上がった。

『あいた』

「待て、どこへ行く」

『え?いや証拠探してこよっかなぁ〜、って』

器用に後ろ足で立ち上がって前足を丸め、可愛らしく小首を傾げて見せる半兵衛。その辺の女中などにやって見せれば人気者間違いなしの動作だが、訝しげに眉を顰めている官兵衛には全く通じないようだ。
身軽な動作で室内に戻ってきた半兵衛は脇息に乗って腰を下ろす。

『だって官兵衛殿じゃ右大臣の居室なんて入れないでしょ?ここは俺の出番じゃない?』

確かにそのとおりなのだが、官兵衛は渋面を隠そうとしない。半兵衛は官兵衛の肩の辺りに頭を擦りつけてごろごろと喉を鳴らした。

『心配してくれてありがとう官兵衛殿。大丈夫だよ、見つかったりしないから。もし祓われそうになったって、官兵衛殿の使役だなんて絶対言わないから安心してよ、ね?』

「卿の心配をしているのではなく、卿が余計な火種を作ってくることを心配しているのだ」

『やだなあ!そんなことするわけないじゃない!……余計なことはしないよ。約束する』

半兵衛の声音に真剣さが滲んだので、官兵衛は渋々溜息をついた。にこっと笑った半兵衛は脇息から飛び降りると、そのまま部屋を出ていく。
目を眇めてそれを見送った官兵衛は再び嘆息してその背に声をかけた。

「無理はするなよ、半兵衛」

『わかってますよって』

声を最後に、猫の姿はすうっと霧のように掻き消えた。




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