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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
10

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体が猛烈に重い。
ぼんやりとした意識の淵で最初に考えたのはそれだった。情けない、と自嘲する。
記憶を反芻すると、なんとなく今までの行動が甦ってきた。左近と孫市と共に花街へ向かったことは覚えている。そこで遊女たちに囲まれた辺りから記憶がなかった。
花街にいて意識を失ったということは、今自分はどこで寝ているのだろう。外だろうか。否、掛布の手触りがあるから外ではあるまい。
手足が重いどころか瞼までが異様に重く感じられ、目を開けるのすら億劫だった。
なんとかこじ開けようと唸っていると、近くに異質な気配が顕現する。今奇襲など喰らってはたまったものではないが、敵意を持った気配ではなさそうだ。
敵意どころか、最近では慣れ親しんだほどの。

「…幸村……?」

『お目覚めですか、慶次殿』

ほっとしたような声音が脳裏に直接響いてくる。声がちゃんと出ていたかも正直あまり自信がないのだが、相手にはちゃんと伝わっていたようで安心した。
こういうときに悟りの力があったらとても便利かもしれないと埒もないことを考える。
周囲の気配を探ってみた限りでは、どうやらここは前田の邸らしい。そうだとすれば何故ここに幸村が、とかいろいろ聞きたいことはあるが。
邸の他の人間に気を遣っているのか、幸村の凄まじい妖気は隠されていて完全には顕現していないことがわかる。目を開ければ姿くらいは見えるだろうか。ここまで抑えられると、慶次の目では捉えられないかもしれない。

『まだ体力は戻っていないようです。今はお休みください』

そんな声が聞こえたと同時に、ふつりと意識が途切れた。
屋根の上に腰を下ろして邸内の様子を伺っていた幸村は、ほっと安堵の溜息をつく。
今まで身動ぎ一つせずに眠っていたので気が気ではなかったのだが、意識が戻ってよかった。下手に動かれてまた倒れられては堪らない。眠っていれば動けないのだから、ある意味好都合だ。
この辺の思考回路は、自分が黄泉の国で監禁されたときの三成と兼続の考え方と全く一緒だということに彼は気づかない。

「さて」

視線に剣呑さを滲ませて夜闇を見やる。夜目が効く幸村の目には辺りを渦巻く濃厚な靄がはっきりと映っていた。
牽制に放った鬼火と幸村が纏う炎の気のためか、今のところ何か仕掛けてきそうな様子はない。都のあちこちで時折感じる強い妖気が気になるが、今ここを離れれば前田邸はあっという間にあの靄に覆い尽されてしまうだろう。
三成の妖気が乱れたのを感じたときは思わず立ち上がってしまったが、護衛をしろという兼続の言葉を思い出してなんとか踏みとどまった。こうなったら梃子でも動くまいと決心して腰を落ち着けたはいいが、やはり気がかりなものは気がかりである。

「行くべきか、行かざるべきか……」

護衛に付けと言われた以上、ここに残るのが義だと兼続なら言うだろう。しかし、友の危機を黙って見過ごすなど不義だと幸村は思う。とはいえ助けに行ったところで、三成のことだ。「何故お前がここにいる」で一蹴されるのは目に見えている。まさに板挟み状態。
じっとしていればいいのだろうが、何となくそわそわして落ち着かない。大体こういうときは体を動かしている方が性に合っているのだ。大人しく待機、というのはなかなか難しい。
回数を数えるのも面倒になるほど溜息を繰り返す幸村の視界に、不意に男の姿が飛び込んできた。

「………おや」

男は足早に小路を駆けていく。都の人間は残らず倒れたかと思っていたが、元気なのが残っていたか。
そう思ったものの、よく見ればそれは見慣れた顔で。

「孫市殿?」

怪訝そうな声が届いたのかどうかはわからないが、孫市がふと顔を上げて幸村を見やった。そして驚いた様子でこちらを指差す。

「あれっ、幸村?なんでお前……ああそうか、ここ前田の……」

「急いでおられるようですね」

邸全体を覆うようにして鬼火を立ち昇らせて障壁を作ると、軽く跳躍して孫市の目の前に着地した。

「秀吉様の邸へ行かれたのではなかったのですか?…もしや、何か手がかりが」

「いや、ちょっと別件でな……嫌な予感つか、まぁ勘だけどよ」

そういうと、孫市はじゃ、とだけ言い置いてどこかへ駆け出してしまう。驚いて咄嗟に伸ばした幸村の手は行き先を失って中途半端に固まった。
彼の記憶によれば、この場所からだと孫市が向かって行ったのは秀吉の邸とは逆方向だ。
ちらりと前田邸を振り返る。
あちこちに咲いていた桜も辺りを漂っていた靄も、今は鳴りをひそめていた。木と炎は相生だ。おそらくあの桜の木にも靄にも、幸村の炎の気を圧倒することはできない。障壁さえ維持していれば前田邸は安全だろう。ここにいたとしても、護ることはできるが慶次の体力を回復させてやることはできない。
そう判断し、大きく一歩跳躍して孫市に追いついた。突然隣に幸村が現れたので、孫市は仰天して飛び上がる。

「うおっ?!」

「私も共に参ります」

孫市に言われて、彼の「嫌な予感」は幸村にも伝わっていた。何かある、という確信と共に。
正直のところ、孫市自身も今は万全とは言い難い。怪我が治っただけだいぶましにはなったが、三大妖のひとりが共に来てくれるというのならこれほど心強いことはないだろう。
その時、夜空に一筋の閃光が走った。
凄まじい妖気の爆発。よく三味線を弾き鳴らしに来る蛟の持つ妖気と似ているが、少し違う。否、彼よりもずっと強い力かもしれない。
何故都にそんな凄まじい力を持った者がいるのか。
瞠目して妖気を追った幸村が光の出どころを確認すると同時に、一瞬爆発した妖気はあっという間に収まっていく。

「あれは…?!」

「今のは何だ?!」

孫市も感付いたようだ。彼の見鬼の力は慶次と同程度だったはず。それがここまで迅速な反応をしたということは、都に散っている三成や兼続は当然気づいただろう。
しかも、ここからそう遠くない距離だ。

「あっちか!」

少し足を速めた孫市に幸村も続く。小路を二つか三つ過ぎた辺りで、前方で強烈な光を放つ邸が目についた。
ぼんやりと浮かび上がるのは、桜の花が纏うのと同じ鮮やかな桃色の光だ。立派な塀越しに、咲き乱れる桜の花が見える。
孫市は、凄まじい妖気の奔流に紛れる微かな妖気を感じ取った。
今にも消えそうに弱々しい。だが、間違いない。

「嬢ちゃん……?!」

血相を変えて、開け放たれていた門から中へと飛び込んだ。その後ろに付き従っていた幸村も同じく門を潜ろうとする。
だが次の瞬間、ばちん、と盛大な音と共に衝撃をくらい、背後に弾き飛ばされた。

「うわっ?!」

咄嗟に鬼火を放って体勢を立て直し、驚きに見開かれた目で門を見やる。

「これは…結界…?!」

それも、相当に協力な。
幸村を完全に拒絶するほどの結界を張ることのできる術者が都にいたとは、全く気づかなかった。一体どこの陰陽師だろうか。
そこまで考えてはっと気が付く。

「しまった…!孫市殿!」

後を追おうと一歩踏み出したが、再び激しい衝撃に襲われ、交差させた腕で顔を覆ってやり過ごす。どうやら、門が境界線となって外部からの招かれざる客を排除しているようだ。
目を凝らして見ても、門の中では何も起こっていないように見えた。目の前で中に入っていったはずの孫市の姿も見えないということは、これもこの結界によるものだろう。目に錯覚を起こさせる術でもかかっているのかもしれない。
彼が潜り抜けられたということは、人間には効かないのだろうか。何にせよまずいことになった。これでは何のためについてきたのかわからない。

「……仕方がない」

苦渋に満ちた表情で後頭部に手を回し、鬼の面で顔を覆う。空いていた右手に緋色の槍が顕現し、軽く振り回して身構えた。その瞬間、辺りに凄まじい妖気が渦を巻く。
さすがに都の人間たちの邸に手荒な真似はしたくなかったのだが、幸村を完全に退けた上に目まで騙すほどの結界を人間が作り出せるとは思えない。
おそらく、この結界は同胞のものだ。

「入れないのなら、こじ開けるまで!」

面の奥で、鮮やかな紅の双眸がぎらりと煌めいた。




門を潜った途端、濃厚で甘い花の香りが鼻をついた。それは、花街にいる女たちが春になると焚き染める桜の香とよく似ていた。
あまりに強烈な匂いに、思わず鼻を覆う。
しかし、確信があった。都中に漂う妙な気配の大元はここだ。そして。

「嬢ちゃん!どこだ!」

大路で分かれてから四半刻も立っていない半妖の少女の姿を探す。どこへ消えたのかはわからずじまいだったが、必ずここにいるはずだと直感が告げている。
貴族の邸らしくよく手入れされた庭の木にはまんべんなく桜の花が咲き誇っていた。これほど大きく立派な邸ならば都中の噂になっても不思議ではないだろうに、孫市はここが誰の邸なのか知らない。
しかし、今の状況でそんなことに疑問を抱いている余裕はなかった。
設置されている飛び石も無視して直感のまま奥へと駆けていく。次の瞬間、庭に咲いた桜が全て同時に脈動した。

「なん…っ?!」

同時に、耳を劈く女の哄笑。思わず耳を塞ぐも、脳裏に直接語り掛けてくる声は遮断できない。


――嗚呼、素晴らしい力……!これでわたくしも……!我が背の君も、きっと……!


狂気に満ちた声で、それでも可笑しくてたまらないとでもいうように女の声はひたすら嗤っていた。
その声は、どこか慟哭じみていて。

「くっそ……!」

ずっと聞いていたら頭がおかしくなってしまいそうな女の声を幻聴だと自分に言い聞かせ無理矢理振り払いながら、孫市はさらに奥へと進んだ。
邸の角を曲がった途端、風が吹き抜けて桜の花が大きくざわめいた。
ひときわ巨大な、そして膨大な数を咲かせる桜がある。その根元に。

「嬢ちゃん!」

顔を覆っていた少女の肩がびくりと震える。恐る恐る顔を上げたガラシャは、孫市の姿を見留めるとくしゃりと顔を歪めた。

「孫……っ!孫っ!」

「待ってろ、今助け……」

駆け出そうとした孫市は、何かに足を取られてその場で躓く。素早く体勢を整えて駆け出そうとしたが、身体を起こした瞬間に腹部に何かが直撃して息が詰まった。

「がっ…!」

そのまま後ろへと押しやられ、弾き飛ばされたまま地面に這い蹲る。なんだ、と顔を上げれば無数にうごめく桜の根が目に飛び込んできた。
瞠目したまま、ひくりと頬が引き攣る

「おいおいマジか……冗談きついぜ」

あの桜は、生きている。


――これで我が背の君は……わたくしの元へ戻ってきてくれる……!


はっとして顔を上げると、ガラシャが蹲っている木の頂上にぼんやりと浮かび上がる女性の影が目に留まった。
秀麗な面差しが哀しみと怒りがないまぜになった表情で歪む。それでも響き続ける笑い声が、彼女の姿に妙な歪さを与えていた。
短刀を抜き払って迫ってきた根を切り落とす。ふと、視界の端に妙なものが映った。
毬のように球体になっている桜の根。その中に誰かがいる。質のいい衣に見覚えがあると思ったら、その顔はよく知ったものだった。

「光秀……?!」

帝信長の側近、明智光秀だ。何故彼がこんなところに。
ばきん、という大きな音ではっと我に返った。見れば廊の柱が絡みついた桜の根によってへし折られたところだ。お前もこうなるぞという脅しだろうか。
舌打ちして、襲い掛かってきた根を間一髪のところで躱す。脳裏には相変わらず女の哄笑が響いていたがそれどころではない。
なんとか体勢を戻してガラシャを見やった。

「こっちへ来い!そこは危ねえ!」

あの桜の正体はわからないが、少なくとも良いものではないことは確かだ。妙な気配は彼女自身からも発せられているような気がしている。早く引き離さなくては危険だ。
手を伸ばしたいが、ここからではとても届かない。その上、桜の根は明らかに意思を以て孫市をガラシャに近づけまいとしている。

「嬢……っ」

その時一本の根が孫市の首元を捕え、強烈な力で一気に締め付けてきた。声を上げることもできずに口を開閉させるが、どうやっても肺に空気が入ってこない。

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あきゅろす。
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