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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
8

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地を這うようにして近寄ってきた黒い靄が、青白い狐火に嘗められて消失する。左近は印を組もうとした手をそっと下ろしてから右肩をちらりと見やった。

『むむむ……』

眉間に皺を寄せた子狐が鼻先を小刻みに動かしながら辺りの様子を探る。時折左近の顔をよじ登って頭の上から遠くをみはるかしたりと先ほどから忙しない。
囮にして本体を探す、と言っていたのを有言実行しているわけだが、寄ってくるのはあちこちに点在する黒い靄ばかりで肝心の本体がまったくわからない状況だ。
苛々して足元への注意が疎かになったらしい三成が足を滑らせてずり落ちてきたので、軽い体を両手で受け止めてやりながら左近は苦笑した。

「なかなか骨が折れそうですな」

『わかっているならお前も少しは探せ』

「そうしたいのは山々ですがね……」

感覚が人間の数倍鋭敏な三成ですら正体に行きつけていないのに、自分が何かしたところで手がかりが掴めるとは思えないのだが。左近も見鬼の才くらいはあるが、それも政宗には及ばずといった具合なのだ。
三成もそんなことは百も承知なのだろう。それ以上は特に何も言わず、溜息を零しながら頭上を仰ぎ見た。

『しかし、散らぬ桜というのは存外不気味なものだな』

「……確かに」

花が満開になれば、途端にその花を散らしてしまうのが桜だ。桜吹雪とも称される花びらの嵐は儚くも美しいものだが、それゆえか散らぬ桜は空恐ろしさのようなものを感じる。
まぁ、今の場合はそれだけではなく、桜の木が纏っている妙な妖気のようなものが原因かもしれないが。
左近の腕に収まったまま休憩とばかりに嘆息する三成だが、その間にもちゃんと狐火が辺りを漂って黒い靄から守ってくれている。この状況、事情を知らない一般人には見せたくないな、と頭の隅で思った。秀吉の下で働いている退治屋の一人が狐火を纏って大路を徘徊していたなんていい話の種だ。もしやその退治屋こそ妖なのではとかなんとか、あらぬ噂まで立ちかねない。
狐の小さな頭を撫でてやりながら、左近は頭上に広がる桜の枝を見つめる。
平時の桜では、ここまでたくさんの花は付けないだろう。隙間がないくらいに枝が花で埋め尽くされていた。狂い咲きという表現はおそらくこういうことを言う。
ふと、薄桃色の花の間から上空を旋回する白い烏の姿が見えた。三成もそれに気づいたのか、眉間に皺が寄る。

『兼続の奴も何も掴めていないらしいな……』

よくよく考えたらなんでわざわざ自分たちが都の人間たちのためにこんな面倒事に首を突っ込まなければならないのだろう。本末転倒すぎる思考に行きついた三成はだんだん面倒になってきた。
そして事の発端を思い返し、花見をしていたら清正の声が届いてきたことを思い出す。色々あってすっかり失念していた。もとはといえば奴を探しに来たのだ。

『左近、秀吉様とやらの邸の場所を知っているか?』

予想外の言葉を受けて目を瞬かせた左近だったが、不思議に思いながらも一つ頷く。何せ天下の左大臣様だ。邸の場所も豪華絢爛さも都では有名である。

「このすぐ近くですよ」

『よし、案内せよ』

わざわざひとを呼びつけたのだ。これで情報の一つも持っていなかったら張り倒してやる。
三成の物騒な内心など知らず、左近はいくつか角を曲がって巨大な敷地を持つ秀吉の邸へとたどり着いた。
一応中を探ってみる。怪しい気配もないが、人が動く気配すらも全くない。秀吉ほどの身分の者の邸ならば、主不在でも家人が動き回っているだろうに。
若干気が抜けていた三成の表情が引き締まる。左近の肩で立ち上がり、毛を逆立てたかと思うと音もなく塀の上へと飛び移った。

「ちょっ…殿?!」

咄嗟のことに反応できなかった左近だったが、慌てて門へと回って中に入ろうとする。しかし内側から施錠されているのか動く気配はなく、呼びかけても中から返事はない。
塀の上に視線を戻せば、三成が大丈夫だというように一つ頷いて邸の中へと消えていく。左近は一応往来に人がいないことを確認して、助走をつけると塀に手をかけて一気によじ登った。
膝を大きく曲げて、音を立てないように敷地内に着地する。
立ち上がってから辺りを見渡して、こんなときだが状況も忘れて感嘆してしまった。さすがは左大臣、見事に手入れが行き届いた庭だ。
うう、と呻き声が聞こえて、左近は飛び上がりそうになる。視線を移した先で、青年の姿を取った三成が倒れ伏した女中の傍に膝をついているのを見て息を呑んだ。
三成は困惑気味に顔を上げる。

「被害は男だけではなかったか……」

よく見れば倒れているのは一人だけではない。庭の真ん中あたりにも一人男が倒れている。そばに転がった行灯にはまだ火が残っていて、倒れてからそう時間が経っていないことを物語っていた。

「これは…!」

左近は惨状を目にして絶句したものの、冷静に考えれば都中で人々が倒れた中でここだけ無事ということもなかろう。様子を見る限り、助けを呼ぶより早く邸中が全滅してしまったようだ。
このままにしておけば誰も気づかないままになってしまう。検非違使たちが巡回しているかもしれないと思い、左近はそっと家人の男に歩み寄って鍵を探し出し、門にかけられていた錠前を外して門戸を開け放った。
これで、誰かが近くを通れば中の状況に気が付くだろう。自分が報告に行くと何故わかったのかと問い詰められかねないので、そこは他人任せにすることにする。
再び庭に戻れば、立ち上がった三成は獣の耳をぴんと立たせて辺りの様子を探っているらしかった。

「何かわかりましたか」

「いや」

おかしな気配はない、と返そうと左近を見やった三成の目が見開かれる。

「左近!後ろだ!!」

鋭い声に反応して咄嗟に振り返る。視界いっぱいに広がる、細長い影。
地面から伸びるそれが桜の木の根だと気づくより早く、凄まじい速さで飛び出した三成が左近を蹴り飛ばした。
辺りに狐火が顕現するが、木の根に触れた途端に霧散してしまう。瞠目する三成の四肢と首に根が絡みつき、気道を締め上げた。

「くっ……!」

「三成さん!」

左近の声がやけに遠い。根が絡みついた四肢から力が抜けていく。土から養分を吸い上げる如く、木の根は三成の妖気を吸収しているらしい。逃げろと声を上げたかったが気道を塞がれてはどうしようもなく、無意味に口を開閉させるのみ。
その時、脳裏にけたけたと愉快そうな笑い声が響いてきた。


――おお、我が贄……!


歓喜に満ちる声は女のものだ。左近達が聞いた声というのはもしや、これのことか。
一体どこから、と探ろうにも酸素が届かなくなった脳が正常に働いてくれない。
辺りから狐火が掻き消える。その瞬間、空気を裂く音と共に視界の隅で光るものがあった。刃が一閃したらしいと気付いた途端に拘束が緩み、その隙をついて三成は渾身の力で根を振りほどいて後退すると片膝をつく。
久しぶりに空気を吸いこんだために正常に呼吸ができず、激しく咳き込む。すると、丸めた背に大きな掌が触れて宥めるように擦った。

「三成さん…!よかった、無事ですか?!」

「さこ……」

何故逃げなかった、と咎めようとした言葉は再び咳き込んだことにより消えていく。見れば左近の傍には一振りの刀が転がっていて、どうやらこれのおかげで間一髪助かったらしいと悟った。
再び根がこちらへと向かってくる。三成を庇うようにして身構える左近の目の前で、庭の池から巨大な虎が咆哮を上げて飛び出した。

「なっ?!」

新手かと驚いた左近だったが、虎はふたりに背を向けて立つと牙を剥きながら木の根に対して怒りの唸り声を上げる。青白い光を纏っているようにも見える姿だが、よく見れば虎の体は水でできているではないか。
虎は巨体に似合わぬ素早い動きで根に飛びかかると、鋭い爪を駆使して土を抉り根元から引き千切る。すると、他の大量の根も動きを止めてぼろぼろとその場に崩れ落ちた。役目は終えたとばかりに虎も形を崩し、大きな水しぶきと共に姿を消す。

「佐吉、生きてるか…!」

ごとん、という大きな音に三成と左近が同時に顔を上げた。
巨大な得物に縋りながら、清正が縁側からふたりを見下ろしている。生きてるか、と聞いてきたわりに自分が今にも死にそうな真っ青な顔色をしていた。
ようやく呼吸が落ち着いてきた三成が忌々しげに清正を睨む。

「佐吉ではない、三成だ…!貴様、呼ばれたから来てみればこれはどういうことだ!」

「油断してやられかかったからって俺に八つ当たりすんな!つーか来るのが遅いんだよ!」

「ちょっと!非常事態なんですから喧嘩しない!あとあんまり大きい声出さないで!」

妖の声は只人の耳には届かないことも忘れて思わず止めに入った。何せ今は不法侵入中の身だ。何か間違いがあってばれたら面倒なことになる。
睨みあっていたふたりは左近の一喝で少し頭が冷えたらしく、なんとか言葉を飲み込んだようだ。しばらく視線で火花を散らしてから同時にそっぽを見やる。
立ち上がろうとした三成だったが、先ほどの木の根にだいぶ妖気を吸われたようでうまく力が入らなかった。仕方なく近くにいた左近の肩に縋ると、何も言わずに手を貸してくれる。

「……清正、何が起こっている」

先ほどの桜の根。相剋であることも相まってか三成の狐火に打ち勝っていた。突然倒れた人々と、一瞬聞こえた女の声。贄がどうこう言っていたあれが、無関係とは思えない。
感情が昂ぶったせいか、清正の顔色に少しだけ血色が戻っていた。だが、やはり立っているのも億劫そうな様子である。

「俺もよくわからん。ただ事じゃないのだけは確かだ。誰かに状況知らせないとと思ったんだが…正則じゃ無駄に取り乱すだけだろうしな」

「そこの判断力だけは褒めるべきかもしれぬ」

正則では大騒ぎするだけした後で妖気を奪われて清正の二の舞になるのが目に見えている。危うく三成もその道をたどるところだったが。
ふと清正は三成の横に視線を移して瞬きした。

「お前はたしか……島左近」

「…最近秀吉様の近くに妙な気配があるとは思ってましたが、本当にあのときの水虎とはね」

兼続と刃を交え、政宗もろともぎりぎりまで追い詰めた水虎。筋骨隆々としたその体格を見ればそれも頷けるような気がした。左近自身は清正が操っていた獺と対峙しただけなので、こうして直接、はっきりと姿を見るのは始めてだ。事の顛末は三成から教えてもらったため、何が起きたかくらいは知っているが。
清正が片鎌槍の柄で板張りの床を軽く叩くと、先ほど虎が飛び出してきた池の水がするすると蛇のように伸びあがって彼の手元へと集まった。

「……お前らもあの思念に触れたなら聞いただろう、女の声」

水鏡を作りだした清正が瞑目すると、強烈な光を放った後で映像が映し出される。
そこには女が一人寝ていた。随分顔色が悪いのは水鏡の中にいる影響だけではあるまい。女の視線の先には御簾がある。外部に顔を晒さないということは、どこぞの貴族だろうか。
御簾越しに跪いている人影がひとつ。状況からして男だろう。


――今年の……は……


低いが、どこか安心感を覚える声音の持ち主だ。水鏡の中の映像ではどんどん御簾に近づく。普通ならこの先の姿を見ることはできないのだが、これは現実ではない。
御簾を抜けて映し出された男の顔を見て、左近と三成の目が大きく見開かれた。


 

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