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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7



「む?」

人に見られぬように細心の注意を払いながらふらふらと都を歩き回り、なんとか自分が知っている道へと辿り着いたガラシャは小首を傾げた。
視線の先に何かある。微動だにしないそれはよくよく見れば人の形をしているではないか。
何かの病気か。まさか死んでいるのか。
そこへ考えが行きついた途端に、さっと顔が青ざめる。

「たっ、大変なのじゃ……!」

おろおろしながら辺りに視線を巡らせるが、人が通りそうな気配はない。
冬の入りで、最近の夜はとても冷える。このまま放っておけば、今生きていたとしても朝には本当に死体になりかねない。
ふと自分の両の手のひらを見下ろし、暫し逡巡する。
幼い頃から、繰り返し言い聞かされた父の言葉が脳裏を過った。

――よいですか。貴方の力は人の身には過ぎたるもの。……妖相手ならそう珍しいものではありませんがね。ですから、決してその力を人間に見られてはなりませんよ。

父の言いつけの中でも、その言葉は何か特別な言霊を孕んでいるように思えて。
過去に一度たりとも破ったことのないものだった。しかし。

「死にゆく者を見捨てることなど、できぬ!」

ぶんぶんと頭を振って、意を決してその人影の元へと駆け寄った。
ちゃんと事情を話せば、きっとわかってもらえる。そう信じて。





身体全体がじんわりと暖かい空気に包まれているような気がした。
冬の寒空の下に寝てたのにそんなことがあるか、と妙に冷静な頭の隅で考える。重い瞼をゆっくりと上げれば、見慣れぬ色をした髪が目に留まった。

「まだ動いてはならぬ」

聞こえてきたのは高い少女の声だった。額にひやりと冷たい手が添えられる。
一体どういう状況なのか。はっと覚醒し、慌てて身を起こす。その瞬間猛烈な眩暈に襲われて呻き、そのまま立てた膝に凭れ掛かった。

「ああっ、だから動いてはならぬと言うておろうに!」

先ほど聞こえたのと同じ声が、怒り半分心配半分といった口調で諭してくる。すると再び身体が暖かな空気で覆われ、乱れた呼吸が一気に楽になった。
驚いて声の方を見やれば、そこにいたのは見慣れぬ形状の衣装を纏った少女であった。瞑目したまま両手を翳しており、その手から溢れる柔らかな光に触れた場所からあちこちにできてしまった切り傷が治っていく。
少女――ガラシャはそうして孫市が負った傷を全て癒してしまってから漸く目を開いた。

「はぁ…驚いたのじゃ。このような往来で倒れておったから、死んでしまったのかと思ったぞ。怪我は大方治ったと思うが……どこか痛むところはないか?」

「いや……」

突然のことすぎてどう反応していいやら迷っていた孫市は、ふとガラシャが内包する妖気に気が付いた。
見た目は人間とほぼ変わらないが、三大妖の前例もある。果たして。

「嬢ちゃん、妖か?」

少しだけ警戒しながら尋ねてみると、ガラシャの肩がぴくりと跳ねた。
暫し逡巡している様子だったが、孫市の顔を見やると意を決した様子で控えめに頷く。先ほど妖気の片鱗を見られているはずだから隠しても仕方がないと判断したようだ。

「わらわは半妖じゃ」

答える声は存外しっかりしていた。
そして発された言葉に孫市は驚く。半妖といえば、人間と妖の間にできるはずだ。圧倒的に数は少なく、お目にかかったことは過去には一度もない。
とはいえ初対面の彼女が孫市に対して嘘をつく理由はないから、本当なのだろう。そこまで考えてから、質問する前に言わねばならぬことがあったではないかと思い直した。

「怪我、治してくれてありがとうな。すげえ力じゃねえか」

怪我だけでなく、消耗していた体力も回復している。断続的に襲ってきていた眩暈も寒気もない。
に、と歯を見せて笑う孫市に、ガラシャの表情が輝いた。

「そ、そうか!ならよかったのじゃ!勝手に治してしまったし、気味が悪いと言われるかと思うたのでな」

「こんな可憐なお嬢さんが気味悪いわけないだろ?……ちょいと守備範囲より下だが」

いつもの癖で軽口を叩いてしまってから思わず口を噤んだ。妖の生きてきた年数は見た目だけでは測れない。おそらくこれくらいの見た目でも孫市よりよほど長生きのはずだ。
ガラシャには言葉の意味が伝わらなかったらしく首を傾げているのを見てひとまずほっとした。

「で?妖が京の都で何してる。道に迷ったんなら、治療の礼に案内するぜ?」

都は四神の加護を受けているため、外部からの侵入者にとっては居心地のいい場所ではないとは狐の談だったろうか。
彼女が外界から都へやってきたのだとすれば困っているかもしれないと思って問いかけてみたのだが、ガラシャは軽く首を横に振った。

「それには及ばぬ。都の中を見て回るのは魅力的じゃが…父上が心配されるのでな」

「へぇ、親父さんが一緒か」

半妖と聞いてしまった以上その父親が人間なのか妖なのかも気になるところだが、なんとなく聞いてはいけないような気がする。
ので、敢えてそこには触れずにガラシャの頭を軽く撫でてやった。

「ま、何にせよ借りができちまったな。俺は雑賀孫市だ」

「……む、妖相手に無闇に名を名乗るのはよくないと父上が言っておったぞ!半妖のわらわが怖くはないのか?」

頬を膨らませるガラシャを見て、孫市は快活に笑う。
ここのところ随分妖も見慣れたし、どう考えてもこの少女より凄まじい戦闘能力を持つであろう妖も三名ほど覚えがある。あれらと対峙したときに比べれば大抵の妖は恐れずにいられる自信があった。

「嬢ちゃんからは殺気も感じねえしな。それに俺は退治屋だ。自分の身は自分で守れる」

「ほむ!孫は退治屋なのか!」

途端にガラシャの目が輝いたが、名前の呼び方に若干の違和感を覚えた。
左近や政宗も、人前で狐や天狗の名を呼ぶときは真名を知っているにも関わらず別の名で呼んでいる。人間の術者でさえ言霊には気を遣うのだから、人間以上に強い言霊を操る妖たちにはそれが顕著なのかもしれない。
そんな孫市の心情を知ってか知らずか、ガラシャは好奇心に満ち溢れた目でずいっと距離を詰めてきた。

「退治屋とは妖の脅威から都の安寧を護る者たちであろう?!孫は都を護っておるのじゃな!すごいのう!」

「おいおい待て待て」

大きく間違ってはいないが、そんな御大層なものではない。どちらかといえばそういうのは衛士たちの仕事だ。
三大妖や今まで出会った妖たちを見る限りでは妖というのは大抵物知りなものだと思っていたのだが、どうもこの少女は一般的な知識には相当疎いらしい。
孫市が姿勢を正して胡坐をかくと、ガラシャもそれに倣ってその場に正座した。屋外で何をしているのかと思わないでもないが、まぁいいだろう。

「退治屋ってのは報酬を貰って、その代わりに人間に害を与える妖を撃退するんだ。その結果都を護ってた、ってこともないことはねえけどな」

「わ、わらわも退治されるのか?!」

今更すぎることに気づき、ガラシャが勢いよく立ち上がって一歩後退した。それを見た孫市が思わず吹き出す。

「嬢ちゃん退治したって報酬も出ねえしなあ。タダ働きはしない主義なんでね。それに、恩人に怪我させるほど落ちぶれちゃいねえよ」

しかし半妖の場合は恩「人」という表現でいいのだろうか、というどうでもいい考えが一瞬頭をよぎった。
ガラシャは少しの間目を泳がせていたが、孫市から敵意などは感じられないためか安心した様子で再び腰を下ろす。

「そちは変わっておるのう。妖に恩義を感じるなど……人間とは悪辣なものだと父上が仰っていたが、もしや違うのか?」

今度は孫市が驚く番だった。
人の親は、よく子供に対して「悪事を働くと鬼が来る」などと吹聴して悪戯を諌めたりするが、まさか妖の親がそのような物言いをしていたとは。
しかしよく考えてみれば、妖に対して良い感情を抱いている人間は確かに少ない。そんなことは妖たちとてわかっているだろうから子供にそういった教育をしていたとしても不思議ではないが、どちらかといえば妖たちからすると人間など恐るるに足らずと思われているかと勝手に思い込んでいたのだ。
とはいえ、彼女は先ほど自らを半妖だと言った。いつの世も異質なものとの相の子はどちらの仲間にも入ることができず、並々ならぬ苦労を強いられたりする。
もしかしたら、半妖もそうなのだろうか。人間たちは妖という漠然とした存在を恐怖そのものとして認識しているし、三大妖の例からすれば人間と関わったことのない妖は人間に対して好意的とは言い難い。人間との相の子など、と妖から遠ざけられていても不思議ではなかった。
どことなく不安そうなガラシャの様子を見ていると、この考えもあながち間違ってはいないような気がしてくる。孫市は澄んだ紫水晶のような瞳をしっかりと見据えると、なんでもなさそうに微笑んで見せた。

「人間だろうが妖だろうが恩は恩だろ?ついでに俺のダチにはマジもんの妖もいるぜ?」

「だち?だちとはなんじゃ?」

不思議そうに首を傾げられ、思わず言い澱む。
なんとなく勢いで口走ったものの、彼らに聞かれたら盛大に否定されそうな気がしてならない。主に狐辺りに。
しかし、既に浅からぬ縁だ。友達宣言くらいいいではないか。

「なんつーかな。…こう、一緒に悪ふざけしたりとか、どうでもいい話したりとか……いざってときは助けてやったりとかな」

「それなら、わらわにもおるぞ!父上の危機とあらば、何を差し置いてでもわらわは参上するのじゃ!」

「あー違う違う、家族は別」

そういった元々深い縁がある者ではなくて、たまたま出会ってたまたま気が合ってたまたま縁を得たものだ。
そう伝えると、ほむ、と頷いたガラシャは少しだけ悲しげな表情を浮かべて目を伏せた。

「わらわは今生のほとんどを邸に籠って過ごしておったから、そのような者はおらぬのう。少しそちが羨ましいぞ、孫」

父はとても心配性だから、できるだけ邸から出ぬようにと昔から躾けられていた。それでも時々こっそり邸を抜け出していたのだが、どういうわけかすぐに見つかってしまう。
見たいものも知りたいこともたくさんある。きっと外界には不思議で面白いことがたくさんなのだろうと思いを馳せるばかりだった。
溜息をつくガラシャを見やって、孫はふと良いことを思いついたとばかりに声を上げた。

「よっしゃ。いいか、箱入り娘。お前は俺を助けてくれた。だからこれはその礼だ。お前が危ない目に遭ってたら、絶対俺が助けてやるぜ」

妖相手に言質を取らせるなど、と、ここに政宗がいたら盛大に怒鳴られていたかもしれない。
しかし、彼女は大丈夫だと漠然と感じたのだ。退治屋としての勘が、彼女は悪いものではないと告げている。
何より孫市は女性の悲しむ顔を見て放っておけるような性分ではない。守備範囲の内外は別として。
くるくるとよく動くガラシャの表情が、本日一番のとびきりの笑顔を形作った。

「おおっ、そうか!では、わらわと孫は今日からダチなのじゃな!すごいのじゃ!運命なのじゃ!」

「おうよ。でもな……」

わざと深刻そうな声音に変えて、じっとガラシャの目を見つめる。大きな瞳がぱちりと瞬き、小さく首を傾げた。

「ダチってのは片方が尽くすだけじゃだめなんだ。お互いが持ちつ持たれつ、ってやつだな」

「なんじゃ、そんなことか!」

歯を見せて笑ったガラシャは、握り拳を作るとずいっと孫市の胸のあたりに突き出して見せる。

「任せておけ!もし孫が怪我をしたら、またわらわが治してやろうぞ!約束じゃ!」

無邪気に宣言するその表情は、どこまでも楽しそうだ。
思わず表情が緩んだ孫市も拳を作って小さな拳にこつんと当てる。すると、ガラシャははっとした様子で辺りを見回した。

「むう…すっかり夢中になってしまったぞ。そろそろ戻らなくては」

「過保護な親父さんに怒られるんじゃねえか?」

冗談交じりに言うと、ガラシャは大真面目な様子で神妙に頷く。

「何も怒ることはないと思うのじゃがのう……しかし、わらわは父上を悲しませたくはないのじゃ」

実に親孝行な発言である。孫市はつい吹き出してしまった。
これは、父親が過保護になってもしかたがないかもしれない。娘が大切でどうしようもないのだろう。可愛い子には旅をさせよと言うが、親の子離れの方が先のようだ。
ガラシャが軽く地面を蹴ると、足先からその姿が透け始める。

「孫!今日は楽しかった!必ずまた会おうぞ!」

弾けんばかりの笑顔を残して、華奢な肢体は煙のように掻き消えた。
やれやれと息をつくと、ぐぐっと背筋を伸ばす。三大妖に会うと無意識に力が籠っているのか妙に肩がこったり疲れたりするのだが、今日はそんなこともない。
ともあれ、花街で倒れてからずっと体が重かったのが嘘のように軽くなった。何よりの進歩である。

「いやー良い拾い物したな」

そのとき孫市の背後で桜が一輪開花したが、彼がそれに気づくことはなかった。



 

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あきゅろす。
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