なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6
内裏を囲む塀から出て、人通りの少ない小路へと入り込む。それとほぼ同時に四人の目の前に三つの影が顕現した。
「殿!」
「邪魔するぞ、左近」
尊大に言い放った三成の周りに浮遊する狐火が辺りを照らしている。
三大妖の妖気に触れたせいか、孫市が再び身動ぎした。地面に降り立った鬼が心配そうに眉尻を下げる。
「やはり都で大事が起きていましたか……」
「よくわかりましたね。千里眼ってやつですかい?」
「そうではないが、まぁいろいろとな。それより……」
不意に言葉を切り、政宗の姿を見やった兼続は途端に眉間に皺を寄せた。
「梵、貴様あの程度の敵に遅れを取りおったな」
「うるっさいわ馬鹿め!不意打ちだったのじゃ、仕方なかろう!」
そのままぎゃあぎゃあと言い争いに発展する。まぁそれはいつものことなので、流すことにした。
今はそれより重要なことがあるのだ。
「左近殿、状況を教えていただけますか?」
「俺も詳しくは……」
教えてやりたいしできれば状況改善に協力してもらいたいのは山々なのだが。何せ普通に話していたのに突然倒れたのだ。それも二人だけではなく、あの花街にいた男がことごとく。
そして内裏に戻ってきてみたらこの騒ぎである。しっかり調べたわけではないが、どうやら意識を失う被害は男のみのようだった。
話を聞いていた三成が怪訝そうに首を傾げる。
「何で貴様は無事なのだよ」
「あんまりなお言葉……」
無事を喜んでくれてもいいではないか。なんとも冷たい。
視線を下に向けた幸村が左近の手首に目を留める。三成の胸元と見比べて、あっと声を上げた。
「それのおかげでは?」
「どれだ」
片眉を吊り上げる三成に、幸村が左近の手首を指し示す。そこには三成が以前くれてやった飾り紐があった。
邪気避けくらいにはなるだろう、と。なるほど、確かに効力は発揮していたらしい。
「ともあれ、情報が何もなくて参ってたんですよ。おふたりさん、何か知りませんかね?」
「原因かどうかはわかりませんが……無関係ではなさそうな事態には遭遇しました」
花見をしていたら謎の靄に襲われかけたことと、ついでに政宗に同調した兼続が力を削がれるような感覚を覚えたことを総合すればなんとなく心当たりはつく。
あの靄が人間たちの生気を吸い取ってしまったのだろう。取って「しまった」というよりは、意図的に奪ったというほうが近いかもしれないが。
「冗談じゃ、ねえっつの……笑えねえぜ」
「いや、そろそろほんとに笑えないんで起きたんなら自分で立っててもらっていいですか」
呻きながら顔を上げる孫市に左近が進言する。お世辞にも軽いとは言えない孫市を支えるのは一苦労なのだ。
嘆息した三成は未だ舌戦を続けている兼続たちを見やり、もうちょっと続きそうだなと判断して左近に向き直った。
「被害は相当広いようだな。例の……秀吉様、とか言ったか?あの男も倒れたようだ」
「は?!」
それまで脱力気味だった孫市が勢いよく顔を上げたので、三成は驚いて少し仰け反った。
ついでに左近の腕を振り払って三成に詰め寄る。
「おい狐、マジか?!秀吉が?!」
「あ、ああ……あの男についている水虎に呼ばれてここに来」
気圧されてしどろもどろになっている三成の言葉を最後まで聞かず、孫市は豊臣邸の方へと猛然と駆けていった。一連の動きが素早すぎて反応できなかったが、おかげで政宗と兼続の舌戦は終わったようだ。
「なんなのだよあれは……」
「秀吉様と孫市殿は古馴染ですからね」
加えて孫市はあれでいて友誼には厚い男だ。心配でじっとしていられなかったのだろう。
とはいえ他の人間が倒れたきりの中で孫市が覚醒できたのは別に友情の力とかではなく、左近が肩を貸していたことにより三成の妖気を間近に浴びたためだ。妖気は生命力に通ずる。三大妖ほど強い力ならば、直接触れずとも多少の足しにはなる。
幸村は鼻面を摺り寄せてきた松風を優しく撫でてやり、その背にいる慶次を見やって心配そうに眉尻を下げた。
「慶次殿は、目を覚ましませんね」
都が混乱しているため誰も気に留めないだろうと、いつもと比べて三大妖はかなり妖気を解放した状態だ。その苛烈な妖気を浴びても微動だにしないのだから、よほど眠りが深いらしい。
少し前の状況を脳裏で反芻し、左近は指先で顎を擦る。
「そういえば、慶次殿は遊女に触れた途端に倒れていたような……」
「遊女、ですか?」
桜の木云々の話だったはずなのに、どうして遊女が出てくるのか。それに関してはずっと口論していて話の輪に入れていなかった政宗が割って入った。
「遊女ではないが、わしは陰陽寮で女の声のようなものを聞いた。微かだったが」
「声か……」
政宗の証言を聞いて左近も一つ思い出した。
慶次と孫市が倒れた直後。桜の木の上にいた影。
「俺も姿見ましたよ。木のてっぺんでこう、舞でも舞ってるような女性の姿」
「木花咲耶姫ではなく、ですか?」
「さぁ、そこまではわからんな」
何せ神の姿など見たこともない。
思案に浸っていた三妖が、ふっと同時に顔を上げるとその場から消えた。どうしたのかと思った途端にどたどたと足音が響いてくる。
「伊達殿!こんなところに!貴殿は無事だったか!」
姿を見せたのは陰陽頭だ。三大妖は人間が近づいてきたために姿を隠したらしい。
なんというか、手慣れてきたなぁとしみじみ思う。気づかない陰陽師たちも大概だが、果たしてこれでいいのだろうか。
的外れなことを考えている政宗の腕を、陰陽頭の腕ががしりと掴んだ。
「事態はわかっているな?!状況の打開を図るぞ、急ぎ寮へ戻れ!」
「は?!え、ちょっ」
戻れと命令しておきながら、両脇に控えていた陰陽生が二人素早い動きで政宗を両脇から抱え上げるとそのまま怒涛の勢いで運び去っていく。
文官だと思っていた陰陽生の機敏すぎる動きについていけず固まっていた左近は沈黙と共に小路に残された。政宗の悲鳴と共に彼らの姿が陰陽寮の方へと消えていった頃、三大妖もさすがに唖然とした様子で顕現する。
「い、今のは一体……」
「めちゃくちゃ強引だな陰陽寮」
「あの半人前には良い薬になるのではないか?」
爽やかに笑い飛ばした兼続はすぐさま政宗が消えていった方に背を向けた。
「さて、得体の知れぬものにいつまでも周囲をうろつかれてはたまらぬ。我らも行動せねばな。慶次は……自邸で休ませた方がよかろう。幸村、お前が護衛に付け」
「承知致しました」
槍を顕現させながら力強く頷く。前田邸には利家もいるはずだが、あの靄が再び現れれば共倒れなどということにもなりかねない。これ以上被害を広めない意味合いもあった。
ぽん、と松風の尻を軽く叩けば、主を気遣うような素振りを見せながらゆっくりと歩き出す。こんなときだが、慶次は良い相棒を持っているものだと感心しながら幸村はその後に続いた。
幸村が人間たちに見られぬよう姿を消すのを確認してから兼続が振り返る。
「私は空から都の様子と原因を探ってみる。件の女性も気になるからな。三成、左近、お前たちはどうする?」
「……そうだな」
腕組みをした三成はちらりと横の左近を見やった。
「被害は男ばかりだと言ったな。どうやらこやつは影響が少ないようだし、囮にして元凶を炙り出してみよう」
「俺に拒否権はなしですかい……」
しかも囮とかいう聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのだが。
ものすごく不安げな表情の左近に対し、三成は尊大な笑みを浮かべた。
「案ずるな左近、お前は俺が守ってやる」
「わぁ男前」
言っていることだけ聞けばかっこいいが、でも囮である。とはいえここまで言ってくれているのだから否とも言いづらい。信じるしかないだろう。
渋々ながらも左近が頷いたのを見て、兼続は白い烏に変化すると空高く飛翔していく。その姿を見送り、三成と左近も都の外に向かって駆け出した。
****
「よっ、と」
助走をつけて塀の上に手をかけると、一気によじ登る。門から入ろうとしたら厳重に閉ざされていて、何やら中が騒がしかったので侵入することにしたのだ。
秀吉の邸だし、いざとなれば言い訳も効くだろう。多分。
「っ…!」
登ってみたはいいものの、未だ体力は万全ではない。軽い眩暈に襲われ、顔を顰めて眉間を手で押さえた。
とにかく秀吉の無事を確認したらさっさと戻って休もう、と心に決める。そして中に入ろうと飛び込んだ瞬間、げ、と呻いた。
ちょうど飛び降りた先に大きな庭木がある。何もこんな初歩的な失敗をしなくても、と思った時には既に遅く、そのまま盛大に木に突っ込んだ。
「ぐえっ」
蛙が潰れたような声を上げてそのまま地面にべしゃりと沈む。道中盛大に木の枝をへし折ったため、実に豪快な喧騒となった。
その音に気付いたのか、廊を歩いていた女中と家人が顔を庭に向ける。
「きゃあああっ!」
「し、侵入者だーっ!」
「え?!いや、違っ…!」
慌てて言い募るが、ただでさえ動揺しているらしい家人は孫市の言葉など聞いていないらしい。かなりの高齢に見えるというのに、手にした行灯を高々と掲げて襲い掛かってきた。
さらに勇敢にも、女中もありったけの勇気を振り絞って家人の男に続いた。秀吉様への手出しは許さぬ!とかいうなんとも主想いな台詞が聞こえてきたが、孫市にとっては不幸以外の何物でもない。
これは、一旦退散したほうがよさそうだ。
「あーくそっ、すまねえ秀吉!」
見舞いはまた今度、と詫びて再び勢いをつけて塀をよじ登り、家人たちの声を背に受けながら都の大路へと飛び出した。
なんとか秀吉の邸からは離れた場所まで駆け、ようやく息をつく。
ついていない、というのはこういうことを言う。もしくは踏んだり蹴ったり、だろうか。
さっき落ちたときに木に引っ掛けた傷があちこち地味に痛む。ついでに着地失敗で手首をおかしな形でついたらしく、腕や肩も痛い。そこに元からの具合の悪さも相まって足が鉛のように重かった。
「ちっとやべーかな……」
忌々しげに舌打ちして、近くにあった塀に背中を預けてずるずると座り込む。遠ざかっていく意識を浮上させる手立ては、残念ながら孫市は持ち合わせていなかった。
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