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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
5
「何事だ」

そこへ、残りの仕事を終えて帰路につこうとしていた官兵衛が通りかかる。
いつも無表情を崩さない面差しの眉間に皺が寄る。が、すぐにその場の異様な雰囲気に気づくと、さしもの官兵衛も焦燥を滲ませて辺りを見渡した。

「これは…?!」


――……が…背……!


何かに呼ばれるようにして顔を上げれば、今朝から突然花をつけたと皆が騒いでいた桜の木がある。花を一枚も散らすことなく咲き誇るその姿はどこか不気味で、行灯に照らされただけでなくそれ自身が光を放つかのようにして暗闇にぼんやりと浮かび上がっていた。
その美しい桜の花から禍々しい瘴気が立ち上るのが、官兵衛の目にははっきりと映っていた。意思を持っているかのようにして急速に集まった黒い靄がまっすぐにこちらへと向かってくる。

「な…っ」

突然のことに反応が遅れる。
官兵衛の鼻先にまで迫った靄だったが、身体に届く直前に見えない壁に阻まれて霧散した。


――……?!


耳鳴りのように脳裏に響いていたのはどうやら女の声だったらしい。それが、驚いた様子で息を呑むのが伝わってきた。
瞠目する官兵衛の目の前に、白い毛並みの猫又が足音もなく降り立つ。

『このひとに用があるなら俺を通してもらわなきゃ困るなぁ』

「半兵衛……」

こんな内裏のど真ん中の廊下で、誰が聞いているかもわからないときに半兵衛の名を呼ぶような危険な真似は、普段の官兵衛ならば絶対にしない。しかも今は、意識を失っているらしいとはいえ官吏の面々がすぐ目の前に山と倒れている。
だが今日に限っては安堵がそのまま口に出てしまった。
あの靄に触れてはいけない。直感がそう告げている。
一度は散ったはずの靄が再び桜の木から立ち上るのを見て、半兵衛の目が鋭く煌めいた。鋭い爪を備えた前足が地面に文字のようなものを描くと、官兵衛の足もとに梵字が浮かび上がって結界を織り成す。

『ちょっとそこから動かないでね。……何だか知らないけど、俺の大事な官兵衛殿に手ぇ出さないでくれる?』

怒気とともに溢れ出た半兵衛の妖気が渦を巻き、一瞬桜の木が纏っている光が明滅した。猫又の姿が青年のそれへと変化する。
こんな内裏のど真ん中で半兵衛が妖気をさらけ出すなど、かつて一度もなかったことだ。彼の妖気は強大であり、力を誇示するということはそれだけ目立つ。危険な橋は渡るまいとしていたが、官兵衛に危険が迫っているとあらばそんなことは気にしていられなかった。
一瞬だけ怯んだかに見えた黒い靄は、半兵衛の妖気に触れるとその量を増した。それを見て軽く瞠目し、半兵衛は少しだけ妖気を鎮める。
どうやら放出すればするだけ吸い取られてあちらの力が増すだけのようだ。それは少しまずい。
警戒態勢を解くような動作に、官兵衛が怪訝な顔をする。

「どうした」

「ん、なんでもないよ。ちょっと作戦考えてるだけ」

とはいえ、どうしたものか。半兵衛の力はどちらかといえば防御向きで、攻撃の力はそれほど強くはない。護れる自信ならあるが、撃退できるかどうかは微妙なところだった。
政宗が倒れてる姿が目に入り、主の危機を察知して三大妖の天狗さんとかうまく駆けつけてこないかな、と現実逃避気味に考える。
相手の正体は謎だが、倒せなくてもなんとか官兵衛は守らなければ。
膠着状態を破ったのは桜の方だった。
半兵衛の妖気に触れて弱くなっていた光が強さを増し、一陣の風が吹き抜ける。咄嗟に顔を覆った半兵衛に黒い靄が肉迫した。
大きく跳躍して軽々と躱すが、相手は実体を持たない。すぐさま後を追ってきた。しかも、空中では回避が効かない。

「半兵衛!」

思わず身を乗り出した官兵衛の足先が、少しだけ陣の外に出る。その瞬間、靄は標的を官兵衛に移した。
はっとした半兵衛が素早く首を巡らせる。

「官兵衛殿、動いちゃ駄目だ!」

今から飛び降りて結界を張り直しても間に合わない。
咄嗟に帽子から鈴を引き千切り、首に巻いている布を外して真ん中に包み込むと重石代わりにする。そのまま端を掴むと、勢いをつけて空へと投擲した。
布に阻まれてくぐもった鈴の音が僅かに聞こえる。そこに込められた妖気に応じて、靄は再び標的を変えて鈴をすり抜けた。その隙に半兵衛が結界を張り直せば、標的を見失ったらしい靄は桜の木へと吸い込まれるようにして消えていく。
桜の木から光が消え、深々と嘆息した。なんとか免れたようだ。

「大丈夫?無事?」

「ああ。……すまぬ、余計な手数を」

「そんなことないって」

動くなと言われていたのに動いたことを詫びる官兵衛に、半兵衛は軽く笑って見せる。
力なく地面に転がっている布を拾い上げて中に包んだ鈴を取り出してみれば、金色の輝きを持っていたはずの鈴は無残に錆びてひび割れていた。





****





どうしてこんなことになったのか、三大妖には全く以て理解できなかった。
普通に花見をしていたら、突然桜の木が妙な気を帯びてその枝から発せられた靄が襲い掛かってきたのだ。いい気分で飲んでいたというのに台無しである。
纏わりついてくるそれを軽く槍で払って、幸村が鬼火を爆発させる。元が木だけあって火には弱いのか、靄は怯んだようにして少し退いた。
彼らが持つ妖気は上質だが、その強大さは桁違いだ。力のないものが下手に吸収しようとすれば逆に力に呑まれてしまう。桜の木はそれくらいのことは理解できているらしく、黒い靄は三妖の周囲で渦を巻き始めた。
顔を上げた三成が剣呑に桜の木を睨み付ける。

「いっそ切り倒してやろうか、あの大木」

「無闇に木花咲耶姫に喧嘩を売るのは得策ではないと思うがな」

神というのは怒らせると非常に面倒かつ厄介だ。妖にも面倒なのは多いが、神のそれは質が違う。
物騒な相談をしているふたりを護るように鬼火が立ち昇り、彼らを保護する障壁となる。身軽に着地した幸村は周囲を見渡して嘆息した。

「これで襲ってはこないと思います」

「さすがだ、幸村。……が、きりがないな」

ずっとここで籠城するわけにもいくまい。大元を絶たねばならないだろうが、一体全体何がどうしてこうなっているのかがわからない以上は手の打ちようがなかった。
靄からは妖気や神気は感じられない。となると、桜を媒体として別の力が働いているのだろうか。
しかしこのままでは幸村ばかりに負担がかかると思い狐火を顕現させようとした三成だったが、先ほどからそれができずにいる。彼の持つ土の性と桜の木の性では相剋。下手をすると相手の力を増大させることになりかねない。土侮木まで持っていければいいが、相手の力の全貌が見えないため少々危険な賭けになる。
焦れた様子で黒翼を羽ばたかせた兼続は、顕現させた天狗の面をつけるとそのまま空へと舞い上がった。

「何のつもりか知らぬが、我等に喧嘩を売った以上相応の覚悟はあるのだろうな」

錫杖の遊環が涼やかに打ち鳴らされると、凄まじい突風が巻き起こって黒い靄を巻き込みながら荒れ狂った。
風刃が辺りの木々をずたずたに引き裂く。が、桜の木だけは傷がつくどころか花びら一枚たりとも散る様子がない。
腕で強風から頭部を庇っていた三成は上空を睨み上げると怒号した。

「おい!さっき神に喧嘩を売るなとか言ってたのはどこのどいつだ!」

全ての木は木霊神の眷属である。桜が傷つかずとも周りに被害を出したのでは本末転倒ではないか。
しかしそれが功を奏したのか三妖には敵わぬと判断したのか、桜の木に宿っていた気がふっと掻き消える。同時に靄も見えなくなった。
呆気なさすぎるとも言える撤退に暫し茫然とする。結局何だったのかわからずじまいだ。
滞空したまま周囲の様子を探っていた兼続も、危険は去ったと判断したらしく静かに降下してきた。が、天狗の面を外した途端にその体躯がぐらりと傾ぐ。

「兼続殿?!」

驚いた幸村が慌てて駆け寄り、倒れかかった腕を掴んだ。兼続は表情を歪めて額を押さえている。

「まさかどこかお怪我を…?!」

「いや……違う、そうではない」

一瞬だけ猛烈な寒さと眩暈に襲われたのだ。そのとき、都にいるはずの政宗の面差しが脳裏を過る。
まさか彼に何かあったのか。

「お前が怪我をしたわけではないのなら、原因はあの陰陽師か」

察しのいい三成はその様子だけで大体の事情を把握したようだ。しかし、それ以上嫌味じみた言葉は言わずに瞑目する。その頭上で獣の耳が静かにそよいだ。
何かを探るような動きにふたりが沈黙する。やがて顔を上げた三成はふたりに向き直った。

「都に行ってみた方が良いかもしれぬ。少しは情報がありそうだ」

思わぬ言葉に幸村が目を丸くする。三成が面倒事にわざわざ首を突っ込むような物言いをするとは。

「もしや、左近殿にも何か?」

「……幸村、俺の行動基準が左近かのような言い方はよせ」

少しだけ険を帯びた口調で返し、ぴしりと尾で地面を叩いた。
しかしこの狐が自主的に都に行こうなどと言い出したら何事かと思うではないか。今までのことを思えば幸村の言も的外れとは言い切れない。
ふう、と息を吐き出した三成が腕組みをする。

「左近ではないがな。――どうやら清正が呼んでいる」





****





慶次と孫市を伴ってなんとか典薬寮へとやってきた左近は、その場の騒ぎに唖然とした。
意識を失った男たちが次々と担ぎ込まれている。薬師たちはまさにてんやわんやといった有様で、新たにやってきた左近たちのことに気づく余裕すらなさそうだった。
なんということだ。慌てて前田邸まで走って松風を連れてきて巨漢の慶次をその背に乗せ、孫市に肩を貸しながらここへ辿り着くまでどれほど苦労したと思っているのか。そこまでしたのに戻ってきてみたら手が空いてませんでは笑えない。

「ん…?」

「!、孫市殿、気が付きましたか!」

微かに身じろぎして顔を上げた孫市にほっと息をつく。これ以上この二人の面倒を見切れる自信はさすがになかった。
孫市は顔を顰めて辺りを見回し、どうやら内裏にいるらしいことに気が付いて目を瞬かせた。

「あ…?なんで内裏…?つか俺、どうなった?」

「そりゃこっちの台詞です。どうしたってんですか」

「どうしたって言われてもな……」

急に力が抜けたと思ったら意識が遠のいて、次に起きたらここにいたのだ。孫市に事の次第などわかるはずがない。
なんだろう。まだ猛烈に眠い。

「ちょっと!せっかく起きたんだから寝ないでくださいよ!寝たら死にますよあんた!」

再び瞼を閉ざそうとする孫市に必死で呼びかける。頼むから起きて手伝ってくれと切に願った。
しかし、このまま典薬寮にいても状況は改善しそうにない。どうしたものかと辺りを見渡した左近の目に、よろよろとした足取りで壁伝いに歩いてくる政宗の姿が留まった。

「政宗殿!ちょうどよかった!」

「?なんじゃ、貴様らも宿直……」

息を切らせていた政宗だったが、左近に肩を借りて力なく項垂れている孫市と松風の背で微動だにしない慶次の姿を見て瞠目する。
左近も勢いのまま天の助けとばかりに声を掛けてしまったものの、どう見ても手を貸せる状況ではなさそうだと気付いてその先を言い澱んだ。
お互い状況はわからないが大体の事情は把握したため、妙な沈黙が続く。後ろでは相変わらず薬師たちの声が響いていたが。
不意に、二人は同時に馴染みの妖気が都に入り込んだことに気が付いた。一瞬何かを探すような動きをしたものの、すぐに気づいた様子で真っ直ぐにこちらへと向かってくる。行き先が内裏だと知ったらしく妖気は途中で掻き消えたが、間違いなく近くにはいるようだ。
顔を見合わせて頷き合い、典薬寮を後にする。政宗が松風の手綱を引いてくれたので左近はとりあえず安心した。

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あきゅろす。
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