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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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しかし普段は妖艶な笑みを絶やさずに接客をする女なのだが、何やら様子がおかしい。というほどでもないのだが、なんとなく違和感を覚えた。俯いた面差しに暗い影が落ちていて、どう見ても客の前に出た遊女の態度には見えない。
番頭の男もそれに気づいたのか慌てて何か声を掛けに行ったが、それでも女は動かなかった。
具合でも悪いのだろうか。それこそ例の感冒という可能性も否定できない。たとえそうだったとしても、態度に出してしまうような新米でもないはずだが。
首を傾げた慶次は人波をかき分けて近寄っていくと、女の肩にそっと手を置いた。

「おいおいどうした、客の前だぜ?」

すると、女が勢いよく顔を上げる。感情を映さず澄み切ったその瞳の奥に、舞い散る桜の影を見たような気がした。
次の瞬間、全身を猛烈な寒さが襲う。何だ、と声を上げる間もなく、慶次の膝は体重を支え切れなくなって突然がくりと折れた。
体に力が入らない。なんだこれは。

「慶次殿、孫市殿?!」

隣で慶次と同じように倒れ込みかけた孫市を、左近が慌てて支える。脱力しきった大の男を一人で支えるのは容易ではなかったが、そこは持ち前の腕力でなんとか堪えた。
その間にも、店の番頭をはじめとした周囲にいる男達は次々と地面に倒れ伏していく。
何かの妖の仕業かと思ったが、妖気は感じられなかった。
しかし、左近の目には倒れた男たちの体に仄暗い影が纏わりついているのが視えていた。ぞわぞわと意思があるかのように蠢いていたそれは、何かに吸い寄せられるかのようにして桜の木へと向かっていく。
黒い靄を纏いながらも、相変わらず桜は美しく咲き誇っている。はっと顔を上げた左近は、桜の木の頂に佇む美しい女の姿を目にした。
彼女と目が合った瞬間にどくりと鼓動が大きく跳ねる。もしや周囲の人間たちが突然倒れたのはあの女の仕業か。
そう思うも、身体がうまくいうことを聞いてくれず、女から目を逸らすことができない。
彼らの二の舞かと思った途端、全身を何か暖かい気が覆ったのを感じて思わず視線を下に向けた。
そこには、以前三成から貰った飾り紐がある。今は手首を飾っているそれが、左近を護るようにして仄かな光を放っていた。その強力な妖気を感じたのか、女は秀麗な面差しを歪めて左近を苦々しげな様子で睨み付ける。同時に見えない束縛が消えたと安堵したのも束の間、女はそのままふっと姿を消した。
辺りに満ちていた妙な気配は一気に消え去る。桜の木にまとわりついていた黒い影もなくなったが、倒れ込んだ男達が目を覚ます気配はない。念のため慶次と孫市に声を掛けてみるが、反応は返ってこなかった。

「今のは……」

茫然と呟いた左近の耳を、正気に戻った遊女たちの悲鳴が劈いた。





****




頭の中で、聞いたことのない男の声が響いている。
とても優しい声音だ。だが、どことなく寂しそうにも聞こえる。


――この……が………に……たら……


途切れ途切れの声は不鮮明で、何を言っているのかまでは聞き取ることができない。
しかし、その声を聞くたびにどうしようもなく胸が締め付けられる。


――…今年の……は……


彼に、逢いたい。知らない相手のはずなのに、心の奥底で叫ぶ声がある。
だって、来年の今頃、自分は――……



はっと覚醒したガラシャは、びくりと肩を跳ね上げさせると慌てて辺りを見回した。
今いる場所はどうやら都の小路のようだ。さっきまで邸にいたはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろう。今日は抜け出した記憶もないのに。
ふと自分の手が何か堅いものに触れていることに気づく。見上げれば、そこには満開に咲き誇る桜の花があった。
しかし、それは見る間に萎んで小さくなり、花びらを散らすこともなく消えていく。
はて、桜とはあのような終わり方をする花だったろうか。たしか、吹雪のように花びらを散らしていくものだったと記憶しているのだが。
とはいえ今はそれ以上に問題なことがある。

「むう、困ったぞ……」

果たして、自分の邸はどこだろうか。





****





用事があると適当に言い訳をして、終業の時刻よりも少し早く帰路についた秀吉は、いつもより早い時間に自邸の前に到着していた。
突然咲いた桜の花には驚いたものの、今のところは異常なしというのが内裏での見解である。一段落した仕事の合間に花見の宴を催したら官吏たちもかなり喜んでいたし、たまにはこういう息抜きも大事だ。
内裏の中で宴など、と信長の側近である光秀は少し苦い顔をしていたが直接文句を言っては来なかった。信長が宴を許容していたので、ならば反対する理由もないと判断したのかもしれない。
その途中、酔って木に手をかけた公達が桜の木を一枝手折ってしまったのだ。が、折れたはずの枝から花が散ることはなく。
あまりの美しさに驚いた秀吉はその公達に頼み込んで折れた枝を譲ってもらった。日頃世話をかけている妻、ねねへの手土産にするためだ。詫びも兼ねて早めに帰ってきたし、怒られる要素は何もない。はずだ。何の詫びかは彼の沽券に関わることである。
普段はあまりかかずらってやれないので、さぞ喜んでくれるだろう。最愛の妻の満面の笑みが目に浮かぶようだ。

「帰ったぞー!」

邸の奥に勢いよく声をかける。が、普段は門を潜る前に迎えに出てくれるねねが、何故か今日に限って姿を見せなかった。
はて、怒られる要素はないだろうとさっき確認したはずだが。女性というのは突然過去の喧嘩を思い出して怒り出したりするので油断はできない。
急に不安になって、背伸びをして邸の奥をのぞき込む。家人が出てくる様子もない。
さすがにおかしいと思い始めたとき、姿を消して控えていたはずの水虎清正が隣に顕現した。

「秀吉様、どうぞ中へ。――何か、様子がおかしい」

切迫した声音に、秀吉の表情が凍り付く。慌てて沓を脱ぎ捨てて厨に駆け込んだ。

「ねね!!」

咄嗟に足を止めた秀吉は、目の前に広がる光景に息を呑んで硬直した。後を追ってきた清正も同様だ。
死屍累々、というべきか。床に倒れ伏している家人たち。彼らの体を覆うように広がる黒い靄。
厨の一番奥から僅かに呻き声が聞こえてくる。ねねの声だ。

「ねねっ!無事か?!」

「秀吉様!」

息せき切って駆け出す秀吉の背に清正が手を伸ばすが、少し遅かった。
ねねの横に秀吉がしゃがみこむ。その途端、小柄な体がぐらりと傾いだ。被っていた烏帽子が頭から滑り落ちる。
辺りを漂っていたのみだった黒い靄が秀吉に向かって集まっていく。咄嗟に得物を具現させた清正は素早く床を蹴って怒号した。

「その方達に寄るんじゃねえ!」

床板に片鎌槍の柄を打ち据えると、涼やかな水の波動が広がって淀んだ空気が一気に押し流されていく。
動揺して激しく乱れた妖気を落ち着かせるべく、清正は大きく深呼吸した。

「秀吉様、おねね様!」

呼びかけても返ってくる声はない。だが、倒れ伏した二人の胸元が上下している。息はあることを確認して深々と安堵の溜息をついた。
ぞわりと、その背後で黒い靄が再び集まる。しかし眼前の秀吉とねねを案ずる清正はそれに気づかない。


――よき糧ぞ


脳裏に直接響くような声にはっとする。
振り向いた途端、清正の胸元を黒い靄がすり抜けた。その瞬間に猛烈な寒さに襲われ、妖気を抜かれたことに気づいたときには全身の力が一気に抜けていく。
やられた、と思っても遅い。

「くそ……っ!」

尻餅をつく形になった清正の手から離れて転がった片鎌槍が、実体を保てなくなってさらさらと消える。手足がじんわりと痺れて力が入らず、ゆっくりだが確実に意識が遠のくのがわかった。
閉じかけた瞼の裏に、古馴染の九尾狐の姿がふと浮かぶ。借りを作るのは好きではないが、背に腹は代えられない。

『気づいてくれ、三成…!』

あまりに突然のことで何が起こったのかはわからないが、とにかく異常事態には違いなかった。





****





文机に向かいながら終業の鉦鼓の音を聞いていた政宗は深々と嘆息した。
季節外れに咲いた桜に、官吏たちの気分が高揚したのか本日の内裏は非常に騒がしかった。どこから持ち込んだのか花見酒まで振る舞われる始末で、陰陽寮でも酒は駄目だがこういうのは気持ちの問題だと徳利に入った白湯を盃に一杯だけだが半ば無理やり押し付けられた。
先日豊明節会が無事に終わって仕事も一段落し、今はさほど忙しい時期というわけではない。ないが、だからといって昼間から酒宴はいかがなものか。
根が真面目な政宗は出仕中に馬鹿騒ぎに加わる気分にはなれず、一応少しだけ顔を見せて挨拶をした後はさっさと陰陽寮に戻り、それからはずっと文机に向かって暦の写しなどをして無心を保っていた。
もう官吏たちは退出する刻限だ。政宗は今日は宿直だが、さすがに夜になれば静かになって仕事も捗るだろう。昼間遅れてしまった分を取り戻さなければ。

「伊達殿!」

筆に墨を染み込ませてさて書写を再開しようとした途端、勢いよく障子が開かれる。
そこには片手に団子の串を持った先輩陰陽生が随分上機嫌な様子で立っていた。まさか陰陽師のくせに酒を呑んだのかと驚いたが、顔色は大きく変わってはいないのでどうやら空気に酔っているだけのようだ。
男は軽く団子の串を揺らして庭先を指し示す。

「貴殿は昼間から働き詰めだろう。少し外の空気を吸ってはどうだ?」

「いえ、その……」

さて、どうしたものだろう。正直に言えば断ってしまいたいのだが、あまり無碍にしすぎるのも体裁上よろしくない。
というか、昼間あれだけ騒いでおいて夜も宴を続ける気なのか。どれだけ暇なのだ。
どう言い訳してくれようか悩んでいたら、男は後ろから声を掛けられたらしく、満面の笑みで振り返るとひらひらと手を振りながら去っていく。
別に政宗がどうとかで誘いに来たわけではなく、宿直をしている者に無差別突撃をしかけていただけのようだ。はた迷惑極まりない。
ともあれこれでやっと仕事に戻れる、と視線を下に戻す。が。

「…あ」

動きを止めた拍子に墨が垂れてしまったらしく、半紙のど真ん中に見事な黒点。
がくりと項垂れて無駄にしてしまった紙をぐしゃぐしゃと丸めた。このせいで足りなくなったらまたわざわざ塗籠まで取りに行かなければならない。
今日は仕事をしないほうがいいのかもしれないなどと考えながら新しい料紙に手をかけた政宗だったが、ふと奇妙な違和感を覚えて顔を上げた。
千鳥足で歩いていく陰陽生。その体越しに見える黒い靄。


――わ……も…連れ……


脳裏に悲哀に満ちた女の声が響く。
その瞬間、宴に参加していた男たちが声も上げずにその場に崩れ落ちた。

「何っ…?!」

瞠目して立ち上がった政宗も呪符に手をかけたが、一瞬遅い。
猛烈な寒さに襲われたと思ったのと、意識を手放して畳の上に転がったのがほぼ同時だった。

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あきゅろす。
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