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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
3
参議は庭を一瞥するとその一角を指差した。

「そこにほれ、椿があるだろう。あの木の辺りに桜が一輪だけ咲いていたとか」

夜中に突然花が開いたのです、と娘は訴えたが、そんなことがあるわけがない。椿の木に桜が咲くなど。しかも季節外れにも程がある。朝になって見てみたが、散った花びららしきものもどこにもなかった。
などの諸々の理由により、見間違いだろうと結論をつけたのだが。
何の情報もなくてすまぬな、と頭を掻く参議だったが、政宗は剣呑に椿を睨んだ。

「少し、見せていただいてもよろしいか」

「ん?ああ、構わんよ」

一礼して庭に下りると、端から順に木を眺める。貴族の邸らしく、季節ごとの植物が植えられていた。手入れがしっかりしているためか生命力に満ちていて、悪しきものを寄せ付けるようなものには思えない。
件の椿のところまで来てよく見ようと覗きこんだ途端、背後で軽く咳込む音が聞こえてきた。
振り返ってみれば参議が直垂の袂で口元を押さえて、申し訳なさそうに片手を上げている。

「すまない、昨日から時々咳が出て……そういえば内裏では感冒が流行っているらしいな」

まさかうつったか、と考え込む参議に乾いた笑みを向け、改めて政宗は椿を見やった。病の治療は専門外だ。
この椿もまたどう見ても他の木や花と同じで、違和感などは感じられない。本格的な冬がくれば、美しい花を咲かせることだろう。
異常がないことがわかればいい。階まで戻った政宗は静かに頭を垂れた。

「庭木におかしなところは無い様子。若輩の身なれど、できることは致しました。また何事かありましたら速やかに陰陽寮へご報告願いたく」

「ああ、わかった。わざわざ来て頂いてありがとう」

牛車で邸まで送るという進言を丁重に断り、政宗は家人に伴われて門を潜ると邸を後にした。





****





――…ら……ないで……


夜の帳が降りる頃、薄暗闇にぼんやりと浮かび上がる人影がある。只人が見れば百鬼夜行の類かと青ざめるところだろうが、こんな刻限に外に出ている人間はほとんどいない。
足音もなく歩を進めるガラシャの目は虚ろで、だがその足は澱みなく前へと進んでいた。
既に葉を落としている一際大きな桜の木の下までやってくると、徐に木の幹に手を添える。


――……に………で……


その瞬間、立派な枝の先端に小さな桜の蕾が現れ、見る間に美しい花を咲かせた。
そこから波が広がるようにして、枝から周囲の桜の木へと光が移ろっていく。
あっという間に都全体、更にその先へまでも広がった光に誘われるようにして、都中の桜が一輪だけ花をつけた。
都の様子を眺めやったガラシャはうっそりと笑みを浮かべ、元来た道を戻っていく。彼女の姿が闇に紛れて消えるのとほぼ同時に、空が白み始めた。


――………れ…て………


刹那。
ゆっくりと昇る朝日に照らされた桜の木が、一斉に大量の蕾をつけて満開に咲き誇った。





****





山道をのんびりと散策していた鬼がふと足を止める。一つ目を瞬かせると視線を斜め上に運び、驚きの声を上げた。

「三成殿、兼続殿!見てください、桜ですよ!」

幸村の懐から子狐が顔を出し、怪訝そうに辺りを見回す。肩に止まっていた烏も何事かと首を巡らせた。
ほら、と異形の指が示す先を見やれば、花びらを一枚も散らすことなく満開に咲き誇る桜の木。
冬の入りに桜だなどと突然何の冗談を言い出すのかと思っていたふたりは唖然として返す言葉を失った。まさか本当に咲いているとは。
はてあんなところに桜があっただろうかと剣呑な雰囲気を醸し出すふたりとは対照的に、幸村は桜の木に小走りで駆け寄ると、見事な枝ぶりを眺めて相好を崩した。

「綺麗ですね」

『いやまて、綺麗というか、おかしいだろう。今何月だと思っている』

『純粋な奴……』

口を揃えて呆れ気味に言われるが、綺麗なものは綺麗なのだから仕方がない。
三成は目を細めて桜を見やると、眉間に皺を寄せて鼻の辺りを前足で擦ってから毛繕いをした。

『数日間冷え込んで、昨日は久しぶりに暖かかったからな。春と勘違いしたのではないか?』

「三成殿、毎年桜を見ると鼻の辺りが痒そうにしておられますよね」

『ああ……なんだかよくわからんがむずむずする気がする』

ついでに目も痒い、と苦言を申し立ててから、体の向きを変えて幸村の着物に鼻先を突っ込んだ。後世ではこれとよく似た症状のことを「花粉症」と呼ぶ。
前日のことや昼間の政宗との舌戦を思い出して暫く警戒心を剥き出しにしていた兼続だったが、今のところ特におかしな気配は感じないことを確認すると桜を見上げ、飛び上がって幸村の頭の上へと移動した。

『しかし見事に満開だな。ふむ、今夜辺り季節外れの花見酒と洒落込むか!』

「賛成です!」

『いいからさっさと戻って今日は寝よう……』

今にも落ちそうな瞼に全力で抵抗しているらしい三成の頭を軽く撫でてやりながら、幸村は再び桜を見やる。
酒盛りとなれば、肴も必要だ。兼続が言い出したときには上等な酒がどこからともなく出てくるので、そっちの心配はしなくていいだろう。もう山菜やら木の実やらはほとんど残っていないので、また魚介がいいかもしれない。
そろそろ鰤の時期だが、少し早いので浅蜊や帆立という手もある。鯛など手に入れば万々歳だが。
いっそ人間のふりをして市場に紛れ込んでみるのもいい。これでも前よりは人間らしく振る舞うのに慣れたと思うのだ。
あれこれと考えを巡らせていたら、痺れを切らしたらしい三成が尻尾で腕を軽く叩いてきた。それに対して一つ頷き、三妖の姿はその場からふっと掻き消えた。





****





「さ、こ、ん、やーい」

庭先から笑みを含んだ声音が投げかけられ、作業の手を止めた左近は眉間に皺を寄せながらも一応振り向いた。
視線の先には見知った男の顔が二人分。何か企み事がありそうな表情でこちらを手招きしている。
つかつかと歩み寄り、左近は半開きになっていた蔀戸を二人の眼前で勢いよく閉ざした。

「おいてめえあからさまに拒否してんじゃねーぞコラ!」

「こりゃ失礼、休日にまでむさっ苦しい顔見たくなかったんでつい」

「ざっけんなさっさとここ開けろ!」

がたがたと外から木の板を叩く音が聞こえてくる。一つ嘆息して、渋々ながらも言うとおりに開けてやった。
そして、その瞬間目に飛び込んできた光景に思わず我が目を疑う。
邸からそう離れていない山が薄桃色に色づいていた。今日はずっと邸に籠っていたせいで目がおかしくなったかと思って一応擦ってみたが、そういうわけではないらしい。
桜だ。こんな冬の入りに。何故。

「これは一体……」

「あん?なんだよお前知らなかったのか?」

孫市が驚いたように声を上げた。
今日の左近は休養日であり、最近使ってばかりで手入れを怠っていた得物に朝からかかずらっていたので、外の景色を気にする時間など全くなかったのだ。まさか桜が咲いていようなどとは夢にも思わなかったのだから驚くに決まっている。
唖然としている左近を見て、慶次が軽く肩を竦めた。

「なんだか知らねえが、急に花がついたらしくてな。今朝から騒ぎになってるぜ。季節外れの桜の宴だなんだ」

「はぁ…宴とはまた呑気な」

季節外れの桜の開花に不穏な気配を感じた者はいないのかと言いたくなる。
もの言いたげな様子の左近に、孫市はにやりと笑みを浮かべてその肩をぽんぽんと叩いた。

「まぁそんなのはいいじゃねえか。俺たちの管轄じゃねえ。桜が咲いたとなりゃあ、俺たちがやることなんて決まってんだろ?」

大体予想はつくが、左近は顎を指で擦りながら軽く首を傾げた。孫市の笑みが更に深まる。

「桜といえば花見!花見といえば宴!宴といえば酒!美味い酒は美女と呑むに限る!つーことで出掛けるぞ、さっさと準備しろ」

「俺に選択肢はないんですかい……」




と、そんな会話をしていたのは半刻ほど前の話。花街へと足を踏み入れた三人は馴染みの店へと足を向けていた。
桜が咲いていたのは山だけではなかったようで、道の両端に植えられた桜並木が人々の目を楽しませている。そのせいもあってか、この辺りにしてはかなり早い時間だというのにやけに人口密度が高い。
妙におかしな時期に咲いた桜に警戒心を消しきれない左近だったが、美しい花を見ているうちにそんな考えも無粋なような気分になってきていた。
これだけ大々的に咲いているのに何の妖気も感じないのだから、純粋に楽しめばいいではないか。わざわざ職業病を発揮して精神を疲労させることもあるまい。
そもそも都の大事となれば動かねばならぬのは帝直轄の陰陽寮をはじめとした内裏の面々であって、一介の退治屋である左近がそんな心配までしてやる道理はどこにもないのである。
一応雇い主である秀吉の手前体裁は保たなくてはならないが、基本的に退治屋は依頼があったときにだけ動くもの。何も言われていないのに動いたのではただ働きだ。
軽く頭を振って顔を上げると、太陽が山に沈みかけているのが見えた。薄暗くなるのに先駆けて行灯に明かりが入り、桜並木を照らし出す。幻想的な光景にあちこちから歓声が上がった。

「冬に桜なんざぁ一生に一回拝めるかどうかってとこかねぇ」

「普通に無理だよな。運がいいぜ」

連れ立って歩く横の二人もどこか上機嫌だ。残念なのは三人とも男という点である。さっさと「華」のあるところへ行きたいものだ。
彼らの馴染みの店は少し奥まった場所にあるため、向かって歩いていくと格子の奥から何人もの遊女が誘うようにして手招きをする様子が目に入ってくる。しかし、なんとなくその人数が少ないような気がした。
そういえば昨日、内裏で感冒が流行しているとかいう話を小耳に挟んだような気がする。こういうものは地下人も殿上人も境なくかかるものだから、この辺りでもそうなのかもしれない。
店先で客の目を引くためにはそれなりの容姿が求められる。それが人前に出られないとなれば、見るからに人数が減っていても仕方のないことだろう。
そんなことを分析していたところへ、粋人らしく派手な着物に身を包んだ男が駆け寄ってきた。いつもの番頭だ。見慣れた顔が揃って現れたので、他の店にとられる前に迎えに来たらしい。

「これは前田様、雑賀様、島様お揃いで。今日は良い夜桜日和にございますな」

にこにこと人好きのする笑みを浮かべながら深々と頭を下げる。冬にこんな口上を聞かされることも珍しい。

「ご用意はございますゆえ、ささ、どうぞ」

まだ行くとも言っていないのに先頭に立って歩き出す。まぁ、行くのだが。手際のいいことだ。
苦笑しつつもそのあとに続く三人を、店先で美しい女たちが迎える。黄色い歓声を上げる若い娘たちの少し後ろで、よく酌をしてくれる遊女の姿もあった。

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