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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
8
話を終え、沈黙が訪れていた。左近が話す間に狐は何度か質問を返してきたが、逐一返してやれば満足そうな様子で続きを促して、心なしか楽しそうに話を聞いていた。
この沈黙は気まずいものではない。ゆったりと時間が流れているような気がして、左近はさらさらと流れる川の音に耳を傾けながら、川べりに寝転がった状態でゆっくりと動く雲を見ていた。
ふと、隣の気配が動く。

「引き止めてすまなかったな。俺はそろそろ戻る。握り飯、美味かったぞ」

その言葉を聞いて、左近は勢いをつけて起き上がった。立ち上がっていた狐を見上げると、思わず口をついて言葉が出る。

「また持ってきましょうか」

一瞬、何と余計なことを言ってしまったのだと思った。ついさっきこんな恐ろしい妖には二度と会いたくないと思ったばかりだったのに何を言っているのかと。だが、狐が虚をつかれた顔をしているのを見てすぐにその考えを撤回した。いいではないか、この妖は強力だが悪いものではない。はずだ。直感だが。
数拍沈黙していた狐は、ぱちぱちと目を瞬く。

「良いのか?」

「構いませんよ。そんなに遠くないですし」

そう言って笑う左近をしばらくじっと見つめていた狐は、ふと目元を和ませた。

「……俺の名は、佐吉だ」

左近は思わず瞠目した。妖が自ら名乗るとは。
もしかしたら、噂にあった「神にも通ずる力を持つ」というのも、彼は妖などではなく正真正銘神の眷属に連なるものなのかもしれない。そう思った方が得心が行く。彼を山に閉じ込めているという結界は、この山を守ってほしいと願う古の人々の心ではないのか。願いは見えない形で具現化し、それが神となることもある。この国に御座す八百万の神は、そうして生まれてきたのだから。
名を呼ぼうとした途端、佐吉の表情が凍りついた。
そのまま痩躯がぐらりと傾ぐ。何事かと唖然としていた左近が視線を少し下に移せば、狐の胸元を破魔札が巻かれた矢が貫いているのがわかった。
彼の背後から歓声が上がる。ゆっくりと倒れてきた体を、左近は思わず受け止めた。

「佐吉殿!」

力の抜けた体だというのに驚くほど軽い。ああやはり彼は人外の化生だったのだと、今更ながらに思った。ぐったりと凭れ掛かってくる背がわずかに震える。

「……っ、ふ……」

「佐吉殿、しっかり…!」

声をかけようとすると、辺りを包囲していた兵たちが一斉に姿を現して集まってきた。そのうちの一人が進み出て満足げに左近を見下ろす。

「さすがは左近殿。佐和山の化け狐を屈服させるとは驚きましたぞ。さぁ、とどめを」

左近が思わず瞠目する。たしかに今日はこの狐を討伐するのが目的でやってきた。だが、今更そんなことができるわけがないではないか。
その時、佐吉の背が一層大きく震えた。

「ふ…はは…はははっ……」

辺りに哄笑が響き渡る。時折咳込みながらも可笑しくてたまらないというように狐は背を揺らして笑い、戸惑っている左近の腕を唐突に凄まじい力で掴んだ。鋭い爪が腕に食い込んで血が滲む。

「なるほど……――そういうことか」

「っ…、佐吉殿……ッ!」

左近にその気がないことを察したのか、兵の一人が舌打ちして刀を振り上げた。

「帝に仇為す妖めが……黄泉の国へと帰れ!」

「よせ!」

咄嗟に叫んだ左近だったが、刀が振り下ろされる方が早い。が、それよりも僅かに早く手の中の重みが消え失せた。
兵たちにどよめきが広がる。刀が振り下ろされた先には、真ん中に穴が開いた木の葉が一枚落ちているのみ。
どこへいった、と叫ぶ声が響き渡る。すると突然、先ほどまで星が煌めいていた夜空が不自然な雲で遮られた。妙な寒さがその場にいる全員を襲う。
次の瞬間強大な妖気が辺りに充満すると、先ほどの威勢はどこへやら一部の兵たちは情けない声を上げて腰を抜かした。
ぼう、と辺りにいくつも青白い燐光が浮かび上がる。狐火だ。

『人間風情がこの俺を害そうとはな。身の程知らず共が』

頭に直接響く低い声。左近は咄嗟に頭上を見上げた。
いた。兵たちの頭より六尺ほど高い位置に、ふわふわと浮かぶ狐火。それに腰かけるようにしてこちらを見下ろす九尾の狐。その瞳に先ほどまでの穏やかな光はない。ひとのそれとは違う、縦に一筋走る瞳孔がぎらりと邪悪に光った。
兵たちに見せつけるようにして、佐吉は胸に刺さっていた破魔矢を片手であっさり引き抜くと、狐火であっという間に燃やし尽くした。
怖気づいた兵士達は武器を取り落す。一人の男が叫んで逃げ出すと、ほとんどの者がそれに続いた。

『逃がさぬ』

佐吉の右手が閃く。すると、辺りに浮かんでいた狐火が一斉に兵たちの周囲を取り囲み、激しく燃え上がった。
その炎に触れた兵がもんどりうって転がる。尋常ではない苦しみ方に、他の兵たちもひっと息を呑んで顔面蒼白になった。
逃げ惑う人間たちを見下ろして、狐がうっそりと嗤う。その昏い表情に、たまらず左近は叫んだ。

「佐吉殿!!」

緩慢な動作で巡った視線が左近に向けられる。目が合った瞬間、鼓動が跳ねた。
恐怖などという言葉では足りないほどの畏れ。意思とは関係なく体が小刻みに震える。心臓はありえないほど早鐘を打っているというのに、手や足の先は驚くほど冷えていた。
それでも左近はぐっと拳を握り込み、狐から目を逸らさない。佐吉は愉快そうに左近に笑いかける。

『見事だったぞ、島左近。この俺をああも完全に謀ってくれるとは。だまくらかし合いには自信があったのだが……人間如きに遅れを取るとは、俺も落ちぶれたものだ』

「違う!佐吉殿、俺は…っ」

『その名を口にするな!!』

激昂と同時に狐火が今まで以上に激しく燃え上がった。兵たちの悲鳴が木霊し、ぐわりと音を立てて妖気が広がる。大の大人を軽く吹き飛ばすほどの勢いに煽られた狐の髪が大きく揺れた。
熱風から思わず顔を覆った左近は、燃え盛る狐火に包まれた狐が姿を消す瞬間を確かに見た。咄嗟に伸ばした手は虚しく空を掴む。
それと同時に激しい光が辺りを包み、凄まじい爆音と共に視界が全て白く染まった。




遠くで爆発した妖気に気づき、幸村は瞠目して見慣れた山の山頂付近を見やる。
この凄絶な妖気は間違いない。何故。

『三成殿…?!』

彼ほどの大妖が人間如きに負けるとは思っていないが、この凄まじい力の爆発は何事だ。
幸村の注意が別の方向に逸れたことに気づいた慶次は、瓦礫を押しのけて立ち上がるとそのまま踊りかかる。

「余所見たあ余裕だねえ!」

正直なところ慶次の方に最早余力はなく、この奇襲が失敗すればもう無理だとわかっていた。兵たちの傷も気にかかる。早く決着をつけて戻らねば。
鬼の体躯を両断するかに見えた巨大な二又矛は、片手で翳した槍であっさり止められた。驚きに目を見開く間もなく弾き返された慶次は一回転して着地するとそのまま地面に手をつく。口の中に溜まった血を唾と共に吐き出して顔を上げると、鬼の面を外した幸村が槍をくるりと閃かせたのが見えた。あの炎のような模様は消えていたが、その表情から明らかに余裕がなくなっている。

「――慶次殿。この勝負、一旦お預け致します。御免!」

ふわりと跳躍した幸村は槍を逆手に持ち変えると、柄を両手で掴んで着地と同時に裂帛の気合と共に地面に突き立てた。
突如として地中から炎が吹き上がり、後を追おうとした慶次をその場に足止めする。熱風に煽られた兵たちの叫び声が辺りに木霊した。吹き荒れていた妖気の炎が収まった頃、ようやく翳していた腕を下ろして武器を構える。
しかし、つい先ほどまであった強大な妖気は最早残ってはおらず、幸村の姿もその場から忽然と消えていた。辺りには傷を負った兵たちの呻き声が僅かに聞こえるだけで、その他の音は何もない。
緊張の糸が緩んだせいで体に負った傷がじわじわと痛みを訴えてくる。低く呻いて脇腹を押さえた慶次は、得物に縋ってその場に片膝をついた。




突然天を仰いで動きを止めた山城を見て、孫市は咄嗟に起き上がって石弓を構えた。
矢が放たれるのと政宗が印を組んで駆けだすのは同時。呪と共に放たれた札は真っ直ぐに天狗へと向かったが、その足元でぴたりと止まった。
とす、と間の抜けた音と共に矢が地面に落下する。それに続いて呪符もひらひらと落ちてきた。歯噛みして再び身構えようとした政宗と孫市の耳に、凛とした声が突き刺さる。

「――何をした」

大声を出したわけではない。むしろ囁くような小さな声だった。だというのに、今までのどんな言葉よりもその言葉は政宗と孫市の耳に響いた。それと同時に、背筋を氷塊が滑り落ちる。
それまで感じたことのないほどの恐怖感が突然体に圧し掛かってきて、呼吸すらままならない。瞠目したまま硬直してしまった二人に怒号が降り注いだ。

「私の友に何をしたのかと聞いているのだ、人間共!!」

振り向きざまに、天狗から凄まじい妖気が迸った。涼やかな暗色だった瞳の色は光彩が逆になり、中央で金の瞳孔が爛々と輝いている。膨大な妖気が突然収縮し、山城の背後に巨大な竜巻が出現した。

「おいおいマジか…っ!笑えねえぞ、あれ」

引き攣った笑みを浮かべた孫市の額から冷や汗が流れる。あんなものを喰らったら人間など一たまりもない。山すら削げ落としそうだ。
山城が羽団扇を振り上げると、その手元にも妖気が集中した。それに乗じて辺りで風が渦巻き始め、細かい木の枝がばらばらと飛んでくる。政宗が小声で唱えていた詠唱は途中で途切れた。
風を切る音と共に羽団扇が振り下ろされる。轟音を上げて襲いかかってくるかに見えた竜巻に、孫市は咄嗟に腕で顔を覆った。
結界を築こうとした政宗は、山城の目の前に何者かの影が滑り込んだのを視界に捉える。巨大な竜巻と真っ向から対峙したそれは、片手に閃かせた槍を縦に一閃した。
爆音と共に妖気が弾け、その爆風で政宗と孫市は軽く吹き飛ばされた。薄らと目を開けた政宗の視界に飛び込んできたのは、驚きに目を見開いた天狗の表情。瞳の光彩は元に戻っていた。
不意に、この距離では聞こえるはずのない声が耳に響いてくる。小声で話しているようなのに、妙にはっきりと。

「幸村?!お前、何故…怪我はないか?!」

「大事ありません。兼続殿、今は人を殺めてはなりませぬ。……それよりも、三成殿の妖気が途絶えました。私の霊力では探ることは敵いません。どうか、三成殿の元に…!」

切迫した声音に唇を噛みしめた兼続は一度ちらりと政宗を見やってから、苦渋の表情で頷いた。羽団扇の一扇ぎで二人の姿は掻き消える。
体の上に積もった小枝や葉を払いのけた孫市がようやく起き上がった。妖たちが妖気の片鱗も残さずに消えているのに気付き、深々と嘆息する。

「ちょっとナメてたな、三大妖……政宗、怪我ねえか?」

だが政宗はその声に応えず、先ほどまで二匹の妖がいた中空をじっと見つめていた。
先ほど、あの二匹はたしかに会話をしていた。後から乱入してきた方は、恐らく鬼。何故かはわからないが、人間を殺めたくなかった様子。その後だ。確かにあの鬼は呼んだ、「兼続」と。あの天狗の名は山城ではないのか。
不意に、脳裏に再び幼い頃の記憶が蘇る。妖から呪を受けて、異形のものが視えるようになった己を周囲は恐れた。そんな己に、てらいもなく接してくれた一話の白い烏。初めて会ったときに、ふと閃いて「兼続」と名付けた。
あれは、まさか。
動こうとしない政宗を怪訝そうに見つめていた孫市は、ふと振り返る。木々の間から、引き離されていた討伐軍の面々が駆けてくるのが見えた。




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