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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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「流感?」

「ああ」

怪訝そうに声を上げて、政宗は先輩陰陽生を見つめる。陰陽生は抑揚の少ない声で続けた。

「数日前、雪が降っただろう。突然だったせいで傘を持たず出仕していた者が多かったからな。体が冷えたついでに季節の変わり目だったのも相まって感冒に罹ったというところか」

「はぁ……」

流行り病など珍しいことではないが、そんな話を陰陽寮に持ち込む意味がわからない。典薬寮にでも言っておいた方がいいのではないか。
首を傾げている政宗に対し、陰陽生は少しだけ目を据わらせた。

「その感冒というのは喉をやられるらしくてな。我ら陰陽師にとって声は命だ。寮内で注意喚起をせよと頭からの仰せである」

祝詞も呪文も声に出さねば形を為すことはない。陰陽師が声を失するというのはそういうことだ。
なるほどと頷く政宗を見やってから、陰陽生は踵を返した。
数名の陰陽生が列をなして寮を出ていく。今朝方、どこぞの公達が朝になっても妻が目を覚まさぬので何事か見てやってほしいと要請してきていたから、おそらくそれだろう。
本当なら政宗も同行したかったのだが、今日は何故か雑用が山のように溜まっているのでそれどころではなく泣く泣く断ることになってしまった。代わりにと言っては何だが、仕事の合間にちょくちょく卜占を行ってみたものの気になるものも出てこなかったので、まぁ出向いたとしても大したことではないかもしれない。

『感冒如きで仕事にならんとは、人の子はなかなかに面倒だな』

突然脳裏に響いた声に、政宗は驚いて顔を上げた。
開かれた蔀戸の隙間に止まっている一羽の白い烏。伸びをするようにして翼を広げたかと思うと、そのまま飛び上がって政宗の目の前に舞い降りた。
普通の鳥であれば凄まじい風を感じていただろうが、そこは妖。用意されていた墨や料紙が風に煽られるようなことは一切なく、政宗にしか視えないように気遣っているらしく他の寮生が気づくこともない。
何事かと目を瞬かせている政宗に、兼続はにやりと片目を眇めた。

『何を驚いている?私はお前の式なのだからここにいても何らおかしなことはなかろう』

都合のいい時だけ式ヅラしおってこのやろう。
周囲に誰もいなければそう怒鳴ってやりたいくらいだったが、さすがに陰陽寮のど真ん中でそれはまずいと堪える。
そもそも三大妖の一匹が入り込んだことに誰も気づかないという時点でどうなのかという話なのだが、そこにはふたりとも考えが至らないようだ。
どうかしたのか、と口だけ動かして尋ねる政宗だが、兼続は見えないふりをしているのかじろじろと政宗の顔色を窺っているばかりで応えようとはしない。
その態度に少しむっとして、辺りを伺って他の陰陽生がこちらに注意を向けていないことを確認し、声を低めて問いかけた。

「なんなんじゃ貴様。急に現れるなり人の顔をじろじろと」

言いたいことがあるならはっきり言え。
じとっと睨め付けられ、兼続はぱちぱちと数回瞬きをしてから目を斜め下に逸らした。

『……桜が、な』

「桜?」

昨晩咲いていたのだ、と告げられ、政宗は不審に思って眉間に皺を寄せる。
もう冬だというのに桜とは、随分季節外れなことだ。咲くはずのない花が突然開花するのは凶兆の前触れであることもある。
のだが、今日は朝から何度も占を行っていたにも関わらず何も現れなかった。
となると考えすぎだろうか。はたまた木花咲耶姫の気まぐれか。

「見間違いではないのか?」

『いや、間違いなく咲いていた』

夜、いつものようにのんびりと空を散策していたら、明け方頃になって突然あちこちで桜の花が咲き始めたのだ。
枝先に一輪だけ。とはいえ、こんな時期に桜が開花するなど誰がどう考えてもおかしい。
何事かと思っていたら、見る間に花は散ってしまったのだ。それからは何事もなかったかのように山は静まり返ったのだが、そんなことがここ数日続いている。
奇妙な胸騒ぎを覚えて都の様子を見に来たものの、思いの外政宗は元気そうなので用は済んだわけだが。やはり考えすぎだったろうか。
腕組みをした政宗は小難しげな様子で考え込む。

「季節外れの桜か……」

どうも気になるが、貴族たちが喜びそうな話でもある。冬の寒空の下で花見の宴など催して、更に感冒が広がると面倒だ。
やれやれと首を横に振る政宗を見やり、兼続は少しだけ眉間に皺を寄せた。

『ふん、花見の宴か。呑気なものだな』

いやに剣呑な声音が脳裏に響いてきて、政宗は軽く目を瞬かせる。
烏の姿では細かい表情は見て取れないが、人間であれば苦虫を噛み潰したような顔、という表現が合うかもしれない。

「なんじゃ兼続、桜は嫌いか?」

『……』

この場合の無言は肯定でいいだろう。眉間にしわが寄っている。
これまた珍しい。妖達はそれなりに風流を楽しむ心を持っていたはずだが。
驚く政宗に対して、兼続は目を眇めて肩を竦めた。

『咲いている花そのものは美しいとは思うが、貴様ら人間の「散るからこそ美しい」という感覚は全く以て理解できんな』

花の散る様は、生き物の死に様にも似る。そんな姿が美しいとは、兼続にはどうにも思えなかった。
美しく咲く花を見てそんなことを考えたことは一度もなかった政宗は、少し呆れた様子で兼続を見下ろした。

「異なことを。この世は全て無常。生まれ来るものは死に行くが必定よ」

妖たちもそれは同じ。人間などより余程長生きな彼らも、不死の存在ではないのだ。
短い間しか咲いていないからこそ、桜は美しい。束の間の生を散らしながら人々の目を楽しませてくれる。
と言いたかったのだが。言葉にするよりも早く兼続は政宗の内心を悟るとうっすらと嘲笑を浮かべた。

『生意気ながきめ。まぁ、山犬風情にはわからぬ感覚であろうな』

「なんじゃと?!」

「伊達殿」

声を荒げたところで名を呼ばれ、飛び上がった政宗は咄嗟に烏の首根っこを掴むと文机の下に押し込めた。
どうせ彼の姿は只人には視えないのだが、なんとなくだ。兼続の抗議の怒声が聞こえてくるが気にしない。
振り返った先では、年嵩の陰陽師が怪訝そうに首を傾げている。
溢れる冷や汗を押し殺し、顔中の筋肉を総動員してなんとか愛想笑いを浮かべた。

「な、何用にございまするか?」

「いや、何用というか……大丈夫か?何やら一人で唸ったり……疲れているのなら早退しても構わんが」

心配された。
さすがに式と言い争いをしていましたとも言えず、えっと、とか、その、とかなんとか言い訳を探す。
じたばたともがいていた烏の感触が手の中からふっと消える。どうやら面倒事を察して逃げたようだ。
内心怒りがこみ上げたが、今はそれどころではない。適当に言い繕っていると、男は怪訝そうな様子ながらも納得してくれたようだった。

「そろそろ終業というときになってしまって申し訳ないのだが、これから参議殿の邸へ伺ってほしい」

「は……?」

突然の言葉に目を丸くする。
参議だと。そんな貴族の邸に招かれる用事などあっただろうか。手渡された文に書かれていた名は地下人の政宗でも知っているほど有名なそれだ。
しきりに首を傾げている政宗を見下ろし、男は腕組みをする。

「北の方様が、今朝から目を覚まされないのだそうだ」

具合が悪いのかと思ったのだが、どうにも様子がおかしい。声をかけても起きる様子はなく、揺さぶっても身動ぎひとつしない。
息はしているのだが、午を過ぎても起きようとしない妻のあまりに深い眠りに心配になり、陰陽寮に要請が来たのだった。
こんな重要そうな貴族の案件に自分のような陰陽生で大丈夫なのかと思わないでもない。ついさっき列を為して出て行った先輩陰陽生たちもそんな用件だったような。
政宗の心中を見通したらしく、男は深々と嘆息する。

「流感で不在の者が多くてな。まぁ、貴殿もそろそろ実際の現場に赴いて経験を積むことも必要だろう」

では頼む、と言い残し、男は政宗の肩をぽんと軽く叩くと室を出て行った。
それと共に終業の鐘鼓が響き、周囲でばたばたと帰り支度が始まった。






「ふむ……」

言われた通りに件の貴族の邸を訪れた政宗は、目の前の御簾を剣呑に睨む。その奥からは穏やかな寝息が聞こえてきていて、悪しきものの気配などは全く感じ取れない。
これが朝だったなら間違いなく少し深い眠りか、と思うくらいで見過ごしてしまっていただろう。しかし、今は夕刻。さすがにこんな時間まで眠りこけていて、しかも起こす声にも反応しないというのだから異常事態であることに間違いはない。
こういうとき、「平常通り」というのは一番厄介だ。原因がすぐわかるようなものなら、祓うなりその道の専門家を呼ぶなり対策はあるものを。
心配そうに政宗と御簾の奥の妻を見比べていた参議の男に、政宗は軽く首を横に振って見せた。

「恐れながら、私の手には負いかねるかと」

「そうか……」

男はなんとなく結果に察しがついていたようで、消沈した様子ながらもどこか納得した様子で頷くと政宗に礼を述べた。
さすがに何もせずに帰るのは気が引けるので、一応快癒のまじないを唱えておく。病は気から、とはよく言ったもので、目に見える形で何らかの対処がされれば人間の心というのはだいぶ落ち着くものだ。
眠っている本人には効果はないかもしれないが、心労祟って参議まで寝込まれてはたまらない。
拍手を打ってから一つ息を吐き、姿勢を正して参議に向き直る。

「何か最近、邸の中で変わったことはありませなんだか」

たとえば、仕えている家人の身内が亡くなったとか。
少しでも情報を求めて訪ねてみるが、参議は小難しげな表情をして考え込んでしまった。控えていた使用人に何事か耳打ちしてみても、答えは否。

「不幸などは、特には。……ああ、そういえば」

「?」

何か思い出した様子で、視線を斜め上に向ける。

「これの周りで雑用を任せている娘が、何やらおかしなことを言っていたな。桜がどうのこうの」

「桜……?」

はて、既視感。
脳裏に陰陽寮で口喧嘩をした式の姿が過る。偶然だろうか。

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あきゅろす。
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