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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6
「聞いても、いいかい!」

「何でしょうか?」

刃同士がぶつかり、甲高い金属音が辺りに反響する。その合間に聞こえる慶次の声は先ほどから途切れ途切れなのに対し、鬼の声は息が乱れる様子すらない。絶え間なく繰り出される槍をなんとか避けて足を払おうとするが、鬼はふわりと跳躍してあっさりそれを躱す。
舌打ちして矛を構え直した慶次は鬼を見据えた。

「俺達がここへ来たとき、あんたはこの道で待ってたな。なんで俺達が来るってわかった?」

面の奥で紅い双眸が瞬いた。構えを解いた鬼は、徐に懐を探ると白い羽を取り出す。
眉を顰める慶次に、鬼はその羽を指先で軽く回して見せた。指先に備わっている鋭い爪と羽はいやに不似合だ。

「我等にも伝達手段というものはあります。我等の領域を荒らす者の気配があれば、何かしらの知らせがありますゆえ」

不意に鬼が持っている羽がさらさらと粉のようになって散り始め、やがて消えた。一度瞑目した鬼は身構えることはせずに慶次を見やる。

「他に聞きたいことは?」

思わず慶次は言葉に詰まって硬直した。まさかそう返してくるか。最初から思っていたが、妙に生真面目な鬼である。鬼というのはもっと狡賢くて悪辣なものではなかっただろうか。自分の退治屋としての経験値が信じられなくなりそうだ。
眉間に皺を寄せて少し考え、頭を掻いた。

「じゃあついでだから、名前くらい聞いとこうかねえ」

勿論答えが来るとは期待していない。慶次は陰陽術などの心得はないので言霊など得たところで何も変わらないのだが、得体の知れない人間に自ら名乗る妖などそうそういないだろう。
案の定無言で槍を構え直した鬼が突進してくる。組み合った慶次は歯を喰いしばった。もう何合か組み合ってこちらは体力を消耗しているというのに、相手の力は全く弱まる様子はなかった。

「――幸村と申します、慶次殿」

面で覆われているせいでくぐもった声。一瞬慶次は耳を疑った。気のせいでなければこの鬼、いま名乗ったような。
思わず力が抜けた途端、押し負けて後ろに吹っ飛ばされる。一回転して体勢を戻した慶次は幸村と名乗った鬼の顔をまじまじと見やった。
ふと、面の奥で幸村が笑った気がした。

「あなたが最初に名乗ったのですから、私も名乗るのが筋というもの。……もっとも、自ら名乗ったということはあなたは言霊を操る力はお持ちではないようだ」

完全に読まれている。内心で慶次は舌を巻いた。看破した上で彼は名乗ったのだろう。余裕が滲む声音がそれを物語っている。実際先ほどの声も、山道の裂け目に落ちた兵や陰陽師たちには聞こえないくらいの大きさだった。接近して攻撃をしかけてきたのはそのためか。
しかしそれならあんなに全力で吹っ飛ばさなくても。あくまで勝負は勝負ということか。
喉の奥を震わせた慶次は、そのまま大口を開けて笑った。

「あんた、面白いねえ!その上べらぼうに強い。なぁ、俺を手伝う気はねえか?」

「……この私に式に下れと?」

さすがに意表を突かれたようで、幸村は首を傾げた。この状況からそう来るとは思わなかったのだろう。
慶次の脳裏に秀吉の声が甦る。思ったよりも話が通じる相手のようだし、もしかしたらもしかするかもしれない。一種の賭けだ。

「都の騒ぎの大元であるあんたが俺の麾下に下るってんなら、騒ぎも収まるしあんたも今までの分の償いが出来るぜ。人間に恩も売れる。悪い話じゃねえだろう?」

ふと、幸村が僅かに顔を伏せた。何か考えている様子で、慶次は辛抱強くその様子を見守る。辺りには傷ついた兵たちと慶次自身の乱れた呼吸だけが響いていた。
十ほど鼓動を数えたところで、幸村が面を外した。まだ顔は伏せられているので表情は見えない。
慶次の顔に僅かに喜色が浮かんだ。しかし。

「慶次殿、あなたはいくつか勘違いをされています」

口調こそ変わらなかったが、その声音はどこかぞっとするような響きがあった。辺りで強大な妖気と瘴気が渦を巻き始め、息が苦しくなる。心臓が急速に冷えた。
思わず身構える慶次に対し、幸村は静かな口調で続ける。

「一つ、都で何があったかは存じませぬが、私は一切関与しておりません。二つ、人間たちが話している我々にまつわる言い伝えは、全て偽りです。ゆえに、私があなた方に償うことなど何もない。そして、三つ目」

ゆっくりと開いた瞼の奥で、紅い瞳が苛烈に燃え上がった。その頬に、先ほどまでなかったはずの炎のような模様が浮かび上がる。
空気を裂く音がしたと思った途端、目の前に鬼の角があった。仰天した慶次はなんとか防ごうとしたが間に合わない。脇腹に重い衝撃があって息が詰まり、そのまま横に吹っ飛ばされた。
激しい音と共に慶次が激突した木が折れる。脳が揺れて立ち上がることができない慶次を、幸村は凄惨な眼光で睨んだ。

「見くびらないでいただきたい。私は鬼の誇りにかけて、人間――それも退治屋に味方して同胞を裏切るような下劣な真似は、死んでも致しませぬ!」

跳躍した幸村の槍が投げ落とされる寸前、なんとか腕を突っ張って起き上がった慶次は横に飛び退いた。木に突き刺さった槍を引き抜いた幸村は、その幹を蹴って慶次へと飛び掛かる。槍の切っ先が肩を抉った。
危ない。避けなければ首を取られていたかもしれない。額に冷や汗が滲み、矛を強く握り締めた。叩きつけられる妖気は、先ほどまでとは段違いに強くなっている。
顔を歪めた慶次は槍を掴んで引き抜くと、そのまま反対の腕で矛を横に一閃した。幸村の胴を両断するかに見えた矛の柄はあっさり掴まれ、そのまま後ろへ投げ飛ばされる。
咳込みながらも得物を構え直し、慶次は再び鬼と対峙する。畳み掛けてくるかと思ったが、幸村は槍を構えたままで慶次を睨み付けた。

「私からも聞きたいことが。今回のあなた方の目的は、私を討伐することですか?」

不意に喉の奥から鉄の味がせり上がってきて、口の端から嫌なものが伝う。苦しげに咳込む慶次を無表情で見つめていた幸村の目が、すっと細められた。

「……言い方を変えましょう。あなた方の目的は、我々を…三大妖を討伐することで相違ありませんか?」

なんとか呼吸を整え、慶次は口の端をぐいっと拭った。

「ああそうだよ。あんたら友達なのかい?」

疑問への返答はない。無言は肯定か。
手の平は血に染まっていたが、気にせず矛の柄を握り直す。未だ戦意を失わない慶次を見据えていた幸村の目が煌めいた。

「私は先ほど申し上げました。都の騒ぎに、我等は関与しておらぬと。それでも我々を討ちますか」

「もう討伐軍は動き出してる。何があっても、今更行軍は止まらないぜ?」

不敵な笑みを浮かべる慶次の前で、幸村は再び面で顔を覆った。周囲の瘴気がいくらか和らぐ。あの面で力を抑制しているのか。先ほど面を外したのは彼の本気の現れだったのだろう。
だが再びつけたからといって油断はできない。面を外す前にも、慶次は彼に対して手も足も出なかったのだから。
顔を上げた幸村と目が合った途端に悪寒が走り、肌がぞわりと粟立った。

「本当に人間というのは、魔怪などよりもよほど醜悪な生き物ですね。無益な殺生に対してあまりに躊躇いがない。自分たちと姿形の異なるものを見下し、平穏を乱すものがあればその異形のものへと全ての責任を擦り付けて、挙句の果てには何の罪もない妖を討とうという。あなた方に、そのような権利があるとお思いですか」

「……人間が嫌いかい、幸村」

静かな問いかけにはやはり返事はなかった。鬼の面の奥の双眸が真っ直ぐに慶次を射抜く。

「以前、私の友は言いました。我等が人間を嫌わずとも、人は己と違う風体をしたものを恐れ、並外れた力を嫌悪する生き物だと。その思いが根底にある以上、必ず共存は崩壊すると。……あのときはそうは思いたくありませんでしたが、現状はあの方の言った通りになってしまった。もう全ては遅い。――慶次殿、一度綻んだ共存関係を元に戻すことは容易ではありませぬ」

やけに饒舌になった鬼の言葉は、全て胸に突き刺さるかのような鋭さを持っていた。
妖の放つ言葉は、全て言霊だ。人間のそれとはわけが違う。それがこのような激しい物言いをするのだ。
きっと、幸村がずっと葛藤していたことなのだろう。彼は人間との争いを望んでいるわけではない。その証拠に、刃を交える前に都に戻れと促してきた。慶次も刃を交えて多量に傷を負ってはいたものの、致命傷となるほどのものは受けていない。本気を出されたら一瞬で首が飛んでもおかしくはないはずなのに、全て急所は避けられている。危険だったのは先ほどの首への一撃のみ。最初に地面を裂いて見せたのも、討伐軍に対する牽制でしかなかった。
槍を握る幸村の手に力が籠もる。

「だが家康殿は……もう一度我等との共存の道を探ると仰った。あなた方は対立派閥の豊臣派でしょう」

思わぬ言葉に慶次は眉を顰めた。何故そこで家康の名が出てくるのか。
怪訝そうな表情をどう取ったのか幸村の視線が鋭くなる。慶次は構えを解くと、矛を地に突き立てた。

「待ちな、幸村。……家康がそう言ったのか?本当に?」

「はい。そのためにも、対立する豊臣派が邪魔なのだと。ならば私は、豊臣方の戦力を削ぐくらいの協力は致しましょうと申し上げ……」

「そいつぁおかしい」

咄嗟に慶次は幸村の言葉を遮った。

「家康は人間至上主義者だ。あんたらと共存なんてありえねえと声高々に主張してる第一人者だぜ?その家康があんたにそんな協定持ちかけるなんざ、信じられないねえ」

「な…っ!」

「俺が嘘を言ってるように見えるかい。なんなら悟り能力でも使って見てみな、俺の心の奥底まで」

幸村は絶句するが、慶次は嘘偽りなど何も言っていない。家康が妖を駆逐すべしと進言したことは有名だし、今回の討伐軍とてその一環なのだ。
幸村の言葉が本当なら、この軍の遠征は何のために。
ふと慶次の脳裏に光明が差す。鬼に協定を持ちかけたという家康。その家康によって編成された討伐軍。そして、そこまでお膳立てをしておきながら秀吉に指揮を任せた理由。こう考えれば、全て説明がつくではないか。
額に手を当てた慶次は深く嘆息し、天を仰いだ。

「どうやら俺達はあの狸に踊らされてたようだぜ、幸村よ」

「何……?」

姿勢を低くして槍を構える鬼を見据え、慶次は泰然と構える。彼は明らかに動揺していた。今ならば。

「家康が帝転覆を目論んでるって一部の貴族共が噂してる。奴は今回の妖討伐の功を利用して自分の地位を盤石にし、戦力が削がれた責任は指揮官である秀吉に全部押し付けて左大臣の権力を弱めようとしてんのさ。そのためにあんたに接触した。俺達と戦わせて軍を消耗させるためだ」

ぎりっと歯噛みした幸村が慶次に襲いかかる。咄嗟に槍の切っ先を払いのけると、驚くほどあっさりと幸村が後退した。心の揺れが斬撃に影響して軸が安定していないのだ。
しかし家康の目論見が慶次の読み通りなら、こんなところで戦っている場合ではない。
一歩後退した慶次に肉迫してきた幸村の腕を掴む。だが矛を持った腕を捉えられ、そのまま両者は拮抗した。
激した感情に応じて、幸村の瞳が苛烈に輝いている。十数年前に三成に言われた言葉が、嫌というほど蘇ってきていた。

『お前は優しい。だが、甘い。人は我等などよりも余程、相手の心の隙間に付け込むのが上手い。そして実に巧妙に嘘を重ねて生きている。お前のその心根を逆手に取られぬよう、気を付けることだな』

心に留め置くと返した、あの時の自分を殴りつけてやりたくなる。三成の先見の明は当たるのだ。それをすっかり忘れ、見事に人間に付け入られているではないか。
激しく打ち合い、槍を受け流しながら慶次が叫ぶ。

「これであんたと俺が戦う理由はなくなったろう!俺たちが向かうべき相手は、家康だ!」

「黙れ!」

土壁に追いやられた慶次は舌打ちした。最早何を言っても彼に退く気はないだろう。ならば全力で立ち向かわなければこちらの命が危ない。腹を括るしかないようだ。
槍を閃かせた幸村の元に強大な妖気が集まり、不可視の塊ができあがる。

「今一度、人間を信じようと思った私が愚かだった…!」

巨大な球体となった妖気の塊が絶壁に叩きつけられ、砕け散った岩が降り注ぐ。咄嗟に陣が描かれた符を取り出した慶次がそれを媒体に結界を築くと、一際巨大な岩がその頭上に落下して凄まじい轟音が響き渡った。



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