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handsize story
夏の終わり


ある夏の朝、窓から差し込む眩しい光に目覚めたセリスは今日も外へと出かけた。

早朝の散歩は彼女の日課だ。今朝の空はどこまでも青い。
このごろは朝晩の風が少し涼しくなって、秋も近いのだと思う。
だけど昇り始めた太陽はすでに凶暴さをちらつかせていて、セリスの白い肌をじりじりと灼いた。
……今日も暑くなりそうだ。
早々に木陰へと逃げ込んだセリスは、ふと足元に、小さなものが転がるのを見つけた。
それは、蝉の屍骸だった。

蝉は仰向けにその縞模様の腹を出し、天へ向かって細い細い六本の肢を突き出していた。
透明な薄い翅はぐしゃぐしゃと欠けて、砂にまみれている。

息絶えたそれをセリスはしばらくじっと見つめた。
まるでこの日の空を映したかのように青く透明な瞳が、地上のちっぽけな一点を捉えている。
やがてセリスはその瞳を軽く瞬くとその場に屈み込み、蝉を土に埋めてやった。
そして思った。――もう、夏も終わりだ、と。



………………



それまでセリスは昆虫を怖いとか気持ち悪いとか思ったことはなかった。
むしろ有益な生物だと考えていたし、その生態や多様性にも興味を持っていた。

そのことを彼女に教えたのはシド博士だ。
帝都に建つ鉄の城では、小さな生物の気配を感じることは少ない。
幼子のための生きた教材を見つけるたびに彼は喜んだ。
蚯蚓を見つけては土を豊かにするのだと笑い、蜥蜴を捕まえれば家を守るのだと迷信すら教えてみせた。

もちろん蝉も彼の教材のひとつだった。
夏になればやかましく鳴き続け、厳しい稽古や難しい講説に明け暮れるセリスを時折いらつかせた蝉。
なぜあれほどまでに鳴くのかとシドに問うたことがある。
シドは丁寧に教えた。

蝉はね、幼虫時代を長く長く何年も、土の中で、木の根の汁を吸いながら過ごすんだよ。
そして地上へ出て、愛して、生んで、死んでいく。彼らには地上の夏はあまりにも短い。
だからただひたすらに鳴いて愛する相手を探しているんだよ。

……ふぅん、かわいそうね、とセリスは頷いた。
それ以上の感慨は特になく、蝉の生態について学び、拡大できた知識に子どもらしく満足した。
それからは蝉の多少のやかましさにも少しは寛容になれたのだった。



………………



だけどその夏は違った。

ある朝、地面にころりと転がる蝉の屍骸に、思わず叫びそうになった。
そして唐突に訪れた空虚な感情に眩暈がした。

どうして、そんな簡単に死んでしまうのだろう?
あんなに、鳴いていたのに。
あんなにあんなに、愛を遺そうとして。

私は……その声に、気がつかなかった。愛していたなら、生きていてほしかった。

漠たる寂しさがセリスの胸に去来する。――シドを亡くした直後の、夏だった。



………………



それからセリスは、夏の終わりが嫌いだ。
今年も蝉は何も言わずに、ころりとそこに転がっている。

埋めた足元から立ち上がれば、くらくらと眩暈がした。――そう、いま……夏の終わり、だ。











あとがき
暗めのシドセリ家族愛でした。FF6の世界に四季があるかはわからないけれど。
私は虫は苦手だけど「あはれ」を誘うからかつい小話を書いてしまうみたいです。
090824


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あきゅろす。
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