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土方
確信犯

ここは夜の江戸、歌舞伎町。

暗い闇に、キャバクラやいかがわしい店のネオンがまぶしい位に所狭しと立ち並ぶ。

そして、その一角。

私は小さなスナックの傍らの塀に足を掛け、反対側へと飛び降りる。


ダンッ


勢いよく地面に手足をついた。


10.0。さすが私。

2階位の高さがあったけど、大丈夫、問題ない。

すると後ろから声がした。

「橘ぁああ!!!待てぇ!!」

威勢のいい真選組隊士たちがぞろぞろと私の後を追って走ってくる。

全く元気だなぁ。


「甘いよねー君ら」

私はそう呟き、長いドレスの裾を捲り上げ駆け出そうとする。

が、しかし

「甘ぇのはテメェだ」

「!?」

後ろから、誰かに肩を掴まれた。
抵抗しようとすると、しばらくもみあった後、一本背負いを決められた。
地面にねじ伏せられた私は、動くことができない。

女に一本背負いって一体どういう神経してるんだろう。こんなことするのは一人しかいない。



「何すんのよ土方…」


「久しぶりだなァ斉木、いや橘か?」


土方は不敵な笑みを浮かべている。嫌な男だ。

「…どっちでもないわよ」

「やっぱりまた偽名か…お前も毎度よくやるな」

土方は立ったまま私を見下ろしてそう言った。

…馬鹿にして。
この男と会うとイライラする。人を見下すような、見透かすような、そんな目をして私を見る。

だから私も土方に対して冷たい態度しかとれない。


「関係ないでしょあんたには…」

ドレスについた砂をはたきながらそう言った。
キャバクラで働くために奮発して買ったドレスが台無しだ。

土方の方を見ると私のことなど気にもしていない様子で煙草に火を着けている。


「関係なくないだろ。俺ァ警察だぞ?従業員が店の金持ち逃げしたって、また通報あったんだけどよ」

「…」

確かに私は金を持ち逃げした張本人だ。今回で7件目になる。

最初は普通に警察が追ってきたけど、そんなもんでは私は捕まらない。
そのうち私は知らない間に、幕府の重鎮が経営する店に手を出していたようだ。怒ったそいつは警察には任せておけず真選組を引っ張り出して来たらしい。

最初はそれもかわし続けていたけれど、ある日たまたま捜査に参加していた土方に私は目をつけられてしまった。こうやって追いかけっこになる度に余裕顔で私に近づいてくる。

鬱陶しいったらありゃしない。

客騙して異常に料金請求する店の金を持ち逃げして、何が悪いってのよ。
睨みつける私の視線をかわしながら土方は言った。


「金、必要なのか」

「…」

私は答えないまま、近くの塀に片足を掛けようとした。

「…やっ…」

するとその瞬間、土方は私の腕を引っ張って壁に後ろから押さえつけた。私の体は塀と密着していて、両腕は後ろに回され、背中で押さえられている。

身動きがとれない。


「勝手に行こうとすんじゃねぇよ」

私の耳元でそう呟く。
背中にしびれが走った。

「…離してよ」

耐えられなくてそう訴えたけれど土方には届かない。

「離したらまたすぐ逃げようとするだろ」


土方は私を押さえこんだまましばらくそうしていた。でもなぜか連れていこうとしない。

そういえばいつもそうだ。一度は私を捕まえるくせにすぐには逮捕しようとしなかった。いつも今みたいにしばらく話をする。


「……………痛い」

「あ?」

「背中、痛いの。そんなに強く押さえないで。逃げやしないわ」

「嘘だろ」

「嘘じゃないわよ。手も痛い。痣できそう」


そう訴えると、土方は仕方なく手の力を緩めた。


逃げないなんて嘘に決まってんじゃん。


その瞬間、私は土方を振りほどき走り出す。
こうやっていつも逃げ仰せているのだ。私の演技力は伊達ではない。

するとすぐ背後で土方の溜め息のような言葉が聞こえた。


「…甘ぇって言ったろーが」


…私は走り出せてなかった。

土方が私のドレスの裾を踏んづけていたのだ。飛び出す勢いとは裏腹に私の体は後ろに引っ張られ、派手に転んでしまった。


「…にすんのよぉ…」


顔をひどく地面にぶつけた。鼻血でるんじゃないのコレ。とにかく間抜けだった。

「かっこ悪ぃな、お前」

倒れている私を再び見下す土方。痛さと悔しさで怒りがじわじわと込み上げてきた。

「…誰のせいなのよ…。それから、お前って言うのやめてくれる?なんか上から目線で腹立つから」

「…じゃあなんて呼べばいいんだ?」

「呼ばなくていい」

私がそう言うと、土方は無言で懐から手錠を取り出した。

「えっ…ちょっ…」

ガシャン

はめられたのはもちろん私の両腕だ。


すると遠くで私を探す真選組の声が聞こえた。


「橘ぁ大人しく出てこい!!!」


その声と足音はすごい勢いでこちらに近づいてくる。


あぁ……私とうとう捕まるのかな…


今まで適当にどうにかして来たけれど、今回はもうだめな気がしている。


だって、目の前のこの男から逃れられる気がしないんだもの。


「いつも、わざと私を逃がしていたの」


私は土方を真っ直ぐ睨みつけた。


「本当はあたしなんて、あんたが本気だせばどうにでもなっていたんでしょう?」

それでも捕まえなかったのは単なる暇つぶしだろうか。そんな私から少し目をそらし、土方はやはり煙草をふかして立っている。


「…どうだろうな。でももうお前とこうして遊ぶのも…飽きたな」

飽きた?そんなんであたしは刑務所行き?

一発だけ殴ってやろうと思い、手錠の掛かった両手を振り上げれば、あっさりと片手で制された。

「…金がいるのか」


「…」

私は答えなかった。ただ目だけはそらさない。


「まだ、捕まりたくねぇか」


「…」


「なぁ、何か言えよ」


それでも私は黙っていた。
そんな私に痺れを切らしたのか、土方はこう切り出した。


「取引しようぜ」



取引ですって?


「俺の言うこと聞けば、見逃してやってもいい」


「……どう…してほしいの?」

気付けばそう呟いていた。
悔しいがけれど私はまだ捕まりたくないみたいだ。

内容によっては、聞いてみる価値はあるだろうか。


「お前、俺の女になれ」

「…は?」


驚く私のことなど気にせず、土方は続ける。


「…そうだな、まずはあんたの本名でも聞いとこうか」



捕まるわけにはいかない、でも。


あたしは唇をかんだ。



「苗字…なまえ」


「なまえ…ね」

土方はフッと笑って、私の手錠の鍵を外した。


私はこれからどうなるんだろう。
助かった筈なのに先行きがひどく不安だ。


遠ざかる後姿を見送りながら、言わずにはいられない。


「…絶対いつか殺してやる」


「愛の言葉と受けっておく」


きっと私は一生この男から逃げられないのだろう。



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