土方
オトナコドモ
ことの発端は些細なこと。
「土方さん…何やってるんですか、ソレ」
ああもう信じらんないこの男。
「何って…マヨネーズだろ」
そんなことは分かってる。土方さんが異常なマヨラーなのも知っている。
でも。
「か…彼女が愛情込めて一生懸命作ったお弁当に、そんな大量なマヨネーズって…………信じられない!!!!最悪!!!!」
「あ?マヨネーズがあるからより美味いんだろ」
「そんなんじゃ味も何も分かんない!!せっかくオムレツ成功したのにグチャグチャじゃない!!」
あたしは本当に怒ってるのに、土方さんはうるさいなとでも言いたげな顔をする。
「…もういいです」
あたしは冷たい口調でそっぽを向いた。
口きいてやんない。少しは焦ればいいんだ。
ところが土方さんはあたしに近づき、背中から腕を回してきた。
「なまえ、機嫌なおせよ」
低い声が耳元で囁かれる。
あたしの顔はすぐに真っ赤になった。
ばかにして…。こうやってすれば簡単にあたしの機嫌が治ると思ってんだ…。
ここで折れてしまえば、負けてるようで非常に悔しい。
「いやっ、触らないで!!!!」
ボカッ
「………」
「………」
やってしまった。
軽く振り払うつもりだったのに。
私のこぶしは、運悪く土方さんの頬にクリーンヒットした。
あれから2日、一言も口をきいてくれない。
「土方さん、ごめんて」
今は仕事中。あたしは屯所の食堂で隊士たちのご飯をよそおっている。
土方さんにご飯の入った茶碗を渡しながら謝ってみた。ちなみに5回目。
「……」
そして土方さんからの返事は一向に返って来ない。
「殴ったのは謝る…でもわざとじゃないんだよ?それに土方さんだって悪いんだから」
「俺仕事残ってたから部屋で食うわ」
真面目に話すあたしはあっさり無視された。
真選組副長さまは、一緒に席に座っていた近藤さんと沖田くんにことわって、食堂を出て行った。
「……なにアレ…」
怒りよりも、もはや呆れのほうが大きい。
もっと余裕のある男なのかと思ってた。土方さんのほうが3つも上だし、もっと包容力があるのかと。
でも勘違いだったみたいだ。
なんていうか…あの人…
「こども、ですねィ。土方さんは」
沖田くんがポツリと言った。
「ホント、全く困った奴だなぁトシは。なぁなまえちゃん」
近藤さんもそれに同調する。
自分も悪いくせに勝手に無視して。
相手の言い分も聞かずに拗ねて。
『こども』
一番ぴったりくる言葉だった。
「あんなに大人ぶってるくせにねぇ。なまえに拒絶されたのがよっぽどプライドに触ったんでさァ。殴られたくらいさっさと許せばいーのに」
沖田くんにまで言われてやんの。
いつも土方さんとケンカするときは、大抵あたしが怒りだして拗ねる、という図式になっている。
でもあたしは理不尽な文句は言ったことないし、誠意を持って謝ればちゃんと許す。
なのに土方さんときたら。実は土方さんの方が厄介だったんだ。
近藤さんは優しい表情であたしに話し始めた。
「トシは甘えてるだけじゃないかな、きっと」
「甘え?」
「いつもクールで仕事こなして、何でもないように振る舞ってるから、なまえちゃんみたいな存在が必要なんじゃないかな」"だから、こどもみたいになっちゃうんだよ"
そう言った近藤さんの言葉に少し納得させられてしまった。
人の良い近藤さんにあたしは弱いのだ。
夜になり、あたしの仕事は近藤さんにお茶を運んで終わり。
やっと休めるので、ウキウキしながら廊下を歩いていたら、土方さんとばったり会った。
向こうは少し気まずそうだ。
「土方さん」
土方さんはあたしの横を通り過ぎようとする。
あれ?返事がないなぁ。
「土方十四郎さーん?」
もう一度フルネームで呼んでみる。
「……」
やはり返事はない。
いつまであたしと口をきかないつもりなのだろうか。
………こども、ねぇ。
「しょうがないな…」
全くこの子は。
あたしは持っていたお茶を、廊下の床にゴトリと置いた。
そして力いっぱい叫ぶ。
「こらぁ、とーしろお!!!!!!!!!」
ヤバい、屯所に響いてるかも。
これにはさすがに驚いたのか、土方さんはこっちを振り向いた。
あたしはツカツカと土方さんに詰め寄る。
「何をそんなに怒ってんのよ」
「…は」
土方さんに少々焦りが見えた。
「自分が悪かったらちゃんとごめんなさいするの!!あたしは謝ったでしょ!?」
…あたしはお母さんか。
「ちょっ…なまえ…」
「言い訳しない!!」
土方さんは後ずさる。
あたしはその距離を更に埋めていく。
「だから、おい…」
あたしは喋る隙を与えない。
土方さんの背中は廊下の突き当たりの壁にぶつかった。
「『ごめんなさい』は!!!!?」
「………………………………………………………………………………『ゴメンナサイ』。」
土方さんはあたしの勢いに押されていた。
状況がはっきり呑み込めていない様子。
あたしも自分がなんて言ったかよく分からない。
すると、傍らで声がした。
「あのー、近所迷惑なんで声落としてもらえますー?あと今のなんなんですか?何プレイなんスかー?」
気がつけば、沖田くんが脇に立っていた。
他の隊士も遠巻きにこちらを見ている。
「何プ………!?えっ沖田くんなんで!?」
「親子設定ですかィ?燃えますね土方さん」
「何がだぁぁぁあ!?」
土方さんの声は屯所中に響き渡った。
あたしの彼氏はどうしようもない男らしい。大人ぶってるくせに意外と子供で。
でも、ちゃんと謝ってくれたし。今度はちゃんと誉めてやんないと。
そうだな、頭でも撫でてやるか。
end
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