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小説(短編)
紅に染まりしは…(龍楸)
紅に染まりしは…

カタン…
突然の音に、室の主は窓をむいた。
そこには予想通りの姿。
しかし、予想とは違う雰囲気に楸瑛は首を傾げた。
「どうしたのっ」
疑問を口にした楸瑛は、どんっとぶつかるように抱きついてきた弟に驚いた。
「りゅ…」
「を…見た」
小さな声が微かに震えていた。
「龍蓮…何を、見たの?」
柔らかい言葉に、龍蓮はぽつぽつと今日見た出来事を語った。



それは夕暮れももうじき終わる頃。
『どこに行ったっ』
『さがせぇ』
どこか必死な形相で、男たちが走る。
『きゃぁっ』
『こっちかっ』
か細い声とともに、男たちの方向が定まる。
ふっと視線をやれば、線の細い女人が男たちに囲まれ震えていた。
『もう、逃がさねぇ』
『お前に逃げられちゃ、俺らが殺されるんでな』
それでも抵抗しようとした女人に、男の一人が刀を振りかぶった。
『きゃあああああああっ』
ザッと…重い音がして、甲高い悲鳴が零れる。
舞い落ちる紅が、酷く綺麗で…。
龍蓮が助ける暇さえなかった。
あの女人の顔が、自分の一番大切な人の顔に取って代わって…。
その人は今、自分の腕の中にいるはずなのに…。
「怖かったんだ…楸兄上が…
あの、女人が…楸兄上に見えて…楸兄上が、あんなっ」
半ば恐慌状態で呟く龍蓮の背を、ゆっくりと楸瑛は撫でた。
ようやく出来た大切な友達の命の灯火が消えかけた一瞬は、まだこの弟の心に残っている。
龍蓮が見た光景は、恐らく今日あったどこぞの貴族とそれに囲われていた女の一件だろう。
楸瑛も、羽林軍を率いてその場に向かったのだから。
幸い、女の傷は深くなく、その貴族も人身売買の容疑で連行された。
しかし、龍蓮がいたことに気付かなかったとは…。
実際楸瑛が向かったときはすでにその惨劇は起きていたのだが、そんなこと関係ない。
大切なものは気をつけないと脆く崩れ落ちる。それを知って、やっと立ち直りかけていた弟に…そんなものを見せて…。
楸瑛にしては珍しく、その女にも怒りがこみ上げてきた。元々自分で選んだ道であろうに…と、冷たい考えが頭を過ぎる。
だが、今はそんなことより…。
「龍」
楸瑛は意識を切り替えて、優しく弟に呼びかけた。
「大丈夫だよ?私は、ここにいる」
けれど、楸瑛の言葉にも龍蓮はぎゅっと腕の力を強めるだけで何も言わない。
「龍蓮…。
なら、確かめるかい?私が、ちゃんとここにいるって…そうすれば安心できるだろう」
その言葉に、龍蓮が顔を上げる。
楸瑛は龍蓮の顔を真っ直ぐに見据えて、微笑んだ。
「おいで、龍蓮」
紅に染まっているのは、私じゃない。
紅に染まっているのは、君の大事な友人じゃない。
そのことを、教えてあげるから…。

激情をぶつけてきた龍蓮を、楸瑛はすべて受け入れた。


二回目です。本日は紅です。タイトルは「くれない」と読みます。
きっと龍蓮はショックだったに違いないっということで。
191112
真 拝


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