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「美味そうなにおいすんな」


甘い香りに誘われて――ユーリが厨房へ続くドアを開けると、そこにコックの姿は見当たらなく、替わりに茶っ毛の幼なじみが調理台を陣取っていた。手元を見ると、お菓子らしい生地の型抜きに取り組んでいるまっ最中らしい。

勝手口から覗いているこちらに気付いて、幼なじみは少し顎を上た。向かい合う形で、愛嬌のある茶色の双方と、自分の黒色の瞳が合わさる。



「ユーリのじゃないよ」



上目遣いでさらりと――、エーリルは芽吹いたばかりの期待を打ち砕いてきた。しかし、


「んなわけねぇだろ」


そんな台詞、冗談にしか聞こえない。
あるわけないのだ。エーリルが厨房に立って自分の分が“無い”、など。



「ないの」
「じょーだんならもっとマシな嘘つけって。テッドでももっとまともな事言うぜ?」



故郷の、エーリルも顔馴染みなちびっ子の名を出して、ユーリは笑いを浮かべた。

キッパリと言い放ってこよう来るまいが、見え見えの嘘に付き合う義理もないし、どう見ても、エーリルがチラチラ自分を見ながら捏ねくり回している物は、自分の好物だ。外に漂っていた甘い薫りの原因もそれだ。どちらも断言していい。


自信満々にこやかに、軽い足取りで調理台の前――麺棒で生地を伸ばしながら、少し睨みがちな眼差しの彼女の正面に立てば、出来上がっている甘菓子が籠に少量、盛られていた。


それを視界に入れた途端、優しく口ずさむメロディーが聴こえてくる。
焼き上がったばかりにしか薫らない甘い芳香を漂わせて“早く食べて”と紡いできている唄は実に甘く心を撫でていく。


「クッキーか」


鉄則。盗み食いは迅速さが命。
対象は籠の中の、薄茶と黒が混ざる小さなお菓子。


「味見してやるよ」




言うが早い。籠から一枚ぱっと摘むと、そのままユーリは口の中にクッキーを放り込んだ。
かみ砕けば甘すぎない糖分と、果物の触感が咥内にいっぺんに溢れてくる。



「ん、うめ。ぶどうか?これ」


果肉っぽいものを奥歯で噛んでもう一枚と、手を延ばす、が――


「だめ。調子のって全部食べちゃう」



先程より強い静止に、今度は手をピタッと手を止めた。
頭だけ彼女に向ければ、訝しく形を変えた瞳とかち合う。
笑える範囲なのだが、少し頭にくる言い方だったので、不平は半眼になって言ってやる事に即座にユーリは決めた。


「食わねぇよ」



視線で牽制するエーリルに構わず、止めていた手を延ばし始める。
だが、後ちょっとのところで、籠は届かない場所へとさらわれてしまった。

空虚を掴むしかない手から幼なじみを見ると、あちらも口が尖っている。


「駄目だって言ってるでしょ。隊長にあげるの」





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