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橙色の空を羽ばたいて鳥が森へ帰って行くなか、エーリルは空腹を紛らわせながら、裏口の短い階段に腰を下ろしていた。くの字に曲げた腹から、たまに即興曲が聴こえたりするが、耳から片側の耳へと通り過ぎるだけで、まだ無視はできている。

だが万が一、限界が訪れて食堂に踏み込んだとしても、厨房からの流れてくる香りを鼻腔から脳髄に送り、その刺激に促された欲求の海に沸き立つ身体を、調理が終わるまで――、ただじっと焦がすしかない。

それならまだ、いつ帰って来るか判らない幼なじみの帰りを待っているほうが、損がないというものだ。待合に、帰営すれば一番に向かう厩舎に近い、裏口の外を陣取って。効率さを忘れずに――





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「持ってこ〜い」


ボールを放り投げれば、ラピードがその後を追いかけていった。いたって仔犬の本能だ。健康的で微笑ましい。
だがエーリルは微笑んでも、微笑みを通り過ぎて笑ってるのでもない。

ただありのまま、その動きを視界に収めつつ、片手は頬杖にあてたまま、ボールを掴んでいた右手――伸ばしきった腕をコンクリートの床に戻した。ヒヤリと冷たい温度とザラザラとした感触が五感を刺激して、指から伝わってくる。隣にいるランバートは地面に伏せているため、起きているか判らない。覗き込めば様子も判るだろうが、そうする興味も今は湧きもしなかった。



「はぁ…、まぁだかなぁ〜」



人差し指の腹にある小石を弄りながら、暇を感じるのは最大の不幸のひとつだ――と、エーリルはぽつり考えた。

空腹は我慢できた。
だけど暇は我慢できない。
なにもせず、出来ず、無駄に時間が過ぎ行くだけ――
もったいない。

せめて休息の意味での、だらだらや、のったり、ゆったりでも出来れば良いのに。待ち時間に真の休息など、そんな器用さは、あいにく持ち合わせていない……



「ひぃまで溶けちゃうよぉ〜〜」



視線の先ではラピードがボールに追いついたところで、躊躇なく噛み付いていた。お尻を上げ尻尾を張っている。これでまたひとつ、噛み後が付いたというものだ。



「……ねぇラッピ、あたし暇だからさ、他の遊びにしようよ」



瞼を半分下ろして、ボールを持ってきた仔犬に言ってみる。



「ボール投げばっかでつまんなくない?」
「…………」
「たまには違う事しようよ」



話すときに相手の瞳を見て喋るのは、エーリルには当たり前のこと。例え相手が犬だとしても。

エーリルがラピードを見れば、ラピードもエーリルを見た。

そのまま、暫し沈黙。

絡み合う視線。

先に沈黙を破ったのは――、



「ワン!!」



尻尾をぶんぶん振り回し、前傾姿勢で忙しく動いて訴えてくる。その姿に、エーリルの眉が嫌そうに寄せられる。


「えぇ?却下なの」
「ワン!!ワン!!」





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あきゅろす。
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