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翌朝――、ザーフィアスから共に此処まで来たリブガロとは別れて、エーリルは旅立とうとしていた。

当初の予定では早朝に出発しようとしたのだが、男が、



「太陽が顔出して、朝飯食ってからで大丈夫よ」



と、何度もしつこく言ってくるので、不信だが騙されてみる気になった。

本当に間に合うなら、余る時間を睡眠にあてたいし、真実なら都合が良い。
見知らぬ土地で見ず知らずの人間から馬を取り替えるなんて思いきった大それた事をするのだが、男への不信感は未だ拭えきれないでいる。
けれども全て今更な気がして、馬の事に比べれば他の事が小さく見えてくるのは錯覚ではなさそうだ。



「んな事言って、俺様の事信用してるくせに」


きらめく男の笑顔に此の上なくドン引きして歪んだ顔に現れた心情は、誤解なく伝わっていてほしい。
これも男への、素直な感想だった。





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お腹もいっぱいだし、荷物の乗せ替えも済んだ。最後にと――エーリルは乗ってきた馬に会いに、小屋の中に割り当てられている囲いの柵を潜った。リブガロは昨日と同じだった。宿屋の女将さんは、少し元気になったじゃないと言っていたが、此処に置いていく心苦しさがエーリルの中で素直に喜ばしてくれなかった。




「ごめんね。きっとたぶん……、あの人いい人だと思うから」


自分で口にした言葉があまりにも頼りなさすぎて、エーリルはひそかに胸中で苦く笑う。

持ってきていた新しい干し草を柵の中に運んで、横になっているリブガロの傍に身を屈ますと、利き手を鼻筋に延ばした。
顔には防具を装備していたが、今は交換した馬に付け替えた為、直に躯体に触れられる。毛に沿って鼻筋を何度か撫であげるれば、リブガロは顎を上げてきた。触ってみれば顔は身体より毛が軟らかい。
手袋をしていても感覚は難無く伝わってきて、毛の流れに沿って鼻筋を撫でながら、エーリルは喋りだした。



「道が悪かったのもあるかもしれないけど、あたしがもっとちゃんと乗れてたら、こうはならなかったのかもしんないね」


つぶやいて、エーリルは立ち上がった。
騎士団の制服を着ている自分が“行け”と背中を押してる。



「じゃあ、行くね」



後悔はしているが、どうしようもないのだ。
今、自分が起こすべき行動は、思慮の浅はかさを嘆いたり、己を責め立ててこの地に留まる事ではない。


別れは笑ったほうがいい。
エーリルは告げて、薄くリブガロに微笑んでみせた。





取り替えたリブガロの手綱を引いて馬小屋から外まで出ると、街には朝独特の雰囲気に包まれていた。
静かな山の中に此処が人の住む場所だと証明するかのごとく、聴覚や視覚、嗅覚にまで、あちらこちらから情報が入ってくる。

鐙(あぶみ)に足をかけて馬の背に跨がれば、その光景は今よりいっそう、また遠くまで捉えられた。景色の中の空気が帝都より澄んで冷えていて、鼻腔をツンとつく。
朝の静かな喧騒は馴れた帝都のものとは違うが――


「どこも同じなんだな。当たり前やけど」



ぽつり、つぶやく。
下町でも聴こえてた目覚ましの音。それに続けと、叱る女性の声。扉を開けて出勤する男性。仕入れに旅立つのか、荷馬車を操る業者らしき人。子供が誰かを呼ぶ大きな声。男が自分の名前を呼ぶ声。

(……ん――――?)






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あきゅろす。
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