drug motion










今日はこれで何度目だろうか。
もう数えるのも馬鹿らしい程には吐き出した筈の溜息が、また一つ己の口から零れ落ちるのを感じたドレークは、もはやそれに抵抗する事を諦め、目の前の光景を受け入れる事にした。


「っよ、ドレーク屋。偶然だな」

「……あぁ、全くもってほんっっっっっとうに偶然も重なるものだな」


絶対に偶然などではないという皮肉も込めた物言いにも、もうこれ運命の領域だろとまで言い出した男の顔は喜色満面といった所か。
イヤミが通じないのは以前から知っていたが言わないではいられないのだから仕方がない。
それでも、未だ僅かに残った抵抗感から「それだけはない」と言い返したドレークは仕方なく、本当に仕方なく、不本意ながらも唯一の空席に腰を落ちつけた。
狙い澄ましたように、いや実際に狙っていたのであろう男の隣にしかない空席がどうにも憎らしくて苦虫を噛んだ拍子に男が笑う。
港に停泊させた自身の船を下り街を散策し、一杯飲んで帰ろうと考えたのがいけなかったのだろうか。
ドレークが店内に一歩踏み入った瞬間、この男、トラファルガー・ローに声をかけられた。


『偶然だなぁ、よかったら一緒に飲まねぇか』


停泊している港にハートの海賊団の船は見当たらなかった為、トラファルガーがいるとは思いもしていなかったドレークは、何故此処に居るのだとか、珍しく白クマも連れずにどうしたのだとか、湧き上がる疑問が口をついて出てこないように努めた。
しかしまぁ彼は自分で思うよりずっと真っ正直な気性であるからして、それが性悪の権化といってもいいトラファルガーに対しどこまで隠し通せたかは解りかねるが。
当然ながら席を共にする訳がないドレークは一言断りの返答をした上で回れ右をして店を出た訳だが、違う店に入ってもトラファルガーの姿が見当たらない事など一度としてなかった。


『よぉ、偶然だなぁ』

『ドレーク屋、偶然偶然』

『いやぁ、偶然も重なるもんだなぁ』


いっそ清々しい程に後ろ暗さを感じさせないトラファルガーの満面の笑みに何度拳をめり込ませようと思った事か。
しかしながらドレークはあと一歩の所でその衝動をどうにか堪えていた。
別段、余所の海賊団と揉めたくないだとかそんな真っ当な理由ではない。
常のドレークならばそう考えても不思議ではないが、ことトラファルガーに関してとなると一般常識の塊のような男ですら考え方を改めさせられずにはいられないのだ。
ドレークは、以前に一度、あまりにも気分が悪くなった結果トラファルガーを思いきり蹴り倒した事がある。
衝撃が足の裏を伝わり、確かに対象を蹴りつけたのだと解った瞬間は確かにすっとした、いい気味だとすら思った。
けれどもその直後ぬるりと足回りを覆った物体に爽快感はあっという間に露散してしまったのだ。
ぬるりとしたそれの正体はといえば驚くべき事に蹴り倒した筈のトラファルガー・ローその人であり、蹴られた事によって切れた口の端を気にする事なくニタニタと笑った上にドレークの脚を楽しむように頬ずりする始末。


『やっべ、ドレーク屋の蹴りとかレアもんだな』


極めつけは蹴られた事が嬉しいとばかりの超ド級変態的な発言と荒い呼吸。
これで危機感を持たない人間がいるとしたら同じ変態かもしくは人間でないかでしかない。
何しろトラファルガーの船のクルーですらもドン引きしていたと記憶しているので、これはドレークの感じ方という問題ではないだろう。
つまり何が言いたいかというと、ここで思い切りそのむかつくニヤケ面を殴りつけたとしてもそれはトラファルガーを悦に浸らせる材料にしかなりえないという事なのだ。
誰が好き好んで変態の変態的嗜好による変態行為に付き合いたいと思うのか、むしろ関わり合いたくない、どこかに行って欲しい。
そうは思えど、その変態のターゲットがどうやら自分らしいという事位は周囲からかなりの鈍感だと評価されているドレークですら認識できる事だった。


「……一杯飲んだら帰るからな」


一応、念を押す。
それがどれだけの効力を持つかまでは解らないが、それでも元からそのつもりであったので嘘ではないしトラファルガーがどうこうという訳でもない為、ドレークは一切申し訳なさを感じる事なくそう切り出す事ができた。


「門限でもあんのか?いいとこのお嬢さんでもあるまいし」


事の成り行きをはらはらとした様子で見守りつつあった店主に酒の注文をしたドレークはやはり予想通りに食い下がってきたトラファルガーへと難しい顔を向ける。


「お互いに譲歩すべきだとは思わないか」

「つまり?」

「俺はお前の望んだ通り、同じ席に着く。俺は俺のしたいようにする」

「…ドレーク屋のベッロンベロンに酔っ払った所が見たい場合は?」

「交渉不成立という事か?俺は帰るぞ」


要は飲まずに帰ってしまえばいい。
如何な死の外科医といえどもドレーク海賊団の船にまで立ち入る事はできないだろうという事だ。
街中の店に入るから駄目なのだとは、何度目かの段階でドレークも気づいていた。
ただトラファルガーが居るからというだけで己の思いつきを断念するのが些か気に食わなかっただけの事である。


「負けず嫌い」


深層心理を読んだかのようなタイミングにしたり顔でそう告げるトラファルガーを、ドレークは睨みつける。
当然ながら怯む様子は微塵も感じられず、ドレークにしてみれば苛立ちしか感じられないその顔を視界から振り払うように溜息交じりに目を逸らした。


「ま、仕方ない。一杯でいいぜ。なるべくゆっくり飲めよ」

「…子供か」

「それもあるし、酒の一気飲みは身体に悪い」


俺は医者だからな、と自信ありげに宣う男を鼻先で笑い、ドレークは店主からグラスを一つ受け取る。
なみなみと注がれたキャラメル色の液体を見降ろし、まずは一口含んだ。


「再会に対する乾杯は?」

「喜ばしいものならするがな、今は要らん」

「あぁそうか。ドレーク屋の場合は昔の知人に再会しても今や敵だもんなぁ」

「…………」


全く本当にこの男は神経を逆なでするのが上手いと思う。
海軍を抜けたドレークは、確かに同胞と再会した所でもはや敵対関係は免れないが、それを他人に、しかもよりにもよってトラファルガーに指摘されると不愉快極まりない。
難しい顔を隠さないドレークの横顔を、トラファルガーがニタニタと笑って見守る。
カロン、と。
グラスが傾いた事により、氷が音をたてた。


「そういえば、トラファルガー。船はどうした」

「気にかけてくれんのか」

「都合のいい耳と脳は相変わらずのようで何よりだ。漸く会わずに済むと思ったんだがな」


実をいえばトラファルガーと停泊先が重なるのはこれが初めてではない。
毎度という訳ではないのだがそれでも随分と高確率で鉢合わせているのだからこれもまたトラファルガーの謀りなのではないかと疑っていた所だ。
トラファルガーの船は基本的に潜水式だが、それでも停泊の際は勿論海上にその姿を現さなければ島に上陸のしようがない。
だからこそドレークは港に停泊している船の中に最早見慣れてしまった分類に入る潜水艇を見なかった事に安堵したというのに、店に入るなりトラファルガーに声をかけられて驚く羽目になってしまった。


「反対側にも港がある。そっちに停めてんだ」

「……随分距離があるんじゃないか」

「何だよおい心配、」

「悪意を感じると言いたいだけだ」

「悪意って酷いな。俺はただドレーク屋が油断してる所を襲ってやろうって思っただけで」

「充分悪意を感じるんだがなぁ…!」


思わず腰が引けたドレークである。
既に気持ちはこの場から逃げたくて堪らないといった所か。
偶然二人の会話を耳にしてしまったらしい店主は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに蒼白した顔でその場から離れていく。
当事者でなければその気持ちも解るが、その当事者である所為で席を外せないドレークは、理不尽と知りながら店主へ恨みがましい目を向けた。
しかしそれが無駄な事と己で察すると、グラスを一息に呷る。
身体に悪いだの何だのと言われようがこればかりはどうにもならない。
これ以上この変態と同席していては本末転倒でしかないだろう。
舌の上がひり付く感覚もそのままに呑み込んで、代金を置いて立ちあがる。
最初から船に帰っていればと思っても後の祭り、全く以って嫌な酒の席だったと苦々しい顔になってしまうのも無理もない。


「悪いが、俺はもう行く」

「大丈夫か?そんな一気に飲んで立ちあがると……」

「…?…何だ、その言い方は、」


ぎっと睨みつけながらの言葉であっても気にせず、トラファルガーの笑みは崩れるどころか愈々喜色を堪えられないとばかりに深まった。
それに対し湧き上がった違和感を口にしている間に、がくりと身体がずり落ちる。


「すぐに、回っちまうぜ?」

「なっ…?」

「甘いぜ、ドレーク屋。警戒してる相手と同席するなら、もっと口に入れるもんには気を配らなきゃな」


訳知り顔で言いながら脇から腕を差し込み、崩れ落ちかけた身体を支えたトラファルガーはにたりと嫌な笑みを浮かべていた。
その口ぶりからして何かを混ぜたのは明白だが、酒は店主から直に受け取った上に、ドレークがそれから手を離した瞬間などない。
頭を埋める困惑が伝わったのだろう、まるで秘密を囁くかのような声量で耳元を呼気が擽る。


「俺のが先に店に着いてたんだぜ?」


店の主に言う事を聞かせられたなら、ドレークが居ない間に仕込む時間などいくらでもあったという事だ。
その言葉を耳にし、また理解したその瞬間、血の気が引いていく音が聞こえたかのようだった。
見る間に蒼褪めていくドレークは満足に動かない首をぐぎぐぎと動かし、視界に店の主を捉える。


(よりにもよってこんな変態によくも手を貸すなどという事をしてくれやがって…!)


一海賊と一般人とでは力の優劣も違う為、一般人相手にこんな事を思っても仕方ないかもしれないが、それにしたって犯罪紛いな行為に手を貸す一般人というのも如何なものだろう、海軍時代であったなら職権を乱用してひっ捕らえてやったものを。
だが問題は、店主ではない。この状況と、この変態だ。
がっしりと掴まれたこの身は重いだろうに、何故だかトラファルガーの足取りは軽やかである。
ずるずると床を擦る己の爪先に感覚はない。
はっきりいって、この状況はかなりまずい部類に入るだろう。
満足に動かない身体。
傍に居るのは極度の変態男。
やばいまずいこれはかなりアレな状況だ。


「ト、トラファルガー、悪い冗談は止せよ?今なら冗談で許してやるから」

「なーに恥ずかしがってんだよドレーク屋。大丈夫だって、初めてでも優しくしてやるから」

「は、はじっ……何がだ、何の初めてだっ!」

「何ってそりゃー、ナニ」


ぴたりと立ち止り、わざわざ顔を覗き込まれて、尚且つにっこりと笑顔で言い放たれた言葉を、堅物と自他ともに認めているドレークが脳内で処理しきれる筈もなく。
カチーンと固まったドレークを実は罪悪感から案じていた店主も知らないその後起きた事などは、二人だけが知るばかりである。


















drug motion
(船長流石にそれは人としてどうかと思います!!)
(ほらベポだって軽蔑の眼差しっ!)
(ベ、ベポまで…だと…!)




























某方様に一冊だけコピってお渡ししたものをサルベージその2
とりあえずクルー達が必死にローを止めるといい




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