終わらない恋になれ










「一緒に、住まないか」


出海がこの一言を発するまでには、相当の覚悟と時間を要していた。
ひと気の少ない時間を狙って近所のファミレスに呼び出し、食事を終えて当たり障りのない世間話。
しがない高校生としては食事を終えてからはドリンクバーで粘るのが常識で、そんな中で交わされる話題は高校生活最後の冬ともなると最初こそ違うかもしれないが最終的には卒業後の話になる。
突然呼び出したにも拘わらず気を悪くした風でもない男、坂本龍馬の顔を対面に眺めながら、既に何度目になるか解らないその話題を振れば、衒いのない笑顔に迎えられた。


「引退したのにまだ剣道部に顔出してるって聞いたよ」

「ちゃちゃちゃ、推薦が取れたきに。安心して油売っちょるぜよ」


卒業後此処を離れてしまうのはお互い様。
お互いの行き先同士は電車で40分と少し、それなりに近いといえば近い。
卒業しても遊ぼうな、という口約束は何度か重ねていて、それでも不安なのは出海が龍馬の事を他の友人達と一緒くたにできない理由があるからだ。
出海と龍馬は、中学の時に知り合った。といっても学校は違っているし住んでいた所も離れていたのだが、龍馬が剣道の大会に出ていた折知人の応援に来ていた出海がその試合を見て面白そうだと声をかけたのが始まりだ。
出会ったばかりだというのに意気投合し、大会の開催期間中滞在していた龍馬の元へ何度も出海が脚を運んだものの、特に連絡先を交換するでもなく分かれて。
それから示し合わせた訳でもないのに高校で再会した時は、お互いに驚くよりも先に笑ってしまったものである。
疎遠になるかもしれない、そんな可能性があるのならば、今の内に潰しておきたい、それが出海の本音であった。
けれどもその手段を取るには、ある意味覚悟が要った。龍馬の事を他の友人達と同じように扱えない理由、つまり出海が、龍馬を特別に想っている事、異性を愛するような好意を抱いている事を、言わなければならないという事だ。
言わないまま単純にルームシェアしようと誘ってしまえば話はまだ簡単だろう、けれども言わないまま、ひっそりと想ったままというのは高校生活の三年間ずっと行ってきた事であり、その経験から省みれば全てを明かさずに一緒に暮らす事などできる訳がなかった。


「あっちでの下宿先は決まってるのかい」

「いいや、それがまだ。学校の下見だけでこの前は終わってしもうたからのう」

「……そうか、なら、さ、」


一緒に、住まないか。
そう告げた出海の目は、真っ直ぐに龍馬を見ていた。
すぐにでも逸らしてしまいたい衝動に駆られながら、それでも必死に、出海は龍馬の目を見つめる。
上手く笑えている自信など、既に出海にはなかった。
不思議そうに瞬いた龍馬の眼が、じっと出海を見返してくる。
疾しさなど何処にもない、真っ直ぐな眼差しだ。この眼が、出海は好きだった。


「出海さんとか?」

「ん…あぁ、二人で折半したら、色々浮くだろうし。いきなり一人暮らしなんてお互い大変だろ?」


しまった、言い訳がましい事を。
それでも言ってしまった事はもう戻らない。
これでは友達としての誘いでしかないではないか。
そうじゃのう、と一考の姿勢を見せた龍馬に、出海は内心で慌てた。
いや、確かにここで了承を貰えるのならばそれに越した事はないが、了承を得た後に告白などというものができる程出海は龍馬に対して図々しく出る事はできない。
手近にあったグラスを徐に掴み、思い切り呷ると龍馬がぽかんと目を丸くする。口にしているのは単なる緑茶だが、あまりにも飲みっぷりがいいものだから酒を呷っているように見えたのだ。
グラスを満たしていたそれらを一息に飲みきり、深く息を吐いた出海がぎっと龍馬を睨みつける。本人に睨みつけているつもりはないが、それでも龍馬は睨まれているような気がしたのでこれはもはや余裕の有無に明暗が分かれたと言う他ないだろう。
びくりと肩を揺らした龍馬が、恐る恐る出海を窺った。


「出海さん…?どがぁした?」

「龍さん……すまない、仕切り直してもいいかい?」

「うん?」


何の事か解っていないのだろう。それでも確かに頷いてくれた龍馬に感謝しながら、出海はいよいよ覚悟を決めなければならないと唾を呑んだ。
何から伝えるべきだろう。
一緒に住もうという提案を、龍馬は悪い事とは思っていないようだから、そこは心配ないとしても。
それでも、友人だと思っていた男からの告白など、自分ならばされたくないとも思えて。
好きだ?
一緒に居たいんだ?
離れたくないから、一緒に暮らしたいんだ?
付き合ってもいなければ想いが通じ合った訳でもないというのに、それらを口にするのはどうにも自己の欲求を優先しすぎてやいないだろうか。
それでも、黙って龍馬を見送りたくはない。
また会える確約がないままに、離れたくはない。


「その……一緒に、暮らさないかってのは、お互いの為ってより…俺の為というか…」

「出海さんの、為」

「つまり、龍さんと、一緒に……」


顔に熱が集まって行くのが自分でもよく解って、出海はもごもごと口を動かすだけになってしまう。
自分の言いたい事が女々しい内容だと、今更ながらに思い知ったのか、恥ずかしがっている場合か。
膝の上に置いた己の手のひらはじっとりと汗ばんでいて、緊張から泣きたくなってくる。
実際、最後に泣いた記憶なんていうものは幼い頃父親から受けた鬼の如き修業なので、久方ぶりのその感覚に出海は戸惑った。
龍馬は何も言わない。既に顔をあげていられなくなった出海は、龍馬がどんな顔をしているのか解らなかったが、それでも見る事すらできなかった。


「―――龍さんと、一緒に居たい」


絞り出した声は、一応は形になっていたけれど、情けなく震えている。
嫌われる可能性の方が高い。これっきりになるかもしれない。それでも伝えないという選択肢は、出海にはもうなかった。
例えば友人として傍に居続ける事ができても、いつか龍馬が大事な存在を作ってしまえばそんな位置づけは全くの無意味で。
例えば龍馬が幸せだと笑っていても、彼を幸せにするのが自分以外の人間であるならば聞きたくもないし、見たくもないのだ。
自分勝手だと他人は言うだろう、龍馬だってそう思うかもしれない、それでも出海には、それが本心からの気持ちであるのだからどうしようもない。


「あんたが好きなんだ。友達としても…それ以上としても」


言った。
言ってしまった。
とうとう、言ってしまった。
ピンポーン、と間抜けな音が響く。他のテーブルの客がホールスタッフを呼ぶコール音だ。
はーいと間延びした女の声がどこか遠くに聞こえて、それよりも存在感のある長い沈黙に出海は心臓が口から飛び出してしまうのではないかと錯覚する程に高鳴る己の鼓動ばかりを気にした。
心音が響くのも二十一回目という所で、龍馬が溜息を吐いたので、二十二回目は余計に大きく響いたような気がする。


「…………これは、いかんのう」

「……」

「言葉が見つからん」

「……」


やはり、駄目か。
いいや当然だ、むしろこれは当然の結果ではないか。
都合のいい妄想が実現する事など、ある筈がない。


「っ――――――りょ、」

「嬉し過ぎて、困るぜよ」


ある筈が、ない、のに。
龍さん、ごめん、と。
そう告げる筈だった出海の口は、半開きの不自然な状態で固まってしまった。
謝ろうとした拍子に顔をあげた為、視界に龍馬の姿が映り込む。
健康的に日焼けした黒い肌、それでも見て解る程に赤く色づいた顔を隠す様に、龍馬は己の手で口元を押さえていた。
目線はどこへ向けられているのか、あらぬ所へ泳いでいて、出海は初めて見る龍馬の姿に言葉をなくす。


「……出海さん」

「……ん」

「あー…とりあえず……来週あたり、一緒に物件探しに行かんかよ」


相変わらず目線は向けられないままぽつりと零された提案に、出海は顔を真っ赤にして項垂れるしかなくて。
カロンと、溶けた氷が崩れる音は、まるで真っ赤な顔をした二人の男を笑っているように響いたのだった。


















終わらない恋になれ
(終わらない、終わる訳がない)
(だってこんなにも、あんたが愛しくて仕方ない)



























出龍で現代パロ書きたくてつい…
出海の家は陸奥の道場で、知人は伊織(天斗の幼馴染的御兄さんポジ)
修羅の刻アニメ組を主に出龍以外はNLで書くかもしれない…というか、これは出龍なのか龍出なのか…

title/確かに恋だった




あきゅろす。
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