貴方が全て、私の総て










空はどこまでも青く澄み渡っていて、気温も暖かなもの。
日向に当たりごろごろとしているにはうってつけの日と言ってもいい。
宛てもなく町を散策するのもいいかもしれない、茶屋にでも入って団子を食べながら暖かな空気を満喫する、考えただけでも頬が緩む…のだが。


「大丈夫かい、龍さん」

「んー、それなりぜよ」


実際は、布団から出る事すら儘ならないこの現状に、龍馬は苦笑するしかなかった。
考えたくはないが、いい加減年なのだろうか。もしくは普段使わないような事に身体を酷使したからか。
どちらかといえば後者の方がまだ幾分は理由として上等な部類だと思われる。前者ならばあまりに情けない。
腰回りにずっしりとのし掛かる重みは、身動ぎして逃げようとすると鈍い痛みを感じさせるから厄介だが、力を抜いて横たわっている分には問題なかった。
単純に、気恥ずかしさのようなものはあったのだけれど気にするのも今更に過ぎて、考えないのが一番だと笑うしかない。
この状況の原因ともいえる男、出海は、壁に背中を預けた姿勢で胡座をかきながらも慮るように声をかけてきては曖昧に笑う龍馬の様子に眉を浮かせて苦い笑みを作るばかりだ。


「出海さん、わしんことなら気にせんで、出掛けてきたらどうかのう」

「俺はあんたの用心棒だぜ?こんな状態で一人になんかできる訳ないだろ」

「ちゃちゃちゃ、わしを「こんな状態」にしたんは出海さんじゃき」

「あー…それを言われるとなぁ…」


返す言葉もないと頭を掻く出海を笑った龍馬は、慎重に身体を転がして俯せの姿勢をとる。
枕に顎を乗せてから改めて出海を見ると、なんとも形容し難い表情で同じように龍馬を見ていた。
どうやら申し訳ないだとか見当違いな罪悪感やら自己嫌悪に陥っているらしいと察した龍馬は、にかりと笑って見せる。


「そがな顔して、何考えちょるがか?」

「色々と、かな」


両の目を伏せたかと思えば、出海は飄々と笑った。
それでも龍馬の視界には叱られる寸前の童子が一人座り込んでいるようにしか見えないのだが。
常は不測の事態などそうはないと言わんばかりに余裕の態度を崩さない出海でも、考えている事は意外と解りやすい。
第三者から言わせれば解るのは龍馬位のものなのだが、当人である二人ばかりがそれに気づいていないのだから難儀なものだ。
出海さん、と龍馬が呼び掛ければ、罪悪感やら何やらに浸っていたらしい出海が相槌で以て応える。


「こっち、もうちょい寄ってくれ」

「うん?」


ひらひらと手招かれるのに合わせて畳を這ってくる出海に、龍馬は尚も手を揺らす。
距離は一尺を過ぎ、手を伸ばせば届く所にまで至って漸く手の動きが止まったかと思えば、わしゃわしゃと出海の髪を掻き撫でた。
常なら簡単に見切った上で避けられるのだろうそれを、龍馬が相手だからか油断しきっていた出海はぽかんと目を丸くして受け入れている。


「……龍さん?」

「めんこいのう、出海さんは」

「え、」

「怒っちょらんきに。そがな顔はせんでえぇぜよ」


めんこいと言った瞬間起きかけた僅かばかりの抵抗は付け足された言葉のおかげかぴたりと止んで、龍馬は暫しの間出海の髪を撫でくり回す。
すっかり大人しくなった男の頭を、肩を叩く要領で二度三度と触れてから、な?と小首を傾げて笑ってみせれば窺う視線とかち合った。
真意を見極めんとばかりに探ってくる眼に己のだらしない笑みを見つけて、龍馬は苦笑する。
常からへらへら笑ってばかりだと言われた事はあるが、出海と話している時ここまで表情が緩んでいるとは知らなかった。
正直知らずにいたかった事だ。
妙な気恥ずかしさを苦い笑みで誤魔化していると、出海が空気を読んだ訳でもないだろうに口を開いてくれる。


「だって龍さん、今日は何の約束もないから少し遠出しようって楽しみにしてただろ?俺が駄目にしたようなもんじゃないか」

「暇な日位これからいくらでもできる。出海さんが気に病む事はどっこにもなか」

「そうは言ってもなぁ…」

「ちゃちゃちゃ、わしがええと言うちょるんじゃ。素直に受け取ってくれんかのう」


意外というか案外というか、意固地な所がある出海はしょげた背中を丸めたままだ。
それがどうにもいじらしく見えて、龍馬は思わず笑ってしまった。
鬼神の如き強さで他の者を駆逐する男の面影などそこには欠片もない、年こそ知らないがそれよりも確実に幼い仕草で反省に浸る出海は可愛らしかった。
しかし出海にとっては甚だ心外だったのだろう、一度目を丸くしてから怪訝に細められた眼の鋭いこと。こりゃいかんと内心で苦笑した龍馬に、出海がのそりとにじりよって来る。


「龍さん、俺を女か童子と勘違いしていないだろうな?」

「しちょらん、しちょらん。出海さんよりわしの方がずぅっと童子ぜよ」

「龍さんが?」

「外に出れんのは残念でも、こうして出海さんと二人で居られる事に変わりはないきに。それだけでわしは幸せじゃ」


そうは見えんかよ、などと笑う龍馬に、出海はぐうの音も出ない。


「…狡いなぁ、龍さんは」


取り繕う必要性を見出ださない素直さは時に鬼よりも強かで、真っ正直に向けられた好意に対する策は今の所思い付かなかった。
出海にしては珍しく、負け越しているのだ。
素直な男の好意はこそばゆく、俺もそうだと返すにはそこに不純なものが含まれ過ぎていて口にできない。
何度も抱いているのにどうしてこうも下心を感じさせない睦言を口にできるのか、到底真似できそうにない出海には理解し難い事象の一つだ。
けれどもこういった所が、ある意味では龍馬の人好きする性格を形成しているのだとも思えるので嫌な訳ではない。


「うん?しかし出海さんには退屈な思いをさせてしもうて、すまんと思うちょるぜよ」

「あ、いや…あー…退屈じゃないから大丈夫だよ、龍さん」


俺だってあんたが居るならそれで充分だ、とは疚しい事を考えているだけに言い切れなかった。
だが気持ちは伝わったようで、龍馬が気の抜けた声で「ほうか、なら良かった」と返してくれる。
その顔は笑っていたが、決して出海を笑っている訳ではないのだと、今度は出海にも解った。
気負っていた力が抜けた分、出海の顔にも笑みが戻る。


「もう少し休んだら、茶屋にでも行くかい?」


動けないなら背負ってやるからと言えば、緩んだ顔を引き締めもせずに龍馬が笑った。


















貴方が全て、私の総て
(茶屋もえぇが海に行こうぜよ、出海さん)
(あぁ、いいねぇ)



























龍馬、腰を痛める(黙ろうか)
なんかこんもりと布団を膨らませてヤドカリみたいな状態で出海と話してたら可愛いなと思いました




あきゅろす。
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