甘やかな死刑宣告










「実に不可解です」


言葉の通りにというべきか、心底不思議そうに向けられる視線は、朝から一日離れる事はなかった。

最初こそいつもの人を食った言動へ至る布石かと思っていたのだが、どうやらそうではないらしいという事に気づいたのは夕刻になる頃だったか。















研究者が当然の如く持ち合わせる探究心のような、解らなかった問題が解りかけている子供のような、そんな色を浮かべた目が変わらず自分を見続けるものだから、気まずさに堪えかねて口に放り込もうとしていたパンの欠片を一旦皿の上に戻したのは当然と言えば当然である。
正直味も解らなくなりかけていたのだから調度いい。


「まだ解らないのか」

「えぇ、全く。皆目見当が付きません」


この変人が首を捻り出してから数時間が経っていたが、何をと言わずとも会話はあっさり成立する。
それも当然の事で、この男は一つの事に興味を持つとその事しか考えなくなるのだ。
傷の男を追う任の最中であるというのに、こいつは自分の興味が移ればすぐそちらに行ってしまう。
勿論、根底には任務を第一にしているのだろうから、解明さえ済んでしまえばまた傷の男について考え始めるのだが。
切り替えが早いのはこの場合に於いては適用されないようで、それはすなわち男の中で疑問の答が出ていない事を示していた。
錬金術師は研究馬鹿とは聞いていたが、それにしたってさっさと解明して貰いたいというのが此方の心情である。何せ、自分を見ていれば解りそうなのだと言い張り大総統権限を用いてまで夕食を共にさせられているのだから、迷惑極まりない。


「…キンブリー。貴様の探究心は一錬金術師とするなら称賛に値するのだろう、だがそれは、あくまで個人としての話であって、私を巻き込む理由には成り足り得ん」

「食事など何処でしても一緒でしょう」


ああ言えばこう言うとはこの事か。
この場に限っては場所でなく相手が問題なのだ。
貴様と食事するのが嫌なのだとはっきり言ってやればいいのか。いいや、言った所でダメージを受けもしなければ改善もしないだろう男に、無駄な労力を使うのも如何なものだろう。
そんな事を言い出せば現状からして既に無駄な労力を使っているのだが、努めて気づかないフリをした。というか、気づきたくもなかったが。
此方の出生と相手の経歴によって構築された溝は、本来ならこうして顔を付き合わせて食事など許さないものであると思っている。だが相手にしてみればそれは要素の一つでしかないようで、結局何が琴線に触れたのかも解らぬまま、自分はいつの間にか男の「お気に入り」とやらになっていたらしかった。
本心を言えば、面倒くさい、腹立たしい何故自分がこんな男の傍に居なければならないのか…言い出せば不満だらけである。
しかしこれも少将が命と思えばこそ。上官の命令で仕方なく、という状況故に、忍耐も続いているのだ。


「しかし貴方の言う事も一理あります。これは私個人の疑問、つまり第三者たる貴方を巻き込むならばそれ相応に納得のいく説明が必要となりますね」


等価交換だなんて貴方も錬金術師のような事を言うものだ、とそう言って薄く笑うその顔面を殴り倒す事は許されないだろうか。
誰が何時そんな事を言った。口にこそ出さないが自身の顔は今酷いものになっているだろう。
巻き込むなと言っただけなのにそれを曲解し、その上都合のいいように受け止めたこの男の馬鹿な脳みそには、もはや表情を取り繕うのも馬鹿馬鹿しかった。
こめかみが引き攣る感触は絶対に間違いではないのだ、こいつと話をしていれば血管の一つや二つブチ切れても仕方無い事のように思える。
大体、説明を求められてという体ではいるが、嫌になる位満面の笑みを浮かべ始めているあたりからして男自身が説明をしたかったとしか見えないのが鼻につく。
居心地が悪かろうが見つめ続けられようが、さっさと食べ終えて解放を願い出るべきだったのだ。
しかしそんな葛藤は存ぜぬとばかりに、男はやけに仰々しい仕草で立ち上がった。
どうでもいいが食事中に立つな、無駄に綺麗な姿勢で佇む男に内心で毒づく。


「まず第一に、傷の男は私の獲物です」


初っ端から何を言い出すのかと思ったが、些か拍子抜けだ。
初対面の際も言っていた事であるし、悪い意味で印象的なやりとりだった為忘れてなどいなかったのもある。
それ故に今更な気がしてならず、そうかとやや投げやりな返事をしてやった。
別段それに気を悪くした風でもない男は、第二に、と話を続ける。


「傷の男と貴方は同じイシュヴァール人ですが、私は貴方を殺したいとは思いません」

「ほぉ」


それはありがたい事だな、などという皮肉が浮かんだが長引いては面倒なので余計な口を挟むのは止めにした。
加えて言うなら、自身は純血ではないので傷の男と完全に同じかといえば微妙に意味合いが異なるのだが、それも黙っておく。
それの何が今回の疑問に繋がるのか、全く解らないのは男と同じだ。
何故でしょうと訊かれた所で用意できる答などない、問われればすぐにでも知るかと返してやる心積もりでいたのだが、目論見は次の瞬間消え失せていた。
第三に、と男が話の続きを述べた為だ。
何故自分を殺したくはならないのか、という事は男にとって何の疑問にもならないらしい。
むしろ此方から訊きたい位なのだが、殺したいと付け狙われるよりはマシだと思い直す事にした。


「私は近頃、おかしいのです」

「安心しろ前からおかしい」


おっと、つい本音が出てしまった。いかんいかん。
わざとらしく咳払いをした末に男を見れば、いぇいぇと否定しようとしている。
自覚しろ、貴様は頭のネジがぶっ飛んでいる。


「自分が異常である事は重々理解していますとも。しかし私のいうおかしいとはそういった意味ではないのですよ少佐」


まさか自覚があるとは思わなかったが、他意がある分余計に悪質に見えたのは、多分にこの男への先入観だけが問題なのではないだろう。
とにもかくにも、不毛過ぎて嫌になってきたこの会話を早く終えてしまいたい。
残ったパンを咀嚼し、すっかり湯気の失せたスープの皿を空にしようとスプーンを取った所で、奴が此方を呼んだ。
嫌になる。
だが、仕事なのだから無視もできない。


「今度は何だ」

「説明が未だ済んでいませんのでね。私がいう所の、おかしい点について」

「……解った。真面目に聞く。聞くからスープに手を加えるな」


言った所で時既に遅し。
食事なのだから外せと言われて一時開けている己の視界に一瞬赤い閃光が広がってギクリとしたが、見てみればスープを錬成したらしかったので安堵した。
とはいえボコボコと沸騰したスープは、この極寒の地ブリッグズといえどすぐには冷めないだろう。
食事を共に、というのがこの男の所望したものなのだから、食べ終えるまで席は立てない。
つまりは、そういう事なのだ。
全く、これだからこの男は好きになれないのだ、なりたいとも思っていないが。
仕方無くスプーンを置いて話を聞く姿勢を見せてやれば、男は喜々として笑った。


「私は近頃おかしいのです」

「それはさっき聞いた」

「貴方が視界に存在しないと落ち着かず、かといって他の人間と話している所は見たくない。例え罵詈雑言でも、貴方が私に声をかけてくれる事が堪らなく嬉しいと思うのです」

「……ほぉ。それは全く以て不可解だな」

「おや、貴方にも解りませんでしたか。実はアテにしていたのですが」


解って堪るか。というより、解りたくもない。
視界に存在しないと云々、他の人間と云々は一億万歩譲って、まぁ良いとしよう。
だが罵られても嬉しいなどという言葉を聞かされてどう反応しろというのか。
まさかこの男がマゾヒストだったとは知らなかったが(サディストならば大いに納得がいく)だからといって何故相方に自身を据えようとする?嫌がらせか。嫌がらせなのか。
うっかり頭が痛くなってきたのでこめかみをグリグリと押す。
この男と話しているとどうしてこうも疲れるのだろう、それこそ不思議な何かの作用が働いているようにしか思えない。


「少佐、マイルズ少佐?」

「……聞いている。アテが外れて残念だな」

「えぇ、とても残念です。できれば貴方の口から聞きたかった」

「は?」


思わずマヌケな声があがったのは仕方無い。男の口振りでは如何にも答が解っていて、だというのに解らないフリをしていたと言わんばかりだ。
一体どういう意味だと、問おうとして口ごもったのは、何故か男が近づいてきた為である。
テーブル一つを挟んでいた距離はなくなり、わざわざ目の前にやって来た男を訝しげに見やれば、笑みが返された。
はっきり言おう、不気味だ。気味が悪い。気色悪い。今すぐ何処かへ消え失せろ。いや、やはり目の前で溶けるか何かして貰った方が此方の気が楽かもしれない。
思っても本人に言わないのは、喜ばせるのが本意ではないからだ。
ぐっと言葉を飲み込む。
これは私が考え出した結論ですが、なんて言葉は無視だ無視。


「私は貴方に、恋をしているのでしょう」


あぁ畜生、冗談じゃない。
煮えたぎったスープを一息に飲み干しでもすれば、この悪夢は覚めてくれるのだろうか。



















甘やかな死刑宣告
(誰か嘘だと言ってくれ……)
(そういう訳ですので、私頑張りますね)
(…何を頑張るのかは敢えて聞かん。聞かんがな、間違っても頑張るな)
(そんなに震えてどうしたんです?寒いのなら私が温めて差し上げま、)
(黙れ喋るな近づくな今すぐ口を縫いつけて一生黙っていればいい)
























罵られてニタニタするキンブリーと、必死こいて距離取ろうとするマイルズ。
ツンデレじゃありません完全なるツンです(お前)
少佐がデレてくれる日はあるのかなぁっと…原作の時間軸的にまずありえない話ですが←




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