心が重なって、唇を重ねて










左衛門はよく森で休息を楽しんでいる。
それは偏に妹のお胡夷の為、刑部と共に猪狩りに興じたり木々の隙間を縫って薬草を取りにいったりと、自然に対し奔放な妹御が己の姿を見つけやすいように時を見ては脚を伸ばしているのだと知っている豹馬は、弾正が左衛門を探していると耳にしてすぐさま森へと入って行った。
盲目である分聴覚は里の中でも随一とされている豹馬の歩みには然したる躊躇いもなく、また特に整えられても居ない畦道を抜けていく足取りはまるで盲であるとは思えないものである。
川のせせらぎ。
鳥の鳴き声。
遠くでは若い娘とそれよりも歳をとっているであろう男の声―――お胡夷と刑部のものだ。
猪の嘶きはやや耳に響くが、それらを押し退けて豹馬の聴覚はたった一人の男を探している。
ふぁ、と。小さくも短いそれは溜息というより欠伸に等しい音を拾った所で、豹馬は徐に脚を止めた。


「左衛門」

「おう、豹馬。なんぞわしに用でも?」


盲目の豹馬には見えずとも、そこで左衛門がにかりと笑うのが解る。
左衛門は常から穏やかな笑みを浮かべるばかりだと、目が見える者がいたならば豹馬の感覚に物を申したかもしれないが、それでも豹馬の脳裏に浮かぶそれは快活に近しいものがあった。
それが左衛門の本質であると、誰に言われるでもなく豹馬にはそう感じられてならなかった。
ただそれだけの事だ。


「用がなくては会いに来てはならぬか?左衛門」

「…何じゃ、言うてくれるの」


気配に向けて歩み寄り、その場で屈む。
大木に寄りかかっていたのだろう、腰を下ろした豹馬の背を独特の感触が押し留めた。
左衛門が僅かに身じろぎしたのは一瞬の事で、それでもすぐさま笑みを孕んだ返しをしてくるあたりが小賢しいと豹馬は思う。
少し色を匂わせるだけでも、左衛門が反応するのは豹馬に対してのみだった。
実は周囲には知れていない事であるが、豹馬と左衛門は念弟という関係にある。朝餉を共に頂く事こそ秘密の関係ならばこそできないが、褥に潜む恋情に偽りはない。触れれば震え、触れずとも探るような気配を向けて来る。それが豹馬には面白くもこそばゆく、そしてどうにももどかしいのだが、肝心の左衛門にそれが伝わっているとは到底思えない。


「冗談じゃ。弾正様がお主を探しておられたのでな、耳を頼りに来てみたのよ」

「弾正様が?何用であろうかな」

「火急の用向きではないようだったがな」


急いでいるのならばそれこそ直接豹馬に所在を訊ねただろう。
それでも弾正は豹馬に「左衛門を見かけた時には申し伝えよ」と零しただけでありすぐに探してこいとは賜っていないので豹馬はありのままを口にした。
ふぅむ、とどこか間延びした声を零した左衛門は、暫くしてから恐らくは伸ばしていたのであろう片膝を立ち上がる為にか引き寄せる。けれども豹馬は、それを然も解っていないとばかりの顔をしたまま左衛門の手を取るのだから、傍から見れば奇妙であった事だろう。


「……豹馬?」


当の左衛門にすら訝しむ声をかけられた所で、豹馬は恭しく口を開いた。


「もう暫し、」

「何が、」

「もう暫しの間、お主を傍に置きたいと申したなら…如何する?」


人の目がない森は、盲目の豹馬にはありがたい場所である。
里の中、それもどちらかの住まいとなればどうした所で他人の気配に敏感でなければならない。
森の中であるならばまだ幾分程度であるが気は抜け、その上姿を隠す場所も多い。
想い人と過ごすにはとても適した場所であるといえよう。


「如何する…と言われてもな。傍に置くとは随分大きく出たものじゃと、笑うて欲しいか?」

「それよりも」


声色こそ平素と変わらないものの、豹馬にしてみれば幼稚な装いでしかなかった。
困惑と、そして幾分かの羞恥が声に混じっている。顔色は如何なものとなっているのか、この時ばかりは盲目である事が悔やまれたが、何も見るばかりが相手の顔を知る術ではない。


「お主の顔に触れたいのう」

「……言うておる側から触れるでない」


ひたりと頬に手を伸ばせば、やはり困惑と羞恥の色が濃い。今はどちらかといえば後者の割合が大きいだろうか。何にしても物言いの割に振り解く姿勢を見せない所からして、豹馬には愛らしさしか感じられないのだが。
頬から眦、額から鼻筋、そこから唇を撫でた所で、このまま口を吸うてみようかと考えた豹馬だが流石に見透かされてしまったらしく、それを実行するよりも先に左衛門が待ったをかけた。


「間もなくお胡夷が戻ってくる。勘繰られとうないんじゃがの」


愛する妹にすら豹馬のことは言えないと、左衛門はいう。
後ろ暗さがある訳ではない、念弟というものは珍しいものではないというのもよく解っている。
それでも幼い頃から苦楽を共にしてきた妹が、幸せを掴むまでは。よき男の元へ嫁ぐまでは、独り身のままでいようと決めていた左衛門にしてみれば、豹馬との仲を露呈する事など到底できよう筈もないのだと。
それを豹馬も納得してみせたのは豹馬との関係が左衛門曰く「幸せ」であると間接的に訴えられたという歓びも勿論あるものの、兄思いというには些か想い過ぎている妹が兄を取られたと癇癪を起こす様が容易に想像できたからであるのだが、それはこの場を留まる理由にはなるまい。


「……安心せい、左衛門」


お胡夷の気配は未だ遠い、と。
囁いてやれば漸くの事で、愛しい男が「仕方ないのう」と笑った。













心が重なって、唇を重ねて
(弾正様からの用向きさえ問題なければ、宵に一献どうじゃ?左衛門)
(ふむ、いい酒を用意しておくのならば考えておく……それよりも豹馬。いい加減離れぬか?)
(もう暫しよかろう?)
(…先程もお主そのような事を言うとったぞ)




















バジリスクにハマってしまい申した…!
兄様の魅力にやられたよね…マイナーだって?知ってるともさ!!(涙目)




あきゅろす。
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