ロングロングティータイム










肝心な時に動ければいいと思ってるから普段は思いきりだらけてる。
そんな俺のモットーは「だらけきった正義」な訳で。












「大将、クザン大将っ!」


遠くで自分を呼ぶ声が聞こえて、その声の主が副官である事を認識すれば返事をするのも面倒くさい。
今日は散歩な気分な訳で、ぶっちゃけ仕事なんてしてる程暇じゃないというか。
つまり真っ直ぐ行った角を曲がった所でウロウロと自分を探しているのであろう副官と遭遇するのは大変よろしくない状況であった。
面倒くさいなぁ、と思いながら手近な部屋の扉を無造作に開ける。戦略的一時撤退というやつだ。
海軍本部の各部屋に備え付けられた扉は重厚な造りをしているので、先程まで間近に感じられた副官の声も僅かなものとなった。さてとりあえず一息、と思ってはみたが入った部屋が問題だった。
いや別に、仕事をサボると本気で殺す気なんじゃないかなぁとか疑わしくなる形相で追いかけてくるマグマ人間の部屋でもなければ、面白がって一緒について来ようとしては鉞担いだ戦桃丸に叱られるオプションを持ち出すピカピカ人間の部屋でもないのだが。
ある意味これは問題のある部屋に入ってしまったなぁ、と己のうっかりに頭を掻く。


「お疲れ様です、クザン大将」


部屋の奥に据えられた机に向かっていた人間の顔は、窓を背にしているから陰となっていて見えないが、多分苦笑しているのだろうなと思った。
あららら、とお決まりの言葉で濁そうとするが生憎この言葉で濁しきれた事などこれまで一度としてないので無理なのだろう。
腰をあげた人間が、手にしていた羽ペンを置いて席を立った。それによって陰影が薄れ、見えたのは橙色の髪に空色の瞳。物語に登場してくる王子様ってのは、もしかしたらこういうものなんじゃないの、と初めて会った時には思ったもんだと感慨に耽るこの頭は状況を随分と呑気に見ているようだった。


「悪いね、ドレーク君。仕事中だった?」

「いぇ、調度休憩を挟もうかと思っていた所ですので」


お気になさらないで下さい、と。
言いながら、ドレーク君は備え付けのポットで茶を淹れている。
カップが二人分ある所を見ると自分の分も淹れてくれるつもりのようだ。
申し訳ない、なんて殊勝な事を考える程他人行儀になるには随分と長い事自分の部下をしてくれているドレーク君の好意に甘えて勧められるまでもなく長椅子に寝そべった。
座るのは今ちょっとだるいので勘弁して貰いたい。
ドレーク君はもう今更そんな事にも突っ込まないから、説明しなくて済んで楽だ。
こう、自分の感じるだるさってのは人には説明しづらい何かがあると俺は思うのである。だるいもんはだるい、そういう説明で納得する人間ってのは、案外と少ないもんだ。
ガープ中将とかは、笑って済ませてくれっけどね。


「クザン大将もご休憩ですか」

「ま、そんなとこよ」

「よろしければどうぞ」

「あ、悪いねどーも」


最初の一言はイヤミでも何でもないって知ってる。
ドレーク君の場合は、知ってて黙認してくれている訳だ。
ただ何が問題かっていうと、あんまりドレーク君に構うとサカズキが煩い。仕事をしている人間の邪魔をするな、だって。何、それじゃ俺は仕事してないって言うのか。まぁしてないけど。
テーブルに置かれたカップを、腕を伸ばして手に取る。
こういう時って無駄に長い手足が便利だわ、うん。というかドレーク君、お茶だけでなくお菓子まで出してくれてるあたり気遣いが行き渡ってるじゃないの。
ドレーク君は真向かいの長椅子に腰かけるのかと思えば、カップを持ったまま自分の机に向かってしまう。
あららら、さっき自分で休憩って言ってたのにね。
無意識なのか、席に着いたらすぐにその目は書類に落ちていた。急ぎの書類なのだろうか、いや、ドレーク君の事だからまだまだ期限なんて先の物なんだろう。
仕事は早いし、上官への敬意も忘れない。お前の部下だなんて信じられない。
そんな事をマグマ人間、もといサカズキに言われたのは随分と前だった気がする。しかしサカズキよ、反論させて貰うとするならね、仕事しない上官に仕事しない部下が就いちゃまずかろうよ。多分これ言ったらどやされる、お前が仕事をすればいいって絶対言われる。
よし、面倒なんで言わないどこう、そうしよう。
ドレーク君が書類に集中しているのをいい事に、その顔を呑気に眺めてみた。
橙の髪をきっちり後ろに撫でつけて、空色の瞳はどこまでも真剣に書面を見つめている。ちょっと他の人間より顎先が発達してるのは御愛嬌って範囲でしょ。ちょっとキスする時とかに困りそうかな、しかし強気な女性とかは噛みつきそうな顎先だ。
あぁうんやっぱ整った顔してんのね。あれで女性関係の噂とか立たないんだから世間ってのは解らないもんだ。本人の気性も関係してるんだろうけど、異性に対してがっついてないっていうか、サカズキに似て仕事人間な節がある。
勿体ない、ボインなお姉ちゃんとかカワイイお姉ちゃんとか、そういうのに興味がなさそうってのは、至極勿体ない。そりゃストイックといえば聞こえは良いけども、ドレーク君の場合は顔や愛想が良い分変な噂とか立てられそう、というかそういう噂この前耳に挟んじゃったんだけども。上官と寝て出世、とか。大将に気に入られて出世しようとしてる、とか。
まぁこの組織での上層部にセクハラする奴なんて思い浮かばないし、実力主義の海軍な訳だから完全なデマだってのは解るけどね。
しかもドレーク君、顔の割に身体つきはがっしりしてる。まぁ海兵だから細っこい訳がないんだけど。いくら俺でも本気で抵抗されたら襲うのはともかく最後までするのって難しいと思う。いやいや、襲わないけどね、俺にそういう趣味ないからね。
ただ、そういう噂立てられるのって面倒だよなぁ。俺なら面倒過ぎて速攻ボインに声かけちゃうわ。


「ドレーク君は、いい人居ないの?」

「…………はぁ」


あぁ、この顔は居ないな。
苦笑はすっかり見慣れてしまった。
初めて出会った頃はもう少し困惑が滲んでた気がする。
勿体ないなぁ、とゴロゴロダラダラしながら言えば、また暫くしてからはぁ、と気の抜けた声が返ってきた。
あんまりこういう話自体得意じゃないのかね、そんな感じがする。


「女の子はいいよ、やわこいし可愛いしボインだし」

「…後半はクザン大将の好みでは」

「あららら、ドレーク君は胸ない方が好き?」

「むっ……!っ、身体よりも、共に過ごしている時に安心する相手がいいと、私は、思いますが…」


困った子供を見守るような苦笑が途端に真っ赤になった。
男同士なんだから猥談とか普通だと思うんだが、ドレーク君にはこれだけでも刺激が強かったらしい。
居心地悪そうに、カップの縁を指先で辿るドレーク君の姿にガラにもなく悪い事しちゃったかな、と反省してみた。
しかし安心する相手か、じゃあ海軍の中での出会いは期待しない方が良いだろう。いくら女でも海軍に所属する以上はいつ傷つくか解らないし、都合合わせるのも大変そうだ。
なら街での出会い、とも思うのだけれどドレーク君は大抵本部で仕事してるから、プライベートで出かけてるのかすら怪しい。
そうだそうだ、仕事ばっかりしてるからなんだよね要はさ。
思い立ったが吉日、もとい俺がこんな面倒な事思い付くなんてそうそうない訳だから、たまには思い付いた事を実行してみようか。


「ドレーク君、ドレーク君。その書類の期日って今週以内?」

「は…いぇ、月末までに提出との事で、」

「なーんだ、まだまだ大丈夫じゃないの。じゃー行こうかね」

「は…あの、クザン大将…?」


のっそり起き上がってドレーク君の腕を引く。
今度ばかりは此方の意図が解らないようで、肩からずり落ち掛けているコートを手繰り寄せる手は上の空。
ああこれは脱いで行った方が良いね目立つから、と言いながらそのコートをそっと取って壁にかけた。
以前サカズキのコートを適当に椅子へ放ったら激怒されたと覚えている、学習能力ってのは大事だなと痛感。
やっぱり目をパチパチとしているドレーク君はやっぱり状況を解っていないようだけれど、説明するのは本部を出てからにしようかと思う。
多分今言ったら梃子でも動かなくなるだろうし、街に出ちゃえばこっちのもんだろ。


「休憩はきちんと取りましょう、って言うし、俺もドレーク君も休憩中、好都合」

「あの、クザン大将、いった、い、ぅわ、わわっ」

「ホラホラ、ドレーク君。歩幅違うんだから気をつけないと駄目でしょうよ」

「クザン大将がゆっくり歩いて下さればっ、」

「いやー、それは無理だわ」


ゆっくり歩いたらドレーク君に問い詰める余裕を与えてしまう事になるので却下。
とりあえず街に出たらナンパの仕方から伝授するとしましょうか。
大丈夫ドレーク君見栄え良いし、ちょっと口は立たないかもしれないけどそういうのは俺に任せなさいよ。




















ロングロングティータイム
(…で、連れ出したと)
(うん、まぁ、そうなんだけども)
(…貴様は自分だけじゃ飽き足らず部下までだらけさせる気なんかのぅ、クザン)
(あ、うん、ごめん、ごめんって、ちょ、サカズキ、サカズキっやばいそれ流石に俺溶ける!)
(オ〜?楽しそうだねぇ〜)




















三大将の中でも一番気軽に部下を連れ出しそうなのって青雉さんなイメージ。黄猿さんは愛嬌はあるけど連れ立って出かけるのって戦桃丸だけかなと。
青雉さんから見た恐竜さんは、かなり柔らかい上にお人よしなサカズキ、だと思う(笑)




あきゅろす。
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