Happy Halloween










「ハッピーハロウィーン」


パラパラ、バラバラ。
断続的に目の前で振り撒かれる色取り取りの包装紙に包まれているのは味は違えど中身は全て飴玉なのだろう。
そういえばもうそんな時期だったかと、思い至ったのはその不健康そうな隈に似合わないセリフが投げかけられた時だった。
ハッピーという面か、ちっとも幸福そうに見えないその隈が消えてから出直してこい、そもそも来るな、とは思っても、言った所で素直に聞き入れる男でもない上に「俺に命令するな」とニヤニヤ笑うだけならばまだしも下手にヘソを曲げられては面倒な事この上ないのだから間違っても言うまい。
どうやって敵の船長室にまで押しかけて来たのかなどとは、今更問うまでもなく、机一面埋め尽くさんばかりに落とされていく飴玉達はまだまだ出てくるようだった。
一体どれだけ持って来たのか、コツン、カツン、と音をたてて床の木目に落ちて行くものが増えていく。
目を落していた文字に一つそれが落ちてきた時点で放棄せざるを得なくなった本を寝台へと放り、ドレークは溜息を吐いた。


「…トラファルガー、貴様いくつになるんだ」

「こういう行事にその質問は野暮ってもんだぜ、ドレーク屋」

「ハロウィンを楽しめるのは子供であって、海賊なんぞには縁のないものだと思うが」

「ベポが喜ぶんでな」


愛すべき船員の、白熊の名前を口にして、トラファルガーは笑った。
常日頃浮かべている悪どいというか不敵というか、とにかくそういった胡散臭いものとは程遠い朗らかな笑みは「子供のよう」と言っても差支えない。
日頃からそういう顔をしていればまだとっつきやすくなるのかもしれないが、常にこのような表情で笑う死の外科医など目にしたらユースタスあたりが鳥肌をアピールしながらも怒鳴りつけるであろう事は容易く想像できる事であったしとっつきやすさなど相手に求めてはいないので、ドレークは「あぁそうか」とおざなりな声を返事とした。


「ドレーク屋の所はやらないのか」

「ハロウィンか?」

「あぁ」

「生憎と、喜ぶ船員も居ないんでな」


海賊・赤旗の船に居る者は殆どがドレーク自身と同年代、若しくはそれよりも上である。
大の大人が揃いも揃って子供の為に用意されたイベントごとに興じる筈もない、精々食卓に南瓜料理が増える位だ。


「クリスマスは」

「その宗教に属している者は祝うようだな」

「年越しは」

「挨拶位は礼儀だろう」

「バレンタインは」

「男同士で何をしろと言うんだ」

「何ってナニだろ」

「帰れ」

「嫌だね」


途中までは本当に純粋な疑問だという風体であったトラファルガーが厭らしくにんまり笑ったものだから、ドレークはすかさず距離をとった。
その拍子にコツン、カツン、と飴玉がいくつか転がっていく。
断る声は軽やかだ。
気にした風でもなく、我が物顔で寝台に腰かけたトラファルガーが「でもまぁ」と話を続ける。


「ドレーク屋だって子供の頃はハロウィンを楽しんだろ?」

「…それなりには楽しんでいただろうが」

「いいよなぁ、子供のドレーク屋…「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうんだからね!」ってちっちゃなほっぺたを赤くさせながら言うんだろ?何で俺はご近所じゃなかったんだ、全く勿体ねぇ事したもんだぜ…!」

「…言いたい事は多々ある、多々あるがな、一つだけにしてやる。お前とご近所付き合いする事になったら俺は一生引き篭もるぞ」


訳の解らない悦に入った表情で、残念そうに頭を振るトラファルガーはドレークにしてみれば未知の生命体だ。
主に悪い意味で。
思考回路がどのようにショートしたならその発想が出てくるのか、正直言って気持ち悪い。
そもそも子供は大抵が小さい生き物だし、例えばトラファルガーが近所に住んでいたとしてもドレークは絶対にその家を訪ねて菓子を強請らない、いくら子供でも危機管理能力位はある、自ら危ない橋を渡る気はないのだ。
そんなドレークの冷たい一言すら聞こえないのか、むしろ都合よくシャットアウトしているらしいトラファルガーは変わらずドレークの幼少時代に思いを馳せている。
ジュエリー・ボニーに頼んでどうのこうのと恐ろしい言葉が聞き取れるが、敢えてそこには触れまい。
聞いたが最後「クックック…聞きたいか俺の良案を…!」などという謎のハイテンションに迎えられるのは目に見えている。
正直聞きたくない、心から聞きたくない、誰だって何より我が身が可愛いのだ。
書物を手放した事を早々に後悔してから、仕方なく目についた飴の一つを手に取った。
見た所市販のもののようだ、螺旋のように捻られた両の端を指先でくるくると解いていく。
赤い包装紙から出てきたのはこれまた赤い飴玉で、恐らくは苺味あたりだろうか。
まぁとりあえず、市販ならば何でもいい、と投げやりな事を思いながら口に放り込むとやはり甘酸っぱい苺の味が広がった。


「飴は何味が好きだ?」


突拍子のない問いかけは寝台の方から。
いつの間にか寝転がっていた男の指先が床から一つ飴玉を摘まみ上げていた。
後ほどベッドマットごと買い換えようと誓いつつ、ドレークは暫し黙考する。
何味が好きだという問いそのものに意味などないだろうが、適当に答えて面倒な事になるのは御免だ。
とはいえ飴自体、夏島では特に長持ちしないものであるから、海に出てからは口にする機会も少なくなった。


「…ハッカ以外なら何でもいい」


暫しの木工の後、ドレークは若干面倒そうに答えた。
いいや実際の所は心底面倒だった訳で、好きなものを聞かれたというのに嫌いなものをあげたあたりそれを如実に示している。
嫌いなものはすぐ出てきても、好きなものと問われると迷った末に結論を出せないのが大多数の意見ではないだろうか。


「何だ、ハッカ嫌いなのか」

「嫌いというか、苦手だな」


苦いから嫌などと子供のように言う気はないのだが、鼻に抜ける感覚があまり好きではないのだ。問いに答えながらもそんな風に考えていると、ガリッ、と横合いから何かを噛み砕く音がした。
それが何なのかなどとまでは考えるまでもなく、ドレークは呆れを交えた溜息を吐き出してトラファルガーの名を呼ぶ。


「…貴様は子供か」

「噛んだ方が美味い」


そういう問題だろうか。
癖だからなと言われた方がまだ「直せ」と言い返せたのに何事においても面倒な男である。
口の中で飴を転がしつつ、ドレークはもはや無造作に散らかされた机上の飴玉を何気なく掻き寄せた。
わざわざ持って来たのだからこれは全て貰い受けても構わないのだろう、次の島が夏島でない事を切に祈る。
溶けかけて内側に張り付いた飴はタチが悪い。


「なぁ、子供の頃何の仮装した?」

「…さっきから、聞いて楽しいものなのか、その質問は」

「俺の予想だと、幼き日の可愛い可愛い俺のドレーク屋はシーツに二つほど穴を空けて被って、おばけだぞーってやってたんじゃないかと思うんだが」

「可愛いだの俺のだのと勝手な事を言うな。それから人の幼少時代を馬鹿にするんじゃない」

「実際に可愛いと思ってるんだ」


尚悪い。しかもその内容が若干掠っているから余計に嫌だ。
別に、他のおばけの仮装がしたくなかった訳ではないが、幼少から同い年の子供達よりも少しばかり上背があったものだからシーツを被るだけで随分迫力があって、それ以上凝ったものにすると友人に泣かれると言われて仕方なくそうしただけである。
断じて自らシーツおばけに成り下がった訳ではない。


「…ふん、貴様は吸血鬼かミイラ男あたりをやっていそうだな」

「残念。俺は恐怖の外科医だ」

「…何だそれは………想像ができるような、できないような」

「血糊を白衣に染み込ませて、マスクつけてメス持ってた。お菓子をくれなきゃバラすぞって最後まで言えず菓子ばかり貰ってたな。せめて全部言わせてくれりゃぁいいもんを、大人ってやつは遊び心が足らねぇな」


いやそれは大人がどうこうというよりも道徳心の問題なのでは、と思っても言わない。
血が本物でないだけまだマシなのだろうか、やはりこいつとご近所付き合いをしないで済んで助かった、と安堵の息を吐いてから、ドレークは漸く集めきった飴玉をそのまま引き出しの中に落とした。
ぞんざいな扱いにも何も言わず、楽しげにしているトラファルガーが気色悪い。


「俺からドレーク屋へ、だ」

「…………何だ、改まって」

「ドレーク屋から俺へは?」

「………………………」


そう来たか。いや、考えてみればこの男が何の見返りも要求しない訳がなかったのだ。
己の油断を悔いながらも、棚にしまいこんだばかりの飴玉を一つ投げて寄こす。


「これは俺がやった飴だぜ」

「受け取った時点で俺のものだ」

「…………まぁ、そうとも言えるな」


やけに素直にドレークの言葉を肯定したトラファルガーの、その表情はにたりにたりと笑っている不気味なものだった。
これは、絶対に何か企んでいる。
頬が引き攣った感覚を知りながら素知らぬ振りをし棚を戻したドレークは、寝台から立ち上がる気配に溜息を押し込めた。


「仕方ねぇから譲歩してやる」

「…そうか、それは助かるな」

「そっちじゃねぇよ」


飴を手にした腕を掴まれ、押し戻される。
そちらではないと言いながら、空いた片手でドレークの首に触れたトラファルガーが次には顔を寄せてきた。


「…………おい、トラファ、」

「こっちを貰う」

「っ、い…!」


問答無用とばかりに重なった唇。
拒絶する前に首に負荷がかかりぐきりと音が鳴った。
悲鳴染みた声があがった瞬間を狙って舌が差し込まれる。
そのまま口腔を嬲るかに思われた舌先は、けれどもドレークが歯を立てる前にするりと抜けて行った。
甘みのあった苺の味が違う何かに上書きされ、眉を顰める。


「もーらい」


べろり、垂らされたトラファルガーの舌に赤い飴玉が乗っていた。
その代わりだと言うつもりなのか、ドレークの口内には違う味の飴玉が残されている。


「…っ…子供染みた嫌がらせをするな」


すぅっと鼻先を抜けて行く独特の感覚。
苦手だと告げたばかりのハッカ味。
舌に残る苺味に混ざって微妙極まりない味わいである。
口を手のひらで覆い隠し、顰めた顔のまま睨みつけてはみたがトラファルガーはどこ吹く風だ。


「トリック・アンド・トリートって言うだろ」

「……どちらもしてどうする」


ハロウィンの仮装がどうのと言っていたのだから使われる言葉など解りきっているだろうに。
万が一にも素で言っているのだとしたら相当な強欲ではないか。
何にしても飴玉をばら撒いていた最初の時点からこうするつもりだったのだろう。


「御馳走さん」

「……頼むから帰ってくれ」


悪ガキのようににんまりと笑って見せる男に、ドレークは心からの願いを口にしつつ脱力するしかなかった。



















Happy Halloween
(知ってるか?今日は死者が帰ってくる日なんだぜ)
(……それがどうした)
(ドレーク屋が殺した奴らに連れてかれねぇように、俺が見ててやるよ)
(心から有難迷惑だ、帰れ)





















スパークで出した無料配布本です
()部分以外、加筆修正はしていないです←
とにかくロドレ書きたくなって、勢いであげたもの




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