いまでも覚えていますか










世界会議の合間、何があったのか王女の頬が腫れていた時があった。
イガラムから話を聞けば他国の国王により頬を張られたらしい。
国同士の諍いなど何が火種になるか解らないというのに、それも幼い王女に対し、何たる暴虐かと。
熱くなる頭を宥めるように片割れの手が肩を叩いたが、それでも王女によくぞ耐えられましたと、平然を装う事はできないであろう自覚があったので席を辞した。


まさかその先で、その国の家臣に出会うとは、思ってもみなかったが。














世界会議は各国の主要が集まる大々的なものであり、欠席した国には会議内容を委任する事が許されていても意見をする事は儘ならない会議だ。
国王、もしくは女王が並ぶ機会となれば政府側からの警備は元より、各国の警戒認識も増す。
故に、護衛として連れられる従者や家臣も互いに面通しは済んでいるし、早々忘れるような事もなかった。
アラバスタ王国の者にと与えられた部屋からも、国主達が意見を交わす会議室からも、程良く離れた庭園に脚を踏み入れたまでは良かったが、そこで目に入った男の姿にペルは目を眇めさせる事になる。
いっそ忘れていたのなら良かった。
ドラム王国守備隊隊長、確か名はドルトンといったか。
庭園に設置された長椅子に座るその横顔はどこか遠くを見ているようであったが、今のペルにはそれを察してやる事もできない。
全くタイミングの悪い、と自身の虫の居所が悪いだけだというのに責任を転嫁しては息を吐いた。
どうやら此処には居られないらしいと踵を返そうとしたペルだが、立ち去るよりも先にドルトンの眼差しがペルへと向けられたのでそれも叶わない。
流石にかちりと合った視線を当てつけがましく逸らしてまで立ち去る幼稚さは持ち合わせていなかった。


「良ければ」


隣を差すドルトンに、その場を去る気は感じられない。
それでもペルが庭園に脚を運んだ事で此処に来たのならばと席を勧めたのだろうが、それが気遣いになりきれていない事を彼は解らないのだろうか。
天真爛漫な我らが王女は、易々と傷つけられていい少女ではないというのに。
しかしその場にペルが居たとしても、手を出す事はできなかっただろう。相手は王女と同じ、国の重大な任に就いている男なのだから、例えその手を防ぐ事ができたとしても、後に国家間の争いに発展しない保証はない。
特に、王女に手をあげたドラム王国の国主は、コブラ王ですら呆れ果てる程に利己的な男なのだから。


「……いいや、失礼する」

「可能なら、」


考えれば、思いだせば、凶暴な感情の波が益々以て手がつけられない状態になっていくようで、ペルは静かに断りを入れた。
素っ気ない無感動な声は決してドルトンに当たっている訳ではない。
常からペルにはそういった節があるのだが、それを知る由もないドルトンは若干急ぎ足で声をかけた。
遮るにも等しい言葉は、投げられるままペルの耳に届き、揺れるターバンの陰から胡乱な視線が寄こされたというのにドルトンは怯みもしないようだ。
その表情はどこか、諦めたような色を多く含み、苦笑の形を象っている。


「可能なら、話がしたい」

「……それは、私とすべき話なのだろうか」

「いや、義務ではない。他に言える相手が居ないというだけだ」


だから、可能なら、なのだろう。
結果的にいえば、ペルは、勧められた場所に腰を下ろした。
話を聞きたいと思った訳ではない、あくまでもこのまま立ち去るには後味を悪くすると考えての事だ。
けれどドルトンは、それだけで良かったらしい。苦笑はそのままだが、ありがとう、と小さく告げた声に重いものは感じられなかった。


「先立っての事だが、申し訳ない」

「……私は何もしていない」


言いかえれば、何もできなかった、というべきか。
その場に居なかった口惜しさ、居たとしても護る事は叶わなかったろうという予見からの苛立ち。
刺々しさを隠さないペルの口調に、ドルトンはまた苦笑した。
見る限りペルよりも歳は上だろう、落ち着きある佇まいは風格を感じさせる。
それに、ペルの態度は言ってしまえば慇懃無礼というやつだが、だというのに責める風でもない。
むしろ王女に対し狼藉を働いた国主を恥じているようにも見えて、何故このような男が暴君に付き従っているのかと、ペルは眦を細めさせた。
同時に、悪いのはこの男ではないのだと、先走った己の感情を恥じる。
もしもコブラがこれを知ったなら、ビビの小さな肩を抱き寄せて言葉もなく褒め称えたろう。
けれど、それだけだ。それで終わらせなければならない。彼が王であり、彼女が王女である限り、私事で不用意な事はできないのだから。
それが皇族の意思ならば、彼らに仕えるペルもそれに準ずるのみだ。


「…貴殿が謝る事は何一つとしてない」

「だが、全く関係ないとも言えん」

「ビビ様の機転で事なきを得た。それで終わりだ」


これ以上は我らの話すべき事ではない。そう打ち切ったペルは、己と同じ、祖国の守護神ならばもっと上手い言い方ができるのだろうと苦く思った。
口下手なペルにとっては他人の相談に乗る事など土台無理な話だ、その上相手は、決して好意的とは言えない間柄ではないか。
こんな所をあのジャッカルが見れば、腹を抱えて笑い出すか、もしくはこれでもかと目を丸くして悪いものでも食べたのかと疑ってかかるに違いない。
それは考えるだけでも不愉快で、自分でもらしくないと解っているだけに、表情にも容赦なく出ていたのだろう、ペルの顔を見やったドルトンが困ったように眉を上げるのが見えた。


「そう言って貰えるのはありがたいがな…私には到底、終わりとは思えんよ」

「己の君主だろう」

「あぁ。しかし、あの王女を見ると余計に、思う所がある」


それからドルトンは、国に対し心を望むのは無意味なのだろうかと、一人呟いた。
ペルの返答は、最初から求めていないのかもしれない、ただの独白のように、それは重く場を支配している。
言葉の真意は、ペルには解らない。
ただ、ああいった暴君に従う上で、しなくともいい苦労をしているのではないかとは考えられた。
国とは、王とは、民とは。
それは皇族の近くに居る者ならば誰しも考えるものではないだろうか。
考えぬまま国主に従う者も居るだろう、しかしこの場に居る二人は、考える側の人間だった。
祖国の守護神として護衛兵になったペルは、例えドルトンよりも歳若くとも、苦心するその気持ちは理解できる。


「……私の国では、王はこう仰られている」


返答が返ってくるとは思ってもいなかったのだろう、ドルトンの目が瞬きもせずにペルを捉えた。
その眼は、まるで縋るようにも見える。だが、ペルはそれを見間違いだと思う事にした。
そうでなければ、ドルトンを同情される側の人間として扱う事になってしまう。
彼は彼の意思で、国に従い、王に従っているのだから、同情など抱かれる必要などない筈なのだ。


「国とは、人なのだと」

「国とは、人」

「民なくして国はない、王家が滅びようと、民が在ればそれで良い…そう仰られる。我らのような者にしてみれば縁起でもない事だが、それでも王の想いが民に通じ、民が王を慕い、そして国を支えていく…それと、同じではないのか」


精一杯の言葉を尽くした。
国に心を望むのは、国は民であると同じ事ではないのかと。
不確かで、目には見えない。けれどもきっと、最も必要なものではないのかと。
ドルトンの苦心を晴れ渡らせるような、そんな魔法の言葉はペルとて知らない。
けれども、彼が仕える王がどれだけ暴君だろうとも、彼自身が今のまま、国に心を望むのならばいつか、あるいは。


「貴殿のような男が王であったなら、国は安泰だろうに」


それはペルにとって素直な言葉だった。
揶揄でも皮肉でもなければ、邪な意図があってのものでもない、心からの称賛であった。
だというのにドルトンは、照れるでも嬉しがるでもなく表情を曇らせる。


「私は、王などという器ではない」


そう言ったきり、ドルトンは黙ってしまった。















あれから、幾歳幾月が過ぎただろうか。
ドラム王国の王が海賊の襲撃を受けた際、国を飛び出した報せはアラバスタにも来ていたが、以降どうなったかまでは知らなかった。
濃紺の空から音もなく降り落ちてくる白を、ペルは目を細めて眺める。
前を行く王女の背は、見る者が見ればすぐに浮かれている、と解る体であるが、つい先程まで「なんて言ったらいいかしら、信じて貰えるかしら、どうしましょう」と頭を抱えていたのは家臣のみが知る所である。
隣を歩くチャカも口元を緩ませ、笑みを隠そうともしていない。
元ドラム王国、そして、現サクラ王国。
王女曰く、白い雪を桃色に染め上げる光景は、もう目にできないがきっと素晴らしかったのだろう。
一面の砂漠も壮観だが、一面の白雪もまた、言葉には尽くせない感慨を齎すのだから。


「ペル、どうしたの?」

「何がでしょう」

「何だかとっても、嬉しそうよ」


そう言う王女こそ、満面に笑みを浮かべている。
今回の訪問が外交である事を本当に解っていらっしゃるのかと、ペルはチャカと目を見合わせふっと口元を緩ませた。
嬉しそう、嬉しそうか。
成程そうであるかもしれない。
何せサクラ王国の新しい王は、あの男だというのだから。
アラバスタの危機を救った海賊一味と共に、とても世話になったのだと王女は言っていた。
なれば家臣としては、礼の一つでも言わなければなるまい。
ギシギシと雪を踏みしめる重い足音が聞こえてくる。
ビビにはまだ聞こえていないのだろう、足元の雪に気を取られて前への注意は散漫の様子だ。
今にも転んでしまいそうだな、とチャカに目配せすれば肩を竦めて返され、ペルは苦笑した。


「きゃっ!」


予想通り、というべきか。
転びかけた王女の身体を、太い腕が容易く支える。


「―――これは、遠路から御足労頂きありがとうございます。ビビ王女」


お怪我はございませんか?と。
一国の王とは思えぬ丁重さでビビを窺うドルトンは、ペルと目が合うなり、困ったように笑みを浮かべてみせた。




















いまでも覚えていますか
(王の器ではないと、嘆いた男は。)
(雪降る島で、民に慕われる王となった。)



















生真面目+生真面目=超ド級生真面目=つまり問題解決策はなかなか出ない
そんな感じで思いついたので書いてみました隼+牛!需要とか考えてないです正に俺得←
犬だともう少し軽口も叩けそうだけど、隼はまだちょっと青いので苛立ちも隠せないだろうなぁとか。
中扉連載で守護神らも世界会議ついていくんだなぁと知って、ならあの事件の時もついていってたんじゃない?なら会ってたんじゃない?という妄想の産物です。

title/確かに恋だった
拝啓、きみ5題より「いまでも覚えていますか?」




あきゅろす。
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