あなたがくれた存在証明










喧嘩したの、不機嫌そうにむくれて、そう言ったビビ様の顔を今でも覚えている。
むき出しの部分は顔でも腕でも痣だらけの傷だらけで、とても王女とは思えない有様ではあったけれども。
それは、大人が口出しできる世界ではない場所。
例えば彼女を護る身であっても、その傷が必要なものであると思うから「そうですか」と笑ってみせた。

それから幾ばくもしない内に、副リーダーになったのよ、そう言って笑ったビビの顔も、覚えている。
泣いた烏がもう笑う、とはワノ国の言葉だったか。
大人の世界ばかりが傍にある王女にとって、年相応の友人が在るのはとても良い事である。
例えば彼女と彼女の友人が危険に晒される可能性が高くなったとしても、自身が護って見せると思うから「そうですか」と笑って見せた。















「ペルって、怒ったりしないの?」


不思議そうに問いかけてきたのは、水色の髪を揺らす王女だった。
子供特有の大きな眼をくりくりと揺らめかせ、小首を傾げる仕草は愛らしいと素直に思う。
ペル、と軽やかな声が背中向こうからかけられ、御用命があったのだろうかと振り向いた途端に投げかけられたこの問いには裏などないのだろう、何せまだまだ子供であるのだから、裏など探るだけ無駄というものだ。
歩み寄って来た小さな王女の、その低い目線に合うように跪くと、嬉しそうに綻ぶ。
それで、何を、と問えば、その表情はすぐさま脹れっ面になってしまったのだけれど。
おやこれはどうした事かと目を瞠れば、暫しして王女の唇が小さく動く。


「…コーザなんて嫌い」

「どうなされたのです?先程まで仲良くしてらしたのに」

「だって、さっきペルにひどいことを言ったもの」


ひどいこと。
無邪気な子供の口から出てくると、随分と陽気なイメージを抱かせるのだから不思議である。
ビビの言う酷い事は考えるまでもなく思い浮かべる事ができる、つい先程言われた事だから、忘れる筈もない。
いつもの如くチャカに剣の指南を乞い模造刀を振り回していた少年が、休憩の合間に話していた時の事だ。


『さいきょうのせんしって言われてるけど、ペルってあんまり強そうに見えないよな』


チャカと談笑していた時に横合いから投げかけられた言葉だったので、最初は何を言われているのか解らなかったが、理解すれば納得がいった。
コーザだけでなく、自身と初めて顔を合わせた者は大抵が内心で首を傾げているものだ。
最強の戦士、といえば屈強な男を想像するだろう、しかし自身はそれなりに体躯があると言っても同じ守護神であるチャカと並べば背丈や胴回りなどの点において見劣りもする自覚がある。
必要な筋肉はついているのだが、どうにも細身なのは生まれつきであるからどうにもならないし、身につけている服も身体のラインが出にくいから余計に頼りなく見えてしまうのだ。
コーザの場合は子供だからか、疑問を素直に口に出してきたという事だろう。
問いの意味を理解するとその素直さが微笑ましくなり、そうして笑いながら「そうか」と返したのだが。
そういえばあの時王女は終始無言であったように思う。
成程あの時から、怒っていらっしゃったのかと思い当たれば己の対応が悪かったと言わざるを得ないか。


「ペルは怒っておりませんよ。それに、気分が悪いとも思っておりません。ですから、」

「何で?」


ですからコーザと仲直りを、と言おうとしたが、遮られてしまった。
人の話は最後まで聞きなさいと、イガラムさんからよくよく言われているだろうに。
しかし未だ子供なのだから致し方がないかと、少々甘やかすような事を考えながら、赤くなった目じりをそっと撫でた。


「強さには、肩書きなど必要ありませんから」


仲のいい友人と、例え自らが怒っていたのだとしても喧嘩をしてしまったのだから、いくら気の強い王女でも気にはするのだろう。
コーザと喧嘩別れして、そうして自分の所へやってくる前に少しだけ泣いたのかもしれない。
泣きそうな表情は見せても、なかなか涙を見せてはくれない少女だから、此方が先に気付かねばその涙はなかったものとされてしまう。
それだけは、彼女を護る者として、彼女を大事だと思う者として、見逃してはならない事だ。


「王国最強の戦士と言われるのはありがたい事です。嬉しくも、誇らしくもあります」

「じゃあ…」

「ですが、そう呼ばれる事に固執し過ぎてもよろしくないのです」


小さな身体を抱きあげる。
短い悲鳴は、すぐに歓喜の声に変わり、高くなった目線にはしゃぐ少女の小さな手のひらが胸に添えられた。
それをしっかりと確認してから、長い回廊を歩み出す。
もうすぐ彼女はおやつの時間であるから、テラコッタさんの所までお送りしようと思っての事だ。


「例えばビビ様は、王家の者である事に満足し、民の為に行うべき事を行わない者をどう思われますか?」

「え?んー……よくないと、思う」

「それは、何故」

「だって、皆がこまっちゃうもの」

「そうですね、困ってしまいます」


それと同じ事ですよ、と。
微笑みながら言えば、王女は丸い目をもっと丸くさせた。
それから暫し、どういう事?どういう意味?ねぇおしえて、と繰り返す。
小さな身体を宥めるように撫でてから、鼻先を擽るバターの香りに目を細めた。


「例えば最強の戦士と呼ばれる事に満足して鍛錬を怠れば、どんなに弱い敵にも負けてしまうでしょう?」

「でも、ペルはいっつもたんれんしてるじゃない」

「護る為には、どれだけ鍛錬をしても足らないのですよ。ビビ様」


国を、人を、王家を。
大事なものを、全て護れるようにと。
必要なのは、慢心ではなく。
必要なのは、喝采でもなく。
ただただ、強く在る事だけ。


「コーザも、決して私を嫌って悪口を言ったのではないでしょう。そんな事をする少年ではないと、ビビ様が一番解っていらっしゃる筈です」

「……それは、そうだけど」

「ペルを思ってくださったビビ様の御心は、嬉しく思います。ですがビビ様は、コーザの事も大好きなのでしょう?」

「ぇ……っ、す……、…う、ううん!嫌いっ」

「おや、本当に?嘘をついて本音を隠す悪い子は、砂漠からやってきたおばけに連れて行かれてしまいますよ?」

「やだ!好き!コーザの事も大好きっ!」

「それは、よろしゅうございました」


でしたら仲直りも簡単ですね、と。
下ろしながら言えば、え?と小首を傾げる王女に、笑いかける。
話している内に辿り着いた食堂の隅で、チャカと一緒に所在なげに座っているコーザが、ちらちらと此方を窺っていた。
気まずそうなその姿の後ろでは、チャカが笑いを堪えるように口元を覆い隠している。
全く何を吹き込んだのやら、いつもの威勢の良さなど影も見えない少年の姿には思わず此方も笑ってしまいそうになるが、それは流石に申し訳ない。


「ねぇ、ペル」

「はい」


おずおずと見上げてくる王女の姿に、踏ん切りをつけられないのだろうと思いその背を押そうと思えば、袖を引かれたので僅かに身を傾けた。
小さな手のひらがくいくいと袖を引く力は微弱なもので、結局それは催促としての意味しか持てず、力ずくで引き寄せるには全く足らないのだから微笑ましくなってしまっても仕方がないだろう。


「でも、私にとってペルはずーっとさいきょうのせんしよ」


小さな唇が、本当に大事なのだと伝えてくれる。
最強の戦士、そんな称号に固執する気など毛頭ないけれど。
それでも、認められるという事を嬉しいと、誇らしいと、そう思う心もまた嘘ではないので。


少女の愛らしい笑顔に、そうですか、といつもの如く笑って応えた。


















あなたがくれた存在証明
((ただ、護りたいのだと、そう願っている))




















ペルビビのようなんですが、ペル+ビビ←コーザみたいな感じで一つ。
達観し過ぎてるかなぁと思うんですが、うん、もう少し驕ってそうだなとも思うんですが、うん←
怒る事には怒るけど、怒らない事には全く怒らない、そんなペルが不思議なビビちゃんと余裕ある大人に悶々としていたコーザだったり。

title/確かに恋だった
正しくは「きみがくれた存在証明」




あきゅろす。
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