やわらかな溺愛










近頃、宮殿内の様子がおかしい。

よく懐いてくれている筈のビビは明らかに何か隠し事をしている風で、出くわせばすぐさま逃げるし。

イガラムさんに訊ねてみても、いつものように喉を慣らす為の発声をするだけで誤魔化そうとするし。

どうやら訳知り顔の給仕達に訊いた所で、こればかりはペル様に訊かれましても秘密です、と口を揃えて返されてしまうし。


一体、どうなっているのか。














何かしてしまったのだろうか。
ビビが顔を見るなり駆けだした時、ペルの脳裏を駆け巡ったのはそんな疑問だった。
それまではペルを見つけるなり走り寄って来たビビが、まるで悪漢を見つけたかのように一目散に逃げて行くのだから、精神的ダメージは計り知れない。
今この瞬間とて、ペルの精神は酷く削られていた。
まず、角の向こうから現れたビビと目が合う。
例に漏れずペルとは反対の方向へ駆け出したビビ。
しかし駆け出してすぐに転んでしまったビビ。
泣き出しそうになるのを必死で我慢しているビビ。


「…………!」


できるものなら今すぐにでも手を差し伸べたい。
大丈夫ですかと声をかけたい。
恐らくは擦り剥いたであろう膝の具合を確認したい。
あぁだから足元に注意して走って頂きたかったのに。
いいやそもそも、突然駆け出すだなんて、それだけでも危ないのに。
しかし倒れ込んだビビの小さな背中が、一切のそれを拒否しているのも理解していた。
ビビが転んだ瞬間、反射的に伸ばしかけた手はそのままで、硬直した姿は滑稽だった事だろう。
そんな、葛藤に苦しんだ気持ちが。


「お前に解るか、チャカ……!!」

「落ち着け、ペル」

「俺は充分落ち着いている、宮殿中の者が口裏を合わせ、隠し事をし、俺だけが知らされていない。鍵はビビ様。だが俺に訊ねる事などできやしない、となればお前だ。何か知っているだろうチャカいい加減に教えろ!!」

「……本音は?」

「ビビ様に俺は何かしてしまったのか!?」

「………よぉく解った」


これはまた、随分とまぁ盛大に壊れたものだ。
常から滅多に表情を動かさないペルも、愛らしい姫君には敵わないらしい。
そんな事は日頃の二人を見ていれば解る事だった。
ビビは兄のようにペルを慕っているし、ペルは妹のようにビビを可愛がっているのだから。
少し妬けてしまうな、と場違いな感想は胸に押し込む。
言った所でこのような状態では聞きはしても理解はしないだろう、今はそんな話をしているんじゃない、と怒られるのが関の山だ。


「まぁ、とにかく、落ち着け。そんな風に睨まれては話もできん」

「…そうだな、すまなかった」


ペルとてここまで詰問の姿勢を強くするつもりはなかった。
だがつい先程のビビを思い出した途端、平静ではいられなかったのだ。
それはチャカもよくよく理解している。
だからこそ、常と違って余裕のないペルの発言も然して気にしてはいなかった。


「お前は自分が何かしたと思っているようだが、心当たりでもあるのか」

「…………弾薬庫で花火を作ろうとしたビビ様を叩いてしまった」

「何カ月前の話をしているんだお前は」


というか、この隼はまだ引き摺っていたのか、とチャカは呆れてしまう。
大体その件に関してはペルがビビを乗せて飛んだ事によって解決されている筈だ。
当時の落ち込みようは、そういえば凄まじいものだった。
ビビの為を思ってといえど小さな子供に手をあげてしまうだなんて、しかも仕えるべき主に…等々、散々自己嫌悪に肩を落としたペルは、正直扱いにくい事この上なかったと記憶している。


「ビビさまが根に持つような方ではない事位、お前も知っているだろう」

「それは、確かにそうだが…他に思い当たる事など…」


言い淀むペルに、思わずチャカは言ってしまいそうになる。
思い当たる事がなくて当然だ、と。
言えばペルは首を傾げ瞠目するだろう。
そもそもペルが何事かを仕出かしてしまいビビの不興を買ったとするなら、宮殿中で口裏を合わせる必要はないし、笑って見守ってもいない筈だ。
頭の回る隼はいつもなら気づくような事を完全に見逃している。
だがチャカは、敢えて口を閉ざした。
慌てふためいているペルには悪いが、必死なのは何も彼だけではない。
一番いい所を持って行っては叱られてしまうだろう。
となれば、チャカにできる事は精々が足止めだった。


「考えても解らぬなら、お前に非はないのだろう。そうは思えないか?」

「しかし、」

「それに、今は俺と共に居るのだ。少しは俺の事も考えて貰いたいものだな」


尤もらしく言いながら、そっと腰を抱き寄せる。
二人きりの室内では何の遠慮も要らず、こういった触れ合いはもはや長く付き合っている中では常となっていた。
けれども相も変わらず、色白の頬は少し紅潮するだけで色鮮やかに赤を浮き上がらせる。
このままキスの一つでもすれば、羞恥に頭の回らなくなったペルは暫く大人しく腕の中に納まってくれるだろう。
そうあたりをつけ、顔を寄せようとしたその時。


「――――――おかしい」


ペルが、そう呟いた。
ついでに腰へ回した腕はガッチリと押さえ付けられている。
遠慮のないその力加減に、骨が軋んだのは決して気の所為ではあるまい。
甘い空気はあっという間に露散し、腕の中のペルがまた口を開いた。


「お前は俺と同様、ビビ様を可愛がっている筈。そのお前が、やけに俺の考えを否定している。という事はつまり、実際に何かしてしまったのはビビ様という事になるが…」

「…どうやら思考回路は正常になったらしいな、ペルよ」

「もしやまた弾薬庫に入られたのかっ、あれ程近づいてはいけないと…!っは、だからか、また俺に叩かれると思って隠して…!」

「……何故そうなる」


惜しい、などというものではない。
答まであと少しという所で思いきり横道へ突っ込んでいったペルを見るチャカの眼は、もはや隠しようもない呆れに満ちていた。
あぁ全く、ビビの事となると親バカと評されるコブラや心配性のイガラムの事など言えない位過保護な男である。
不意に、呆れるチャカの懐で、子電伝虫が鳴いた。
それは全ての合図。それが鳴り出すのをどれだけ待った事か。
待ち侘びたと、笑みに顔つきを緩めさせたチャカは、未だ一人ビビの隠し事について考えているペルの隙をついてその身体を抱え上げた。


「っ!いきなり何をするっ、チャカ」

「答を教えてやろうと言う人間に、その言い方はあるまい」


肩に担ぐようにしたまま部屋を出て、通路へ足を進める。
このまま行くつもりなのかという文句が背中にかかるが、歩みを止めるつもりはなかった。
清廉とした宮殿内の通路を進み入っても、人気はあまりない。
第三者に目撃される事を厭って騒いだのであろうペルにとってはそれが不思議だったようだ。
確かに時間帯から見て人が全く通らないというのも不審に思うだろうが、チャカはその理由を知っていたので足早に通路を進んでいくだけである。


「……ペル、今日が何日か覚えているか?」

「何、今日が何だって?」

「だから、今日に関して何か思い出す事はないのか」


チャカにしてみれば、これが精一杯の譲歩だった。
これ以上は答を教えるのと同義であるのだから。
いつの間にか肩の上で黙り込んでしまったペルは、チャカの問いに対して真剣に考え込んでいるようだった。
目的の部屋に着くまでには思い出せるだろうか、きっと、無理だろう。
何だかんだいって周囲に対すると聡いこの男は、自分の事に関しては一切頓着しないのだから。


「さて、時間切れだぞ。ペル」


予想通りというべきか、ペルが答に辿り着くよりも早く目的地に着いてしまった。
担いでいた身体を下ろせば、地に足を着けたペルが困惑も顕わにチャカを見上げる。
何も不安がる事などないのだが、チャカはもはやそれ以上の助言を放棄してペルの肩に手を添え、その身を反転させた。
くるりと背後を振り向かせられた先には一つの扉。
そこには王族が大きな宴を開く時に使われる大広間があるのだが、何故そんな所に連れて来られたのか解らないペルは、一度ちらりとチャカを窺った。
しかし当然、何の助言もない。
それどころか、その表情がどこか悪戯っぽく微笑んでいるのだから。
一度溜息を吐いたペルは、仕方なくその扉に手をかける。
その扉の向こうで、次の瞬間に何が行われるのか。

それを知る者は、皆楽しげに笑っている事だろう。




















やわらかな溺愛
(貴方が生まれたこの日に、ただ感謝を)





























愛鳥週間最後の日はペル誕生日話で!
本当は5月10日の初日に書くつもりだったなんてそんな事は…(目を泳がせつつ)
5月10日か16日がペルの誕生日でいいじゃないと思う。
何はともあれ、おめでとうペル!

title/確かに恋だった




あきゅろす。
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