時間よとまるな










カーニバルに行きたいの、コーザと。

我らが姫君は、反対されても行くからね、と朗らかに付け足した。

国王はもう子供ではないのだからと笑顔で了承し。

護衛隊長は一人苦い顔で駄目ですいけません一国の王女が、と慌てふためいているし。



結末がどうなるかなど、目に見えていた。














賑やかな喧騒に紛れて、二人の男女が通りを抜けて行く。
男はシャツにズボンという軽装だが、女の方はローブを歯おりターバンを巻き付けている為、背恰好から「女性」と判断できる程度にしか露出はなかった。
そんな二人を視界から外す事なく、チャカは微笑ましいとばかりに頬を緩める。


「年相応に満喫なさってるな」


幼い頃は誰にも見つからなければ何も言わず飛び出して行ったビビも、わざわざ了承をとって想い人と出かけるようになった。
それは後々コーザが責めを負わずに済むようにという配慮と、遠回しにも父であるコブラに二人の仲を伝える為だろう。
昔は守護神の片割れにべったりだった少女が、今では想い人とのデートを楽しむまでに成長したのは感慨深いものがあった。


「……なぁ、チャカ」

「どうかしたか、ペル」


不意に、横合いから己を呼ぶ声がかけられる。
何かと思い、というには些か語弊があるが、素知らぬ顔で応えた。
見下ろす先には長年肩を並べてきた相棒の姿。
しかしいつもと違うのは、ペルの服装だった。
お忍びで街に出ているビビと同じく、大きめのローブに身を包み、フードに相貌を隠している。
平均的な女性としてはやけに背が高過ぎるし、どうしたって男なのだからよくよく見れば違和感を与えるが、男の中でも体格のいいチャカと並べば頭一つ分の身長差が「女性」と錯覚させるだろう。


「…こんな恰好をする必要があったのか」

「異論があるならイガラムさんに言え」

「…何故俺なんだ。必要なら空からお守りするのに」

「俺がその役を務めるのは体格的に無理がある。それに、カーニバルの最中とはいえ空を隼が飛んでいて気付かない者も居まい」

「……お前は正論ばかり言うから嫌いだ」


軽やかな問答は、しかしペルの気に召さなかったようだった。
本当なら自分が追いかけたい所だが、と前置いたイガラムは、ビビから直々に「ついてきたら嫌いになるから」と言われてしまったらしい。
そんな事はあの王女に限ってありえないだろうが、暫く無視位はされるだろう、それが一番イガラムには一番効果的なのもまた事実だが。
そういった事があった為、護衛を兼ねた尾行役に抜擢されたのがビビの破天荒な行動にも免疫があり、対応できる守護神達だった。
だがここで問題が一つ。
その問題こそが、今回のペルの服装にも関わっている。
王女であるビビに続き、アラバスタの守護神である二人を知らぬ者もそうは居ない。
特にペルは一度死んだと思われた中で生還し、祝いの席も設けられたので余計に覚えも厚い筈だ。
そんな二人が連れ立っていれば間違いなくカーニバルに参加している民から声をかけられるに違いない。
それだけならば良いが、その所為でビビやコーザに気づかれては本末転倒だった。
そこでイガラムは、ペルに変装する事を命じた、という訳である。


「しかしな、実際声をかけられる回数も少ないんだ。少しは我慢しろ」

「お前は普段と変わらないから楽だろうが、この格好は不便なんだぞ。歩き辛いし、大体まともに、」

「これはこれはチャカ様」


話す事もできやしない、という言葉は、不意にかけられた声で咄嗟に喉奥へ押し込んだ。
声の主は、チャカが行きつけとしている砥屋の主人だった。
剣の手入れは基本的に自分でしているが、それも手が空いている時だけの話。
多忙な時期は決まって同じ店に砥ぎに出していた、主人は高齢だが、その分腕も確かだ。


「お仕事の方は、今日はお休みですか」

「あぁ、今日はカーニバルを楽しむようにと国王直々に休みを賜ったのでな」

「それは、良い事ですな」

「全くだ」


主人に対し、チャカはにこやかに答える。
視界の端に居るコーザとビビはある出店で足を止めて歓談していた。
物言いたげなペルの様子は察する事ができたが、あまり急いでいる風に見せても不審に思われるだけだ。
追跡対象が足を止めている以上、此方も留まるのに口実を得たと思えばいい。


「おや、今夜のお連れ様はペル様ではないのですね」


主人の言葉は場の空気を途端に凍りつけたが、その事に気づいたのはチャカ位のものだろう。
隣でひたすら黙り込んでいるペルが、ほんの僅かに頭を揺らした。
それは小さくも確かな会釈で、気のいい主人は頬の皺を深め笑う。
何度か受け取りの際ペルが同行した事もあるので、主人は今夜のカーニバルでもそうだと思っていたのだが、と笑いながら己の髭を撫でた。


「ペルならば部屋で読書でもしているだろう。街に下りてきては引く手数多な男だからな」

「確かにそうですな。しかしチャカ様もお声がけが多いように思われますが?」

「光栄だが、俺はこいつで手一杯だ」


そうして、二人で笑う。
ペルは何も言わないが、目の前で自分の事をこのように評されて居心地が悪そうだった。
暫く会話を楽しんでいると、どうやら物色を終えたらしいコーザとビビが歩き出す。
それに併せてペルが袖を引いたので、これ幸いとばかりにその腰を抱き寄せれば主人が目を丸くした。
反射的に声をあげかけたペルは、しかし目が合えば意図を察したのか口を噤み、ぐっと押し黙る。


「すまないが、可愛い恋人が早く二人になりたいようなのでな。また店で話そう」

「これはこれは、野暮を致しました」


朗らかに笑う主人は然して気分を害した風でもなく、チャカが踵を返すまでその場に留まっていた。
二人の後を追ってから暫し、主人からも充分に距離がとれた所で、ペルがぼそりと何事かを呟いたが聞こえないフリをして訊き返す。
聞こえていた上でとぼけているのはペルにも解っているようで、おい、と焦れた声と共に腕を掴まれた。
腰を抱き寄せたままでいるその腕を引き剥がそうと、明確な意思を持って動くその力に敢えて逆らってみる。
傍から見れば恋人同士の痴話喧嘩にでも見えたろう。


「いい加減に、離れろ。もう必要ないだろう」

「少し位いいだろう、滅多にこんな事はできんのだからな」

「……訊きたくないが、お前、面白がってないか」

「さて、何の事だか」


フードの奥で、隼の瞳がギロリと睨みつけてきた。
ふざけているつもりはないし、面白がっているつもりもない。
ただ、この状況を楽しんではいる。
チャカとペルは、声を大にして言えはしないが互いを恋仲としてからも長く付き合っていた。
だがいくら守護神と名高くとも、人格者と称えられようとも、同性という一点に於いて常識から逸脱してしまっている以上、関係を露呈させる事は許されない。
友人としてならば堂々と並んで歩けるが、恋人としてとなればそうもいかなかった。
だが今は、今だけは違う。
ペルがその姿を隠しているからこそではあれど、恋しい人かと問われれば迷いなく頷ける上に腰を抱き寄せようが白い眼で見られる事などないのだ。
この人は自分の連れなのだと、ここぞとばかりに触れてしまっても致し方があるまい。


「!…ペル、こっちへ」


とはいえ、お役目を放棄した訳でもなかった。
何を思ってか突然振り返ったビビが、訝しむコーザを連れて戻ってくる。
咄嗟に道の脇へペルと共に潜り込んだ。
まさか尾行されている事に勘付いたのだろうか。
明らかに後を尾けていますとばかりのイガラムやコブラと違い、悟られぬように細心の注意を払っていたつもりだったが、クロコダイルの陰謀を暴く為に外の世界へ飛び出して行った姫君は、考えずとも成長していた。
チャカとペルが今しがたまで佇んでいた所で足を止めると、ビビは何かを探すようにあたりを見回している。


「おい、ビっ、あーどうかしたのか」

「うん……ちょっと、見られてるような気がして…」


いつもの調子でビビの名を呼ぼうとしたコーザは、不自然ながらもどうにか堪えた。
応えるビビは少々納得がいかなさそうだが、それらしい人物が見当たらない事から気の所為かもしれないと思い直す事にしたらしい、ごめんなさいコーザ行きましょう、とその腕を引いて歩き出す。


「…っ…チャカ、狭い」

「…仕方ないだろう、まさかビビ様が気づかれるとは思わなかったんだ」

「それは解るが、もう少しどうにかできなかったのか…」


狭い路地裏ではこれでもかと密着していようが厳しいものがある。
文句を言いながら先に抜け出たペルは、ローブについた埃を手で払うと、改めて二人を眼で追い掛けていた。
自分もそうだがペルも大概仕事人間だ、とチャカは苦笑しつつ後を追う。


「道なりから見て、花火を観に行かれるのだろう」

「そのようだな」


カーニバルの大目玉はアラバスタ一の火薬師達による花火の打ち上げだ。
宮殿からならば楽に一望できるそれを、わざわざ人ごみに紛れてまで観に行こうとするのはやはりコーザへの恋心故か。
ペルも同じ事を考えたらしい、コーザは幸せ者だな、と零した声は微笑を滲ませていた。


「……」

「……」

「……なぁ、ペル」

「……何だ?」

「俺は今ある事を思いついたのだが」

「奇遇だな、俺もだ」


フードの下で、先程は苛立ちに鋭くなっていた隼の瞳が緩く細められる。
見合わせた互いの眼が笑っている事など言われるまでもなく、同時に言うかとチャカが問えば、ペルがそれではと頷いた。


「「帰るか」」


イガラムには見失ったと伝えよう、叱りを受けるのは承知の上だ。
コーザも元は反乱軍を取り仕切っていた男、そう簡単には倒れまい。
何より、活発な我らが姫君が、恋に奮闘しているのだから。

―――これ以上は、野暮と言うものである。




















時間よとまるな
(ねぇチャカ、カーニバルには行った?)
(いぇ、行っておりませんが。何かありましたか?)
(後姿がそっくりな人が居たの。でも女の人と一緒だったから遠慮したんだけど…)
(私はペルと居りましたので、他人の空似というものでしょう)
((何で心臓に悪い会話を平然とできるんだ、こいつは))




























あの体格差なら錯覚させる事はできると思う。
ただまじまじと見れば普通にばれるよね、だって男の人だもんね。
大手を振って恋人的接触ができるってのはいいよね、っていう話。

title/確かに恋だった




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