一秒でも長く、君がここに










共にこの国を守っていこう。

お前と一緒なら、俺はきっと。

きっとこの国を、大切にしてゆけるから。


そう言って、笑い合ったのは。



もうずっと、昔の事だ。













とあるオアシスが開かれた記念にと、王が宴を開いたのは珍しい事だった。
海賊によって引き起こされた反乱から幾許か月日が経過したといっても、傷ついた国が立て直すのは容易な事ではない。
そんな中で、オアシスの開拓が成功したというのは朗報だった。
宴を開く為に奔走した日々はあっという間で、正直準備をしている間の方が何の気兼ねもなかった気がする。
王族が招いた賓客は、国内のみとはいえ確かに貴族や王族に近しい者達なのだから、気を張っても仕方がないといえるが。
しかしそういった気苦労に関しては、己よりも相棒の方が大きかったかもしれない。


「少し飲まないか」


珍しくも、誘いをかけて来たのはペルの方だった。
守護神といえど生身の人間、体質的な理由で飲めないならばともかく双方そんなものはないので酒の席を設けるのは然して珍しくもない事だったが、その大半はチャカが誘いの声をかけて成立している。
構わんが、と応えながらもまじまじと見下ろすチャカの反応を見咎めて、ペルは溜息を吐きながら、そろそろ羽目を外しても構わんだろう、と言った。
確かに護衛兵である自分達は、王族は勿論の事、今夜に至っては賓客にまで気を配り警護していたのだから飲食を楽しむ訳にはいかなかったが、宴を終えたからといってもペルがこんな事を言うのは珍しい。
どうやら賓客の令嬢達に声をかけられたのがやけに嫌だったらしいとは、そのような場面を見かけたからこそ考えつく要因なのだが、口にすればペルが機嫌を損ねるだろうから言いはしなかった。
アラバスタの英雄。
奇跡の生還を遂げたペルをそう称す者は多い。
アラバスタの守護神、ファルコンは、見事にその役目を果たしたのだと。
ペルにしてみれば実際に問題を解決したのはビビとイガラム、それに麦わらの一味であり、自らは決して英雄などと呼ばれるような事はしていないと思うのだが、周りがそう思わないのだからどうしようもあるまい。
若き乙女たる貴族の令嬢達の興味が、英雄と称される男に注がれるのは無理もない話だった。
元より異性に持て囃される事を幸運なものと思えるタチでもないペルにとっては、有難迷惑な話なのだが。


「…幼い頃のビビ様よりずっと相手をするのが大変だった」


部屋に招き入れて酒を何度か飲み交わしている時に、そろそろいいかとその話題を持ち出せば、ペルは不機嫌になる事もなく、けれどその時の場面を思い起こしているのか苦い顔でそう呟いた。
だろうな、と声を返したのは本心からだ。
若い年頃の少女達は恋に恋をしている、理想と現実を決して照らし合わせようとはせず、巷で話題となっている「英雄」と少しでもお近づきになろうとその可憐な笑顔と共に近づいてくるのだから。
それは幼さとは随分とかけ離れた、作為的な好意だ。元より口下手なペルには避けきれまい。


「ダンスにも誘われていただろう、どう断ったんだ」

「大抵は警護中だと断れば聞いてくれた…あとは、ビビ様が調度いらして下さったからな。どうにか逃げ果せた」


逃げ果せたとは、また随分と大袈裟な言い回しをするものだ。
ペルにとって、恋する乙女達は何万もの敵と同じなのだろう、そう考えてみるとどうにも笑えてしまう。
浮かんだ笑みを見咎めた男は、他人事だと思って…と恨めしそうに杯を傾けた。
その身を擦り減らした月の光は時折雲に隠れながらも淡く宮殿に恵みを与える。
降り注ぐその光に、あまり焼けていない、色白の肌が揺れるのが目に毒だとさりげなく視線を逸らす。


「お前なら、もっと上手く断りを入れられるのだろうな」

「さて、どうだろうな」

「俺はいけない。どうにも真面目に受け取ってしまうから、相手を傷つけないようにと思っても言葉が出て来ない」


それがペルのいい所である筈だが、本人はそれを「いい所」だとは到底思えない様子だった。
ただ王家に仕える為だけに生きているその姿は真っ直ぐであり、だからこその守護神、だからこその英雄であるというのに、当の本人は些細な事を気にかける、同じ人間。
それを理解している人間は、チャカやコブラ、ビビにイガラム、それ以外に何人も居る筈だというのに。
恐らくは、ペルに群がる令嬢達の殆どがそれに気づいていない。
それ故にペルが思い悩むのだという事など、考えもしないのだろう。
身勝手な好意は相手を苦しめるだけで、押し付けがましい虚像が必ずしも現実と同等だとは限らないというのに。


「片っ端から受け入れるよりはずっとマシだろう」


言ってから、気軽に令嬢達の誘いを受け入れるペルというものを想像して、思わず噴き出す。
どうしたって似合わない、むしろそれこそ天変地異の前触れかとすら思えてならない。
噴き出した己の考えを見透かしたらしいペルは、同じく想像してみたのだろう、困ったような苦笑していた顔を途端に明るいものにさせた。
他人事だと思って、という言葉が今度は先程に比べてずっと軽いものになる。


「しかしだな、ペルよ。中には真剣にお前を想う者も居るかもしれんぞ?」

「面白がるな。大体、そんな事を言われても困る」

「王家に仕える守護神だからか?所帯を持ってもいい歳だと、イガラムさんにも言われているだろう」

「おい、それはお前もだろう。俺にばかり縁談を押し付けるんじゃない」


上物の酒と、ささやかなつまみ。美しい夜空に、憂いなく微笑む相棒の存在。
これ以上何を求めるというのか、そうは思えど、確かに欲し続けているものは未だに諦め切れていないのだと。
解っていながらも、自身の首を絞めるような事を口にする。
馬鹿馬鹿しい、とチャカは杯を傾けた。
空を悠々と飛び続ける隼は、決して己のものにはならないというのに。


「…少し、羨ましいとも思うんだ」

「羨ましい、とは?」

「彼女達が。素直に想いを告げる事ができる、好意を隠す事などしなくともいい…俺もそうなれたなら、良かったのにと」

「……何だ、想い人でもできたのか」

「…できた、というか。それらしい相手なら随分と昔から居るが」


どうしようもない片思いだ、とペルは苦笑してみせた。
初耳だった。
長い付き合いではあるものの、ペルの浮いた話は一度として聞いた事がない。
護衛兵として顔を合わせた時からこれまで、ペルは鍛錬に鍛錬を重ね、今や王国最強の戦士とまで言われるようになったが、その代償に一般的な幸せとは遠退いて行ったようにも見えていた。
そんなペルに、想い人が居たなどと。
相手は誰だと、問いかけようとした口をどうにか閉じて考えつく限りの名前を思い浮かべては打ち消す。
異様に仲がよろしいといえば王女であるビビが該当するが、二人の仲の良さは異性というよりも兄妹のようなそれであった。
少なくとも男女としての色めきたったものは感じられない。
それならば、と考えてみるがなかなかそれらしいものは思い浮かばなかった。


「…いつからだ?この色男め」


不自然にはならないように努めて、いつもの軽口を添えればペルは気まずそうに顔を逸らした。
そんな大した話ではない、その場を濁そうとしているのは明らかな言葉に、尚も言及しようとして、止める。
憶測であるならばいくらでもいいが、まさか本人の口から決定打を打たれてはどうにも立ち直れないだろうから。
相棒として、友人として、同志として、今後も付き合って行くと思っていた。付き合って行けると思っていた。
例えばペルが所帯を持ったとしても、妻を愛し、子を成したとしても。
それでも変わらぬ関係を保っていけるのならばそれで充分だと、確かにそう思っていた筈だったのだ。
だというのにこの体たらく。
想い人が居ると知れただけで胸中を満たす不穏な感覚を抑え切れないでいる。
意図せずして、沈黙が広がった。
自分だけならばともかく、ペルまでもが黙ってしまうとはどういう事か。
手持無沙汰に杯を揺らせば、月がそこに浮かんでいた。
揺れる水面に紛れて震える月は、まるで己の心のさざ波と同じように見えて口を重くさせる。


「…本当は、」


不意に口火を切ったペルは、しかしそこで一度口を閉じた。
同じように杯を弄ぶその指先は白く、先程喉の上下する様を見た時と同じ、衝動めいたものが胸を突く。
何故見てしまったのだろう、何故目を逸らさなかったのだろう。
深く息を吐いたペルは、手元の杯を見下ろしながら口を開いた。


「本当は、言うつもりなどなかった。例え他の誰かと婚姻を結び、子を成したとしても、変わる事無く傍に居られるならばそれで幸せだと、そう、思っていたからな」


それは、誰の話なのだろうか。
まるで己の心境を表すかのように紡がれる言葉の一つ一つが、ペル自身の事であると察するには少し時間がかかった。


「だが、あの時…死を覚悟し、空に飛び立ったあの時……告げておきたかったと、強く思った」


顔をあげたペルは、それ以上何も言わずただ空を見上げた。
空に浮かぶ月は、杯に浮かぶそれと違いただそこに在るだけなのだろう。
揺れる事無く、その光を地に降り注ぐその姿は、きっと美しいのだろう。
けれども己は、見上げる事など叶わなかった。


「お前が、好きだ」


空を見上げる隼が、せめて今宵は飛び立ってしまわぬようにと。
ただ、手を伸ばす事しかできなかった。




















一秒でも長く、君がここに
(抱き寄せた身体は、拒絶などせずただ己の腕を受け入れて)




























たまに書きたくなる初めて物語・表バージョン(違)
いつも犬が押せ押せですが、たまには隼だって頑張るんだぜ、ということで。

title/確かに恋だった




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