染まる僕、染める君










『チャカとペルは、いつから一緒に居るの?』


そう訊ねられても、明確な数字は出せない。


『いつも一緒に居て飽きないの?』


そう問われれば、苦く笑うしかなかった。


『ではビビ様は、コーザや砂砂団の子供達と居て飽きる事があるのですか?』


片割れが意地悪くそう問いかければ、幼い王女は慌てたように頭を振った。
それは懐かしい、過去の記憶。















夢を見るだなんて珍しい。
瞼を押し上げてすぐに思ったのは、そんな事だった。
もはや見慣れた天井は、しかし自身の寝室のものでも執務室のものでもない。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい、それがどれ位の時間だったのかは解らないが、この部屋にやって来た時に太陽が座していた位置から考えてそう深い眠りではない筈だ。


「何だ、起きたのか」


未だぼんやりしたままの意識に聞き慣れた声が割って入る。
声の主に目をやれば、ティーセットの揃った台車から手を離したチャカが此方へ歩み寄ってくる所だった。
給仕が立ち去った所なのだろうか。煩くしてしまったか、と笑みを浮かべるチャカに首を振って否定を示す。
多分、扉の開閉音にでも意識が揺られたのだろうが、元から意図的な睡眠ではなかったので構わなかった。


「…どれ位、眠っていた」

「半刻程。とはいえ俺が気づいた時にはもう眠っていたからな。疲れているんじゃないか?」

「いや…今日は過ごしやすい陽気だから、気が緩んでいるだけだと思う」


太陽の光こそ常と変わらないが、涼やかな風が緩く、断続的に吹き込み、カーテンを揺らす。
室内に居る事も涼を得るには最適で、それに加えて今日は珍しくも貴重な休日だった。
どうにも気が抜けていていけないとは思うが、状況を構成する要素は揃って自身を怠けさせようとする。
瞬きを繰り返していると、チャカの低い声が鼓膜を撫でた。
もう少し眠ったらどうだ、と。
あぁ、何故お前まで俺を怠けさせようとするのか。
折角の休日を寝て過ごすだけで終えるなんてあまりに勿体ないというのに。


「俺の部屋の物はもう殆ど目を通していて退屈だろう」

「…新しい本を、持って来てある」

「成程。それは準備のいい話だな」


皮肉か、イヤミか、どちらにしても意味合いは似たようなものだが声質に笑いが滲んでいるあたり、からかわれているのだろう。
退屈して眠ってしまった訳ではないが、腰掛けたソファの隅に追いやられたそれを今更読み直す気には到底なれなかった。
言葉の応酬でチャカに勝てた事など一度もない。
解ってはいるのだが、つい反論してしまうのだ。
カタリと、目の前のローテーブルにティーカップが置かれたので、礼を言いながら口をつける。
視界に入ったチャカの机には、意識を手放す前に見たそれと比べて随分と嵩の減った書類があった。


「まだかかりそうか」

「ん?あぁ、そうだな。昼には終わると思っていたんだが、もう少しかかりそうだ」


同じようにカップに口をつけていたチャカが、肩を竦めて見せながら苦笑する。
休日と決まってからすぐにチャカから誘われたものの、副官が揃って休むのはなかなか難しい話で、仕事が一段落つくまで待つ事となった。
正直、仕事に励んでいる人間の執務室で眠ってしまうだなんて、無意識だったとしても申し訳なく思う。
手のひらに収まったカップの縁を指先で意味もなくなぞっていると、此方の心境を見透かしたらしいチャカが肩を揺らして笑った。


「寝起きだと可愛げがあるのか。いい事を知ったな」

「…何とでも言え」


可愛げ云々に関しては言い返したい事が山ほどあるが、言った所で丸め込まれるのが目に見えている。
言い争いで無駄に時間を食い潰すのは本意ではなかった。
とはいえ、特に無理をして出かけたい訳でもないのだが。
もう少しだけ待っていてくれ、そう声をかけたチャカが執務机に向かうのを見送り、カップを手放す。
ソーサーに触れ、カチャリと音を立てたカップの水面が小さく揺れた。


「手持無沙汰なら何か話したらどうだ」

「お前の邪魔をしては意味がないだろう」

「幸い、お転婆な王女様のおかげで仕事をしながらでも話位はできるのでな」


お前もそうだろう、と言外に問われれば自然と表情が緩んでしまう。
砂砂団の子供達と出会う前のビビは、よくチャカやペルの執務室に来ては遊んでくれとせがんだものだ。
イガラムに知られれば怒られてしまうからと、最初の内こそ仕事が終わるまでは大人しくしていようとするビビだったが、明らかにそわそわしている王女を放っておける程お互い冷徹になれない。
結果、仕事ばかりでは肩が凝ってしまうので何かお話をして頂けますか、と遠回しにビビが口を開き易いよう促してしまうのだ。
そうするとビビはまるで花が咲いたかの如く満面の笑みを見せて、嬉しそうに話し出す。
今ではもう彼女も子供ではないし、外に友人を沢山作った為そういった機会も少なくなっていたが。


「…そういえば、懐かしい夢を見た」


つい先程まで視界に広がっていた光景。
そこには幼い頃のビビに、変わらず隣に居たチャカの二人が出てくる。
覚えのある記憶は、輪郭こそ曖昧だったがその時のやりとりは未だ鮮明に残っていた。


「覚えているか。ビビ様が砂砂団の子供達と遊ぶようになって暫く経ってから、仰られた事を」

「秘密基地の場所は時計台だが秘密にするように、というやつか」

「惜しいな。それよりも少し前だ」

「……あぁ、いつから一緒に居るのか、だな?」


パラパラと紙を捲り、何事かを記しながら、チャカは得心がいったというように声を漏らす。
いつから一緒に居るの、という問いに明確な答は返せなかった。
遡れば入隊したその日から顔を合わせてはいたが、行動を共にするようになったのはいつからか。
いつの間にか傍に居る事が当たり前になっていた。
ビビとコーザが幼い頃そうであったように、自分とて最初からチャカと仲が良かった訳ではなく、むしろ出会って暫くは敬遠しがちだったのではないだろうか。
――――いいや、むしろ。


「初めて会った時は随分と根暗な奴だと思った」

「俺はお前が嫌いだった」

「そうだな」


そうむしろ、自分はこの男を嫌っていた。
不躾な言葉にもチャカは気分を害さなかったらしい、それどころか楽しげに笑ってすらいる。
そうだな、と同意を返して来るのは若い時分に言った事があるからだ。
それでも今では共に居る事が常となっているのだから、よく解らないものである。


「…いつも一緒に居て飽きないか、という質問は結局はぐらかしたままだな」


聞くまでもない、とは言い切れなかった。
少なくとも自分は飽いた事などない。
だがチャカはどうだろう、もう何年もの間同じ顔を見て、飽きないものだろうか。
チャカは自分と違い社交的な面があるので話題にも事欠かないが、自分はそうもいかない。
幼い頃ビビが懐いてくれた事だって半ば奇跡のようなもので、愛想を振りまく事もできず口下手な自分は本来なら女子供からの好感は得難い人間だと解っているのだ。


「何だ、飽きたのか?」

「いや、それはない」


即答だったのはそれが本心からの言葉だからであって、図星を突かれた訳ではなかった。
だというのにチャカはぴたりと手を止めてまで此方を凝視してくる。
疑われるのは心外だ。
思わず顔を顰めて名を呼べば、今度は何故か笑い混じりに「そうか」と返って来た。
何が面白いのか、生憎と自分には全く解らないがまぁ悪く受け取られていないのならばそれでよしとしておく。


「不思議なものだな。何年も共に過ごしているのに、飽きが来ないというのも」

「俺はむしろ感心するが」

「感心?何に」

「話題を尽きさせないお前の社交性に、だ」


素直に答えれば、チャカにとっては予想外の回答だったらしい。
ほぉ、と意外そうな声をあげたチャカは書面に目を向けながら楽しげに笑っていた。
向き不向きを理解しているだけであって、別段チャカを喜ばせるつもりはないし己を卑下している訳でもないが、加えて言うなら話しながらでも着実に書類を処理しているのも器用だと思う。
自分の場合は、どうしても相手を退屈にさせぬよう気を配るのに精一杯で手が遅くなってしまうだろうから。


「飽きない理由は俺の話術か、光栄な事だな」


そういう事になるのだろうか。
それが全てではないにしても要素の一つではあるだろうから否定はしなかった。
だが、とチャカが先述した言葉を否定するように続ける。


「一番の理由は、相手がお前だからだと思うぞ」

「――――――」


穏やかな声がそんな事を言うので、思わず目をやればチャカは相変わらず書面を見て…はいなかった。
その顔に浮かぶのは、明らかに胡散臭い笑み。
此方の反応を楽しもうとしている、そうと解っているのにジワジワとせり上がってくる熱は留まる事を知らず顔中を侵食していく。


「っ…馬鹿な事を言っていないで早く終わらせろ」

「あぁ、調度終わった所だ」


苦し紛れの切り返しは、呆気なく往なされてしまった。
あぁ全く、これだから敵わない。



















染まる僕、染める君
(何処か行きたい所はあるか?)
(…何だ、誘っておいて行く宛てはないのか)
(仕方があるまい、お前と一緒なら何処へでモガっ)
(暫くお前は何も喋るな……!)




























長い付き合いでも飽きないよ、それだけ相手が大事だからね、みたいな。
そんな事を…言いたかった……筈、なんだ……(遠い目)

title/確かに恋だった




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