全てを、預けるから










もしもの話、だなんてものは無意味でしかない。
けれども時には、そんな無意味なものを考えてみる。












「もしも俺が居なくなったらどうする?」


安っぽい娼館の女じゃあるまいし、そんな事を思い付くまま口にすれば、覆い被さっていたスモーカーは眉を顰めた。
それから暫しの黙考…いや、考えているのかどうかは疑わしいが、それでもダンマリが続けばドレークとて気まずさを覚える。
ベッドの上でするには全くもって甘やかさの欠片もない質問は、やはり場違いだったらしい。
察するにも遅く、かといって口に出してしまった言葉は空気にこそ溶け込んでしまうものの、耳にした相手の思考からすぐさま消え去りなどしてくれないのだ。
問いを口に出した途端止まっていたスモーカーの手が再度釦にかかった所で、ドレークは細く息を吐き出した。
思えば行為に至る寸前にこのような問答を仕掛けるなど、やはり安っぽい女のようだと。
考えて、ドレークは少しずつ身体から力を抜いていく。


「殴る」

「は、」

「てめぇの事だから何も言わねぇで居なくなるんだろうが。探し出して一発ブン殴る」

「……」


鎖骨を撫ぜる手のひらとは裏腹に、不穏な発言が鼓膜を震わせる。
それは如何なものだろう。
想像は幾つもしてきたが、こういった回答は…想像できなかったといえば嘘になる。
短絡的に見えて実は一本芯の通った考えを持っているスモーカーだから、訳を聞くと言ってくれるかもしれないだなんて、どんな甘えだろうか。
何も言わずとも理解できる、なんて理想論は現実に通用しない。
二つが一つになる事などありえない、ありえよう筈がない。
だというのに願うのか、縋るのか、理解して欲しいと、そう。
どれだけ共に居ようと、どれだけ時を過ごそうと、決して混じり合う事など叶わない個と個だというのに。
けれども確かにスモーカーの方が自分を理解している、ドレークはそう思い、苦い笑みを唇に乗せた。
恐らく、どのような理由であっても自分はスモーカーにその訳を話そうとはしないのだろう。
それは一つの意地であり、一つの誇りであり、一つの強がりだった。
誰かに心中を吐露する事は、弱味を晒す事だ。
それは如何なスモーカーといえど、許されない事であるとドレークは思っている。
それは一つの矜持であり、一つの境界線であり、一つの限界だった。


「…で、てめぇはなんて言って欲しかったんだよ」

「え」

「何か言って欲しいんだろ。俺に」


そう、なのだろうか。
落とされた言葉に僅か瞠目していると、その間にスモーカーの手は鎖骨から思い出したように上へと向かい頬を包む。
見かけによらず手つきばかりは優しくて、初めて抱き合った日はついつい笑ってしまったその触れ方に、今はすっかり安堵しているだなんて、思っていても言わないが。
何か言って欲しいのだろうか。
考えながら、いいや、別に、と頭の中で否定する。
自分はそんなに頼りなく見えるのだろうか、スモーカーに何か言って貰わなければならない程に脆く、見えるのだろうか。それならば心外だとは思いながら、それでも憤怒が湧かない事ばかりが不思議でならなかった。ならば何か、言葉を求めているのだろうか。そうだとするならば何と言って欲しいのだろう。
自分でも解らないのに、スモーカーに問われた所で答が見つかる訳もない。ドレークは困惑に瞳を揺らすも、それすら見透かしたようにスモーカーの指が目尻を撫でる。


「俺の事は気にすんな。てめぇは何でも背負い込む奴だが俺は俺で好き勝手やってる。俺の事にまで気を回す事ぁねぇんだよ、ドレーク…そう物分かりよくして貰いてぇのか」

「……そういう、んじゃ…ない」

「なら何だ。何が気がかりで、何がお前を煩わせてる」


言えよ。そう言いながらも、唇はスモーカーに塞がれた。
元から無理強いして言わせるつもりなどなかったのだろうが、それにしたって矛盾している。
しかし例え無理強いしたとしても、ドレークが言わない事などとうに知っているのだ、スモーカーは。
重なった唇はカサついていて、時折痛みすら伴う。
女ではないから手入れをしろと煩く言うつもりもないが、眉を顰めるのはもはや無意識の反射というやつなので我慢して貰うしかなかった。
腕を伸ばして太い首に絡める。
女性特有の柔らかな感触はそこになく、男独特の筋肉質な感触が、今ではこの腕に一番よく馴染んでいた。
意識にも身体にもすっかり染み付いて抜け出せないスモーカーという男の痕跡を、見つける度にドレークは複雑な想いになる。
執着は、依存だ。依存は、けれど信頼関係ではない。
寄り掛かりたい訳じゃない。寄り掛かれと言う気もない。
それはお互いに思っている事である筈なのに、ドレークはいつの間にか自分がスモーカーに依存している気がしてならなかった。


「っん……殴った、後は」


絡め合わせた舌先を繋ぐ銀の糸を自ら切り離し、ドレークは呼吸の合間囁くように呟く。
スモーカーはそれを受けて、困った奴だとばかりに顔を顰めてみせた。
もう黙ってろと、そう言われればドレークも黙っただろう。抵抗してまで続けたい話ではない、続けた所で良い事がある話ではないのだ。
別離は、どのような形であっても生きた人間である以上はあるのだろう。形だけにしても、心だけにしても、何時何時までも共に在る事など無理だ。
けれどもだからこそ、重なったその時を大事にしたいのだと。共に在る事のできなくなった時を脳裏に思い浮かべながらも、浅はかに願う。
灰がかった髪をくしゃりと掻き撫ぜると、スモーカーはまた微妙な顔をした。


「殴られてぇのかよ」

「…お前の意見を聞いてるだけで、殴られたいとは言ってないぞ」


返答につい噴き出しそうになって、状況を省みてからどうにか堪える。
変な所に目をつける男だと、思いながらそれでこそとも思うのだ。
髪を弄る手が嫌なのか、胡乱な眼で見下ろされたままその手を捕まえられる。
自分よりも僅かに大きな体格にお似合いの、男らしいゴツゴツとした手は、しかし優しくドレークの手を捕らえた。
少しはその気性が顔にも現れれば良いのに、そうすればもう少し、人当たりよく見えるかもしれないのに。
難儀な奴だと、思ってからしかし人当たりのいいスモーカーなど気色悪いと思い直した。
にっこりと微笑み、上官には礼儀正しく、部下への労いも忘れないスモーカー…あぁ大変だ、うっかり鳥肌が立ってしまいそうじゃないか。
恐らくはスモーカー自身も、人当たりのいい自分などというものを想像すれば鳥肌を立てて怒鳴るのだろう。


「…そうだな、殴った後か」

「殴ってさよならか?やり逃げなんて最低な男だな」

「てめぇ、わざと人聞きの悪い言い方すんじゃねぇ」

「お前が早く続きを言わないからだろ、スモーカー」

「………てめぇは殴ったら殴り返して来るだろ絶対」

「まさか泣き寝入りして欲しいのか?俺に?お前が?」

「んな訳ねぇだろうが、女々しいお前なんざ気色悪いぞ」


互いの身体を密着させている状況下でするには、随分と色気のないやりとりだった。
苦々しく呻るスモーカーを笑ってやれば、至極嫌そうに舌を打つ。
捕らえられた手はそのままにシーツへ縫い止められているから、スモーカーの返答を待つ間に何もできないのがやけに暇だったが、硬直したように表情を変えないスモーカーを眺めているのはある意味楽しかった。
しかしどれ程待とうともスモーカーから次の言葉が出ないものだから、特に答を求めていた訳でもなかったドレークは僅かな謝罪の意味を込めて男の名を口にする。


「スモーカー。俺からの提案なんだが」

「あぁ?」

「殴った後だ、後」


自由な片手を伸ばす。
また髪を弄る気かと、スモーカーの表情が歪んだのは見えたが素知らぬフリをして太い首を引き寄せた。
重心の変更も、それが急な事では上手くいかなかったのだろう。些か慌てたような声が一つ、スモーカーからあがったがそれも尚無視をする。
鼻先まで触れた所で、ドレークは僅か顔を斜めに傾げ、カサついて痛い唇に自ら口づけた。
薄いグレーの瞳の中、微笑む自身が映り込んでいる事に、ドレークは心から安堵した。
あぁ、まだ共に在れるのだと。


「キスを、してくれ」


きっとお前の渾身の力では、殴られれば口の端を切るだろう。
お前のカサついた唇と相俟って、その口づけはきっと痛いのだろう。
けれど、だからこそ、お前から優しくキスをして欲しい。

そうしたら俺は、きっと、今度こそ、お前に。



















全てを、預けるから
(いつか、へ馳せるこの想いはやがて現実に、)





























海軍抜ける云々ではなく、恐竜少将は賢いが故に色々考えてそう。
煙が何も考えてない訳じゃないけれど、恐竜少将はその辺開き直ったりできないだろうなと思って書いてみた…ら、面倒な後ろ向き思考になってしまいました(汗)




あきゅろす。
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