王女の証言










それはまるで、儀式のように秘密めいていて。

そして、神聖だった。




生まれた時の事を覚えている人間が何人居るだろう。
覚えていたかった、などと無謀な欲求に唇を内心尖らせたのは何も今回だけではなかった。
生まれ落ちたその時、亡き母がそれは嬉しそうに微笑んだ事も。
父が大泣きしながらも歓喜していた事も。
それは人伝に聞いた、記憶というのもおこがましいもの。
そしてその時には、既にこの国の守護神は二対存在していたのだと。
物ごころついた時には寄り添うようにして傍に居てくれた二対の守護神が、子供心にも大切だった事を覚えている。
兄というものが居たらきっとこんな感じだったのだろうと、そう思う通りに彼らは昔から「優しいお兄さん」だった。
母の不在は確かに寂しかったし、多忙な父にもなかなか傍に居て欲しいとは言えなかったけれど、彼らはそっと傍に居てくれた。
淡い初恋は、その片割れだったように思う。
強く、優しく、そして惜しみなく与えられる愛情に、そうと勘違いして胸をときめかせていた幼い頃は、二対の守護神があまりにも仲が良いと癇癪を起したりもした。
けれど在る時、歳の近い少年が現れて、そして親睦を深めた後に去って行ったその時に、それが淡くも儚い初恋であったのだと、その時点で過去のものとなった想いに気づいたのかもしれない。

駄々をこねては甘えていた、そんな子供の頃からは随分と時間が経過した今でも、それは美しい思い出のまま、誰にも言わずに胸の奥へしまってあるのだが。















本日のアラバスタの天気は快晴。
昨日は夜になって雨が降った。
頻繁に降るでもない雨は、その恩恵を気紛れに与えてくれる。
雫の残る緑葉が、重みに耐えかねて小さく揺れた。
陽光に輝く水の軌跡を眺めながら、道を進んでいくと守護神が二人、談笑している所に遭遇する。
調練を終えた所なのだろう、僅かに服が着崩れていて、首筋のあたりをタオルで拭っていた。
彼ら二人には特有の空気がある。それに気づいたのはいつだったか。
ずっと昔かもしれないし、最近かもしれない。
ペルと二人きりだと、チャカは態度を崩して意地悪を言う事や、チャカと二人きりだと、ペルが少し怒りっぽくなる事。
それは自分の知らない二人。これも人伝の記憶、と言うべきなのだろうか。
チャカは優しいのね、と言えばペルは微妙な顔をするし。
ペルが怒りっぽいだなんて信じられないわ、と言えばチャカは楽しげに笑う。
戦友、親友、相棒、同志。
二人を形容するに相応しい言葉は、どれも合っているようでいて、違うようにも思えた。
何故なら二人がお互いを見る目には、自身の恋人が向けてくれるそれと同じような感情が揺らめいている時があるから。
見ていないようで見ているのよ、と誰に言うでもなく内心で得意げになる。
父はともかく、時折二人に縁談を持ってくるイガラムは、気づいていないのだろう、考えてもいないのかもしれない。
あんなに互いを大事にしているのに、どうして気づかないのか、ちょっと疑問だ。


「チャカ、ペル」


お邪魔をする気はながったのだが、立ち呆けるのも元来た道を戻るのも何か違う気がして、声をかける。
すると二人は、嫌な顔一つせず、にこやかに私を迎えてくれた。
これも昔からの事で、私は申し訳ない気持ちよりも嬉しさの方が勝ってしまう。
ビビ様、と応えながらもさりげなく服装を整えた二人は、私にとって馴染みある空気を作り出してくれた。


「おはようございます」

「今朝はとてもよい朝で」

「えぇ、おはよう。二人とも、昨日は雨が降って退屈だったでしょう」


ふふ、と悪戯に笑う。
大抵の男の人は家にこもっているよりも動く事を好むし、何より二人はこの国の守護神、鍛錬を厭わぬ彼らにとって雨は調練を妨げるものだ。
意地の悪い言葉にも、二人は困った素振りもなく、片や頷き、片やゆるりと首を振った。


「えぇ、やはり部屋にこもっているのは気が滅入りますな」

「私は雨も好きですよ。砂地に吸い込まれて行く様を見るのも時には楽しいものですから」

「あら、意見が分かれちゃったわね」


顔を見合わせた二人は、次には笑い合っていた。
意見が合わない事に関しては二人とも特に気にしていないようだ。
丁寧な口調と穏やかな物腰は宮廷に仕える者として当然の礼として扱われているが、同じようでいて決して似たタイプではない二人は、もしかしたら意見の不一致なんていつもの事なのかもしれない。
そんな些細な事でも二人の仲を見せつけられた気がするのは、決して気のせいではない筈だ。
どれだけの月日を共に過ごせば、自分も同じようになれるだろう。
新たなオアシスを再興させようと日々励む幼馴染と、どうしたらこんな風になれるのだろう。
いつかは辿り着きたい関係だが、けれどそれにはまだ遠い気がしてならない。
チャカとペルの関係が、異性間の恋愛と同じようなものだと知ったのは数年前だろうか。
アラバスタに不穏な陰が忍び寄るよりも少し前、今でもそうだがお転婆だった私は時折宮殿を抜け出しては街に住む友人の所へ遊びに行っていた。
その例に漏れず、あの日も私は、友人の家へ行こうと夕焼けが沈むよりも少し前に、宮殿を抜け出そうとしていて――――――










子供の知恵は幼稚だった。
誰にも言わずに出て行けば、誰にも知られないとタカを括り、足音を潜めるだなんて発想もなくて無防備に廊下を闊歩していた。
夕焼けが宮殿内を照らしつける様はとても綺麗で、朝とは違った美しさに心を弾ませながら角を曲がってすぐにぴたりと足を止めて。
間違えようもないシルエットにぎくりとした。
それは二人の守護神で、見つかれば引き留められるか連れ戻されるか、それとも父かイガラムに報告されてしまうだろう。
見つかったら遊びには行けない、そんな単純な公式なら子供にも理解できる。
気づかれないように角を戻ろうとして、二人の様子がいつもと違う事に気づいた。
宮殿の廊下には一定の間隔を空けて支柱が据えられている。
その支柱に凭れるようにして、ペルが佇んでいた。
けれど見ようによっては、隠れるように、という方が正しかったのかもしれない。
ただ当時子供だった私には、ペルの体調が優れないのだろうかと見当違いな考えに至ったのだけれど。
肩に羽織ったマントが風に小さく揺れると、その肩をチャカの腕が抱き寄せて、次には顔を寄せて。


(―――――え)


子供でも、それが何かは知っている。
自分だって何度もした事がある、けれどそれは、感謝の意思を表す時が主で、そもそも片手で数えられる程度の年齢ならともかく二桁の歳に達した中途半端な年頃となるとそれすらも久しいものだった。
だから二人のそれが、感謝の意思を表現しているものではない事なんてすぐに理解できたのだ。
慌てて角を戻り、それでも気になってそっと片側の視界だけを覗かせる。
何だかとてもいけない事をしているようだ、と思ったのは覗き見だなんて行為をした事がなかったから。
チャカの唇は一度ペルのそれに触れて、それから今度はターバンのやや下あたりに移動する。
額へ落とされるキスは父が自分にするようなものと同じで、チャカがどれだけペルを大事に扱っているのかがすぐに解った。
ペルはそれに少しだけ困ったように笑う。
自分も父にそうされた時は照れくさくてしょうがないから、多分ペルも照れくさいんだろうと思った。
チャカの肩にかかったマントが風に揺れて、一回り小さなペルのそれよりも大きく靡く。
それはまるで、ペルを覆い隠すように、護るように、当時の自分には見えた。
ペルの頬を撫でるチャカの手が。
その手を受け入れるペルの表情が。
見た事もない二人の、二人だけの、空気が。

――――――綺麗だと、心からそう思った。










不思議と嫌悪はなかった、私は二人が大好きで、大好きな二人が幸せならば素直に嬉しいと思う。
ただ少し、ほんの少し、寂しいような気もするけれど。
だってこの二人ときたら、これだけあからさまに仲睦まじいのに未だに関係を露呈させてくれないのだ。
当人達から言い出してくれないと祝福もできやしない。
此方から言ってもいいのだが、チャカはともかくペルは卒倒してしまうだろう、なんとなく想像がつくからまだその行動には出ていないのだけれど。
二人には二人だけの空気があって、関係があって。
第三者にそれを教えるのは、確かに勿体ないかもしれないなぁと自分でも同意してしまうものだから。
けれどいつかは、教えてくれるような気がしている。


「ねぇ、二人とも。良かったら朝食を一緒にどうかしら」


だから今は、二人がそう扱ってくれるように何も知らない王女のままで居てあげてもいい。
食堂を使うのは兵士や給仕で、王族には個別に食事が運ばれるものだけれど、たまにはいいじゃないと笑えば二人が許してくれるのも昔からの事だった。
アイコンタクトを交わし合う二人は、声なき会話を済ませたようで、次には王女の我儘に苦笑して見せる。
だから、そういうの見せつけられてる気がするんだけど、どうなのかしらそこの所。


「ビビ様の誘いを断るような男はこの国の何処にも居ませんよ」

「それどころか、我こそはと挙って押し寄せてくる程では?」

「あら、それじゃあコーザに護って貰わないと。でもきっと今からじゃユバは遠くて間に合わないわね」


それまで、護ってくださる?
そう軽口を叩けば、二人の守護神が勿論ですと笑って手を差し伸べてくれた。


















王女の証言
((とりあえず、私が王位に就いたらまずは同性婚を可能にしないとね))



























ビビちゃんは腐女子じゃないです(のっけから言い訳である)
ただ単純に大好きな二人がずっと仲良く幸せに居てくれたらいいと思ってるだけです。
まぁ宮殿内の人目につく所で二人していちゃついてるって事もないとは思うんですが、流石にビビちゃんに朝チュンを目撃させるのは忍びなk(もう黙れよ)
コーザにぽろっと言ったりすればいいと思うんだ←




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