もうずっときみに恋してる










雨雲などには縁のない、遠く広がる青い空。
軒下に居ても暑さを覚えるのはこの国独特の空気故に。

果てない空を、一羽の鳥が羽ばたいて行く。
あぁ、今日も平和だな、と笑っていれば。


「リーダーなんて大っっっっ嫌い!!!!」


今日も今日とて、我らが姫君の声が響き渡った。














言ってみれば、不器用な恋心、それに尽きる。
一部始終を見ていたチャカは、笑み混じりに肩を竦めると隣に並ぶペルに目を向けた。
同じように思ったのか、それとも慣れてしまったのか、無言のままに頷いたペルは泣き出しそうな顔で走って行く王女の後を追い歩き出す。
残された少年は、同じ砂砂団の子供達に批難の声をかけられながら言い返しもせずに黙って拳を握って俯いていた。


「コーザ」


少年の名を呼ぶ。
チャカの呼びかけに恐らく「怒られる」と思った子供達は肩をびくつかせたが、当のコーザは苦々しい顔をするものの怯えた様子はなかった。
それどころか「お前達は秘密基地に行ってろ」と仲間を促すのだから、やはり自分でも解っているのだ。
賢い少年だ。仲間想いで、そして勇敢だとも知っている。
ただ、その勇気がどうにも好意を抱く相手には適用されないのが難点なのだ。
心配そうにしながらも渋々その場から離れて行く仲間達を見送ってから、コーザは歩み寄って来た。


「私が言わなくとも、解っているな?」

「…悪いとは思ってるよ。けど、あんなのつけてたら外で遊べないだろ」

「ははっ、大嫌いと言われてもそこまで言えるお前はある意味凄いよ、コーザ」


まぁ座れ、と。
己が腰掛けていた木箱の隣を叩いた。コーザは素直にちょこんと腰かける。
発端は、国王が亡き王妃の遺品を幼い姫君に与えた事だったか。
大きめのサファイヤを中央に、サイドから公平に真珠を通したネックレス。
未だ子供のビビには少々早い気もするが、それでもビビが生まれて間もなくして王妃が亡くなられた事を考えれば、母親の思い出が手元にあるのとないのとでは大きな差があるだろう。
事実、ネックレスを貰った時のビビといったら満面の笑みで小躍りしそうな様相だった。
砂砂団の子供達から遊びの誘いがかかってきた時も、ビビの首にはネックレスが踊っていて、それを見た子供達は一様にして騒いだ。
綺麗だ、可愛い、やっぱり王女なんだなぁ、と。
けれどコーザだけは、違った。


『何だそんなのつけて、変だ』


コーザがそう言った瞬間、場に静寂が満ち溢れ、ビビの目には悲しみが揺らいだ。
…とまぁ、これが事の全容であるのだが。
外で遊べないという理由も信じられるものの、一番の理由は着飾った彼女を他の男に見られたくないという単純な嫉妬心ではないかとチャカは思っている。
それか、素直に綺麗だと言えない自分自身への苛立ち。
どちらにしても可愛らしいものだ。幼いながらにも立派に恋の難問に躓いているらしい。
最初の内こそ何事かと慌てて駆けつけていたイガラムも、今では呆れたような微笑ましいような、そんな顔をして溜息を吐くだけだ。


「コーザ、ビビ様が好きか」

「っぶ!な、ななななんでっ、じゃなくて、別に俺はっ」

「責めてはいないさ。愛する事を知るのに、立場や年齢は関係ないものだと思うぞ。ただ、」

「ただ…?」

「間違ってもいじめてばかりで、気が引けるとは思わない事だ。素直になった方が、ずっといい結果が出る」


経験者の言葉だぞ、と冗談めかして笑ってやれば、コーザは途端に目を見開いた。
その目には「チャカもそんな事をしていたのか」という言葉がありありと浮かんでいて、自ら言った事だというのにどうにも気恥ずかしくなってしまう。
思い返せば青臭い恋愛だなんてのは「あれ」が最初で最後だった。


「若かった頃の話だがな」

「そいつとはどうなったんだ?」

「ん?まぁ……」

「リーダー!」


さてどう答えたものかと悩んでいた所へ、見計らったようなタイミングでビビが帰って来た。
ネックレスは、その首にかけられていない。
その後につく形でやって来たペルは、目が合うなり微笑ましそうに目を細めて見せた。
恐らくあちらはもう収拾がついたのだろう。


「ビビ、あ…俺……さっきは」

「さっきはごめんね!」

「え…」

「ママのネックレスは部屋に置いてきたから、これで一緒に遊べるわよねっ」


おやおや、どうやら王女様に先を越されてしまったようだ。
盛大な仲直りに、けれどコーザは困ったような顔をした。
恐らく自分はまだ謝っていないのにだとか、ビビが謝る必要はないのにだとか、色々考えているに違いない。
しどろもどろとはこの少年に相応しくない表現となるが、けれど事実として視線を泳がせたコーザと目が合ったチャカは、先程の言葉を思い出すようにと微笑みかけた。
素直になった方が、ずっといい結果が出る。
それは嘘ではない、何事も素直だけでは進まない時もあるが、けれど幼い時分は素直で在る事が一番の近道であるのだから。
期待と不安を綯い交ぜにしたような目で窺うビビに、コーザは暫くして意を決したように深呼吸した。
その動作は幼く、けれど覚悟を決めた男のようでいて頼もしい。


「……あいつ等は先に秘密基地に行ってるから」

「うん!」

「それと………………さっきの、悪かった。変じゃないよ、でも、なくしたりしたら…嫌だろ、お前」

「え……」

「だから、その……綺麗だったとは、おも」

「リーダー!」


だから、その、とぎこちないながらもどうにか素直に言葉を綴ろうとしているコーザは、しかしそれ以上何も言えなかった。
というのも、ビビが突然勢いよくコーザに体当たりしたからだ。
いいや体当たりというか、ビビとしては抱擁のつもりだったのだろう。
ただ全く予知していなかった行動にコーザが踏ん張れなかった、それ故に二人して地面と仲良くする事になる。
それでもビビの身体を守るように抱く細い腕は、幼いながらも立派なものだった。


「な、んだよ馬鹿、いきなり飛びつくなっ」

「だって、嬉しいんだもの!」

「っ…あぁそうかよ。ったく、ほら、早く行くぞ」

「うん!チャカ、ペル、行ってきます!」


子供はまるで砂嵐のようだ。
突然やって来たと思ったら、唐突に踵を返して通り過ぎて行く。
手を挙げてそれに応えると、先程までコーザが座っていた木箱にペルが腰を下ろした。
響くのは鳥の鳴き声と、王女の楽しげな笑い声。
子供達の恋模様がどうなるかは知れないが、それでも争いもなく、近頃では飢餓の心配もないからか平和そのものの日々が繰り返されている。
いつまでもこんな日々が続けばいい、そう願うのはこの国の守護者だからか、それとも。


「―――知らなかったな」


思慮に想いを馳せていると、ペルが不意に口を開いた。
何がだ、と窺えば、悪戯っぽく唇を緩めた横顔が空を見ている。
鳥の能力を有しているからか、ペルはこうして空を眺める事が多い。
飛べない身の上としては感覚的なものまで共有できる訳もなく、近くに居る自分よりも空へ気をやっている姿は正直に言えば複雑な気持ちにさせられるものだった。


「若い頃は、好きな子をいじめるタイプだったのか?」

「……どこから聞いていたんだ」

「聞こえたんだ。間違ってもいじめてばかりで、というあたりからな」


あぁ、それならばコーザの恋心はまだビビには伝わっていないのかと、一つ息を吐く。
それがコーザにとっていい事なのか悪い事なのかまでは解らない。
それで?どうなんだ、と窺ってくる横顔が、僅かに面白がっているように見えたのは決して気の所為ではないのだろう。
面白がっている、確実に。
少しは嫉妬でもしてくれればいいだろうに、そんな青臭い頃は昔になら覚えがあるものの近頃では随分と縁遠くなってしまっていた。
昔は宴に招かれた踊り子と話をしているだけでも内心で不安そうにしていたクセに、とは思っても言うまい。
今ではすっかり図太くなって、話をするだけでは気にもしてくれないどころか好みの踊り子は誰かとまで訊いてくる位なのだから。
これはどう答えても笑われてしまうのだろうな、と諦めて素直に白状する事にした。


「あぁ、最初は単に気に入らないだけかと思っていたんだがよくよく考えたら初めて会った時から気になっていたんだな」

「それはまた、古典的だな」

「更に古典的な事に、自覚もしない内から衝動的に手を出そうとして痛い目を見た。まぁその時に二度と近寄るなとまで言われて初めて自覚した訳だが」

「好きだも何もない状態でキスされたら嫌がらせだと思うだろう、普通」

「仕方ない、したくなったんだ」

「そうか」

「……ははっ」

「……ふっ」


暫しの沈黙の後に、二人して示し合わせたようなタイミングで笑った。
あぁ本当に、過去の自分達は青かったものだと。
今ですら未熟者だが、それでも今よりずっと酷かったものだと。

思い出しながら笑って、けれどいつの間にかすっかり隣に居る事が当然となった今を、これ以上ない幸福だと、そう思った。


















もうずっときみに恋してる
(明日も、明後日も、)
(これから先も、ずっと)



























あんまり犬*隼要素ないけど言い張ろうと思う←
幼少期はコザ→←ビビだと可愛いよねっていう。
ちなみにチャカにとっての「好きな子はいじめたい」の相手はペルです。
ちらっと考えてる長編になりそうなチャカペルネタを出してみた。

title/確かに恋だった




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