つまりはそういう事












重なった感触は驚く程に熱く、熱く。
反射的に見上げた相手の目は現実を疑う程に真っ直ぐで。












飲まないかと誘ったのはドレークの方だった。
自然系能力者でも酔う酒、と銘打った重度のアルコールを有すそれを手に入れたのはたまたまだ。
元は大将青雉ことクザンが彼の同期であるサカズキやボルサリーノといった大将陣と飲む為に用意したものらしいのだが、興味があるならばと過剰な分を譲り受けた事が発端であったのやもしれない。
ドレークは自然系能力者ではないから、興味の対象が別枠にあるとすっかりばれているらしい事に、僅か恥じ入ったのは数時間も前だ。
まぁ飲め、とグラスに注いだそれをやや胡散臭そうにしつつ受け取った相手は、同期の男、スモーカーだった。
スモーカーとは入隊した頃からの腐れ縁で何かと一緒に居る事が多いものの、共に飲んだ際に酔った所を見た事はない。
悪魔の実の能力を彼が有する前といえば、お互いに未だ仲が良いとは言い切れない微妙な頃合いだったし、悪魔の実の能力者になってからのスモーカーは、自然系の能力だからかアルコールの影響を然程受けない身体になってしまったらしいのだ。
だから正直、自然系能力者でも酔うという酒には大変興味があった。
更に正直に言うならば、その酒よりも、その酒で酔うスモーカーが見れるかもしれないという事に大変興味があった。


「……何だこれ」

「不味いか?」

「いや、不味かねぇが…」


微妙な顔つきでもう一度グラスを傾げたスモーカーは、お前の趣味とは思えないと一言零す。
確かにドレークはアルコールといえばワインだとかカクテルだとか、スモーカー曰く「お上品」な酒を選別して口にする事が常だ。
しかし今スモーカーが口にしている酒は、決してお上品とは言い難い。むしろスモーカーの好みに当て嵌まる種の酒である事に相違はないのだが、だからこそドレークがそれを持ちだしてきた事に対する違和感が大きいらしかった。
魂胆がばれては困ると思ったドレークは、努めていつもの生真面目な顔で、たまにはこういうのも良いだろうと返す。
それをスモーカーがどう取ったのかは知らないが、悩んでる事でもあるならさっさと吐き出しとけよ、と言ったものだから恐らくは随分な勘違いをしたのだろう。
ドレークはおかしくなって小さく笑った。強面だと周囲から言われているこの男は、深く知り合ってみれば存外優しく、情に厚い人間なのだ。だからこそドレークは、未だ破天荒な行動にばかり出て上層部から疎まれつつあるこの男から離れようとは思わない。
ツマミを指先で摘まみながら、何だお前らしくもない事を言うじゃないかと笑った。らしくないだなんて、欠片も思ってはいないが、だからといって素直に御礼を言うのも妙に気恥ずかしいのだから仕方がない。
ただの友人に対し気恥ずかしさを感じる自分に僅かな疑問を擡げながら、ドレークはさぁどんどん飲めとスモーカーのグラスに酒を注ぎ足して行く。
スモーカー自身、らしくない事を言ったと思っているのだろう、照れ隠しからかグイ、と大きくグラスを呷った。もしも本当にアルコールが効くとするならだが、このペースでいけば酔っぱらったスモーカーを見れるのはすぐかもしれない。
ドレークはこれまで一度も見た事がないスモーカーの泥酔した姿を思ってひそりと笑った。
笑い上戸なら面白いし、泣き上戸なら暫くはからかってやろう、絡み酒はちょっと嫌かもな、絡んできたら正当防衛で殴ってしまおう、そうしよう。
そんな事を、呑気にも考えていたのだ。
東の海曰く、好奇心は猫をも殺すという言葉がある事も知らずに。


蓋を開けてみれば一体これはどういう事か、今やドレークはスモーカーの腕の中に居る。
スモーカーの不器用な優しさを回想していたドレークは、するりと頬を撫でられた事で現実を認識した。触れる手のひらの感触は、ごつごつとしていて、決して女性とは違っていて。
見下ろすスモーカーの顔色はいつもと変わらない、だが酔っているのだと、ドレークは知っている。
暫し飲み交わした後、スモーカーはその場で突っ伏して眠ってしまった。これまで自身が先に潰れる事はあってもうつ伏せるスモーカーなど見た事のないドレークは、大笑いするでも泣くでもないスモーカーに何だこうなるのかと若干の落胆を感じたのだが、自身の持ってきた酒の所為だと知っていたからそのまま放っておく事はできなかったのだ。
だから、自身よりも僅かに大きいスモーカーの片腕を肩に担いでベッドまで引き摺って行ったのが、数分前の事である。


「…スモーカー?」


そうだ、確か俺は、スモーカーをベッドに放り込んだ筈で。
その直後、何かに引っ張られたのだと思い至れば、引っ張り込んだ相手など考えるまでもない。
抱擁の理由など、ドレークは知り得なかった。打ち解けて間もない頃、困難な任務を共に完了させた時には勢い余って肩を組んだ事位ならあるが、こんな、抱擁は。
スモーカーは、酔っている。けれどそれが一体何だというのか。酔ったら抱きつき魔にでもなるとでもいうのか。
それは笑える、などと、ここにきて未だ現実から目を逸らそうとする己の思考にドレークは歯噛みしたかった。


「…っ、スモーカー」


ぐっと力を僅か増した腕に、身を捩る。これは一体何の冗談だろうか。
何度目か、スモーカーの名を呼んだ所で、当の本人がぼんやりとドレークを見やった。
その眼は酒精にかやや濡れて、常から鋭い目つきはまるで飢えた獣のようにも見える。
ゴクリ、と。
意図せずしてドレークの喉が上下する。
それを、スモーカーは目を細めて食い入るように見つめた。
熱を孕んだ眼を真正面から受け止める事が難しくて、ドレークは顔を俯かせる。


「ドレーク」


それを咎めるようにスモーカーが呼ぶものだから、ドレークは頑ななまでに顔を逸らし続けた。
負けず嫌いなのは互いに了承している事だったし、ドレークが意地を張ればスモーカーは仕方ねぇ奴だなてめぇはと若干呆れ交じりにも許容してくれていたから。
だが、今回ばかりはいつもと状況が違い過ぎたのだと。
そう気づいたのは、スモーカーに力ずくで顔を上げさせられ、あまつさえ口づけられた時だった。


(―――な、)


「っ、う…」


嘘だろう、と。そう続ける筈の唇にはスモーカーのそれが覆い被さっている。
ドレークの四肢は驚愕に硬直し使い物にはならず、また、四肢に行動を命じる筈の脳も今は活動を停止しているようだった。その隙をついてか、スモーカーの唇の奥から現れた舌が好き勝手に口腔を蹂躙する。
舌を絡めるキスなど、ドレークは未経験だった。異性から人気があるこの男は、けれどもその気質から仕事にばかり感けていたし、何より異性と付き合う行為に面倒なものを感じていた節が大きい。
仕事の次でも、後回しでも良いという女性は数多く居るけれど、そんなものは最初だけで、段々と仕事と自分はどちらが大事なのかというベタな問答になるのだから異性とはよく解らない。
そういった事に気を回す位なら、まだ仕事に没頭している方が良いし、今夜のように同期と飲み明かす方がずっと気楽だ。
けれどまさか、その同期に襲われる日が来るとは思いもしなかったのだが。
咄嗟に身を引こうとしたドレークの行動を察し、スモーカーの手のひらが後頭部に回される。
逃げるドレークの舌は難なく絡め取られ、きつく吸いついたかと思えば甘く食まれてぴくりと震えた。
何だこれは。何でこんな。どうしてスモーカーは。
ぐるぐると回る思考も、徐々に熱に侵されていくばかりで、ドレークは反射的に何かに縋ろうと手を伸ばした。きゅ、と指先が掴んだものはスモーカーが肌の上に直接着込んだジャケットの端で、これでは本末転倒だという事にも気づかないドレークはそれを必死に握り締める。
スモーカーからすれば、それは行為の了承にも見えて、ぐっと更に身体を抱き寄せられた。


「んむ、っ…も、苦しっ…」

「…ドレーク」


とうとう呼吸も儘ならなくなったドレークは、目一杯頭を振る事でどうにか口づけから逃れる。
文句を言おうにもまずは空気が欲しいと呼吸を繰り返すドレークを、スモーカーが呼んだ。
反射的に見上げた先では、見慣れない天井を背にスモーカーがじっと見下ろしている。熱情に濡れたその眼を、結局は真っ向から受け止めてしまい、今更互いの距離に気づいて心臓が大きく高鳴った。抱き寄せられた身体はぴたりと密着し、どくりどくりと脈動を伝えてきて、やけに煩い。


(あぁどうして俺はこんなにも動揺しているのだろう、あぁ当然か、友人で、同僚で、だから、そんな相手に、キスされて、あぁそうだ、キスされたんだ、俺は)


どういうつもりだと、問わなければ。返答次第によっては今後の付き合い方も考えなければならない。冗談にしては悪趣味に過ぎて、興味本位ならば、それこそ人格が歪んでいるとしか思えないのだ。
いいやもしかすれば、理由など何もなくて、ただ酔っているだけなのかもしれない。
抱きつき魔に加えてキス魔だなんて最低に最強で怖すぎるが、スモーカーは本来なら酔わない訳だから今回のこれは稀なだけで。
だから。
だから、今回だけの、事で。


「っ……」

「……ドレーク?」


(何だこれ何だこれ何で俺は泣きそうなんだっ)


良いじゃないか、ただの酔った勢いだ。
だったら、俺が怒る筋もないし、スモーカーが謝る必要もないし、忘れてしまえば良い事なのに。
スモーカーの手がそっとドレークの頬を撫でる。ビク、と震えた事に気づいたのだろう、スモーカーは僅かに息を吐いた。呆れたのだろうか、それとも今更になって酔いが覚めたのかもしれない。だったら好都合じゃないかと、言い聞かせるようにドレークは内心で己に呟いた。
けれど。


「……泣く程嫌かよ」


ぽつり、落とされた言葉にドレークは目を見開く。
思わず見上げれば、もはやドレークを見ず、何処かバツが悪そうに身を起こそうとしているスモーカーの姿があった。
嫌だったのかと、そう言ったのだろうか。
言われた言葉を理解するのに必死だったドレークは、スモーカーのジャケットを掴むのに必死だった指先が解かれそうになった所で漸く思考を切り替える。


「嫌とかそういう問題じゃ、なく、て…」

「…あぁ?」

「お前が、酔ったからって、変な事するからだっ、好きでもない相手にこんな事…する奴だとは思わなかったっ!」


普段酔わないと知っているけれど、それでももしドレークと同じように他の人間にも同じ事をしているのだとしたら、何だかどうしようもなく嫌だと思った。
そして、酔ったからといって好きでもない相手に口づけるスモーカーが理解できなかった。
理解の及ばない事は、ドレークを困惑させるには充分で、らしくもない弱々しい声にスモーカーが眉を顰めるのを見るとそれは余計に増すばかりなのである。
この馬鹿煙。詰ろうとして、声が掠れてしまいそうだと断念する。スモーカーがどんな反応をするのか怖くなって、ついまた俯いてしまった。


「……誰が、酔ったって?」

「お前に決まってるだろう、白々しいぞ!」

「いや、俺は酔ってねぇが」


頭上から零された声に、え、と顔を上げる。何の話だとばかりに後ろ頭を掻くスモーカーに、ぼんやりと酒の話をすれば、呆れた眼がじとりと向けられた。


「馬鹿か、てめぇは。んな酒貰ってくるな」

「……でも…実際効いたみたいだし」

「酔うにしたって人それぞれだろうが。俺は寝ちまうが、起きればすっきりするしな」

「………………じゃ、お前、もう酔ってないのか」

「だから最初からそう言ってん、」

「尚の事悪い!じゃあ何で俺にキ、キ、キスなんて、するんだ馬鹿!女性相手にするもんだぞ、それ位お前でもわかっ、」

「あぁ畜生うるせぇなてめぇは!てめぇだって言っただろうが好きでもない奴にキスするか馬鹿!!」

「は、」

「あ、」


好きって、そう言ったのか。
スモーカーが?
俺を?

苦々しげに葉巻を咥えるスモーカーを、どこかぼんやり見上げる。
あぁくそ口の中が辛い。やっぱりあの酒で酔ってるんじゃないだろうか、これ随分と苦いぞ。
考えるのは取り留めのない事ばかりで、またも現実逃避を企てる思考にドレークは努めて軌道修正を施した。
スモーカーは酔っていない。
だから、キスも本気で。
そしてそれは、俺を好きだからで。


「っ…………!」


自分でも解る位顔が熱いのがどうにかならないものだろうか。
擬音をつけるのであれば、カァァァ、とか、多分そんな所だろう。
スモーカーに見られるのは何だか嫌で、ドレークは何も言わず引き摺りこまれたベッドから降りてツカツカと歩き出す。背中にスモーカーの声がかかったのは聞こえたが、今のドレークに立ち止まるだけの余裕はなかった。
あぁ、けれど、せめてあと一言位は言ってやらなければ気が治まらない。
部屋の扉に辿り着いた所で、ドレークはくるりと振り返った。
呆気にとられた顔つきのスモーカーに、笑みを取り繕う事はできないがほんの少しだけドレークにも余裕が生まれる。


「……あぁいう事は、素面の時にしろ」


この馬鹿煙、と。
今度は掠れずに言えて、ドレークはそのまま部屋から出て行った。




















つまりはそういう事
(……畜生、やられた)
(……ちょっと待てあれじゃ素面の時ならしても良いって言った事になってないか!?)




















煙さんは恐竜さんがあんまりに近い所に居て我慢利かなくなったとかで良いんじゃないかと思う(他人事か)




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