僕たちの適正距離
子供とは得てして厄介なものである。
聞き分けがいい子供も居れば、我が強い子供も居るし、愛想がいい子供も居れば、意地っ張りな子供も居る。
大人になれば理性や常識の名の下にほんの僅かに抑え込まれる「個性」や「自我」それから「疑問」が、子供故の無垢さや無知さで無秩序に表へ出てくるのだ。
さて、結局何が言いたいのかというと。
「チャカとペルは、こいびとなの?」
子供の言葉はいつも唐突で、けれどもなかなかに核心を突いていたりするという事である。
砂の国、アラバスタは本日も変わりなく晴天であり、空から降り注ぐ陽光は昼過ぎとあってか容赦なく降り注いでいた。
けれども日陰に入ればひやりとした涼を得る事もできるので、敬愛する幼い姫君が笑顔で駆け寄ってきた所でペルは彼女を大きな陰がある所まで誘導し、手頃な場所へ腰掛ける。
強い光の降り注ぐ中では、彼女の友人となった少年がペルと同じように王宮仕えに務めるチャカと竹刀を持ち向かい合っていた。
少年の目元にできた傷跡はつい最近のもである。
王女たる少女を守った際に負った傷は、彼に焦燥感を募らせたのか、チャカに稽古をつけろとせがむようになった彼の心境は、幼いながらにも見上げたものだった。
「リーダーがんばって!ほら、ペルも一緒におうえんして!」
「はい、ビビ様」
空の色をした髪がさらさらと揺れる。
ずいぶんと平和な昼過ぎだ、護衛を務める者としては些か気を抜きすぎたかもしれないが、それでもこんな時がいつまでも続けばいいと思ってしまうのは致し方があるまい。
微笑みながら目をやれば、何個目かのたんこぶが少年の頭部にできあがっていた。
子供相手におとなげないぞ、などと苦し紛れの反論は大人びてはいるが、手加減するなと言ったのは少年の方なのでやはり子供らしい抗議である。
チャカもそう思っているのか、呆れた顔で言い返しながらもその目は優しいままだった。
王宮の兵士達に指導している時とは全く違う、けれども少年の意を汲んで鍛えてやろうとはしているらしい男が、あれで充分手加減しているのだから随分と不器用なものだ。
「っだぁもう!きゅーけいだきゅーけい!」
「何だまだやるつもりなのか?」
「ったりまえだろ!勝ち逃げなんかさせないからな!」
威勢のいい恫喝は、けれどやはり幼く、微笑ましさすら覚える。
チャカも同じだったようで、やれやれと溜息を吐きながらその口元は緩んでいた。
大きな手のひらが柔らかに少年の頭を撫でつける。
それすらも子供扱いだといきり立つ少年は、なんというか解りやすい位照れていた。
子供ながらにチャカへ憧憬のようなものを抱いている節がある彼は、けれどもそれをひた隠しにする。
少年の性格を考えてみれば、その反応も解らないでもないが、文句を言いながら赤らんだ顔に僅かな喜色が浮かんだのには流石に噴き出してしまいそうだった。
「チャカ、折角可愛いお弟子さんができたんだ、もう少し優しくしてやったらどうだ?」
笑い混じりに言ってやれば、そうだなぁ、とチャカの声にも笑みがこみあげている。考える事は同じ、という訳だ。
コーザ、とチャカが少年の名を呼び、なんだよ、とコーザがぶっきら棒に答える姿はもう見慣れてしまった。
ビビ様とコーザが出会い頭に取っ組み合いの喧嘩をした時は驚いたものだが、今ではこの二人が出会えてよかったと心から思う。
ビビ様は天真爛漫な方であったから表には出さなかったが、年の近い友人が居ない事で寂しい思いもされていた筈だ。
王女が国民に混ざって遊びに出掛けるなどとは珍しいかもしれないが、子供達と駆けて行くビビ様の笑顔を見れば異論を唱える者など現れる訳がなかった。
「昼食を済ませたら、もう一度相手をしてやる」
「っ、そんなん当然だ」
だから機嫌を直せと。
緩ませた唇が象った言葉は、コーザの納得できるものであったようだ。
満面に滲み出た歓喜ばかりは、いかな悪態を吐こうが誤魔化せない。
テラコッタさんが作って下さった昼食は、バスケットに入れて持って来てある。
どうせこうなるだろうと見越しての事だが、幼い子供達は素直に驚き、そして喜んでくれた。
折角チャカが乗り気なのだからと慌ててパンを口に入れて、喉に詰まらせかけ苦しむコーザの背中を擦りながら水を差し出す。
勢いよく水で流し込んだ後、コーザが息を切らせながら感謝の言葉を述べた。
そんなコーザの横では、バスケットの中で手を右往左往させているチャカの姿。
彼の苦手なものが入っている事は、バスケットを受け取った時から知っていたのでその反応も読めていた。
「チャカ」
咎めを含んだ声で呼べば、気まずそうな目が切実に食べたくないと訴えてくる。
そんな目で見ても駄目なものは駄目だ、残して返せばテラコッタさんが悲しむだろうし、かといって余ったものを食べれる程自分は大食漢ではない。
子供達の手前、苦手だとは言いたくないのだろう、コーザが水を得た魚のように茶々を入れるのは目に見えている。
それでも、いい歳をして苦手なものを避けようとするチャカを助けてやる気は毛頭ない。
食べろ、と目で訴え返せば、せめて一気に済ませてしまえとばかりにチャカが大口ひとつでそれを呑み下したので無言で水を手渡してやった。
ゆっくり噛んで味わえ、とまでは流石に言えない。
そんなチャカの異変に、幸か不幸かコーザは気づかなかったようだ、今度は子供らしくこまごまと口に運んでいる。
さて自分の分も食べてしまおうかと、バスケットに手を伸ばそうとした所で、パンに齧り付いていたビビ様がもごもごと口を動かした。
「ねぇ、ペル」
「はい、何でしょうかビビ様」
「チャカとペルは、こいびとなの?」
ブホッ、と噴き出したのは自分ではなく、タイミングの悪い事に水を呑んでいたチャカとコーザだった。
あぁ、貴重な水が勿体ない、などと思っている訳もなく、また何故そのような事をと目を丸くする。
けれどその疑問は、すぐに答となって返って来た。
「だってリーダーが、」
「ビ、ビビっ、ヒミツだって言っただろ!」
お前かコーザ。
吐き出しそうになった溜息をどうにか押し込め、チャカを窺えば何事もなかったのかのようにどこぞを見ている。
いや明らかに不自然だったのに何事もなかったかのように、とは言い切れないのだが。
そんなに動揺してどうするんだ、それでは「はいその通り」ですと言っているようなものではないか、全く。
悪巧みや隠し事に向かない、というのはこの国に住む者の特徴なのかもしれない、確かにそれは美徳である筈なのだが、今回に限っては欠点だ。
「ビビ様、それからコーザも」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように、出来得る限り穏やかな声を意識して名を呼ぶと、方や円らな瞳を好奇心に輝かせ、方やぎくりと肩を竦ませた。
けれど後者が気にしているようなお叱りをするつもりもなかったので、唇を緩ませ、二人の顔を覗き込むように前へ屈んだ。
「いいですか。恋人というものはですね、例えばビビ様やコーザのような男女がなるべきものなんですよ」
「でも、チャカとペルは男の人だわ」
「えぇ、ですから私とチャカが恋人という事はまずありえません。解りますね?」
優しく言い含めれば、聡明な王女はややあってから笑顔で頷いた。
その隣に居る少年の顔にはまだ疑問が渦巻いているようであったが、敢えて黙殺する。
そもそも何故そのような発想に至ったのか、聞きたいのは此方の方なのだから。
確かにチャカとは深い仲であるものの、人目につくような場所でそういった関係を露呈しかねない言動などした事はなかった。
子供の目の前でというのならば特に、情操教育によろしくないからと気をつけている筈である。
「さぁ、食べ終えたならテラコッタさんにお礼を言いに行きましょうか」
「そうね、私とリーダーで行ってくる!ペルはまだ食べてないんだから。それとチャカもね、ペル一人で食べてたら美味しくないもの」
「おやビビ様、私達の目に付かない所でデザートの催促をしてはいけませんよ」
「し、しないわよ、もうっ」
満面の笑みでありながらも目が泳いでいるあたり図星だったのだろう。
行きましょリーダー、と小さな手のひらが同じそれを浚って駆けて行く。
ビビ様が乞わずともテラコッタさんの事だ、喜んでデザートの希望を取るだろう。
二人が帰ってくるにはまだ時間がかかるに違いない、とバスケットの中に手を入れ、己の分のパンを口元へ運びながら笑った。
陽光が変わりなく降り注ぐ中、日陰で食事を取るのはささやかな贅沢である。
鳥の鳴き声が頭上から聞こえ、成程鳥にとっても此処は宿り木なのだと、そうは思いながらもやけに静かである事に漸く気づいた。
「……チャカ?」
「…………ペル」
「何だ?」
「いや……その……」
見れば、難しい顔で腕を組み、どこぞを強く睨みつけているチャカの姿。
何かあったのかと己もそちらを見てみるが、変わらず陽光が降り注いでいるだけである。
太陽の光を受け、アラバスタの砂がきらきらと輝いていた。
いつもと同じようでいて、風に流されるまま形を変える砂地は日毎に顔を変えていく。
だからこそ、毎日目にしていても飽きる事なくその美しさを噛み締めていられるのだ。
広がる金色の景色に見惚れそうになりながらも、また隣に目線を移した。
今度は先程と逆で、景色を眺めていた己をチャカが見ている。
「……チャカ?」
「……」
「え、あ、おい」
無言で伸ばされた手が、くっ、と手首を握った。
振り払おうと思えばすぐにでもできそうな力しか込められておらず、しかし意図が解らないものだからどうしたら良いのかも解らない。
何か顔についているのかと、そんな疑問が沸き上がる程、真剣な目が注がれる。
「チャカ、いった――――――」
一体何なんだ。
そう言おうとした所に、握られた手首にかかる負荷が増え、前へと引かれた。
秒ですらない、瞬間の出来事。
日陰のそれよりも濃厚な陰が顔にかかり、それを認識する前に無意識下で手を突き出した。
「ぁ……」
とさりと目の前で後ろに下がったチャカが、すまん、と重く呟いた末、物言いたげな顔をしながらも口を噤む。
取り残されたのは自分ばかりで、いや、別に、とぎこちなく答えながらも、何もしないでいるのは気まずいので取り落としてしまったパンについた砂を指先で払った。
それをバスケットに戻すと、またもやる事がなくなって手持ち無沙汰になる。
行き場のない両手の指先を意味もなく遊ばせていると、チャカが溜息を吐いた。
「すまん」
「……よく、解らないんだが」
「解ってる。狭量なだけだ」
誰が、とは言わなかったが会話の流れからしてチャカ自身の事を言っているのだろうとは察せられる。
だが何に対して狭量なのかまでは解らない。
そこで終わりにするのは幾分気持ちが落ち着かなかったので、どうかしたのかと思い切って問いかけた。
問いに対して、チャカはどこか苦い顔をする。
「聞いても面白くないぞ。むしろ呆れるかもしれん」
「聞いてみなければ解らないだろう」
「……ビビ様の質問に対する、お前の答を気にしただけだ」
「……気にしたのか」
「……呆れただろう」
呆れた、というか、なんというか。
むしろ呆れよりも、驚きの方が大きかった。
確かに自分達の関係を否定するのは心苦しいものがあったが、ビビ様やコーザに「恋人は同性であっても構わない」などという間違いが根付いてしまったら困り物ではないか。
それは説明するまでもない事であったし、チャカとてどう言い訳すべきか悩んでいるように自分には見えていたから、だからまさか、気にしていただなんて、思ってもみなかった。
「……すまん」
「……お前が謝る事じゃない」
謝るのは何だか違う気がしたが、それでもチャカが気にしている言葉は己の発したものなのだからと、一言謝罪を述べる。
チャカの顔に苦笑が浮かんだのは、諦めのようにも見えて、それが何だか口惜しかった。
別に自分だって、好き好んで関係を否定した訳ではないというのに。
訴えるように、袖口を指先でついっと引いてみる。
苦笑に染まっていた顔が、不思議そうに瞬き、此方を見た所で思い切って首を伸ばした。
僕たちの適正距離
(ただいま!)
(おかえりなさいビビ様、コーザ。デザートは美味しかったですか?)
(な、なんで知ってるのペル!)
(あれ、チャカ?口に何かついてるぞ)
(っ、何でもないから気にするなコーザ……!)
(チャカ、顔が真っ赤だわ)
む、無駄に長くなってしまいました……(汗)
色恋事に関してはペルのが上手だといいな。
コーザの傷ってこの頃にあったっけ、と思いながらも書いてしまいました。
コーザは勘がいいとかじゃなくて単にチャカペルのいちゃつき現場を見たことがあるからとか、意外と子供って見てるものだよねっていう。
titile/確かに恋だった
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