鬱陶しい男










愛だの友だの恋だのと、綺麗事ばかりの弱者なんざ消えちまえばいい。

結局この世を統べるのに必要なものは絶対的な力であって、感情でどうこうできる範囲は知れているものだ。

利害の一致は協定に足る、まぁ信用などは死んでもしないが。


そういう意味では、この男もまだマシな方といえるだろうか。














「…何見てんだ、うぜぇ」

「フッフッフッ、そんな冷たくするなよ鰐野郎」

「人間の言葉は鳥野郎には高等過ぎたか?見るな、寄るな、触るな、クソミンゴ」


葉巻から漂う煙を、風向きを意識して男の顔面へ向かせるも、男の腕は何も気にしていないとばかりに絡み付いて来ようとするので鉤爪で押し退けてやった。
男はそれすら楽しむように口角をつり上げる。
それは常と同じ、人を小馬鹿にするもので、いつもならば多少苛つけどまだ受け流す事もできていたのに今日はどうにも我慢ならない。


「…てめぇも馬鹿な事をしたもんだな」


頭が弱いのか、それとも欲求に対し素直なのか。
恐らく大多数の海賊がそうであるようにこの男も後者なのだろう。
少なくとも、この男は損得勘定の仕方を知っているのだから。
だからこそ、先日の一件は「馬鹿な事」だった。


「随分とご機嫌斜めじゃねぇかクロコダイル。俺が余所見して淋しかった?」

「っは、幸せな頭してると人生楽しそうで何よりだ」


召集を聞き入れてこの島に滞在するのも今日が最後である。
面白くもない会議の内容は聞き流したし、あとは本部の方で職務に勤しんでいるであろうドレークの顔を見て帰るとしよう。
妄想に等しい戯れ言を一蹴し踵を返しながら、これからの予定を脳内で組み立てた。
追いかけてくる男の存在は無視。
どうせすぐに嫌でも気に止めさせられるのだから。


「フッフッフッ、ドレークに手ぇ出されるのがそんなに嫌だったとは知らなかったぜ」


ピタリ、と。
足が止まったのは、先んじて考えていた者の名前が出たからではない。
単に男が指先を一度、曲げたからだ。
嫌々ながらもどうやら自由が利くらしい半身を捻り、肩越しに見やると、ピンクの毛玉に身を包んだ男がニタニタと笑っている。
舌打ちをひとつ、隠す事なく与えてやった。


「一介の海兵にそこまで執着する理由も解るがな。ありゃあ面白ぇ、一切面白味のない男かと思ったが退屈しなさそうだ」


なぁ、クロコダイル?
歪んだ笑みを浮かべた唇が、揶揄を含んだ声を漏らす。
けどよぉ、と言葉を結んだ男は、見せつけるように指を動かしてみせた。
壊れかけの操り人形の如きぎこちなさで動き出したのは己の足で、元々向いていた方とは逆に、つまりは後を追いかけていた男へと歩み寄っていく。
男の手が頬に触れたので、思いきり顰めた面を見せてやった。


「俺はな、勿論てめぇも諦めちゃいねぇんだぜ」

「…そうかよ」

「三人での方がもっと楽しめると思わねぇか?」


頬に触れる手のひらから、ありとあらゆる水分を吸い取ってやろうか。
脳裏を掠めた考えは我ながら素晴らしいもので、自然と笑みが込み上げてくる。


「ふん、ピーチクパーチクとうるせぇ鳥が居ちゃ、楽しいもんも楽しめねぇだろう?」

「フッフッフッ、つれねぇなぁ…まぁ、気が向いたら誘ってくれよ」


言葉尻に合わせ、拘束が解けた。
今度こそ気が済んだらしい男を一瞥し、気が向けばな、と虚言を口にする。
それが口先だけの約束であるのは明らかで、だというのに男の笑みは崩れないのだからおかしなものだ。


「そうそう、ドレークにもよろしく言っといてくれよ」

「あぁ、気が向けばな」


誰が言ってやるものかと、内心でのみ吐き捨て、またも偽りを口にする。
最初から最後まで笑っていた男の言葉、そこに含まれた真意には気づかないで。















面倒くさい。
目が合った瞬間、ドレークの顔に浮かんだのはそんな言葉だったに違いなかった。
今日中に本島を離れる事位知っているだろうに、わざわざ顔を見に来てやったというのに、随分な反応ではないかと眉を潜める。
眉間に寄った皺を見留めたのか、浅く吐いた息と共に表情がゆっくりと緩められた。
こういう時のこの反応は、何かしら隠し事があると相場で決まっているものである。


「一分待つ。何かあるなら簡潔に言え」

「…参考までに聞くが、言わなかった場合はどうなる」

「てめぇの部下が明日には減ってるかもな」

「………怒らないか?」

「あぁ…?」


言ったらそれはそれで怒るんだろう、そう言わんばかりの口調には、ドレークらしからぬ諦めの悪さが垣間見えた。
怒りはしないなどと断言できる訳もなく、ただ単純に隠し事を貫こうとするドレークの姿が物珍しくて曖昧な声を漏らす。
涼しげな顔には深海が二つ静かに覗いているばかりで、一見すれば常と変わりない様子なのがこの男の凄い所だ。
内心では色々と考えているらしいのだが、無表情がもはや貼り付いて離れないのか無闇に明暗を見せはしない。
とはいえ好戦的な所が時折顔を出すので、一切笑わない訳ではないのだが基本的には鉄面皮なのだ。


「何だ、俺が怒るような事なのか」


これもまた珍しい事に墓穴である。
どうやら自身も完全な部外者とはいえないらしい。
ドレークの眉尻が困惑を示すように下がり、かと思えば生来の潔さが出たのかあっさりと口を開いた。


「ドンキホーテ・ドフラミ、」

「よく解った少し待ってろ鳥狩に行ってくる」


皆まで言わずとも先が知れて声を遮る。
それ見た事かとドレークが溜息を吐き、クロコダイル、と宥めの意を含んだ呼び掛けで引き留めにかかった。
先日、夜更けに部屋を訪れ、あろう事かドレークに手を出した鳥野郎には咎めの言葉だけでは足りなかったらしい。
全く本当に馬鹿な事をしやがったもんだ、大人しくしていれば気が向いた時に一度位は寝てやったもんを。
カタカタと椅子がずれる音に紛れて響いた靴音が近づく。
見ればドレークが傍らに居て、やはり眉尻を下げていた。


「貴方に構われたいんだろう、子供のやきもちと同じだと思えばいい」

「ほぉ?俺がそうは思わねぇと思ったから隠そうとしたんじゃねぇのか?」

「それは…まぁ、否定できないが」

「大体あの野郎は誰彼構わずなんだ。三人で楽しみてぇだのと抜かしやがって…」


思い出したら余計に頭にきた。
そういえば肝心な事を聞いていなかったが、ドレークはドフラミンゴに何をされたのか。
単に会いに来ただけならば、ドレークも気にすまい。
そもそも貞操観念に於いては自分よりも信用ならない男なのだから、今この時気まずそうにしているのもどうせ面倒な展開になる事を嫌ってなのだ。
こういう時、世の中は不公平なもんだとか当たり前な事に言及してやりたくなる、多分にドレークの内面の、更に深い所、興味深くもあるがしかし確かに厄介な部分を知る人間もそうは居ないだろうからだ。
何をされた、そう問えば、ドレークがとんとん、と指先で首筋を叩いて見せる。
近づき、襟を手繰り寄せて筋よりもやや下を覗き込めば、襟元に隠れるようにして在る「それ」が目についた。


「…噛まれたのか」

「あぁ、なかなか離れないから困った」


犬かあの野郎は、鳥のクセに、と。
思いながらも視界に入るのは程良く焼けた肌の上でくっきりと存在を主張する歯型だった。
ニタニタと笑みを浮かべる男の顔が思い浮かんで、即座に脳内から追い出す。
歯形を指先でなぞると、ドレークが喉を震わせて笑うのが解った。
目で先を問うと、いや、と言葉を一度置いて二つの海がゆっくりと緩められる。


「噛みつきたそうな顔をしていると、そう思ってな」

「……否定はしねぇなぁ」

「できれば。痛くしないでくれ」


いつの間にか、ドレークの腕が腰を抱き寄せていた。
額を掠めた唇は珍しいもので、どうやらご機嫌伺いをしているようだと察したらなんとも馬鹿馬鹿しくなる。
どうだろうな、と返して襟元に鼻先を沈めた。
唇で跡をなぞり、舌先を遊ばせてから歯を当てる。
嗅ぎ慣れた匂いは紛れもなくドレークのものであり、あの鳥野郎もこれを嗅ぎ取ったのかと思えばそれだけで苛立ちが募った。
自身の計らいであった事ならばまだ楽しめたものを、玩具が独断で動けばそれは不愉快以外の何物でもない。
そもそも、気に入りのそれを他の玩具と戯れさせるような趣味は自分にはなかった。
あぁ全く、傍に居なくとも人を不快にさせられるだなんてある意味では天才だな。
今はともかくあの鳥野郎の痕跡を消すとして、ピンク色のコートは今度会った時に剥いでやるとしよう。


















鬱陶しい男
(今度あの鳥野郎が来たら返り討ちにしろ)
(クロコダイル…あまり無茶を言わないでくれ)




























ドレ鰐←ドフでドフドレのようなドレドフのような、の続きの続き
鰐視点で後日談…なんだけれども、ドレが受けだか攻めだか本当に解らない…orz
とりあえずこの三人はここまで!今後は桃鳥が三人で楽しもうと頑張りますよきっと←




あきゅろす。
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