愛らしい男










ドレークは、面倒な事が嫌いだ。
何故かといえば単純なものである。無駄な労力を消費するのは時間をも食い潰すし、面倒事というものは大抵が骨折り損の結果しか生み出さず非合理的だから嫌いなのだ。
別に万事全てを合理的に済ませたい訳ではないが、とはいえ自分から面倒事に手を出す程、マゾヒストでもない。
しかしドレークという男を評するものの中に「面倒見がいい」といった類のものが挙げられている事を、彼は知っていた。
あくまでもそれは第三者の意識が介入した客観的なものであり、ドレークの真意は実を言ってしまうと心からの善意ではない事をここで述べておく。
面倒な事は、嫌いだ。
けれど得てして面倒事というものは、放っておくと捻じれて歪んだ余計に厄介になるものである。
だからどうせ関わるのなら、せめて事が小さい内に済ませたい、そう思うからこそ、部下の失態も上官の後ろ暗い所もドレークは淡白に(傍から見ると限りなく親切にも、限りなく忠実にも映るらしいが)処理できるのだ。
そんなドレークの真意を知る人間はあまり居ない。
別段隠している訳でもないが、そこまで問う者も滅多に居ないし、相も変わらず面倒見がいいなと気のいい声をかけられた時は敢えて否定する必要もないかと思い、強くは言わず苦笑で流す事が多いからだ。
さて、長い前置きではあったが結局何が言いたいのかというと、ドレークが面倒事を嫌っていると知った上で面倒事を起こす人間は、今何を思っているのだろうという事である。














「……クロコダイル」


殺しきれないまま呼びかけを共に吐き出した溜息は、決して苛立ちなど含んではいない。だというのに呼びかけられた背中は、よく見なければ解らない程度だが確かに揺れて拗ねたように丸みを増した。
拗ねたように、というのは語弊がある。実際背中の主は拗ねているのだ。
小振りなグラスを満たず琥珀色の液体を口に含む、もう数えるのも馬鹿らしい程に繰り返されているその行為が、翌日にはクロコダイル(の主に頭)を苦しめると知っていたドレークは、仕方がなく腕を伸ばしグラスを取り上げた。


「これ以上は、身体に障る」

「…酔ってようが俺はできる。問題ねぇだろう」


端的な諌言はお気に召さなかったらしく、形のいい眉が目に見えて跳ね上がる。
話の核とは若干ずれた言葉に滲むのは明らかな批難だったが、ドレークは然して気にしなかった。
クロコダイルが寄越す色を含んだ視線を受け流し、グラスを満たすものと同じそれが入ったボトルを彼の元から遠ざけるべく席を立つ。
ボスン、クッションが反乱を起こして膝に当たった、子供の癇癪と同じで可愛らしいものだと思う。


「クロコダイル、危ないだろう。酒が零れる」

「っは、万が一にも酒を零したら俺が綺麗に舐めてやるさ」


言いながら、まるで蛇が舌舐めずりするように、クロコダイルが唇の隙間から赤い舌先を覗かせてみせた。
それが彼なりの誘い方だとは知っているが、ご機嫌斜めのままならば面倒である事も知っているので迂闊に手は出さないでおく。


「グラスを。ドレーク」


再三の要求。これを断ると更に拗ねるのは自分でなくとも解るだろうとドレークは思う。
仕方がない、クロコダイルには明日存分に苦しんで貰おう、自分はちゃんと止めたのだから。
腹を括った(というよりも、止めるのが面倒になっただけだが)ドレークは、浅く息を吐いてからグラスをローテーブルに戻した。
カツリと小さく音を立てたそれをクロコダイルの右手が掬い上げ、そのまま口に運ぶ…かに、思えたのだが。


「水で薄まったらしい、刺激が足らねぇ」

「……クロコダイル、貴方という人は」


これには流石に呆れ果てた。
今度は隠す気にもなれず吐き出した溜息に、寸での所で溜まっていた雫がポタッ、と地へ落ちて行く。
顔面に叩きつけるようにして浴びせられたのはグラスの中身、つまり酒で、クロコダイルが用意したそれの殆どはドレークの顔から首にかけてを濡らしていた。
溶けかけの氷が狙った訳でもないだろうにシャツの中に滑り込んでひやりとする。
別段くすぐったくもないが、放っておいて気分のいいものでもないので布地を引き、裾から放り出した。
見れば爪先まで、転々と雫が散っている。


「掃除するのは誰だと思っているんだ」

「俺とお前以外なのは確かだな」

「……シャワーを借りても?」


屁理屈極まりない筈だが、確かにその通りなのでそれ以上の言及はしなかった。
代わりに、水気をたっぷりと染み込ませた髪を掻き上げながら問う。
当然ここで駄目だと言われる筈がないとタカを括っていたものの、クロコダイルはニヤニヤと笑ってみせるだけだった。
それから、必要ない、とこれもまた愉快な笑みを滲ませた声があがる。
また奇妙な遊びを思いついたのだろうか、そういう顔をしている。
クロコダイルとはそう浅い付き合いではない、恋仲といえる程慈愛に満ちた事はしていないが、夜を共に過ごす程度には互いを受け入れている筈だ。
これが男女ならば、友人以上恋人未満などという中途半端としか思えない表現が似合うのだろうが、生憎ドレークには「恋」そのものが理解の範囲外だった。


「言っただろう?『酒を零したら綺麗に舐めてやる』と」

「貴方が床を舐めるのか?それは一度見てみたいが」

「とぼけるのは止せ。俺は水を射されるのが嫌いだ」


それは果たして額面通りの意味合いなのか、それとも彼が有する能力に関係しているのか、ドレークには解らない。
ただ反論する気にもなれなかったから、示されるままソファに腰を下ろした。
ボトルならばともかく、グラス一杯分の酒では濡れるのは前だけで、それがせめてもの幸いだと気づいたのはその時だ。床だけでなくソファまで酒で濡らす気はない。


「靴まで濡れているな」


歩み寄って来たクロコダイルの鉤爪、穏やかに弧を描いた部分が、器用に足裏を掬い上げる。
足元に傅いた姿勢でいるクロコダイルは、やはり楽しげに笑ったまま、べっと舌を伸ばした。


「…床を舐めるようなものだぞ」


尊大な所のあるクロコダイルが、自ら跪いているだけでも奇異なのに、と、らしくもない男を見下ろす。
応える金色の眼は、それでも愉悦の色を失わないままだった。
生身の右手がゆっくりと脹脛から膝裏、そこから前へ回って布越しに触れてくる。
部分的に水分を含んで肌に張り付いた布の上を、べろりと舌がなぞった。
性交渉を匂わせる行為の意図する所を解っているからか、彼らしいと笑ってしまう。


「…そこまでだ」


鎖骨の窪みまで丁寧に舐め、首筋を上って来た所で、クロコダイルがそれ以上は近寄れないようドレークの手が接触を遮った。
金色の眼から途端に愉悦が失せていく。
そうして芽吹いたのは、憤怒とはまた少し違う、批難の色だったものだから、ドレークは眉を下げて笑うしかなかった。


「シャワーを先に。それから続きでは不満が?」

「お前にしては魅力的な誘い方だが、却下だ。今すぐ消毒させろ」

「……まだ気にしてたのか」


気位は高く、自尊心も人一倍な男は、更に言うなら根に持つタイプだ。
知ってはいたが、それがこんな場面で手間に感じるとまでは解っていなかった。
しかしまぁ、考えずともクロコダイルのような男は自分の所有物に手を出されて黙っているようなおとなしい部類ではない(ドレークは物でもなければクロコダイルに所有されている訳でもないが、この際それは気にすまい)
それを言うなら、件の男もそれに共通するものがあるようだが。
男の名はドンキホーテ・ドフラミンゴ。
クロコダイルと同じ七武海であり、まともに言葉を交わしたのはつい先程の事だ。
夜闇に紛れきれない派手なコートを着たお男が現れたのは当初こそ明らかな敵意に晒されていたドレークだが、たった数回の会話で気づけば気に入られていた。訳が解らない。


「フラミンゴ野郎相手で抵抗しろというのも無理な話だが、少しは怒れ」


だから変な奴に好かれるんだお前は、とクロコダイルが苦々しく言い捨てた。
その「変な奴」にはクロコダイル自身も含まれているのだろうかとか、どうでもいい茶々は思い浮かべるだけに留める。
クロコダイルの忠告は、彼が海賊でドレークが海兵だという点を除けば至極真っ当なものだ。
単純な腕力や実力云々ではなく、ドフラミンゴの「能力」がクロコダイルの台詞に起因しているのだろう、確かにドレークにとっても、奇妙な感覚だった。
自分の意思は確かに存在しているというのに、ドフラミンゴがほんの少し指先を動かしてみせただけで身体が勝手に動いたのだ。といっても、動かされた、という感覚の方が正しいかもしれないが。


「すまない」

「……悪いと思ってるならおとなしく消毒させろ」

「それは無理な話だ」


間髪入れずに返せば、クロコダイルが非常に微妙な顔をした。
眼を吊りあげさせた様はまるで鬼のようだが、眼の色から考えると蛇のようだとも思う。
クロコダイルがいう「消毒」というものは、先程ドレークがドフラミンゴとキスした事を指してのものだ。
ドレークにしてみればキスをした、というよりはさせられた、というに相応しいものがあるのだが、何事も結果論でしかないので下手な反論はしないでおいた。
常はリアリスト然としているクロコダイルだが、発想が時折ロマンチストだなぁと他人事のように考えてみるも先程からやけにしつこいものだからいい加減邪推してしまう。


「彼は恐らく貴方に気があると思うのだが」

「あぁ?鳥野郎の事なんざ知るか。あんな野郎、話すだけで胸糞が悪くなる」

「……そうか、それならばいいが」


何が「いい」というのか、クロコダイルには勿論、口にしたドレーク自身ですらよくは解らなかった。
ドフラミンゴが気の多い人物だという事は、なんとなく察したドレークであるのだが、けれどもクロコダイルが彼を気にかけているのならばここまで食い下がるのも納得がいく、そう思っていたのである。
だがその発想も、クロコダイルが憎々しげに吐き捨てた台詞から却下された。
では何故クロコダイルがここまで食い下がり、消毒と称してキスを求めてくるのかといえば、それは多分にドレーク自身が無警戒であったからか。
まぁ確かに、今この時を省みるだけでも真っ向から酒を浴びせられた情けない状況な訳で、完璧主義な所もあるクロコダイルには苛立たしく思う部分であるのかもしれなかった。


「大体何故そこまで嫌がる。お前もしかして…」

「…想像がつくから聞きはしないが、それはない」


またドフラミンゴから手を出された時には解らないが、少なくともドレークの方からアクションを起こす気はない。
ドレークがいくら無頓着に見えても、女性を相手にする意識位は備わっているのだ。


「……おい」


否定しつつ、バスルームへ足を向けると、背中にクロコダイルの焦れた声がかけられた。
振り向くと、やはり不満そうなクロコダイルの顔。
それは冒頭に同じく、まるで拗ねた子供のようにすらドレークには見えてならない。
男に欲情する性癖を生来から持ち得ていた訳ではないし、クロコダイルとは特別な恋仲という訳でもないが、それでもこういった時はどうにもならない気持ちになるものだ。
仕方がない、少しはご機嫌伺いをしてもいいか。
浅く吐いた溜息に交えて、唇を緩める。その微笑が気に食わなかったのか、クロコダイルの眉尻があがった。
何事かを言われる前に彼の前へ歩み寄る。つい先程、クロコダイルがそうしたように、ドレークはその足元へ傅いてみせた。
無言のままに先を促す金色の眼に笑いかけ、酒に濡れた指先をその唇へと伸ばす。


「貴方の唇も、汚れてしまうだろう?」


だから「消毒」は風呂を済ませてからにしてくれと。
指先を食んだ唇がゆるりと緩んで、漸く懇願を聞き入れてくれた。


















愛らしい男
(…男の扱い方が上手くなってきたんじゃないか?)
(教師の質がいいからだろうな)




























ドレ鰐←ドフでドフドレのようなドレドフのような、の続き
鰐がナチュラルにMでどうしたもんか
鰐の能力あるなら舐める必要なくね、という突っ込みはなしでお願いします←
桃鳥視点→恐竜視点と来たので鰐視点で後日談も書きたいよね…とか…




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