食えない男










最近クロコダイルにお気に入りができたらしい。
七武海という役職に就いてからめっきり面白い事が少なくなって久しいドフラミンゴは、それでも海軍に居る参謀から呼び出されれば退屈凌ぎにと会議へ参加していた。
元々、七武海そのものが海軍内に於いて役目を果たしているかと問われれば、答は「ノー」だ。
何せ自由気儘な海賊共の集まり、結束なんぞある訳もなく、また互いの利益が確約されなければ動きもしない。
しかしお気に入りとなれば話は別だ。
会議に顔を出しているのは「砂の国の英雄」だからか、澄ました顔で来ては会議を適当に流し、戯れに声をかければ冷たい視線と言葉で拒絶して立ち去る背中が印象的な男が、お気に入りを作っただなんて。
そのお気に入りが、よりにもよって海兵となれば、興味は更に尽きる事なく湧き上がる。


「ドレーク少将」


会議を終えてすぐ、当のクロコダイルがわざわざ呼び止めた海兵の姿は、生憎その時には見えなかった。
見えたのは、何を好き好んでいるのかは知らないが海兵の殆どが肩にかけているコートの「正義」の文字に、白い帽子に押し込まれた隙間から覗く橙の髪色だけ。
成程名前はドレークというらしい、少し耳を澄まして聞いてみれば、今夜はクロコダイルの部屋で会う約束をしたようだ。















「よぉ、こんばんは。将校さん?」


その晩、自身に用意された部屋へ戻る事なく、クロコダイルの部屋を訪れたのは単純な気紛れだった。
件の男に会えればよし、クロコダイルが出て来ようとも、揶揄するには充分な状況となっているだろう事は明白である。
隠し立てするようなら難癖つけてでも部屋に押し入ってやろうとすら思っていたのだが、天はドフラミンゴに微笑んだらしい、神なんぞ信じちゃいないが。
薄暗い廊下に光明が射したのは、お粗末なノックをした暫く後の事だった。
キイ、と音を立てて開いた扉の向こうから顔を覗かせたのは横一線の傷を残した不機嫌なものではなく、見覚えのない、橙の髪の男である。
恐らくはこの男だろう、光によっては赤茶にも見える橙の髪なんぞ、海軍でもそう眼にするものではなかった為、そう予測をつけてにんまりと笑って見せた。
当の男は此方に覚えがあるのだろう(まぁ海兵ならば当然の事だろうが)やや困惑したように眼を瞠った後、こんばんは、と決まりきった挨拶を返して来る。
口を開いた男から、僅かに覚えのある匂いがドフラミンゴの鼻先を掠めた。
独特のアルコール臭は、けれども下卑たものではなく、それなりに値が張る酒なのだろうと容易に予測できる。
それが目の前の男の用意した物なのか、それともクロコダイルが出した物なのかまでは解らないが、もしも後者だとするなら随分と優遇されているものだと思う。
以前に一度、嫌がるクロコダイルの目を盗み一本失敬した時は、しつこく追いかけ回されたものだと、ドフラミンゴの記憶にも新しかった。
面白い、これはいよいよ面白くなってきた。


「フッフッフ…将校さんよぉ、サー・クロコダイルとはどんな関係なんだい」


堪えきれぬのはもはや癖のような笑み。
核心を直に突く問いにも、男の表情は欠片も歪まない、それだけは面白くなかった。
海軍将校と七武海、これ程ミスマッチな組み合わせもあるまい。
友人だと言うのなら組織への不義であるし、恋人だと言うのならいつもお高く止まったクロコダイルの澄ました顔に動揺の色でも浮かぶやもしれぬ揶揄のネタになる。
どちらにしてもドフラミンゴにとっては面白い反応が帰ってくると思っていたのだが、けれども男の表情はドフラミンゴが部屋を訊ねた時から一切変化がなかった。


「……」

「フッフッフ、ダンマリたぁよくねぇなぁ。疾しい事があると思われちまうぜ、将校さん」

「…いや、貴方に答える必要性が見当たらないのでどう返したものか困っているだけだ」


大体何故そんな事を聞かれるのかすら解らないのだと、男は僅かに首を傾げる。
それは部屋を訪れて初めて見る男の動作であったが、それにしては随分と小さな反応だった。
本心だろうか、偽っているようには見えないが、本心だとするならばクロコダイルは相当頭をやられているらしい、まさか駆け引きすらできない男を相手にしているとは。
つまらねぇ、あぁつまらねぇなぁ。
引っこんだ笑みに何を思ったのか、男はやはり先述の通り困惑したように眼を瞬かせた。
酒には強い方なのだろう、ほんの少し鼻先を鳴らしただけでそれと解る匂いを身に纏っていても、その空を薄暗くしたような眼に酒精の色は浮かんでいない。
それが尚の事、面白くなかった。


「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」


ご丁寧にもフルネームを口にしたのは、やや酒に焼けた、掠れた声。
正直に言えば、男へ対する興味は既に失せていた。
あのクロコダイルがわざわざ声をかけるのだから、きっとそれなりに自身の好奇心も満たされるのだろうと期待していた分、つまらない男だと知れば落胆もする。
けれども男が口にした名は、常に自身を呼ぶそれらよりいくらかは清廉としていた。
感情というものを含ませていないそれは機械的にも聞こえたのだが、日頃から海兵に名を呼ばれるとなるとそこには大抵疑心だとか軽蔑だとかの色が紛れているので新鮮だったと言えよう。
それ故に欠片程の仏心とやらを動員し、常にかけているサングラス越しに眼だけで先を促せば、見えないだろうに気配ばかりは感じたらしく、男の声が先を紡ごうと零れ落ちる。


「俺の事が気に食わないのなら、クロコダイルにそう言えばいいと思うが」

「…………フッフッフ、何を言い出すかと思えば、くだらねぇ」

「そうだろうか。少なくとも俺には、気に入った玩具を取り上げられた子供にしか見えないが?」

「……」


この野郎、とドフラミンゴが思うが早いか、男の唇が弧を描いた。
初めて見せる笑みにしては、悪質なものが大いに含まれている事は明らかであり、けれどドフラミンゴはそれを持ち上げて笑う事はしない。
張り付いたように浮かぶドフラミンゴの笑みはもはや本来の意味を成し得ず、海兵の反論に言い返せぬ己をドフラミンゴ自身こそが嘲笑してやりたい気持ちですらあった。


「気を引こうと手を尽くしていた存在に、横から出てきた男が近づくのが面白くない。貴方は俺を気に食わないと思っている、そうじゃないか?」

「…海兵の割に、随分と口が立つようだな?将校さん」

「本当は俺の名前を知っているのにわざと知らないフリをしている所も子供のようだな」


ふっ、と小さく笑みを浮かべる顔は、クロコダイルの澄まし面と似通ったものがある。
名前を知っているのに、という言葉がハッタリだとしても、事実ドフラミンゴはドレークの名を知っているのだから言及はできなかった。
いいや、正しく言うのであれば「名前を知っている」という事を知られている事への驚きが勝っていたのだろう。


「…聞き耳を立てていた自分を知られるのは、恥ずかしいか?」


馬鹿にしたつもりはないのだろう、揶揄というよりは単純に幼い行為を楽しんでいるような笑みだった。
だがそれこそが、自尊心を突き崩すのだと、男が知らない筈がないのだ。
身体の自由を奪って今すぐにでも自害させてやろうかとも思ったが、それでは呆気なく終わってしまうだろうし、それだけでは足らない。
自分がそうされたように、相手の自尊心を踏み躙らなければ意味がない。
いい事を思いついたと、ドフラミンゴの口角が元の笑みを象る。
男の眼がそれを敏感に察知したが、彼が抵抗の意思を見せる前に身体の自由を奪ってやった(いやそもそも、男に抵抗の意思などなかったのかもしれない)
瞬いた青色を、押しこむように瞼へ口づけてやる。表情は動かない。
面白くない、が、ここからだ。
くい、と指先を曲げ身を屈めると、男の腕が伸びてくる。
ぎこちない動きだが確実に首へ絡んだ腕が更に引き寄せようと力を込めた(込めさせた、とも言える)
触れた唇からは酒の味、やはり値が張りそうなものだったが、今は味など関係ない。
離れると同時に、男の身体に自由を与える。たたらを踏むかに思えた男は、けれども動揺など微塵も感じさせない顔で此方を見上げ、こう言った。


「間接キスだな、嬉しいか?ドンキホーテ・ドフラミンゴ」


















食えない男
(……フッフッフッ!面白ぇ、面白ぇじゃねぇかドレーク!)
(ドレーク、どうし…って、鳥野郎てめぇ何しに来やがった!)
((面倒なのに気に入られた、のか…?))




























ドレ鰐←ドフでドフドレのようなドレドフのような
…もう最近ドレークさんが受けなのか攻めなのか解らん話ばかりだな…




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