Beautiful World










あの頃のあいつは、いつも笑っていた。
(けれどそれが、心からの笑顔だったのか、今となっては解らない)

俺が命令違反をしても、上司のいう事を聞かず、単独行動に出た事を知っても。
あいつは困ったように笑って、程々にしておけよ、と言うだけで。
呆れているのだろうかと、らしくもなくどう思われているのかが気になっていた時に、あいつは言った。


お前は、いいな。
(不思議と、その時のあいつの顔は覚えていない。笑っていただろうか、笑ってはいなかっただろうか、解らない)


どこまでも真っ直ぐで、どこまでも己の正義を貫けて、とても、いいと思う。
(そう、あいつは言った。俺にしてみればそれはこっちの台詞というやつだったのに、だ)


俺にとってはあいつこそが真っ直ぐで、己の正義を貫こうとしているように見えていたのに。
(あいつはまるで、それを否定するように言ったのだ)

言ってやれば良かった。
言っておけば良かった。


お前こそ、俺はいいと思うと。
(お節介な所もお人好しな所も、困ったように笑った時下がる眉尻も、嬉しそうに笑った時細められる水色の眦も、俺は)



俺は、お前が。
(あぁ畜生、そうだ、そうだ俺は、俺はお前が、お前のことが、)















『海軍から一転、海賊となった将校』

『海軍支部を壊滅状態へ追い込み逃走』

『堕ちた将校、またも懸賞金あがる』

『赤旗 X・ドレーク』


日々を繰り返す中、目につく文字を追いかけると、どうにも世の中はクソ面白くもない事に騒いでいた。
海軍という清廉としたものから世界の屑だといわれる海賊へ身を堕とした男は、世間から見ればさぞ滑稽だろう。
三流のゴシップ誌ばかりが挙って事実に脚色を塗し面白おかしく祭り上げる。
清廉潔白であった男が道を踏み外したと、そればかりを拡大解釈して、大袈裟なまでに騒ぎ立てていた。
それは自分にしてみれば本当に、本当にくだらないものであって、知りたいのはそんな事ではなかったが、何度記事に目を走らせてもドレーク自身の言動が綴られているものはないのだから仕方がない。
ドレークが海軍を抜け、海賊となってからも、呆気なく日常は繰り返されていた。
あいつが居なくなってから変わった事は、本部から東の海に左遷されて、それからまた故あって本部に栄転したとか、昇進に一切興味がなかった筈の自分がいつの間にか准将などというものになっていたとか、それ位の事だ。
本部から見渡す海の色は当然だが青い、けれどもあの頃、ドレークが隣に居た頃は、青いというよりも少しだけ明るい、言うなれば空の色と一体になってしまいそうな、そんな風に見えていた気がする(あくまで、そんな気がするだけだ、考えてみれば海の色なんて、その時々で変わるものなのだから)
パズルのピースのように、自然と寄り添い合っていた片割れが居なくなろうが、世界は変わらない。
ただ時折、その不在を忘れ名を口にしてしまう程度のもので、それは感傷に浸らせる程のものではなかった。
あぁそういえば居なくなったのだったかと、そう事実を確認するだけだ。
またも懸賞金を上げた手配書に写るのは、黒い仮面に顔半分を隠した男の気難しそうな表情で、こんな顔もできるのかと、手配書を目にした時にはそんな暢気な事を考えたものだ。
自分の傍では、あいつはいつも笑っていたように思う(それが俺の傲慢から来る願望であったとしても、だ)
これだけ派手に暴れ回っているのだから多分に元気でやっているのだろうとは思うが、せめて便りの一つでも寄越してくれればいいものをとも思って、立場を省みるとそれがおかしな発想である事を思い出す。
俺は海軍で、あの男はもう、海賊なのに。
それでも変な所が鈍い男であるから、もしかしたらという気持ちはあった。
もしかしたら、素知らぬ顔で傍に戻ってくるのではないかと、甘ったれた考えに至った事もあるが恐らくそれはないのだろう(むしろ再会すれば途端に殺し合いになってもおかしくはないのだから)


「スモーカーさん、スモーカーさ、っきゃぁっ!」

「…………てめぇは落ち着きってもんを養え、トロ女が」


自身の部下になってからもう随分と経つたしぎは、慌てて部屋に入ってくるなり思いきり地べたにすっ転んだ。
豪快な転がり方はいっそ清々しい程だが、海賊に所属する海兵としてそのドン臭さはどうかと思う。
呆れ混じりに煙を吐き出して、たしぎが転んだ際ブチ撒けた書類やら手配書やらを拾い上げた。


「す、すいません、渡し忘れていたものが出てきたので」

「別に急ぎでもねぇんだろうが。てめぇは床に足の裏以外をくっつけねぇ努力をしろ」


最後に未だ地べたにしゃがみ込んだままのたしぎの腕を引いて立たせる。
眼鏡を探していたらしいが、頭の上にあるだろうがと言ってやればそわそわと落ち着かなかった両の手がそれを探り当てて漸く照れくさそうに笑って見せた。
ドン臭いが、なんとも憎めないのはこういった爛漫さがあるからか、そういえばドレークも、いつも何が楽しいんだかよく笑っていたなと思う。
但しドレークはここまでドン臭くもなかったが、と内心で付け足した所で相変わらず思考があの男に直結しているらしいと気づき葉巻を噛んだ。
性懲りもなく、俺はまだあいつを探しているらしい。


「決済にはまだ猶予があるものばかりなので、後で目を通して下さい。あ、あと手配書に、それから、えぇっと…!」

「あぁ解った、とにかく全部見りゃ良いんだろう」


たしぎの説明が終わるのを待っていたら日が暮れてしまいかねない。
早々に切り上げてから、珈琲でも淹れて来いと新しい仕事を与えて部屋から追い出す。
はい、と快活な返事と共に部屋を出て行ったたしぎだが、直後またも転ぶ音が響いたあたり珈琲を無事に持ってくるには随分な時間がかかるだろう。
ふう、と溜息に交えて吐き出した紫煙がゆらゆらと揺れて天井に消えて行く。
書類は上からの嫌がらせのような手間のかかるものばかりで、あてつけがましく「スモーカー准将殿」と名指しまでされていた。
手配書も小者ばかり、適当に目を通しそれを確認していると、800万ベリーの賞金首の下から白い封筒が顔を覗かせている事に気づく。
どうやら手紙らしい、こういった勿体ぶった事をしてくるのは同期のヒナだろうか、アラバスタでいいように使われた文句かもしれない。
麦わらを寸での所で捕まえ損ねた後のあいつは、鬼も裸足で逃げ出しそうな顔の怖さで、部下が引いていた位だ。
差し出し人は書かれていない。
面倒だな、と眉間に皺を刻み、見なかった事にするかと封筒を弄んでいた所で、ヒナが身に纏う香水の匂いがしない事に思い至る。
常は男も顔負けの活躍で海賊と対峙するヒナでも、女らしさは失わない奴で、その身には勿論便箋の類にも愛用の香水を纏わせる事が多々あった。
鼻先を鳴らしても一向に鼻孔を掠めないそれに、疑問が湧きながら仕方なく封を切る。
どこの暇人がこんなものを送ってきたのか、もしやたしぎではあるまい、あれは手紙なんぞより直接言って来るような馬鹿正直な奴だ。


「…………あぁ?」


封筒から出てきたのは、紙だった。
まぁそれは当然だろう、見るからに手紙なのだから。
しかしそこに書かれていたのはたった一言の「昇格おめでとう」のみ。
怪文書にしては好意的に過ぎて、しかしこのようなものを送ってくる人間に心当たりはなかった。
大体祝いの言葉を貰うには幾分か時期が過ぎている、准将になったのはもう数カ月は前の事で、そのあたりで既に顔見知りの連中からは皮肉や祝いの言葉を貰っていた。
となれば、一体誰がこんなものを?
今更に過ぎる考えではあるが、差し出し人不明となっているものが直接本人の所にまで持ち込まれる事自体不用心ではないだろうか。
考えてから、その字にどこか見覚えがある事に気づいた。
丸くもなければ角ばってもいない、どこにも特徴的なものがない書体は、それでも文末の終わりがほんの少し右下がりになっていて、それが誰の癖だったのか、俺は嫌という程覚えていた。


「…………おいおい」


ちょっと待て。
何だ、これは。
どれだけ凝視しようとも、その紙面に違った言葉が浮かんでくる筈もなく、ただそこに一言の祝辞だけがのさばっているだけだ。
もしかしなくとも差出人であろう人物として思い浮かぶのがたった一人だけであるという事実に、俺は自分の頭がおかしくでもなったのかとすら思えてきた。


『昇格おめでとう』

「…………何だそりゃ」


何だよ、一体どういうつもりなんだ。
多分、差出人であるあいつは、きっとこの手紙が俺の手に渡らないと思っていたに違いない。
何せ海軍本部、本来ならば厳重なチェックが入る筈で、けれど自身の所にまでこれが流れてきたのは直属の部下であるたしぎが鈍くさい奴だからだろうと思う。
そんなトロい奴が俺の部下に居るとは、流石のあいつも想像できなかったのだろう。
あぁそうだ、俺は元来短気な方だからな。
気が長い方ではないんだ、解ってる、解ってるだろう、お前だって。


「……遅いんだよ、馬鹿が」


手紙を送ってくるのなら、もっと早くに寄越して来い。
便りがないのは元気な証拠、というが実際は逆なのではないか。
何故ならば今俺はこんなにも、自分でも解る程に、安堵しているのだから。
今あいつがどんな事になっていても、とりあえずこの手紙を書いた時には、まだ元気にやっていたのだろうから。
だから、一先ずは安心というやつだ。
訊きたい事は沢山ある。
どんなつもりでこの手紙を書いた?
元気にやってんのか?
お節介に拍車がかかって、面倒ごとに首を突っ込んじゃいねぇか?
それから、
それから、


(夜は、眠れてんのか)


寒いと言って潜り込んできたお前が、今は俺ではない誰かに縋っているのだろうかと、そんな事を考える度、俺は無性に苛立つのだ。
あの頃は考えもしなかった、お前が求めているのは、お前が手を伸ばすのは、俺だけだと、盲信していたのかもしれないあの頃は。
今はただ、あの夜に戻りたいと、そう思う。
あの夜に戻って、縋る事を恥じるお前の腕を無理にでも引き寄せて、何か一言でも、言ってやりたいと。
言ってやりたかった、と。
過去を悔いるのは卑怯者のする事だと知っている。
進むしかないのだ、時は進み続けるのだから、自分だけ歩みを止める事は許されない。
けれど一つだけ、一つだけ、叶うならせめて。
せめて、もう一度。




















君の側で眠らせて
(そう願わずには、いられないのだ)




















「Beautiful World」でスモドレ第三弾
歌では二番、スモ視点
全三話で、これにて終了です。
え、バッドエンドじゃね、と思われる方が多いかもしれませんが、スモはドレが一番きれいだと思ってて、でもドレにとってはスモがきれいなもので、お互いにあの夜が二人を分かつ時だったと知っていて、取り戻したいと願うスモと、取り戻せないと諦めてるドレ。
…そ、そんなようなものを書きたかったので、ここで終わりなのですっ(汗)




あきゅろす。
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